第百七十六話 セントラルな流儀
「あのう、女神様。この部屋の大きさはどうしましょうか?」
「そうですね。試着室にしますので、小さめにして数をそろえましょう」
「はい」
横から話しかけてきた女性に、女神様が丁寧に応じる。笑顔でうなずいた女性は足早に作業位置へと戻り、てきぱきと灰色のブロックを積み始めた。
試着室?
「みんなも一緒に作りませんか。ここは服屋になるそうです」
リーンフィリア様はにっこり笑って言った。
「服屋?」
オウム返しにした僕に、後ろから柔らかい声音が反応した。
「ええ、女神の騎士様。この目抜き通りには、以前大きな服屋がありましたの」
「あ、モニカ」
「アバドーンとお呼びくださいませ。わたくしたち一族は、みなそれで通っておりますわ」
率直にいやだよ。あのイナゴ野郎の名前を親しげに呼ぶなんて。でも彼女たちにとって血統家の名前には誇りがあるだろうし、ここは素直に従っておく。
「わかったよアバドーン。それで、服屋が何だって?」
「グレッサリアにおいて服屋は、血統家同様特別な役割を持つのですわ。オーディナルサーキットから力を得られる衣服を取り扱っておりますので、防具屋と言い換えてもいいですの。ただ、それだけに色々と思い入れが強い人が多くて、店を以前と同じ形にするか、まったく新しい形にするかで意見が分かれていたのですわ」
「なるほど。それで、女神様にクラフトを頼んだわけだ?」
「そのとおりですわ。女神様が作られたものなら反対はありえない」
むしろ一層誇りにし、大切にするだろう。
僕はブロックを片手に、こにこにと手招きしているリーンフィリア様を見た。
ちょっと前の絶望顔が嘘のような明るさだ。
彼女は、地上の善良な者たちを見ていたいと言ったけれど、本当はそれだけじゃなく、同じ空気の下で共に生きていくことの方が望みなのかもしれない。
〈ヴァン平原〉で、こんな風に橋を作ったこともあったなあ。僕は懐かしい気持ちになりつつ、女神様の誘いを喜んで受けた。
「ちょっと騎士ー。そこのテーブルこっちに持ってきてー」
「インテリアは最後だよアンシェル。まずは壁を作ってからだ」
「この階段、店の外にはみ出てる、よ」
「あ、ごめーんパスティス。それボクが途中で作るのやめたんだ。本当の階段はこっち」
「うーん。フロアの真ん中に段差はよくありませんね。邪悪です」
「わ、わたしの考えたオシャレな段差がたいらにーなーる……」
「ここはワンフロア下着売り場にしたいなー。試着室? どうして裸を隠す必要があるんだい?」
「むしろ見せる必要がないわよ……!」
「服屋って、実はあまり行ったことがないんだ。仕事着しか持ってないから、入りづらくて。い、いや決して怖いわけじゃないぞ?」
「わたしも、騎士様が、選んでくれた服しか、持ってない……」
「僕は鎧が脱げない」
「あはは、服なんか着られればいんだよ」
「だったらまず着なさいよ!」
「みなさーん。手が止まってる人はたいらにーしますよー」
『はーい』
そんなふうにみんなで楽しくクラフトできました。
そして――
「完成です」
『いあ! いあ! たいらにぁ!』
できたてほやほやの建物を背にしたリーンフィリア様の宣言に、見物人たちから祝福の拍手が沸き上がる。でもその呪文はやめろ。
商品となる衣類は別の場所に保管されていたらしく、店が完成するなり大きなハンガーラックと共に次々運び込まれていく。
僕らは達成感に満たされつつ、入り口脇でその様子を眺めた。
ん……? 何だろ……。
何か……。服に――特に色に偏りがあるような……?
