第百八十七話 西部都市解放作戦
超兵器罠を手に入れてからのモニカたちの成長は目覚ましかった。
それぞれが扱う罠の属性を限定したいと言い出し、ジャンケンの結果モニカは雷、レティシアは氷、シンクレイミは風と決まってから、それらに専念することによってさらに腕を磨いていった。
その様子を見た市長により〈大階段〉と〈噴水公園〉も開放され、付近にあるオーディナルサーキットにも〈ブラッド〉が安定して供給されるようになったことで、南部都市はどこに住んでもその庇護を受けられるようになった。
グレッサリア南部都市は、かつての安定した政情を取り戻したのだ。
一方で、セルバンテスたちの交易も順調に継続されていた。
〈ブラッディヤード〉と〈ディープミストの森〉に水を届けることで、超兵器のパーツはもとより、ドワーフの工芸品やエルフの嗜好品とも交換することで、三地点の交易サイクルを確立させた。
まだまだ物流のラインは細いが、ナグルファル号は、永遠に海を彷徨うという呪いを逆手に取り、絶対に沈まない高速運搬手段として絶大な信頼性を勝ち取るに至っている。
セルバンテスたちは、グレッサの民たちが感じていた隔絶の壁を、現実的に打ち壊し始めていた。大通りの店先に並ぶ異国の商品を見ながら、僕はそう確信した。
そろそろ次の区画への進出を考えるべき時だった。そんな状況下で、ラスコーリたちは僕らにある作戦を持ちかける。
「西部都市のコキュータルを、こっちの狩り場に誘い込む?」
リーンフィリア様の地上神殿、一階。
ラウンジに集まった僕らに、ラスコーリと三人の暗黒騎士姫が示したのは、その計画書だった。
「ええ。調べてみたところ、次に解放を狙う西部都市には南部とは比べものにならない量のコキュータルが住み着いていることがわかりましたの。恐らく〈雪原の王〉のような大物がおらず、外壁を破り切れなかったことが原因ですわ」
ラスコーリから説明を引き取ったモニカ・アバドーンが、知的な目元を引き締めて言う。
「現在、西部都市には、主と思われる超大型のコキュータルが確認されていませんわ。もし何らかの方法で身を隠しているとしたら、それを探すことから始めなければいけませんの。先生たちが前のように正面から乗り込むのは、総合的にロジックするまでもなく危険ですわ。そこで、南部都市に敵を意図的に導き、〈武器屋通り〉〈大階段〉〈噴水公園〉にて迎え撃ちますの。先生たちはその隙に超大型コキュータルを発見し、撃破する以外にありえない」
とん、と置かれた白い指の下の地図には、南部と西部を分割する大きな壁と、そこを越えて西部から侵入してくるコキュータルの誘導経路が赤線ではっきりと記されている。
確かに、見えないボスを探しながら雑魚の処理をするのは大変だ。下手をすると二つを同時に相手することになるかもしれない。ボス戦に雑魚が大量に沸くことほど鬱陶しいものはない。
だが……。
「大丈夫、なの? モニカたち……」
パスティスが心配そうにたずねると、彼女たちは胸を張り、
「お姉さま。わたくしたちはもう一人前の暗黒騎士姫なのですわ。必殺技も、ベストな罠の配置も決まりましたの。安心して任せる以外ありえない」
「地の利はこっちにあるから多分、大丈夫。でもなるべく早く終わらせて帰ってきてほしいな……」
「心配いらないデス。ヤバくなったら逃げるのデース。後始末は帰ってきた先生たちにお願いしマス!」
その口ぶりにはおごりも謙遜もない。できることとできないことを自覚した人間の賢明さだけがあり、僕の胸によくぞここまでという頼もしさを膨らませた。
彼女たちはもう一人で一つの狩り場を担当している。
撤退したのは序盤の一、二回ぐらいで、その際も、追手を即座にまく冷静な逃げ足を披露している。劣勢にパニクるような心配はない。任せても大丈夫なはずだ。
「念のため、アディンたちに乗って空から彼女たちの戦いを確認しよう。大丈夫そうならそのまま西部都市に乗り込む」
「うん」
「それならわたしも賛成だ」
僕の提案に実戦部隊のパスティスとアルルカがうなずき、話はまとまった。
