第百七十九話 暗黒先生
「アバドーン! 持ち場を離れるな! 武器屋〈腕力亭〉の扉の前だ!〈アサルトドアーアンクル〉に誘い込め! サブナク! さりげなくパスティスの方に寄ってくな! シャックス! 君もだ! 磁石か君らは!? ほら来るぞ次!」
〈武器屋通り〉に僕の指示がこだまする。
三人の暗黒騎士姫たちが超絶的に憶病だと判明してから、もう戦いを彼女たちに任せておくわけにはいかなくなった。
ラスコーリから、僕らがほぼ主力であることは示唆されていたけど、こういう状況は予想外だった。
まさか、一人でもヤツらを倒せる技量は十分あるのに、怯えて、すくんで、本来の力が出せないまま逃げ出してしまうとは。
敵が怖いのは普通だ。
戦いから逃げたいのもわかる。
『Ⅰ』には勇敢な戦士たちが何人も登場したけど、それに負けないくらい臆病な人々もいた。本当に弱い人もいれば、彼女たちのように力はあるのに勇気がない人もいた。
勇気を出して大切な者を守った人がいた。逆に勇気を出したせいで命を落としてしまう人がいた。
共通していることは一つ。
みんな、命を費やして生きるしかない。
命を削られない場所なんかない。傷つかずに済む場所もない。誰もが命の危機に直面しながら、己と向き合って生きていく。それが『リジェネシス』の偉大なる世界観。
だから、さっきはポンコツだなんて言っちゃったけど、彼女たちは決してコレジャナイ存在ではなく、ちゃんとした――
「いやああああ! 一人! 単独防衛! 怖いですわ! こんなの役割的にありえない! わたくしもそっちに行きたい!」
「悪いけど、この安全地帯は二人用だから……」
「パスティスお姉さまが守れるのは二人までなのデース。そのまま狩りの終わりまで役割を果たすデース」
スッ……!
コレジャナイ!
【ごめんやっぱ何か違うわ:1コレジャナイ】(累計ポイント-33000)
何だろうなあ。ノリかなあ。やっぱ真面目さがないんだよなあ。臆病さの。もっと深刻で純文学的な臆病さなんだよなあ、本来の『リジェネシス』は。
アンチの、
――うじうじしてるヤツ多すぎてウザかった。早く死ねと思った。
――今時キャラの葛藤なんか誰も求めてないのに、どうしてやっちゃうかねえ。
――人間性()描きたかったんでしょ。
という発言がコメント欄に溢れ返るくらいだからなあクソが。
それで?
こうなったらこうなったで、真剣さが足りないとか、世界観にそぐわないとか、スタッフ迷走しすぎとか言うんでしょう? しってるぞぼくはくわしいんだ。
「先生! 先生! 何を頭を抱えているんですの!? ちゃんと見ていてくれないと、もしもの時にわたくしを助けられないですわよ!? それでは役割を果たせない!」
「あ、ああ、ごめんごめん。何でもない」
蒼白な顔を引きつらせるアバドーンに、手を挙げて応える。何だかいつの間にか先生扱いされてるけど、この際、些末なことへのツッコみはなしだ。
前の世界じゃ自分でもイヤになるほどクソッタレに憶病だった僕が、こうして彼女たちに独り立ちを強要するのはひどくモヤッとする。けれど、彼女たちがやがて一人ずつ狩り場を受け持つであろうことを思うと、できる限りの訓練をここでするしかない。今のまま一対多数の戦場に放り込まれたら、間違いなくやられてしまう。
ここは心を鬼にして、彼女たちを鍛えよう。
「きゃあああ! 来た、来ましたの!〈アサルトドアーアンクル〉起動!〈アサルトドアーアンクル〉起動!」
「どおりゃあああ――って、誰もいねえじゃねえか!?」
「あああタイミング早すぎますわ! 罠のサイクルが崩壊しますのおおお! もう一回! 早く早く早くううう!」
「おっさんもう疲れちまったよ……。少し休ませてくれ……」
「あああああ、先生、お姉さま助けてええええええ!」
だが、ご覧のあり様!
