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第百七十八話 ハンティング

 があんがあん、と鐘楼が数度鳴った直後の〈武器屋通り〉は、張り詰めた緊張の飽和状態にあった。


 動いているのは、群青色の空から降り続ける粉雪と、視界の端に吐き出される白い息のみ。

 通りの奥から吹いてきた風が鎧の継ぎ目をすり抜け、その中に交じり込んだざらつく殺気が、よそ見をしていた僕に前を向かせた。


 どこで拾ってきたものか、問いかけるまでもなかった。


 靴底を押すようなわずかな震動が徐々に大きくなる。

 獣の唸り声がした。素早く地を蹴る四つの足音がした。


 正面。直角に左に曲がる道の陰から、青白い心臓を燃やした獣一匹が姿を現す。


 勢いがつきすぎた獣は角を曲がり切れずに大回りし、武器屋の壁に半ば体をこすりつけるようにしながら、それでもこちらに向かってきた。


 狩りが始まる。


「トラップ・ワンを起動」


 僕が静かにつぶやくと、


「ッシャアアアーッ!!」


 突然目の前の武器屋の鉄製の扉が開き、獣の鼻っ面を弾き飛ばした。

 すぐさま閉じられた扉の先では、完全に不意を突かれたコキュータルが吹っ飛んで、別の武器屋の軒先に倒れ込む光景が広がっている。


「トラップ・ツー、トラップ・スリー起動」

「おらァ!」

「食らえ!」


 店の二階の窓から住人が身を乗り出し、売り物の剣や槍を投げつける。

 そのうちの一つが蒼い心臓に命中し、コキュータルは動かなくなった。


「やりましたぜ騎士殿!」

「これが武器屋商店街の団結力よ!」

「どんどん来やがれ!」


 武器屋の大将たちの勝鬨を聞きながら、僕はつぶやいた。


「……コレジャナイ!」


【罠がなんか違う:1コレジャナイ】(累計ポイント-32000)

 

 ※


〈ダーク・クイーン〉の騒動からはや数日。

 グレッサリア南部市街は、まだ三分の二以上が壊滅状態ではあったけれど、とりあえず人々が暮らす拠点として機能するだけの力を取り戻していた。


 果てしなかったクリオネたちの体液集めもあらかた終わり、ようやく住人たちが各々の生活に戻れるようになった頃、


「そろそろ、コキュータルの狩りを再開したいと思いますじゃ」


 居間に集まっていた僕らに、真新しい眼帯をはめたラスコーリはそう告げた。


「よし、やろう」


 僕は即答し、ここ最近、窓の外を横切る蒼い心臓の数が増えてきたことへの憤懣を、手の中に握り込んだ。


 カンテラのおかげで襲われないとわかっていても、通りを歩く人の姿は決して多くはない。〈ダーク・クイーン〉前にできていた行列などレア中のレアで、ほとんどの住人は普段家に引きこもっており、用事がなければ出てこなかった。


 ここはまだ、コキュータルに支配された街なのだ。


「従来の狩り場は三か所。〈大階段〉〈武器屋通り〉〈噴水広場〉ですじゃ。ただ、〈武器屋通り〉以外はまだ罠の準備ができておりませんので、今回はこの一か所のみの解禁とさせていただきます」


 半ば予測していた説明を彼から聞いた僕は、暖炉前の絨毯に置いた〈オルター・ボード〉をちらりと見る。


 今日までで、一つ厄介なことが判明していた。

〈オルター・ボード〉をチェックしていくと、罠の設置画面があることがわかる。

 ただ、肝心の罠が、いずれも×印をつけられていて、設置――あるいは購入――できない状態にあるのだ。これらの入手には、何かの条件が……恐らくは〈ブラッド〉の回収が必要になってくるのだろうGK (ゲーム的に考えて)。


 唯一、〈武器屋通り〉だけが罠を設置可能。カタログには〈アサルトドアーアンクル〉や〈アサルトスピアアンクル〉などの罠がラインナップされている。


〈アサルトドアー〉は、開いた扉が敵をクラフトブロック二つ分吹っ飛ばす打撃効果。〈アサルトスピア〉は、上から降ってきた槍が敵を突き刺す刺突効果となっている。


 シンプルな効果だけど、初心者にはわかりやすい親切設計。まずはここから手ならしだ。

 でも、アンクルって何だろうな。十字架のことかな?