搬入が終わると、待ちわびていた人たちが我先にと店内になだれ込んでいった。
クラフト終了から開店までが早すぎるけど、それだけ需要が大きいということなのだろう。
商品が入って中がどうなったのか、ちょっと気になるな。僕らのイメージ通りになっているといいけど。
のぞき込もうとすると、早くも利用を終えて出てきた客がいた。
豊かなファーのついた黒いコートの襟を立て、帽子に半ば隠れた片目の眼帯がやけに渋い――
「ラスコーリ市長!?」
「おお、女神の騎士様。たった今店を利用させてもらいましたが、素晴らしいできです。フロアは広いし、探し物がすぐ見つかりました。この通り眼帯も新調できましたぞ。新たな暗黒の力が得られそうですじゃ!」
「なにいっ……!?」
観察してみると、コートは普通のものじゃない。各所にドクロを象った刺繍がしてあり、手袋にも謎の逆さ五芒星が入っている。
猛烈にいやな予感がして店の中をのぞくと、中は、黒いコートやジャケット、ゴスロリなんかであふれかえっていた。他にも骨やら鎖やら魔法陣、獣を模した帽子みたいな小物も用意されていて、僕が予想していた一般的な洋服店とはまるで違う。
クォ、クォレハ一体……。
「女神様がデザインされた服飾屋〈ダーク・クイーン〉本日開店ですわ! ただ今入店制限をかけておりますので、お客様は列を作ってお待ちくださいですの!」
「ムォニカ!? 何その店の名前!?」
突然店の前で列整理を始めたモニカ・アバドーンにたずねる。
「女神の騎士様、アバドーンとお呼びください。名前なんて家族同士でしか呼び合わないのですわ」
「ああそうだったごめん。それで、ダーク……何?」
「〈ダーク・クイーン〉ですわ。店の看板にそうあるのですわ」
振り返ってみるとマジであった。いつの間に取りつけた!?
「君の店なの? 列の整理なんかしてるけど」
「違いますわ。アバドーン家は狩りの他に、街全体の雑踏整理の役割も持っていますの。店のオーナーから依頼を受けて、こうして客の整理をしているのですわ」
群衆を支配するとか、微妙にあのイナゴ野郎とリンクした役割持ってていやだな……。
けれどその指示は確からしく、大勢の人が詰めかけているにも関わらず、みんなおとなしく整列して待っている。並び方も的確で、通行人たちの妨げには一切なっていない。
「アバドーンは、血統家の中でも特に民衆から支持されてるからね。横入りとか絶対見逃さないし……。ちなみにサブナク家は、代々住み込みの自宅警備とかしてるよ。ほとんど依頼ないけどね……」
レティシア・サブナクが、群衆を整理しながら歩くモニカを見つめて言った。それ単なる居候やろ……。
よく見ると、人々は大人しく従うだけじゃなく、会釈やお辞儀までしてモニカに敬意を示している。血統家という古くからこの街を守ってきた権威に対し、誰もが掛け値なしの感謝と尊敬の念を抱いているようだ。
これは本当に僕の勝手な憶測だけど、この街の悪魔崇拝と闇系の趣味は、血統家に対する信頼から始まったのかもしれない。頼りになる血統家が信仰しているものなら、間違いはないだろうと、そういう感じで。
え。それならそれで罪深すぎるんだけど。
……やめよう。暗黒騎士姫たちはみんな命がけで頑張ってるんだし、勝手にネガティブな憶測をするのはバカバカしい。
「女神様たちもお店の中を見てくるといいデス。素敵なものが見つかるかもしれないのデス」
視界の端で、シンクレイミ・シャックスが、リーンフィリア様たちの背中を店の中に押し込んだのが見えた。
「女神の騎士様も見てきたら? 女神様たちなら列関係なく大歓迎だと思うよ。わたしは人込みとか嫌いだから、後でのんびりモニカたちと回るけどね……」
「じゃあちょっと見てこようかな」
僕はレティシアに別れを告げると、みんなの後を追った。
ほとんど間は空かなかったのに、女神様たちの姿はすでに客の中に紛れてしまっていた。この人の多さだと、彼女たちも散り散りになってしまっている可能性が高い。
くそう。とりあえず店を見て回ってるうちに合流できるか。
何だよ、この露骨に店内すべて回ってくださいねって流れ。RPGかよ。そうだよ。
開店セールをしているわけでもないのに、陳列棚の前にはことごとく人垣ができていた。
売り上げが僕らに入るわけではないけど、一生懸命作った店に人がたくさん入っているというのは嬉しいことだ。
にしても見事に偏ってるな。服の趣味が。
一階からセントラルパワー全開。
雪国らしく防寒着が多いのはいいとして、ほとんどが黒色で、ファーやらベルトやら金具やらが不必要なレベルで大量についている。ニヒルでクール系なキャラが着ていそうなアウターだ。
男性客たちが楽しそうに話しているのが聞こえる。
「これなんかどうだ? よくね? よくね?」
「おっ、いいねえ。買っちゃおうかな~。でも母ちゃんがな~」
「それな~」
クール要素のカケラもねえ会話だな!