圧倒的な数的優位がないと恐ろしく腰抜けになる彼女たちは、コキュータルが迫ってくるのに耐えられず、罠発動のタイミングを滅茶苦茶に見誤る。
一応、彼女のまわりを簡略化して俯瞰すると、
□□□□□□■■□■□□□□□
□ 〇〇〇〇 蝗
□
□ □□□□□□□□□□□
□ ↑ □
□:壁
■:罠ポイント
蝗:モニカ
〇:アサルトスピア攻撃範囲
↑:コキュータル侵入経路
という位置取りになっている。
コキュータルは図面下から大回りで角を曲がってきて、アバドーンに襲い掛かる。
彼女のすぐ上の壁には〈アサルトドアーアンクル〉が仕込まれていて、食らった相手は左に二マス吹っ飛び、そこで二つ並んだ〈アサルトスピアアンクル〉による追撃を受ける形だ。
武器屋のおやじたちが投げる武器は、射程距離が横三マス分もあるため、二人同時に〇部分にいる敵を集中攻撃してくれる。アンクル強い。
ただし、最初の〈アサルトドアーアンクル〉がしくじれば、素早く動くコキュータルにおやじの投げた武器が当たることはなく、このコンボは瓦解する。
今のところ、成功率は二割くらいだ。二回罠を起動させるだけのシンプルなコンボなのだが、恐怖は人の判断力をここまで低下させてしまう。
パスティス召喚に救われたモニカが、手を挙げて僕に猛アッピルする。
「先生、交代、交代! ここで交代する以外ありえない! わたくし一人に負荷をかけ続けるやり方は、総合的にロジックするまでもなくナンセンスですの!」
「さっき交代したばっかだろ! まだだ!」
「先生は鬼ですの! 鬼、悪魔! 超悪魔村の住人!」
「それはおまえだ!」
リーンフィリア様はグレッサの民を救うと決めた。僕らがいる今この時だけ平穏なのではなく、去った後もそれを維持できなければ意味がない。
それを担えるのは暗黒騎士姫だけだ。彼女たちには強くなってもらわなければならない。常に三人一緒に戦えるわけじゃないのだ。
囮役はアバドーン、サブナク、シャックスの順にローテ。
罠を使った戦いの練習なので、他二人は僕とパスティスが守っている付近に待機させている。一応迎撃の用意はさせているけれど、実質的に休憩所だ。
新米暗黒騎士姫たちの悪戦苦闘は、交代を繰り返しつつしばらく続き――
「ア、〈アサルトスピアアンクル〉起動デス!〈アサルトスピア〉! ……何してるデスおやじ!?」
「すまねえシャックス嬢! もう店の武器が空になっちまった! もう女房くらいしか投げつけるものがねえ!」
「そんな爆弾投げられても困るデス! 隣の店はどうデス!?」
「こっちはもう腕が上がらねえ。歳は取りたくねえぜ。悪いがあとは自力で頼む!」
「ギャアアアアス! せんせえ助けて! せんせええええ!」
泣きわめくシャックスに迫ったコキュータルの心臓を、アンサラーの弾丸が綺麗に撃ち抜いた。
南部都市の隅々まで響く鐘が鳴ったのは、そんなタイミングだ。
狩りの終わりを告げる音だった。
「よし撤収!」
僕はアンサラーの物質化を解除すると、全員に呼びかける。
「もう立てませんわ……」
「生きるのってしんどいよね……」
「先生は厳しすぎるのデス……。もっと甘えを許すべきデス……」
体力よりも心労で倒れた暗黒騎士姫たちを、アルルカがカイヤのアームで釣り上げ回収していく。
〈武器屋通り〉のアンクルたちにもお疲れ様と手を振っておいた。
通りに積み重なったコキュータルの死体は、三十弱といったところだった。道は一面血にまみれているけど、早くも地面に染み込んでいっている。そうして、直下にあるオーディナルサーキットへと届けられるのだろう。
今回は一つの狩り場に六人も狩り手がいたから、ローテンションが組めて休憩時間も確保できた。でも、他の狩り場が開放されればそうもいかなくなる。
狩りの頻度はコキュータルの出現頻度によるそうだ。断続的に出現するため、四六時中張り付いていなければいけないほど忙しくはないのが救いか。
血統家が健在だった頃は当番と非番が分かれていたそうだけど、数が足りない今、それもできない。出ずっぱりだ。
せめて、もうちょっと色んな罠を用意できれば、彼女たちの戦いにも合わせられるんだけど。後でアルルカに相談してみるか……。
あ、戦闘後のお風呂のシーンだけど。
何となく風呂に入りたい女神様たちに加え、ついでにモニカたちも一緒に入っていくことになって、さすがに僕の入れるスペースもないから野外待機させられたよ。
オーディナルサーキットがちゃんと動いている今、無理に一緒に入る必要もなく当然の措置と言える。
だから今この瞬間、確かにあの風呂は一糸まとわぬ少女たちで満員だけど、描写はできないよ。
ツジクロー。一人称視点って、悲しいことなの。
女性陣が出ていった後の風呂場には、石鹸と湯の匂いに交じって得も言われぬ先客たちの残り香が漂っていた。
わずかに委縮した鉄製の足を、蹴飛ばすようにして先に進ませた直後、後ろで閉じたはずの扉が開く音と近づいてくる複数の足音が、僕を振り向かせる。
普段着に着替えたモニカたち暗黒三人娘だ。
彼女たちは前髪の影を目元に落としたままにっこり笑い、
「先生。今日のお礼にわたくしたちが鎧を洗ってさしあげますの」
「うん……。お礼は、しないとね……」
「うちが代々経営している雑貨屋に長年放置されてるすっごく硬いタワシデース!」
三対一の優位を生かして飛びかかっ――うぼああああああああ!!
※
翌日、〈オルター・ボード〉に表示された罠リストに変化があった。
先日の戦いで獲得した〈ブラッド〉によって、新トラップが追加されたようだ。
〈アサルトドアーアンクルパワード〉:強くなったおやじにより、開いた扉が敵を四マス吹っ飛ばす。
〈アサルトスピアアンクルラッシュ〉:機敏さを増したおやじが、標的に向かって高速で武器を投げつける。
僕は画面から一度目を離し、改めてその文面を確認してから、胸中に怒鳴り声を広げた。
おまえらが強くなるんかい!!
女性陣が入った後のお湯と空気をパックでお届け!
支払いはDLC天使まで!(天マ)




