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第百八十八話 ハリガネ

 アディンたちの背に乗って南部と西部を隔てる壁を越える。

 空の群青色を反射させる町並みは、南部に比べて比較的損害が小さいように思えた。


 ラスコーリの話では、西部には学術的な施設が多く、美術館や博物館があったという。

 それらは無事なのだろうか? 薄暗く沈んだ街に文化の灯を見ることはできず、ただバケモノたちの青白い心臓が、街灯の代わりにまたたくばかりだった。


 ……って、こういう語りが必要なんじゃないの主人公?


 僕は何となく胸中でぼやく。

 ナグルファル号が飛ぶ時も絶好の感想タイミングだと思ったんだけど、最初以来ずいぶんとだんまりだなポエマー?


《…………》


 何もコメントはなしか。

 まあいいさ。モノローグはある時とない時があるし、深く考えても仕方ない。せいぜい、アクションパートの死にゲーポイントが事前にわかるくらいだ。


 屋根の上に積もった雪を吹き散らしながら、アディンたちが低空飛行する。

 ここのオーディナルサーキットはまだ起動していないはずだが、時折地上に青白い心臓の光が見えても、こちらを追いかけようとするコキュータルは現れなかった。


「見つから、ないね……」


 パスティスが周囲を見張りながらつぶやく。


「隠れるといっても、あれだけ大きければ限界もある。この区画には最初からいない可能性も考慮した方がいいのかもしれない」


 そう言うアルルカも、楽観視はせず、目視による捜索を続けている。


「それなら小型を一気に片づけて、外の森に隠れてるっていう住人たちを呼びよせるんだけどね……」


 二人に返しながら、僕はふと、青黒い背景に奇妙な建物を見つけ、目を奪われる。


「あれ、何だろう?」


 僕が指さす先には、民家ではない何かの施設を思わせる巨大な建物のシルエットがあった。例の博物館とかだろうか。


「何だか、斜めになってる、ね」

「ああ。傾いてるな」


 僕の見間違いではないらしく、仲間たちは口々に、建物の右方向への傾斜を指摘する。

 ピサの斜塔というものを思い出す。デザインとしてそうしているわけではなく、一部の土壌が柔らかいために塔が傾いてしまったそうだ。


 あれもそうなのだろうか?


 珍しいものに目を奪われたのも束の間、僕は視線を切り、再び怪しいものを探す。

 だが、大きな心臓の光はなかなか見つからない。隠れられるようなサイズではないのだが。やはり西部に超大型コキュータルは存在しないのか?


「ん……?」


 目を皿のようにして周囲を見渡すうちに、僕は蒼暗い町並みに、あってはならないものを見たような気がした。


「アディン、あっちへ!」


 竜を急行させる。

 パスティスたちも慌ててついてきた。


 何の変哲もない建物の陰。

 アディンに乗ったままそこに回り込んだ僕を迎えたのは、人影一つのない無言の雪道だった。


「…………」


 安堵とも苛立ちともつかない息が、自然と胸から抜けていった。


「騎士様、どう、したの?」


 パスティスが聞いてくる。


「……見間違いだと思うけど……。あの野郎がいた。帝国黒騎士……」

「なに?」


 アルルカが周囲に視線を飛ばす。パスティスもあたりを見回すけれど、彼女はこのあたりに何の気配もないことをすでに察していたのだろう。すぐに目を戻し、


「ここには、誰もいない、よ」

「うん。そうだね。道に足跡もない。見間違いだった」


 平らな雪を見ながら、息を吐く。


「ごめん。混乱させて」


 何やってんだ僕は。


 黒騎士がここにいる可能性は低い。ヤツが求めているであろうアノイグナイトは、グレッサリアにはない。これまで全大陸で見てきた悪魔の兵器が、一体もいないくらいなのだ。

 それなのにあいつの姿を見てしまうなんて、ノゼローゼじゃなかろうか(剛田感)。


 気分を晴らすためにふと視線を巡らせ、違和感を覚えた。

 あれ……あの傾いた建物どこいった?

