第百七十五話 暗黒騎士姫
リーンフィリア様完全――多分、完全復活……!
同じ場所で足踏みし続けていた僕らの気持ちは、ようやく町作りに向かいだした。
色々あってこんがらがったので、一度状況を整理する。
まず、第四エリアのキーワードは「罠」。
市街の中心にある大穴〈コキュートス〉の周囲は強固な防壁によって囲まれていて、出てきたばかりのコキュータルを誘導するような形になっている。そこから各罠ポイントへと誘い込む設計だ。
そんなことをする理由は、コキュータルから体液――この街の流儀っぽく〈ブラッド〉とでも呼ぶか――を効率よくオーディナルサーキットに送るため。必然的に、罠ポイントはあのクソデカ心臓の近場になる。
この設計思想からもわかるように、グレッサの民は防衛のためにコキュータルと戦っているのではない。あくまで街を栄えさせるため、地下から石油を汲み上げるように、彼らから資源を得ているのである。
そして、その担い手こそが、七十二血統家。
悪魔の名を持つ少女たち。
暗黒騎士姫だ。
「しかし、その担い手もすっかり減りましてな……」
緩い北風に粉雪を舞わせる群青色の空の下。
迎撃ポイントの一つ、〈大階段〉最上部の手すりに肘を載せたラスコーリは、白いため息とともに苦悩をもらした。
彼がちらりと目をやった先では、つい先日知り合ったばかりの暗黒騎士姫、モニカ・アバドーン、レティシア・サブナク、シンクレイミ・シャックスが、うちのパスティスを取り囲んで何か話している。
「この右手、とてもカッコいいですわ。細い二の腕から急に荒々しくなっていく様子がそそりますの。爪という武器も禍々しくて……えっ、これは本物なのですの? これは惚れるしかない!」
「これ、ニーソかと思ったら鱗なんだね……。あ、右足は違うんだ。へえ……。あのさ、アシンメトリーっていいよね。左右非対称。自然の摂理に反逆的な感じがしてぞくぞくするよ……」
「うーんむむむ、この尻尾、先端がとても鋭いデス! 色も黒いから暗黒力が宿ってそうだし、絶対に強いデス! あ、パスティスはキメラなのデス? じゃあ暗黒の心が暴走してしまうこともあるデスよね!? 闇の心に話しかけられたりするデス!?」
少女たちは早口で思い思いの感想をまくし立てながら、パスティスをぺたぺたさわりまくっている。僕らの中で一番、彼女ら好みの尖った容姿をしているからしょうがない。
当の本人は弱り顔で、
「あの、その……ひぅ……し、尻尾、さわらないで……。き、騎士様……助け……」
と、助けを求めてきているけど、不遇生活が長かったパスティスはもっと可愛がられていいんだよ。
「血統家、と言うんだったか?」
隣から発されたアルルカの声が、僕の意識を話に戻した。
ラスコーリは微笑と共にうなずき、
「血統家は代々優れた魔力を持つ者たちを輩出しておりましてな。中でも、若々しく魔力に満ちた乙女たちを暗黒騎士姫として、コキュータルとの戦いを任せておったのです」
街を支えるコキュータルとの戦いは、選ばれた者のみが行えるある種儀式的な意味合いもあったのかもしれない。
「悪魔との関係は?」
僕がたずねると、市長は首を横に振った。
「直接的なことは何も。力に優れた者たちが、その象徴としてより強い悪魔の名を名乗っているにすぎませんじゃ」
……本当にただのハッタリなのか?
確かに、あのレティシア・サブナクは、悪魔に対して何を捧げたこともなければご利益もないと言ってはいたけど。
ただなあ……あの女の子たちの話し方、本人たちとほぼ一緒なんだよなあ。
偶然ではありえない。もしかすると、先祖の誰かは当の悪魔と接触したことがあったのかもしれない。さっきちらっと聞いたところによると、一族揃ってあの話し方をするらしいから。
……やな家族だな。アバドーンの家とか、家族みんなでああやってしゃべるのか。
ひとまず、この謎に関しては今はつつかないでおこう。
グレッサの民が悪人でないことははっきりしてるんだ。僕が彼女らの信仰の対象を打ち倒していることも含めて、徐々に明らかにしていけばいい。
…………って、ちょっと待てよ。
まさか、このまま攻略していくと、大量の暗黒騎士姫が参入してくるのか?
数は減ったと言っていたけど、仮に半分でもまだ多い。東西南北の地区に分かれているとしても各十人近くいる! ソシャゲか!? そいつらが一言ずつしゃべっただけで一話終わっちまうぞ!
