第十六話 竜魔大空中戦
どうしてこうなったかはもうわかってる。
毎度おなじみのヤツらのコメントから抜粋する。
――聖獣とかいう生き物がキモすぎて吐いた。
――もっと可愛くしてほしかった。『バケモン』みたいに。
――いいねそれ。やってみたい。
は?(相互理解不能な態度)
本気か? 本当に心からそう思ってるのか?
他のクリーチャーどもが迫真の怪物なのに、身内だけそんなプリティな面してておかしいと思わないのか?
思わなかったのか社長ォォォォォ!?
僕はがっくりとその場に膝を折った。
またしてもアンチの勝利……!『Ⅱ』はどこまでヤツらに侵食されているんだ。
「リーキュー」
苦悩する僕のまわりを、リックルがのそのそと回り始めた。
不器用そうな歩みに、つぶらな瞳。時折甘えるようにごろんと転がり、気の抜ける声でのどを鳴らしている。
この、竜と猫のあいのこみたいな生物は何だ?
間違いなく、確実に可愛い。ここが『リジェネシス』の世界でなければ全力で撫で回していた。
だけど僕に必要なのは、バッドスカイのような頼もしい竜だ。
「ほら騎士。撫でてあげなさいよ。可愛いでしょ?」
「よく懐いていますし。バッドスカイたちのように噛みついてくることもないですよ」
女性二人に囲まれ、目を細めてご機嫌のリックルを見ながら僕はたずねた。
「その竜……何なんです? バッドスカイと同じワイバーンなんですか?」
「リックルはかなり早い時期から神々に従っている種族です。天界の花園に住んでいて、いつもごろごろしていてとても可愛いんですよ」
《持ち帰りたい》
自重しろ主人公。
「見ての通り性格がとても穏やかで、子供の神様でも乗れるの。天使の間でも人気の竜なんだから」
「それで、戦えるの? 重要なのはそこだよ」
僕は核心に迫る。
「もちろん。ちゃんと火吹き竜の血を継いでるからね。それに、天界の魔力を浴びて鱗が変質して、すごい防御力を発揮するわ」
「そうか。わかった。こいつと出撃する」
見た目はアレだけど、戦闘能力は高いのかもしれない。
「頼むぞ、リックル」
僕はリックルに一声かけて、背中に乗ろうとした。
ごろん。
リックルは転がって、遊んでいるみたいに床の上を回転していく。
「違うリックル! 戦いに行くんだよ!」
「リーキュー?」
「ああ、可愛いです……」
「バッドスカイの凶悪な面構えとは雲泥の差ですよね……」
リーンフィリア様とアンシェルはうっとりしてるけど、こいつ完全に牙折れてるだろ! 野生のかけらも残ってない!
速攻で神々に屈服した種族だ。バッドスカイたちのような反逆竜とは、もはや根性の構造からして異なるだろう。くそう不安になってきた。
「リックル、行くぞ! さあ飛ぶんだ!」
何とかリックルを立たせ、飛び立った僕らは、それからしばし神殿を遊覧飛行する。無論、僕が指示したわけじゃない。この竜の意向だ。もはやかける言葉も失った頃、ゆっくりと雲の下へと降りていった。
《穏やかな空。無垢なる雲。しかしここに救うべき人々はいない。神々の天蓋の底には、いまだ邪悪が満ちている。彼らの空を解放しなければ……》
主人公の重厚な声が頭の中で語り、うっすらとしかけていた僕の闘争心を奮い立たせる。
そうだ。これから戦場に行くんだ。
心を引き締めてくれた主人公の声に感謝――。
《あぁん。それにしてもリックルが可愛いよ~》
もうあんた帰ってくれ。
天界と地上を隔てる幾層もの雲を抜けながら、僕はいよいよ支えを失った。
ダメだダメだ。こいつの野生を信じるんだ。
今はこんなだけど、敵と接触した瞬間、かつての竜としての本性に目覚め、猛烈に暴れ出してくれるかもしれない。
動物というのは、いかに飼い慣らされたようでも、その中に決して縛られない、獣の本能を持つものだから。
さて、これから始まる聖獣ステージだけれど、こここそが、『リジェネシス』本来のシューティングパートになる。
戦うのは竜で、僕は背中に乗っているだけの飾りだ。
空域全体を使った自由な3Dバトルであり、攻撃はファイヤーブレスおよび、爪で行う。
バッドスカイには〈グリーンインフェルノ〉があったから、リックルにも何か必殺技があるだろう。
その他にも、敵を倒したときに出るアイテムで、ブレスが広範囲に拡散したり、ホーミング弾に変化したり、スピリッツ――いわゆるビットが追加されたりと、シューティングゲームの要素が取り込まれている。
ちなみに、タイニーオーシャンだとこれが水中になるけど、基本操作は同じ。
水中ステージは深く潜るほど周囲が闇になり、敵の視認こそ簡単だけど、暗闇の底からぬうっと出てくる姿には自然的なホラー要素があったりする。
「リックルの調子はどう?」
羽根飾りからアンシェルの声がした。
「何となくスピード感がないけど、順調」
「リックルはのんびり屋だからね。久しぶりのドラゴンライドにはちょうどいいんじゃない?」
「ん……。悪い、ちょっと待って」
会話をしている最中に最後の雲層を突き抜けた。
「おしゃべりは終わりだ。敵が見えた!」
すぐ真下に、石膏めいた白い翼の怪物が群れをなして飛んでいた。はばたくたびに白く照り返される陽光が、あたかも宝石のように思える。でも、あれは危険なものだ。
大型ガーゴイル。地上にいる個体とは三倍以上のサイズの違いがあり、ハナから僕――女神の騎士との戦いなんて想定されていない、竜が戦うためのクリーチャー。
「リー――……」
「!」
リックルが一声高く鳴くと、一気に急降下する。
これはっ……! 戦闘モードに入ったのか!?