だいたいこういう服は、ちょい悪のキャラが悪の幹部とかから、
「心に闇を持ったおまえにはこの姿こそがふさわしい……」
とか言われて一式渡されて、
「ふん、茶番だが付き合ってやる……」
てな感じで興味なさそうに着てるんだろきっと!? ウキウキしながら服屋で似合う服とか探してないよ絶対! あと母ちゃんの顔色も気にしねえ! むしろ悲劇的な別れとかして、いないと思うよすでに! 母ちゃん生きててくれて感謝!
おい……ちょっと待ってくれ。この世界に登場するクールキャラは、みんなここで買い物してるんじゃないだろうな。それだけは絶対にやめてくれよ……。
実際、なんか、ガチっぽい人がちらほらいるんだよ。もしあれがこれから知り合う仲間だったら、「あー、あそこで服買ったのかー」とか思いながら共闘しなきゃいけなくなる。そんなの全然クールじゃないしコレジャナイ……。
そんなふうに胸中をかき混ぜられつつ、壁際から目線だけで仲間を探していると、ふと、一人の男性客が僕の前で立ち止まった。
……? 何だ?
「すげえな、これ……」
彼はあごをさすりながらぽつりと言い、後ろにいる友人らしき人々に呼びかけた。
「おい、これ見てみろよ。すごい鎧があるぞ」
「何だと」
「マジか」
は?
集まった彼らは僕をしげしげと眺めながら、
「新商品か? ディテールすごいな。この傷の表現とか本物みたいだ」
「随所に何かの文様も刻んであるぞ」
「顔のところどうなってるんだ? のぞき穴もなさそうだが、見えるのか?」
「バッカ、こういう異質な感じがいいんだろ。後は心の目で何とかすんだよ」
おい。
まさかこれ、僕を商品と勘違いしているのか?
「材料は何だ? 不思議な光沢だ。重たいのかな」
一人が僕の兜を指先でコンコンと叩く。
「入ってます」
『うわあ!?』
僕の返事に、男たちはお笑いコントのようにきれいにのけぞった。
「め、女神の騎士様だったんですか!?」
「大変失礼しました」
彼らはぺこぺこ頭を下げた。悪気があったわけでもないし、ずっと棒立ちだったこっちも悪かった。「いやいや、別にいいです」と笑って流す。
さて、一階には仲間はいなさそうだし、二階に上がってみるか。
階段に向かおうとすると、ふと、彼らのうち一人が僕を呼び止める。
彼は少し恐縮した様子で、しかし抑えきれぬ欲求を確かに目の中にちりばめながら、こうたずねた。
「あのう、女神の騎士様。それで、そのダメージアーマー、何階に売ってました?」
「……自前だよ!」
こういう気の抜けた中二話が面白かった方は、作者が投稿中の
『中二病が本当の病気になった日
~「診断の結果中二病です。お薬出しておきますね」「ククク……はい、すみません……」~』
も是非ご覧ください!(ウソです。ないです)