 何となく方角は覚えているのだが、どれだけ見つめてもそれらしき傾斜はない。暗闇にまぎれてしまったか。


 しかし、そこを離れてしばらくして。


「んん……?」


 僕は再びその斜めになった建物を見つけた。

 やっぱり、あると思った方角にあった。だとするとさっきはどうして見逃した?


「おかしい。アディン、あの建物へ向かってくれ」


 アディンの背中を軽く叩き、指で行く先を示すと、アディンは一鳴きしてその指示に応じてくれた。

 冷たい空気を切り裂きながら、奇妙な建造物へ飛翔する。


 近づけば近づくほど、その大きさがはっきりしてきた。

 横幅は周囲の民家五つ分は軽くあり、高さも頭二つくらいは抜けている。


 大学か、ホテルだろうか? 

 通りを隔てた屋根の上に降り立つ。

 地面には多くの雪が積もり、建物の一階部分をほぼ隠していた。


 ……何か変だ。


 僕は長方形の建物をじっくりと観察する。

 ビンゴカードの穴のようにびっしりと並んだ窓。

 そこに一つずつついたひさし。

 定番のガーゴイル像。


 ……ところどころに雪が乗っていないのがある。落ちたらしい。自然にか?


 僕は地面をじっと見つめた。

 建物の入り口を塞ぐように積もっていた雪が、風もないのに、崩れた。


 そこからわずかにもれた、青白い光。


「ッ!! 全員空に退避いいいッ!」


 サベージブラック三匹が飛び立つのと、目の前の建物が――信じられないことに――立ち上がったのはほぼ同時だった。


 轟音と共に、僕らが直前までいた建物が、数軒分の家並みと共に叩き潰される。

 舞い上がった雪煙と粉塵の中に、黒々とした半透明のハサミが見えた。


「こいつッ……!!」


 例の建物は今や、雪煙の中で完全に斜めに突き立っている。

 白く濁った空気の奥で、青白い光と、巨大な何かがうごめく気配があった。

 こいつだッ! 探していた西部都市の主!


「アディン、一発ぶちかましてやれ!」


 ガアアアアアアオ!


 ぐるりと首を回して勢いをつけたアディンが、口腔内から巨大な火球を吐き出す。

 青白い街を明々と照らしながら雪煙の中へと落下していく輝きを、下方から突き出した生物的なハサミが断ち切った。


 爆散!


 熱風と衝撃が粉塵を押しのけ、そこに潜んでいたものの姿を露わにする。


「ヤドカリ……!」


 それは、ハサミに古代ルーン文字の輝きを宿した巨大すぎるヤドカリだった。

 ヤドカリはサイズさえ合えば貝以外でも背負う。こいつは、人間の建物を背負っていた。しかもあんなに大きな建物を。


 床と天井と壁がみっちり詰まった建造物にどうやって尻を突っ込んでいるのかはわからなかったけれど、とにかく内側をくりぬいてヤドにしていることは、現実がこうである以上、認めざるを得ない。


 建物を背負って地面を掘り、そこに身を隠していたのだ。

 雪に埋もれた一階部分が心臓の光を覆っており、外からは気づけないようになっていた。


 ガルルルルルアアアアアアア!


 散開したサベージブラックたちが、立て続けに火球を吐き出した。


 一発で並の民家を丸ごと消し飛ばせる対地火砲の雨が、舞い散る雪を一瞬で気化させながらヤドカリへと降り注ぐ。

 さすが天性の狩人。アディンたちが狙ったのは露出した頭部とハサミではなく、背負っているヤドの方だった。


 窓脇にずらりと並んだガーゴイル像が片っ端から砕け散り、豪奢な外壁が見るも無残に炎熱の中で打ち砕かれる。

 くりぬかれた建物の内部構造に押し込まれた、尻尾の部分が剥き出しになった。


「……?」


 僕は奇妙なものを見る。

 尻尾は傷だらけだった。


 アディンたちの攻撃が当たったのかと思ったけれど、炎によってできた傷という感じではない。むしろ、建物の底から強引に尻尾をねじ込んだ時の擦り傷のような……。


 ヤドカリは自分の体に合ったヤドを探すはずだ。こんな強引なことをする意味があるのか? しかも、急所である心臓付近を傷つけてまで?