僕は、リックルに取り付けられた手綱を強く握りしめた。
何という加速。ごうごうとうなりを上げながら、風が鎧の表面をこすっていく。
背中の一部を後方に残すような加速のまま、僕とリックルは大型ガーゴイルの群れへと突っ込んだ。
「よし、暴れてやれ!」
「リーキュー!」
リックルは、一番近くにいた大型ガーゴイルに体当たりを敢行――!
「ん……?」
今、直前で猛烈に減速しなかった?
激突!
乗っている僕にも衝撃が伝わる。鞍に座った下半身に力を込め、体を固定。
『バケモン』化したとはいえ、竜のタックルだ。
飛行のため、巨大ではあるけれど、細身に作られている空戦兵器の大型ガーゴイルは、その体重の乗った一撃になすすべもなく吹っ飛――……ばない。
少し揺らめいただけだった。
クッ……けっこう頑丈だ。
リックルは再度体当たりを狙う。
が。まただ。ちょっと飛行のバランスを崩しただけで、すぐに立ち直ってしまう。
「……? おいリックル?」
僕は奇妙なことに気づいた。
リックルが楽しそうなのだ。
体当たりも、正面衝突というより、体をこすりつけるようにぶつかっている。
まさかこいつ……じゃれついてるのか!?
「リーキュー」
「嬉しそうに鳴いてる場合か!」
大型ガーゴイルが一斉にこちらを向いた。大きなくちばしが開き、内部に怪しげな魔力光が集束していく。
「や、やばい、リックル、逃げ――」
僕の指示は、光と音と衝撃に噛み砕かれた。
ほぼ巡航速度だったリックルは、多数のレーザー攻撃の着弾地点で煙の中に消える。
高空を吹き抜ける風が、その煙幕をさらっていったとき、現れたのは……。
「リーキュー!」
いきなり攻撃されてびっくりした様子のリックルだった。
傷はどこにもない。
淡いピンクの鱗が神々しい黄金色に輝き、特殊な力が彼を守ったことを物語る。
これが天界で神々の気をたらふく食った竜の防御力。
ようやく気づく。
リックルの警戒心のなさは、ニュージーランドの鳥のように敵に襲われず、平和な暮らしをしてきたからじゃない。
こいつにはもう、自分に匹敵する相手がいないのだ。
あらゆる攻撃が、ちょっと驚く程度のものでしかない。
そしてそれを駆る僕はッ……!
「ぐぎぎぎっ……」
ボロボロになっていた。
こいつの防御力は僕を守ってくれねえ!
直撃弾はなかった。受けたダメージはすべて余波。それでも、あれだけ撃ち込まれたらその総量は馬鹿にならない。鎧の外側から金属バットでタコ殴りにされたような痛みだ。
リックルが慌ててその場から離脱する。
ダメージはなくとも、この穏やかな竜は、驚かされるのが嫌いらしい。
大型ガーゴイルたちが編隊を崩してばらばらと追いかけてくる。小型ほど統制のとれた動きではないのが救いだ。
「戦えリックル! ファイアブレスだ!」
『バスケット・モンスター』の主人公かな?
ずんぐりむっくりな首を一回しするのに合わせ、リックルの閉じた口腔からこぼれる火の粉が空を蹄鉄型に焼いた。
「キュアアアア!」
吐き出された火球は……で、でかい!
強烈な輝きのせいで膨張して見えることを加味しても、人一人くらい、頭のてっぺんのアホ毛からつま先まで丸飲みにきでるくらいの直径がある。
もはや小型の太陽だ。
しかし……!
「お、遅ええええええ!?」
リックルのファイアブレスは、アクビが出るほどスローだった。
本人の性格のようにゆったりと進む大火球に、わざわざ自分からさわりにいってくれる親切なガーゴイルはおらず、直線軌道上からさっと身をかわすと、再びビームの一斉射を実行してくる。
リックルは回避を試みるけど、数発が被弾。余波が僕にダメージとなって押し寄せた。
反撃するリックル。しかし、あのスローボールはどうやっても当たらない。
こ、この状況は……。
《ダメだ。勝てない。私の戦いもこれまでか……》
主人公と初めて意見があった気がした。
無事これ名馬(なお騎手)