「しかし、名族の血も時と共に錆びついていくもの。力を持たない者が増え、子そのものに恵まれない家もあって、今では街全体でも十は残っていないでしょう……」
「…………」
ラスコーリの沈んだ口調に、僕は直前の浅はかな悩みを恥じた。
思った以上の激減だ。彼らにとってはまごうことなき死活問題。グレッサリア崩壊の一因になったかもしれない真剣な話だった。茶化してる場合じゃない。
続く彼の声はさらに重さを増し、僕の胸を圧した。
「かつては栄華を誇った名高い一族も、容赦なく力を失っていきました。けれども、数が減ろうとコキュータルとの戦いをやめるわけにはまいりません。やがて危険な役目を一身に背負っていた騎士姫たちは一人、また一人と……」
「…………!」
「ババアになりましてな」
おいィ!?
「ちょっとぐらい年増でもいいじゃん」
マルネリアが横から口をはさんだ。
「ええ、はい。わしらも、喧々諤々の話し合いをいたしまして。“顔がよければある程度はOK”とか“二十代まではロリ”などと言ってだましだましやってきたのですが、何しろ騎士姫ですからな。スカートは短いし、肌の露出もあったりするわけで、限界があるのですじゃ」
うむ……。
「それに、経産婦や中年を中心にお役目をいやがりましてな。若い娘と直に比較されますので。中には、そうして気にする仕草こそグラッチェ(訳:お礼を言いたいくらい素晴らしい)であるという男性の意見もありましたが、本人たちは本気で悩んでおりますので、担い手は過疎化の一途をたどったわけですじゃ」
高齢化はどこも問題だな……。
「別の者に任せるわけにはいかなかったのか? 一つの家が力を維持し続けるのは難しいが、街全体で見れば戦える者はちゃんといるはずだ」
と、再びアルルカの意見。
「それらを試した末のことなのですじゃ。他にも、養子を取ったり、志願を募ったり、断腸の思いで服装を自由にしてみたりと拙策を講じましたが、結果は振るわず。海を渡った仲間たちを呼び戻そうにも、大陸はすでに神々によって閉ざされており、孤立無援でございました……」
その流れの中で、あのヘラジカたちに街を追われたわけだ。その時にはもう、オーディナルサーキットも満足に稼働していなかったかもしれない。
大陸の外に逃げることもできず、彼らはひたすら森で耐え忍ぶしかなかった。
キツかったろうな……。
「モニカたちは、生き残った数少ない血統家ですじゃ。セルバンテスとアーネストもおりませぬので、街を守れるものはより少なくなってしまいました」
えっ。
それを聞いて僕は唖然とした。
「セルバンテス? 彼らも血統家だったの? あ、まさか、二人がなんか女っぽかったのって、もしかして、騎士姫になるために性別を偽って――」
「いえ、あれは最初からオカマとナルシストですじゃ」
「ちくしょう!」
どうして設定を繋げないんだそこで! 変人からまともになるチャンスだったろ今!
……つか、ちょっと待って。もしかして、あの言動も悪魔譲りだったりしないよね?
いや、するわ。確実に……。絶対に会いたくない。
「モニカたちはまだ戦闘経験は浅く、本音では女神の騎士様たちだけが頼りです。罠を使えば直接戦うことは避けられますが、戦場は常に不確定なもの。どうか、彼女たちを助けてやってくだされ」
「わかった。手を尽くすよ」
そう答えると、ラスコーリは顔のしわを一層増やして微笑んだ。が、突然心苦しそうに顔をしかめ、
「女神の騎士様には一つ謝らなければいけないことが」
「え?」
「これを」
ラスコーリは何かを差し出した。黒い生地の何かだ。
「何これ?」
「わしの眼帯ですじゃ。今朝つけようとしたら、ベルトを留めている金具が折れてしまいましてな。このような話をする場にもかかわらず、礼を失する格好で申し訳ない」
「むしろ失さなかったよ。今の台詞まで」
「鎧の内側からどことなく冷たい視線を感じましたので、無礼を働いたものかと。言葉遣いもどこか砕けた感じに……まあ、何事もなければよいのですが」
中二病をエンジョイしているピーポーに、丁寧な敬語を使い続けているのも何だなと思ったのは確かだ。〈ブラッディヤード〉での生活も長かったから、僕の言語中枢も粗雑になりかけている。
「ところで、リーンフィリア様を知らない? 朝、街の女性たちと一緒にどこかに行ったみたいなんだけど」
「ああ、きっと住人たちがもめていた件でしょうな。行ってみましょうか」
もめていた件……?
一抹の不安を抱きつつ、僕らはラスコーリにつれられて、街の中心部へと戻った。
まだ壊れた家屋が目立つ大通りの一角に、人だかりができている。
これといって気色ばんでいる様子もない。もめごととは言え、争うような何かではないようだ。みな、一様に何かを眺めている。
ラスコーリが話しかけると、人垣がさっと割れて、奥の光景が現れた。
「あっ、騎士様。みんなも」
「あんたたち、どこ行ってたのよ。さっき屋敷を探したらいなかったわよ」
灰色のレンガブロックを持ったリーンフィリア様とアンシェルが思い思いのことを口にする。
二人が立っているのは、ブロックで作られた囲いの内側だ。
これは、家を作ってるのか?
どうして女神様が?
毎回108人の仲間が登場する名作RPGがあるってマ?