 まあいい。大事なのは効果であって、名称に大した意味はない。


「アバドーンたちも経験を積めば、それぞれが単独で持ち場を持って戦えると思うのですが、今はまだひよっこです。参加はさせますが、まだまだ荷が重いでしょう。どうか助力の方をよろしくお願いします」

「うん。任せて」


 僕がパスティスとアルルカに目配せすると、二人とも、あえて何を確認するまでもなくうなずいてくれた。


「では、今回は最初なので、わしが罠配置をさせていただきました。可もなく不可もなくといった配置ですじゃ。罠は元々、暗黒騎士姫の少なさを補うためのものですので、それぞれに適した配置が見つかればどんどん変更していってくだされ」


 チュートリアル的なものだと思えばいいだろう。


 一つ留意しないといけないのは、これはあくまでクリエイトパートのワンシーンだということ。

 言ってしまえば、〈ブラッディヤード〉でやっていたタワーディフェンスと同じ。罠をうまく配置して、僕が手を出さずとも、全自動的に狩りを終わらせられるようにするのが理想なんだと思う。


 モニカたちは遊撃隊か、もしくは敵を誘い込むデコイのようなポジションなのかもしれない。このあたりは製品版で確かめるといいだろう(かなわぬ願い)。


「今回は肩慣らしだと思って、狩りは早めに切り上げるとしましょう。なあに、焦る必要はありますまい。時間はありますからな」


 ラスコーリはそう言って、山羊ひげを、それが自分の特権であるかのように得意げに撫でた。


 彼の言うことに間違いはない。ただ、僕はもう少し、罠の中身について、彼に問いただすべきだった。そうすれば戦闘中に気の抜けるコレジャナイボタンを押すような試みをせずに済んだのだ……。

 

 ※


「アバドーンが血風を食らいに参りますわ」


 黒いゴシックドレスに身を包んだモニカ・アバドーンが、ナックルガード付きの軍刀を左右の手に一振りずつ持ち、四つ足のコキュータルへとゆっくり歩いていく。


「はあ、面倒くさい。さっさと終わらせて風呂入って寝よ……」


 ライダースーツのような暗色の衣装を着たレティシア・サブナクは、剣付きの手甲――ジャマダハルと呼ばれる、刺突用メリケンサックにも似ている――を一撫でし、モニカに続く。


「オマエの命を、シャックスの盗品棚に並べてやるデス……」


 半ズボンの葬服と中性的な雰囲気をまとい、シンクレイミ・シャックスが素振りした大鎌を肩に載せて、二人の後を悠然と追った。


 彼女たちが携える得物の刃からは、いずれもほのかな青白い光がもれていた。


 オーディナルサーキットから借り受けた力を、斬突へと転化する。それが、暗黒騎士姫の誰もが持っていなければならない第一の才能だという。


 牛に似たコキュータルは、ゆったりと歩み寄る三人の異様な落ち着きを訝ることもなく、正面から猛然と突っ込んだ。


 最初に加速したのはモニカ。


えいッ!」


 機敏な動きで猛牛の突撃軌道の半歩外へと抜け出すと、脇すり抜けながら風を巻くような回転斬りを側面に刻み込む。


 噴き出した体液の量が傷の深さを物語り、猛牛の突進力を鈍らせた。


 そこに飛び込んだのは、ソードガントレットを大きく引き絞ったレティシア。ダイナミックな動きで突き出された刺突剣はコキュータルの首を串刺しにし、乱れかけていた足並みを完全に地面に縫い付ける。


 通常の生物であれば致命傷に見えるが、コキュータルは異質な生命力でもって輝く心臓を燃焼させ、目の前の暗黒騎士姫を踏みつけようと足を持ち上げる。


 だが。


「よいっ――しょおーっ!」


 その攻撃が再開されるより早く、遠心力を乗せに乗せた旋回するシンクレイミの大鎌が、凶悪な鋭利さを持つ先端で猛牛の背中を割り、蒼い心臓の中心部へと到達した。


 輝いていた臓物が水風船のように弾け、透けたコキュータルの内側を蛍光緑の洪水で満たす。

 獣はいななきすら残さず、街の命の源である〈ブラッド〉をまき散らしながら横倒しになった。


 モニカの初撃から三秒にも満たない早業。手際に一切の瑕疵なし。


 やーる!