 いや、今はこいつの生態なんてどうでもいい。


 大事なヤドをあっさり破壊させたことで一つわかった。

 こいつは巨大だけどそれほど強力なコキュータルじゃない。そして、致命的なことに、空にいるこちらを攻撃する手段も持っていないようだ。

 誰もがあのクリオネのようなレーザーを撃てるわけじゃないのだ。


「やれ、アディン、ディバ、トリア!〈トリニティエコー〉!」


 暗雲の下で円を描くサベージブラックたちが、教会の鐘鳴にも似た響きを街の頭上に広げる。

 キュウン、と空気がすぼまるような高音を発し、空の彼方から飛来する光の矢を街が受け入れた直後、そのまばゆい鏃の先端は、地に隠れ潜んでいた巨大甲殻類の体全体をえぐり潰した。


 巻き起こる突風が柔らかい雪片をつぶてに変え、僕の兜を叩く。

 それらを払い落とし、下方を見てみると、心臓の青白い輝きを失い、常軌を逸した大きさのオブジェと化したヤドカリの死骸が残っていた。


 僕は下降を指示する。


 あんな大技にもかかわらず、アディンたちの狙いはぞっとするほど正確だ。

 心臓が輝いていた部分がごっそり消し飛び、ヤドカリはその前後――頭部と尻尾を分かたれた形で、そこに横臥していた。


 頭部から突き出た突起状の目は、僕らが近づいてももはや何も映してはおらず、あの一発で戦いが完全に決したことをはっきり物語っている。


「やったか? わりとあっけなかったな……」


 間近で見ると遠近感が狂いまくるヤドカリの顔を見ながら、アルルカが言った。彼女に「やったか?」なんて言われると不安になるけど、これはどう見ても死んでいる。どんな油断こいた台詞を口にしたところで、復活はない。


 消えろぶっ飛ばされんうちにな。

 おまえたちが思っているほどこのバケモノたちは強くなかったようだ。

 ほらこんなもん。


「こういうこともあるさ。サベージブラックの強さのおかげ」

「偉いね……。よしよし」


 パスティスがディバを撫でてやると、クルクルと気持ちよさそうな声を上げた。

 僕とアルルカもそれにならって、アディンとトリアを撫でてやろうとした、その時。


 グウルルルル……。


 突然、竜たちが唸り出した。

 えっ。な、何で怒ってるんだ? 褒めるのが遅れたから……?


 僕の的外れな予想は、パスティスの厳しい目線で一気に霧散した。


「騎士様、あそこ……!」


 パスティスが指さしたのは、原型をとどめたまま冗談みたいに横に転がった建物の内部に残された、ヤドカリの尻尾部分だ。


 蛍光色の体液を流しつつも、大部分は焦げ付いて異様な色になっているその尻尾が、びくり、と電気的な痙攣を見せた。


 ぶちっ。

 詰まった何かを突き破るような音がして、尻尾の表面が裂けた。


「!!!???」


 そこからは一瞬だった。


 尻尾に小さな穴が空いたと思ったら、そこから黒く細長い何かが飛び出てきたのだ。

 それは、普通の蛇と同じくらいの太さの紐のような何かだった。


 ただ、ずいぶん長い。十メートル以上はある。飛び出てきた先端が地を跳ね、恐ろしい勢いで数十メートル離れたこちらに躍りかかってくる。


 何だこいつは!?

 足元から這い上がった悪寒の中で、僕は急速にそれを察する。


 こいつはヤドカリの一部じゃない。ヤドカリとは別の生命体だ。

 咄嗟に、生物の体内に潜んで成長する、細長い生き物の名前が頭をよぎった。


 ハリガネムシ。

 こいつは、コキュータルに寄生するコキュータルだ。


生半可なナイトには使えない再起動フラグを立てていたら仲間から三回連続見つめられた。

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