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第百七十三話 蔓延する病

 立ち位置の関係で、彼女たちと最初に視線を交わせたのは僕だった。


 悪魔じゃない。どう見ても人間だ。

 三人とも、黒いピーコート風のやや丈の短い防寒着に、モフモフとした帽子の組み合わせで、ある種の制服を感じさせる統一感がある。


 一人は、清冽な直線を持つ長い金髪の少女。前髪が綺麗に切りそろえられており、狭い肩幅と柔らかな表情が、おしとやかなお嬢様を連想させる。


 もう一人の少女は、どことなく無造作な感じに切られた黒のショートヘア。すらっとした長身だけど少し前かがみで、表情は気だるげだ。


 最後は、銅色の髪が、クリスマスのモミの木のように広がった癖毛の少女。どこか獣の仔のような幼さと愛らしさが、無邪気な顔に出ている。


 彼女たちがさっきの会話の主、なのか?


 アバドーンは……どいつだ?


 真ん中にいた金髪の少女が、口に手を当てて驚きを露わにした。僕も思わず身構える、が。

 彼女が放ったのは、僕に対する悪罵でも嫌悪でもなかった。


「女神の騎士様ですわ! 本物の! すごい!」


 残り二人も目を丸くし、


「え、そうなの? 本物?」

「おおお! 初めましてデス! このたびは本当にありがとうなのデス!」


 歓声を上げながら僕を取り囲む。


 …………!!!?????


「ほら、鎧に深い傷跡がたくさんありますの! これは本物以外にありえない!」


 金髪の少女が、確かにあのアバドーンを思わせる奇妙な口調ではしゃぐ。


「へえー。そうなんだ。すごいね……」


 黒髪ショートの少女のダウナーさは、やれやれ系のサブナクに通ずるものがある。


「向こう傷だらけデス。これは、敵に背中は見せないというアレな感じのソレに違いないデス! まさに歴戦の勇者デスね!」


 銅色の癖髪の少女のイントネーションは、あの忌々しいシャックスのそれとそっくりだ。


「あ、あ、あの、君たちは?」


 ぺたぺたと触ってくる手袋から逃れつつ、僕はのどにからむ声を吐き出した。

 求める返事は、ラスコーリの第一声の中にあった。


「アバドーン。サブナク。シャックス。三人とも、この街を守る暗黒騎士姫たちですじゃ」


 ッッッッッ!!!!?

 その名前、やっぱりあいつらじゃないか!

 それに、暗黒……騎士……姫……!? 暗黒!? 姫!?


「女神様。わたくし、モニカ・アバドーンと申します。“七十二血統家”の末裔として、微力ながらお仕えさせていただきますわ」

「レティシア・サブナクです。よろしく……。できれば、仕事は他二人にやらせてくれたら……嬉しいな……」

「シンクレイミ・シャックス、デス! 狩りが大好きデース! 傷を負った獲物がのたうち回る様が最高なのデス!」


 各々名乗りを上げると、少女たちは突然雪の上に片膝をついて、こうべを垂れた。正面にはリーンフィリア様がいる。それはまさに、厳格な騎士が主君にかしずく所作そのものだった。


 何だ? 何だ何だ何だ何だ何だこれ!?


 アバドーン、サブナク、シャックス、どれも僕が倒した悪魔の名前だ。話し方もそっくりだ。でも人間で、女の子で…………!? え、擬人化? 流行りの美少女化の波がここにまで!? それとも……まさか転生!? おまえらがするのかよ!?


「あ、え、あ……」


 儀礼を向けられたリーンフィリア様は、ただ口をぱくぱくさせることしかできないでいる。

 彼女たちの名前に聞き覚えと悪い思い出のある仲間たちも、氷像のように固まっていた。

 誰も動けない。目の前のできごとにまるで追いつけていない。


 だ、誰か、彼らに説明を求めてくれ! 僕はもう、何から聞いたらいいのかわらかない! 歳でも趣味でも休日の過ごし方でもなんでもいいから、頼む!


「……ねえ、あんたたち……」


 待ってたアンシェルウウウウウ!

 露骨な疑念と嫌悪を丸出しにした声でも、こういう時の君は天使だあああ!


「それ、わたしたちが知る限り悪魔の名前なんだけど、どういうこと?」


 顔を伏せていたモニカ・アバドーンが、わずかに微笑を持ち上げた。


「確かに天使様からすれば、悪魔は忌み嫌うべき存在なのですわ。けれどそれは同時に、天の神々が直々に敵視するほど強大な力を持つということなのですの。グレッサの民は、自分たちの外にある大いなるものに惹かれ、敬いますわ。そこに、わたくしたちの矮小な聖邪の基準が入り込む余地はありえない」

「あ、あんたたち……」


 アンシェルの眉間にしわが寄る。


 僕も息が苦しかった。あれだけ清涼に感じられた空気が、溶けた鉛のように肺の底に滞留する。


 もう疑いようはない。

 天界が彼らを激しく罰した理由。

 それは、自分たち以外のものを信仰するからじゃない。


 悪魔を崇拝しているからだ……!