※
普段より長い鐘が鳴らされた。
狩りに関わらない一般人たちは速やかに自宅に戻り、カンテラの明かりを確認しつつ屋内待機を徹底する。
これから始まるのは、グレッサリアの歴史でも類を見ない誘導作戦だ。
南部と西部を隔てる門を開放し、コキュータルを招き入れる。
ちなみに、この内壁と門は、人の行き来を制限するためのものではない。各都市が狩り出すコキュータルをよそに逃がさないための囲いだ。コキュータルはあくまで、彼らにとって動き回る資源なのだ。
コキュータルの経路はある程度予測されてはいるが、ハンティングを始めたモニカたちがまき散らす血の臭いを嗅ぎつけるまでは、かなり広範囲に活動することが予想される。
十分にコキュータルが南部に入り込んでから、僕らが西部に突入。ボスのコキュータルを発見し次第討伐し、作戦完了だ。
「必ず無事に帰ってきてください」
「敵の古代ルーン文字には気をつけてね」
「ちゃっちゃとやって終わらせるのよ」
留守番のリーンフィリア様、マルネリア、アンシェルに見送られ、僕らは地上神殿前からアディンたちに乗って群青の空へと舞い上がった。
「騎士様、あれ……」
すぐ横を飛ぶパスティスが、西部都市の隔壁を指さす。
滅多に開かれないという大門から、青白い炎の群れが街中へとなだれ込んできていた。
宵の口の墓場に集う鬼火そのものの輝く心臓は、迷路のような通路を駆け抜けるうちにいくつもの群れに分かれ、そのうち一つは〈大階段〉を守るレティシア・サブナクの狩り場に到達しつつあった。
「行こう」
アディンに指さし指示を出し、現場上空へ直行する。
「氷魔人弾頭破!」
〈大階段〉での戦いはすでに始まっていた。
ゲーム『ドンキーゴング』の一面を思わせるつづら折りの階段中腹に陣取ったレティシアが、のけぞるようなポージングと共に罠を起動させている。
踊り場から現れ、転がり出したのは、通路幅にほぼ等しい巨大な雪だるまの頭だ。
グレッサリアでは雪だるまの鼻にニンジンを使うことが多いのだが、この罠の表面にびっしりと作られた顔の鼻は金属製のトゲで、階段を駆け上がってきたコキュータルたちを串刺しにしながら下へと転がっていく。
中には刺突を免れた者もいるが、地面の雪と一緒に巻き取られ、結局一緒くたに最下層へと転げ落ちていった。
やはり階段での鉄球系は強い! 僕の助言通り、レティシアも惜しみなくそれらを配置している。
別の一団が、今度は階段上部から現れた。
狩り場は防衛地点と違い、通路の反対側からも敵の侵入があり得る。レティシアが〈大階段〉の真ん中にいるのはそのためだ。
高所を取られても彼女は動じなかった。
「破邪凍結陣、一番から十三番まで解放!」
階段を駆け下りようとしたコキュータルたちは、突如凍結した踏面に足裏を滑らせ、次々と転倒していく。さらに、氷の滑り台と化した階段が、つづら折りの折り返し地点から、勢いのついたコキュータルたちを次々に外へと放り出していった。
高所から投げ出されたコキュータルはなすすべもなく地面に叩きつけられ、大部分がそのまま心臓の燃焼を止める。負傷で済んだ者もいたが、その機動力は根こそぎ奪われ、再びレティシアを狙うことは不可能になった。
運よく、手すりの内側に残った者たちへも、
「突垂天使弾!」
“あんたのためじゃないんだからね!”と、電子音じみた声を上げながら階段を転げ落ちてきた誰かさん似の岩に、轢き潰されていく。
……冗談で作ったのに、あれを採用してるのか……。
詳しく言うまでもなく、アンシェルの顔を模した岩石で、特徴はしゃべること。それだけだ。
『リジェネシスⅡ』の初回限定版特典か何かな……。すごいいらない。
羽飾りから、勝手に罠の一つにされた天使の抗議が聞こえた。
「わたしの顔あんなに大きくないわよ!」
「さすがにそれはみんなわかってるよ」
そんな手堅い布陣にもめげず、かつてないコキュータルの軍勢が上下からレティシアめがけて突入してきた。あれだけいると、一つの罠の攻撃範囲からは余裕ではみ出てしまう。
これはまずいか……?