 鮮やかな連携攻撃に、後ろでアンサラーを構えていた僕は、思わず拍手を送りたくなった。


 実戦経験はほとんどないと聞いていたけど、今の動きを見る限り熟練の戦士そのものだ。

 あのばっちり決まった暗色の衣装にも、見た目はいいけど扱いは難しそうな独特な得物にも、まったく見劣りしない実力を持ってる。


 それなら彼女たちは罹患者ホルダーじゃない。

 ホンモノ――中身を伴ったホンモノだ!


 ひょっとして、おやじたちが登場するコレジャナイ罠に頼らずとも、彼女たちだけで十分やってしまえるのでは?


 楽観視した直後、新たなコキュータルが〈武器屋通り〉に侵入し、三人の少女を身構えさせる。

 さっきと同じく牛に似たタイプ。今度は二体いるけど、さっきの戦いを見る限りモニカたちの敵ではない。ゆったりと武器を構えたその余裕が、すでに勝利を確信させる。さあ、やってしま――


「……え!?」


 不意に、モニカたちはくるりと振り向くと、全力でこっちに向かってダッシュしてきた。


 何だ!? あ、おびき寄せ作戦か!?


 だが、彼女たちは、腰のカンテラが照りつける光以上に顔面を蒼白に染め、


「た、助けてくださいませ!」

「二体は無理。死んじゃう、死んじゃう……」

「うわーんデス!」


 え、えええええ!? どゆことおおおおおおおおお!?


 慌ててアンサラーの狙いをつけようとすると、三人の背後を黒い風が横断した。

 パスティスだ。


 コキュータルの頭上を飛び越える際に振るった爪は、彼らの中心で鼓動する心臓を二つまとめて血袋へと変え、死の到来に気づくのが遅れた怪物の体を数メートル走らせてから地面に転倒させた。

 相変わらず、目の覚めるような必殺。


 が、全力ダッシュから僕の後ろに滑り込んだモニカたちは、そんなことにも気づかなかった様子で、三人で身を寄せ合いながらぶるぶると震え、怯えた子犬の眼差しでこちらを見つめた。


「二体はずるいですわ二体は」

「死んだ。わたし今死んだ」

「おうち帰るデース。震えて眠るデース」


 何これ?

 完全に心が折れてるみたいなんだけど?


 え? おかしくない?

 さっきめちゃくちゃ強者感出しながら向かっていったよね?

 一匹はあっさり処理できたじゃん?


「大、丈夫?」


 右腕の血を払いながら、パスティスが駆け寄る。

 その時になってようやく、彼女たちはパスティスに助けられたことに気づいたらしい。


「お、お姉さま!」

「助かった……。助かったわたし……」

「お姉さまは命の恩人デス! お礼にナンでもするデース!」


 いきなりのお姉さま呼ばわり。

 飛びつこうとでもしたんだろうけど、腰でも抜けていたのか、三人ともべちゃっと地面に倒れただけだった。しかもそれきり起き上がってこない。すでに精魂尽き果てているようだ。


「負傷したのか?」


 カイヤに乗り込んで通りの後方を守っていたアルルカも駆けつけるが、僕が無事を知らせるときょとんとした顔になった。


 寝そべったまま、モニカたちは震え声で言う。


「わ、わたくしたち、三対一くらいの優位性がないと戦えないのですわ」

「三対二はもうこっち不利」

「よってたかってボコボコにできるくらいで五分なのデース……」


 つまり、モニカたちは極端にビビリで、圧倒的有利でないと今みたいに逃げ出してしまうのか?


 これは……ただのポンコツ中二姫ですね……。


作者の中では、


「闇の炎に抱かれて死ね」→実際に闇の炎は出ないし死なない=中二病→いくえふめい

「闇の炎に抱かれて死ね」→実際に闇の炎が出せるし殺せる=ホンモノ→モテる


なので、実際デキる人を中二とは言わない認識です。

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