 宿敵である悪魔を……!!

 人間の天敵である悪魔を!


「どうして……よりによって、ヤツらを……」


 僕の口から出た言葉は、迷子の足取りのように頼りなかった。


「なぜ、と問うのですか?」


 モニカ・アバドーンは僕の問いかけを確認するように繰り返すと、唇を笑みの形にゆがめ、はっきりと――


「それは、暗黒の波動とか使えたらカッコいいからですわ!!」


 断言した。

 両目に綺羅星を宿し、拳を握り、力いっぱい。


 断言……。


 は…………?


「カッコ……いい?」

「ええ!」


 彼女が力強くうなずくのをきっかけに、他二人も語りだした。


「うちは代々悪魔サブナクを信仰してるから家名もそう名乗ってるけど、正直、何か捧げ物をするわけじゃないし、ご利益があるわけでもないよ……。望むこともないけど、強いて言うなら、ちょっと魔界のオーラをまといたいかな。カッコいいし……」

「光属性とかお高くとまって綺麗ごとばっかり言ってそうだし、自由気ままな闇属性の方が絶対いいデス! ぬばたまの闇よ来たれデース!」


 あ……? あ……?

 何これ? 何……?


「おほん」


 ラスコーリが場を取り繕うように咳払いした。


「え、ええと、女神様方。知っての通り、我々グレッサの民は、自分の外にあるものを自由に信仰いたします。それはもうイワシの頭だろうと、壁のシミだろうと、折れた鉛筆だろうと、その気になればあらゆるものを。その時、他人を納得させるほどの深い理由というのはそれほどありません。あくまで、自分が信じるに足る根拠を持つかどうかなのですじゃ」


「はあ……。で……?」


「つまり、その、人は何かと闇系のものに惹かれがちですのでな。闇とか暗黒とかに尖った魅力を感じてしまうことはままあるわけですじゃ。明朗な英雄より、歪んで悲劇的な英雄の方がモテますし。ここは空も暗いですから、より身近に感じるのでしょう。そういうわけで、彼女たちの家系のように、光ではなく闇の世界の住人に対し尊崇の念を持つ者も、ごく少数ではありますが……いや多少なりとも……あるいは案外多く……いたりいなかったりするわけですじゃ。つまり何が言いたいかと申しますと――あ、失礼、くしゃみが……へ、へ、へっくしょん! 闇に呑まれよ!」


 ラスコーリおまえもかよおおおおおおおおおおおおおおお!!!

 くしゃみの後にうっかり本音もらしてんじゃねえええええええええ!!!


「いや、もちろん、天に牙を剥く意思があるわけではありませんですじゃっ。女神様のことは住人一同深く敬愛し、お慕いしておりますぞ! 他の神々を信奉する者ももちろん…………可能性としては存在するでしょう。全員に聞いて回るまでは、そこはかとなく」


 いねえんじゃねえかよそれええええええええええええええ!!


 どしゃあ。


 うわあああああああ! リーンフィリア様が顔から地面にいったあああああああ!


「ぐうっ!?」


 膝から力が抜け、僕も雪の中に手をついていた。

 もはや天の怒りに疑義を挟む余地はなかった。

 グレッサの民は、民族レベルで悪魔を崇拝している。


 不愉快なことだが、それだけなら、まだいい。

 その信仰が、ある意味で敬虔な信念に支えられたものなら、まだ納得できた。

 でも、現実は違う。


 こいつらの信仰の理由は、そんな大したものじゃない。


 悪魔とか闇とかがなんかカッコいいから……!


 なんかカッコいいからああああああああああ!!!


 ち、ちくしょォォああああああああああああああああああ!!

 これ中二病セントラルダブルホルダーと同じだろおおおあああああああああああああああああああああああああ!?


 スッ……。


 ココココココココココココココココココココレジャナイ!!(理論値最速入力)ウオオオオコレジャナイ!(上限オーバー)コレジャナイ(上限オーバー)コレジャナイ……(上限オーバー)コレジャナイ…………(上限オーバー)コレジャ……。


【後半の重要そうなキャラクターが実はクッソいい加減だった:20コレジャナイ】(累計ポイント-26000)


 あ……れ……じゃあ……これ……。

 まさか……天界が正しい……の?


シリアスさん、仲間辞めるってよ

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― 新着の感想 ―
[一言] なんかカッコいいからだッ!!ドン! そこに深い理由はない。 浅いお祭り感情がノリと勢いだけでバカみたいな理由で広がってるだけである。
[一言] 軽い気持ちでの信仰だっていうんなら タイラニー信仰で上書きしなきゃ!
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