僕が救出のためにアディンを向かわせようか思案した直後、レティシアのカンテラがちかちかとこちらに向けられる。
「先生にも魅せてあげる。〈大階段〉最大奥義……暗黒階段舞踏祭……!」
何だと!?
ざしゃあ、と雪を踏みつけながら足を開き、ポーズを取ったレティシアが何やら大技の構えを見せた。
地鳴りが聞こえ、手すりに積もっていた雪が微震から崩れて落ちていく。
何だ? 何が起きる?
ドゴシャア!
階段上にいたすべてのコキュータルが、上方向へとかち上げられた。
「ええ!?」
僕は目を見張った。
階段の一段一段が、弾かれるピアノの鍵盤のように、あるいは、音楽再生ソフトが音に合わせて上下させる棒グラフのように、激しく運動しているのだ。
跳ねあげられたコキュータルは落下後、今度は突き上げる階段に容赦なくアパカされ、抵抗するすべもなく絶命していく。
これが〈大階段〉全体を使った最大奥義……!
特定の条件がそろった時のみ――たとえば何かのゲージがマックスになった時に使えるスペシャルな大技ということか? そこまで力を引き出していたなんて!
それにしてもえぐいな!
すでに心臓を停止させたコキュータルも、階段上にいる限り、跳ねあげられ、落ちてきたところをカウンターで突き上げられを繰り返し、見るも無残な肉塊に変えられていっている。
これ、製品版は、敵がPON☆とコミカルに消える演出に差し替えられてるな絶対……。
一瞬にして肉片と体液の地獄と化した〈大階段〉のただ中で、一人安全地帯にいたレティシアが、気だるげに僕に手を振ってきた。戦果はご覧の通りということだろう。
僕は腰のカンテラを彼女の方に二度ほど振り向け、了解の意思を伝えると、その場を任せて上空へと舞い上がった。
西部からなだれ込んだコキュータルの心臓は、いつの間にか南部の大部分に広がっていた。
密集しているのはやはり、血臭漂う狩り場だ。
僕は次に、シンクレイミ・シャックスが陣取る〈噴水公園〉へと向かった。
「裂空帝王斬デース!」
中央に大きな噴水を戴く庶民憩いの場は、コキュータルの死体が蛍光緑の体液を噴出させる魔界の様相を呈していた。
マップに所狭しと配置された竜巻が、近づくコキュータルを弾き飛ばし、別の竜巻へと投げ込む。そこで弾かれたコキュータルはさらに別の竜巻へ……というふうに連鎖し、命を懸けたピンボールが開催中だ。
中には弾き飛ばすだけでなく、内部に取り込んで風の刃で切り刻む種類のものも混じっているらしく、竜巻そのものがコキュータルの体液色に染まっているのもあった。一度ハマった敵は生きてそこから出られないという残虐性剥き出しの配置がシャックスらしい。
本家悪魔のシャックスも忌々しいほどにサドだったけど、その信奉者たちも負けていない。そっとうかがうと、パスティスは唇を波線にして、複雑な表情を作っていた。
「もっと死ぬデース!」
噴水前で嬉しそうに飛び跳ねているシンクレイミのところに、無事たどり着けたコキュータルはまだ一体もいないらしい。彼女の周囲の石畳は白いままだった。
だが、今、風の迷路を抜けて、数体のコキュータルが迫りつつある。
と。
「あ、その出口ははずれデス」
シンクレイミがすっと身をかわすと、背にしていた噴水塔から横向きの放水がコキュータルたちを襲った。
グレッサリアのおいしい水に吹っ飛ばされた怪物たちは、押し飛ばされた先で竜巻に巻き込まれ、死のピンボールに強制参加させられ、そのまま昇天する。
ここ〈噴水公園〉には、備え付けの特大罠が存在した。それが中央の噴水塔だ。
石で象られた花畑の中央で、女性が大きな水がめを肩に乗せているデザイン。
この噴水塔――というか女性が持つ水がめは、敵が接近すると決まった方向に口を向け、ロケットランチャーのような放水を行う機能を持っている。
放水を受けた対象は後方に吹っ飛ばされる。発射間隔が長いため、同じ敵を何度も押し返すことはできないが、他の罠と組み合わせることで、コンボの始発点として使うことが可能なことが判明していた。
庶民に愛されているわりにいつでも人気がないのは、まあ、いつ狩り場になるかわからないという以上に、この水鉄砲の暴発を恐れてのことだろう。実際、年に何組かのカップルが水をかけられ爆発するように吹っ飛んだいう事例が伝えられている。
この噴水塔の砲撃もあって、シンクレイミが張り巡らせた風の要塞に、入り口はあっても出口はない。
水鉄砲の他にもいくつか突風の罠が仕込まれており、どういう角度から接近しても外に弾き出されるクソゲーみたいな配置になっていることを、一緒に設計図を考えた僕は知っていた。
しかし、完全無欠ではない。
メインのダメージソースとなっている竜巻の継続力には限りがある。
やがて力が弱まる兆候が見えた。
シンクレイミの悪い癖は、罠を一気にすべて起動させて、敵が右往左往するのを楽しんでしまうことだ。
結果、地面に仕込まれた罠がエネルギー切れになるのも同じタイミングになってしまい、狩り場の主は大きな隙を晒す。
乗り込まれるか?
