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第百八十四話 扇導者

 作りかけの中庭から、花壇に水をやるリーンフィリア様の鼻歌が聞こえてくる。

 裏庭からは暗黒騎士三人娘が、パスティス相手にひたすら当たらない攻撃を繰り出す掛け声。

 離れの作業場から響く金属音は、アルルカの悪戦苦闘を反映したように途切れ途切れだ。


 マイホームの完成から早数日。

 すでにただの実家と化した神殿を、思い思いの生活音が取り巻いている。


 グレッサリアで多用される灰色のレンガは、神殿の雰囲気とよく合っており、民家の真ん中に突然現れたスタイルの違う建造物の違和感をほどよく中和していた。


 入り口前に、リーンフィリア様の要望で突き立てられたスコップ像は、今日も多くの参拝者を集めて、グレッサ特有の邪神の祝詞の集中攻撃を受けている。


 僕らは静かに待っていた。

 ナグルファル号を飛ばすという一大プロジェクトの根幹を担うマルネリアが、そのための研究を十全に完成させるのを。


 彼女を急かす言葉を投げかけることはない。

 これに関する情熱がグレッサ以上であることは明らかであり、おろそかにする時間は一秒もないと確信できた。


「マルネリア、お茶が入ったってよ」


 その日の午後。ティータイムとは名ばかりの味付き白湯とお菓子の時間を告げに行くと、マルネリアは作業机に突っ伏して寝ていた。


「またか。しょうがないな」


 無理をしているとは今さら感じない。彼女は何かを研究している時、いつもこうして寝落ちしている。純粋に楽しくて、切り上げ時が見つからないのだという。


 窓の外に雪がちらついている光景ほどに室内が寒いわけではないけれど、僕は念のため毛布をかけてやろうとした。が。


「あ。ボク寝てた」


 マルネリアは近づいただけで勝手に起きてしまった。

 駄々洩れだったヨダレをあけっぴろげにじゅるりとすする音がする。


「おはよう。ラウンジでみんなお茶してるけど、マルネリアはどうする?」

「んー。もう少ししたら行く」


 椅子の上で伸びをしながら、シャツの裾から伸びた生足を意味もなくぱたぱたさせた後、彼女は机に広げた日用雑貨を手に取った。


「古代ルーン文字って、どんな感じ?」


 僕が研究の進捗を微妙にはずした質問をすると、マルネリアは、ティーポットに書かれた文字を書き取りながら答えた。


「複雑怪奇だね。ストームウォーカーで見たのもそうだったけど、こうして数を揃えてみると一層際立つ」


 彼女は、手元にあった紙を一枚僕に差し出した。サンプルから書き取られた古代ルーン文字がびっしりと記してある。


「一番上の行と、二番目のやつ、文字も文体も全然違うでしょ?」

「うん」


 ルーン文字は僕も読める。彼女の言う通り、二つの記述はまったく別物に見えた。


「それ、効果同じなんだ。どっちもコートについてた寒さ対策」

「なに……?」


 僕はちらりと室内に目をやった。部屋の端に、テレビ局の衣裳部屋か何かと見まごうような、大量の衣服が置かれている。同じ防寒着についているものなのに、こうも形が違うなんて。


「記述のための作法がとんでもなく曖昧なんだ。いや、定まってないというべきかな。何でもありに近い。それでいて、一文字間違えば効果が激減する。自由で繊細で強大で脆い。挫折を知らない天才みたいな気質だ。これがルーン文字の起源なら、エルフたちが現行の形に直した理由もわかるよ。扱いにくすぎるんだ。たとえ樹鉱石にしか刻めないという縛りを受けたとしても、使い勝手は今のルーン文字の方が上。こんなややこしい魔術文字は、いつか簡単に使い手が途切れちゃうよ」


「解読は難しそう?」


 僕が核心をつくと彼女は笑い、


「効果がわかってるから、読み解くだけならそれほど難しくない。ただ自分で刻むとなると、別次元の難しさになるかな。特にボクらの場合は注文が多いからね。文字の並びにどんな変化が必要か、現段階では想像もつかない」


「無理なら無理ってはっきり言ってね。元々は僕の無茶な思いつきなんだから」

「騎士殿は自分にも他人にも無茶をさせるからね」


 けらけら笑いながら言った彼女は、けれど決して責める口調ではなく、逆に予想外に真摯な眼差しを僕に向けてきた。


「でも、ボクは騎士殿の無茶、好きだよ」


 悪戯っ気のない、真っ直ぐな色の目に、僕の心臓がハイトーンの音を鳴らす。


「騎士殿の無茶は、自分のためじゃなく、誰かのための無茶だ。いや……ちょっと正しくないな。誰もが、できればそうしたいと思っている無茶。そう、こっちだね」

「逆にわかりにくくなったよ」


「是非自覚してほしいなあ。〈ディープミストの森〉でもそうだった。二つの里を同時に助ける戦いは、誰もが“そうできればいいのに”と思いながらも、相互不信のせいで誰も実行できない作戦だった。騎士殿はそういう壁をまるっきり無視して、しかも本気でやろうとする。無謀ではあるんだけど全力で先頭に立つから、みんな手を貸したくなる。理想的で、空想的で、おまけに熱狂的。今もそう。本当に船が飛んで、外の世界と繋がれたらいいなと“思うだけだった”人たちをどんどん巻き込んでる。騎士殿には、先導者と扇動者の才能があるのかもね」


「それって誉め言葉なの?」

「誉め言葉だよ。その二つを正しく分けられるのは、百年先にいる無辜の歴史家だけだ。渦中にいるボクらにとっては、ただただ、追いかけたい人」


 身勝手をまき散らしてきただけの僕としては、むずがゆくなる評価だ。

 マルネリアは机の引き出しから見覚えのある石片を取り出した。


「これ覚えてる?」

「僕が〈ヴァン平原〉で拾った石板の欠片じゃないか」


〈原初大魔法〉が書かれているという噂のあれだ。マルネリアに預けて以来、すっかり存在を忘れていた。


「実はね。古代ルーン文字の独特の変化って、ここに書かれてる変化と似通っている点があるんだよ」

「へえ……」

「二種類のルーン文字だけだと見つけられなかった法則が、こっちの石板と照らし合わせることで何となくわかってきた。時間はかかるけど、ボクは古代ルーン文字が使えるようになるよ」


 それってかなりすごいことなんじゃないか? 共通点の発見より、それを活用できるマルネリアの頭脳が。


「繋がってるんだ」


 マルネリアは顔を無邪気にほころばせた。


「ボクらがしてきたことは、何かに繋がってる。人も、ものも、全部繋がってく。そして何か大きな形になろうとしてる。研究を途中で投げ出さなくて本当によかった。騎士殿が最初にボクの研究を認めてくれなかったら、この手掛かりにたどり着くことさえできなかった。騎士殿と繋がれて、本当によかった」


 だからさ。と彼女は続ける。


「グレッサの民も、絶対に世界と繋げてあげよう。そうすれば、仮に神様に見捨てられていたとしても、グレッサリアは幸せな街になれるよ」

「うん」


 僕は強くうなずき返した。

 同じ気持ちだ。僕も、彼女も。

 みんなが同じ方を向いている時、物事は必ず成功する。そう信じてる。


 マルネリアが研究を完成させたのは、それから五日後のことだった。


二話連続で会話メインなことをお許しください!

何かマルネリアの出番が多い気がするのは、戦闘パートに出番がないことと、悪い子なので目立つから。

決して他のキャラがみんな脳筋だからではない。


再開してすぐ読んでくれる人がいて本当に嬉しいです。ありがとう!

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