第十九話 畑荒し
空襲の脅威も未然に消し去り、〈ヴァン平原〉は順調に豆腐ハウスで埋められていった。
人口も初期の頃に比べるとだいぶ増えている。
天界の一日が地上の四十日に相当するとはいえ、地上の一年は天界の約九日。産めよ増やせよ地に満ちよスタイルが採用されたとしても、次世代が成人するまで天界でも半年近く必要になる。
僕がこの世界に来てからまだそんな日数がすぎているわけもなく、どうやらこの人口の伸びは、わずかに生き残っていた人々がここ集結してきていることゆえのようだ。
僕は町の発展を待つ間、神殿の広間で剣の素振りをすることにしている。
今さらだけど、僕の強さは僕のものじゃない。
女神様の祝福と、先代が残してくれた何かが戦闘能力のほぼ百パーセントを支えている。
だから訓練なんて無意味。
ただ、武器の扱い方には、僕の思考が割り込む余地がある。
先代にはアンサラーがなかった。
剣と長銃を組み合わせた戦闘スタイルを、僕はこの恵まれた騎士の体に叩き込まなければいけないのだ。
……まあ、完全にヒーローごっこだよ。高校生にもなってね!
「騎士様、少しいいでしょうか?」
そんな僕に、女神様が声をかけてきた。右手には〈オルター・ボード〉。左手はすでにスコップの素振りを始めている。
また地上に降りたいという話だろう。
別に拒む理由はない。整地した後のリーンフィリア様のすっげー満足そうな顔は、いつ見てもいいものだ。
でも、このときは違った。
「町で何かが起きてるみたいなんです。見てください」
差し出された〈オルター・ボード〉をのぞき込むと、町のど真ん中に('A`)みたいな情けないマークが出てる。このアイコン、なぜこんなのにした……。
「これは是非地上を見に行くべきだと思うんですよ、ど、どうでしょう騎士様?」
シュッシュッ。左手のスコップが加速してる。
できれば心から地上の様子を心配してほしかったけど……。アイコンの様子からいってそんなに深刻なことでもなさそうだし、コレジャナイとは言わないでおく。
「わかりました。行きましょう。そろそろ食料を分けてもらおうと思っていたところですし」
「やったあ!」
子供かな?
女神様は大喜びでアンシェルを呼びに行き、僕らは揃って地上へと降下した。
※
「畑荒らし?」
地上に降りてくる途中の僕らを、『スーパーオリマ』みたいなBダッシュジャンプで捕まえようとしてきた町人は、今騒がれている事件についてこう語った。
「そうなんです。ここのところ毎晩やられていて。ええ、一回一回は、それほど大きな被害というわけでもないんです。ただ、どうも犯人は複数いるみたいで……」
目撃例一、角が生えていた。
目撃例二、怪物みたいに細い腕だった。
目撃例三、尻尾があった。足跡もトカゲっぽい。
目撃例四、人だった。
目撃例五、どちらかといえばくよくよする方だ。
目撃例六、小さなシャベルを持って楽しそうに歩いていた。
五は関係ねえアンケートだろ!
しかも六は……!
「…………」
僕がリーンフィリア様へ振り向くと、白目になりながら光の速さでうつむいた。
夜中にこっそり地上に降りて、整地してたな、さては……。
引きこもり気質な女神様が、アグレッシブなのはいいことだけど……。
いや、これも本当の勇気を育む第一歩ということにしよう。
それより問題は畑荒らしの犯人。
目撃例はかなりばらばら。犯人は複数、という町人の推理は説得力がある。
ただ、この町は、女神の祝福を受けた町人たちそのものが結界を形成しているため、はぐれモンスター程度のヤツらが近づける状態にはないはずなのだ。
大型ガーゴイルのような強力なヤツや、大きな群れのどちらかでないと。
それに、目撃例四の、人というのも気になる……。
この町は移民をもりもり受け入れている。わざわざ盗みなどせずとも仲間に入れてもらえるはずなのに、なぜ?
何か事情があるのか、それとも、それは実は人ではなかったのか……。
「それと、こんなものが落ちていて」
町人が差し出したのは、どこかで見た黒いかけらだった。
僕が〈ヴァン平原〉を探索したときに見つけた、あの。
アンシェルいわく、サベージブラックの鱗に似ている。ただし、極端に小さい。
そういえばこの謎、まだ解けてなかった。
本物のサベージブラックが出てきてうやむやになってたけど、鱗のサイズについては何も追及できていない。
もしかすると犯人は、この謎に関係しているのか?