僕がアンサラーをひそかに構えた時だった。
「先生を安心させるために派手にやってやるデス!」
いきなりシンクレイミのウインクを受けて、僕は思わずアンサラーの銃口を上に向け直した。邪魔しないようこっそり上を飛んでいたのだが、気づかれていたらしい。レティシアといい、これは周囲が見えている証拠ととらえていいのか。
「Z!」
シンクレイミが得物の大鎌を頭上に掲げて叫ぶ。
直後。
「!?」
地面が震動し、噴水塔の女性が激しく揺さぶられだした。
これはまさか、〈噴水公園〉特有の大トラップが起動したのか……!?
あの激しい揺れ具合。まさか、あの噴水の女性像が、動……!?
次の瞬間、噴水の石囲いの下から巨大な石の腕が二本突き出し、女性像をがっしと掴んだ。
「ヘヒッ!?」
思わず変な声が出た。
噴水の水を貯めておく囲いの内側は、いつの間にかぽっかりと穴が空いており、腕はそこから出てきたのだった。
噴水塔を掴んだまま、囲いの底からのそりと立ち上がったのは、噴水塔に象られた女性をそのまま何倍もでかくした石の巨人だった。
石の巨人は、自由の女神を髣髴とさせる引き締まった面差しで地の底から完全に這い出てくると、手にした噴水塔で片っ端からコキュータルをぶん殴っていった。
噴水関係ねえ!?
「これぞ〈噴水公園〉に隠された最大トラップ、〈Z〉デス! 彼女が暴れているうちに罠をチャージさせてもらいマス! わかったデスか先生! シャックスの目に死角はない!」
甘かった。まさか女性像を単なる鈍器にするサイズの巨人が、噴水の下に潜んでいたとは……。まるで空にそびえる石造りの城だ。
超兵器も形無しのびっくりギミックだが、頼もしいのでよしとする。僕はシンクレイミに親指を立てて応えると、最後の狩り場〈武器屋通り〉へとアディンを向かわせた。
「〈武鬼殲滅総攻覇〉! 役割を果たし、彼らを導くしかない!」
「ウウ、デギ……デギ、ゴロズ! ゴロザナイド! オデ、ニンゲンモドレナイ!!」
「斬る斬る斬る斬る斬るウウウウ!」
「ウオオオオ、オホホホホ!」
二本の軍刀を十字に交差させたモニカの呼びかけに呼応し、ついにトラップであることをかなぐり捨てた武器屋の鬼たちが凶器を手に店からのっそりと出てきて、殺人鬼めいた動きでコキュータルに襲いかかっていた。
あ、あー……。それが〈武器屋通り〉の大技なんですね。
まあ、ここが一番安心できるのは知ってたよ。実績が違いすぎる。
住人たちの日常復帰は果てしなく遠そうだけど、楽しそうだから、まあいいか。
モニカが口元に微笑を浮かべてこちらを見上げたのにうなずき返すと、僕はパスティスたちに告げた。
「よし、南部は鉄壁だ。西部都市に突入する!」
アンシェルストーン(スエゾー)