「わかりました。僕が調べます」
その日の晩、僕らは畑近くの納屋に張り込んで、犯人を待った。
町にはいくつかの畑があるが、一番被害が多いのが、町はずれのこのキャベツ畑だ。
この世界の野菜というのは異常に成長が早くて、二月にいっぺんは収穫できるらしい。それでいて土が痩せることはなく、これも女神様の祝福のおかげだろう。エントロピーが無限に増大して宇宙の寿命がストレスでマッハにならなければいいけど。
「スヤァ」
「うへへ、スヤァ……」
ワラのベッドの上に、早々に寝落ちしてしまった女神様と天使がいる。
リーンフィリア様は、寝るときの癖なのだというが、手近にいたアンシェルを抱き込んで寝息を立てており、一方の天使は、天使のような寝顔という古典的な表現を粉砕する、極めて不謹慎な表情で眠りについていた。
その、なんか百合百合しい光景を背後に置きながら、僕は暗がりでじっと犯人を待つ。
建設ラッシュで騒がしい日中と違い、静まり返った周囲は、納屋を這う虫の足音さえ僕に聞こえさせるようだった。
さわり……。
夜風になびく草の音に、異音が混じり込んだ。
さわり、さわり。
草を踏む音は途中で途切れ、足の持ち主が畑に入ったことを暗示させる。
僕は納屋からそっと抜け出し、地を這うような姿勢で音の方へ近づいた。
月が隠された夜は暗い。
女神の騎士の目をもってしても、ものの形がわかる程度だった。
……いる……!
畑の一角で小さな動きを見咎め、僕の心臓は強く脈打った。
ここからアンサラーで撃ち抜けばすべて終わるのだけれど、闇の中に描かれた異様な輪郭線がそれをためらわせる。
……何だ……あれ!?
そのとき、雲が切れて月明かりが地上を照らした。
悪魔のような巻き角が生えていた。
尻尾があった。
右腕が細く、指が異様に長かった。
左脚が途中から鱗に覆われていた。
そして、人だった。
怜悧な目をした少女――。
「…………!!!???」
ボロ切れのような服を身に纏ったその少女は、周囲を恐る恐るうかがいながら、近くにあったキャベツを刈り取ると、それを両手で抱え込んで再び草むらへと消えた。
「今のは……何だ……?」
……追うしかない。
僕は距離を詰めないよう気をつけながら、少女の小さな背中に続いた。
真夜中の〈ヴァン平原〉は、昼間とは別の住人で賑わう。
黒い空には小さな光が大勢帰ってきていて、大きな動物は姿をひそめ、小柄な動物が駆け回っている。虫の音が幾重にも重なり、静かにうねる草は海のようだった。
――騒がしい静寂。
生きるために夜を選んだ者たちの世界。
『Ⅱ』に夜戦ステージなんてものがあったら、さぞ幻想的なバトルフィールドになるだろう。どうなんですかスタッフ。
少女は振り向きもせず、草の波を真っ直ぐに断ち切って駆けていく。
どこまで行くつもりだ……と思ったら、背の高い草に隠れるようにして洞窟があった。
地図としては西のはずれ。天界からの降下中でも見つけられなかったオブジェクトだ。
このイベントがなければ、下手をすると最後まで気づかなかったかったかもしれない。
少女は洞窟の中に入る直前、一度振り向いた。
けれど僕は、その洞窟を発見した時点で積極的な追跡をやめて、姿を隠していた。あそこ以外に、用があるはずもない。
少女がぽっかり開いた闇の中へと消えていく。
少し待って、僕も洞窟へと足を踏み入れた。
細い一本道。
迷うことも、隠れることもできない。
この先に何が待つのか……。
おぼろげな光が見えた。奥に広い空間があるようだ。
話し声も聞こえる。
二人分。
僕は入り口からそっと中の様子をうかがう。
二つの人影。
ただし、どちらも人間ではない。
――異形。
夜間ステージは綺麗なのが多いけど、ドラゴンズドグマの夜はキツかったっす・・・




