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第百五十八話 幽霊船

「女神様、お疲れさまでした。これで人間、エルフ、ドワーフと、地上文明の主だった三種族の復興にめどが立ちました。後は彼らのみの力で十分です」


 その日のアンシェルの言葉に僕は耳を疑った。


「ええ、そうですね。みんな、よく頑張りました……」


 祈るように手を組みながら微笑むリーンフィリア様からも異論は出ない。つまり彼女の言葉は正しいということになる。僕は驚きのあまり舌をもつれさせた。


「ちょっと待ってください。え? 終わり? これで地上文明はすべてなんですか?」


 リーンフィリア様は満足げにうなずいた。


「住む場所は違えど、地上にいるヒトの種族はこの三つです。彼らは時代と共に住まいを広げ、そして時に狭め、それを何度も繰り返しながら歴史を紡いできました。ここから先はヒトの営みです。わたしたちは、それを静かに見守るとしましょう」

「……!!」


 きっぱりと言い切られた言葉は、僕の中から反論を奪った。

 終わる? エリア三つで? そんな、まさか?


『Ⅰ』でのエリア構成は、平原、砂漠、雪原、山岳に、バトルフィールドがメインとなる蒼い荒野の合計五つあった。

 それじゃあ『Ⅱ』は町づくりパートが一エリア減らされたってことなのか?


「で、でもまだ、わからないこといっぱいありますよね? この戦いの首謀者とか、黒騎士とか、なんやかんや……!」


 どうにか食い下がると、アンシェルは顔をしかめ、


「まあそのあたりはおいおいって感じでいいでしょ。それに、完全な平和なんて、求めるだけかえって争いを招くものよ。おおむねよしにして、さっさと天界に帰りましょ」


 じょ、冗談じゃ……!


 それじゃもう、この戦い自体が終わりみたいな言い方じゃないか。多少の悪魔の跋扈は目をつぶりましょうと?「オレたちの戦いはこれからだエンド」どころか、「やりすぎはよくないからここらで手打ちにしましょうワレワレ大人だしエンド」じゃないか大人って何だよ!?(青少年感)


 僕は助けを求めるように、仲間たちを見回した。


 パスティスからもマルネリアからも異論は出ず、逆に戸惑うような目線を返される。

 みんな、これで終わることを何ら疑問に思っていない。それはそうだ。僕の基準は、所詮ゲームにすぎない。この世界の主だった種族は三つ。それが復活した。何の瑕疵も見当たらない結末。


 無理やりにでも腑に落とすしかなかった。『Ⅱ』はエリア数が減らされている。そのぶん、エリアごとの攻略には幅を持たせました――そういう解釈でいくしかない。このあたりにコレもコレジャナイもない。確かに物足りなくは感じるだろうけど、各エリアの密度は実感できた。


 悪魔を適当に撃退したくらいで諸問題の決着がついたとは思えないけど…………そうか。町づくりは、これで終わりなのか……。


 天界に戻り、後は人々が自力で復興していくのを眺める。

 きっと人間たちはものすごい速さで歳を取っていくだろう。エルフは長寿だからまだいいけど、ドワーフの寿命はエルフの半分くらいらしい。いずれにせよ、出会った人たちの一生はあっという間に流れていく。

 僕はそれを、神様の視点から眺めるのだろうか……。


 不意に、家の外が騒がしくなった。

 僕らはまだドワーフの旧市街にとどまっている。町づくりはもうドワーフたちだけで十分やっていけるのだけど、リーンフィリア様がジャムを作ったり、マルネリアがドワーフの歴史を研究したりと、細々とやることがあったのだ。


 ここ、ドルドの家にいるのもいつものこと。今は親子孫そろって出勤中だったけど。


「騎士殿!」


 家の扉を押し開けるように入ってきたのは、アルルカその人だった。


「アルルカ、どうしたの? またアシャリスとケンカ?」

「いや、今日は違う。一緒に来てくれ。船が来たらしい」

「船が?」


 それはごく普通のこと――ではない。滅亡の危機に瀕していた各種族は、よその大陸に船を出す余裕を長らく失っていた。旧市街の港も、解放されて以来まったく使われず、アディンたちのプールになっていたほどだ。


 それが変わった。

 喜ばしい方向に。

 こんなふうに、世界は徐々に元の姿を取り戻していくのだろう。僕らを必要とせずに。


 しかし、そんな僕の複雑な考えを、アルルカの切迫した顔と言葉が打ち消した。


「幽霊船らしい」


 ※


 港には多くのドワーフたちが集まっていた。

 彼らの視線をさらに集めるのは、沖合にぽつんと浮いた一隻の船だ。


「少し前に、竜たちを見に来た子供らが発見してな。こっちに近づいてきてる」


 すでに現場にいたドルドが状況を説明してくれた。

 僕たちは危機感と好奇心を半分ずつ持ちながら、その様子を眺める。


「幽霊船」


 さっき聞いたばかりの言葉が、口から勝手にこぼれ落ちた。


 実際、その船はそうとしか呼びようのないものだった。

 マストの数は三本。けれど、うち一本は折れており、残り二本に張られた帆も、張られているというより垂れ下がっているだけと言った方がいいくらい、穴だらけで、ぼろぼろだった。


 船体も、木材の色はごく一部で、後は灰色だったり緑色だったりと、何らかの海洋生物の住処になっていることが予想される。


 しかしそんな状態であるにもかかわらず、船は確かに、港に向かって進んでいた。

 滑るように、と表現すると軽快なイメージがあるけれど、こちらはまるで亡霊が忍び寄るように、ひたひた、ひたひたと、波もほとんど立てていないような不可思議な船足で、港に迫ってきている。


 真昼にも関わらず背筋が寒くなった。


「だいぶ前に難破したようだな。生きてるヤツはいねえだろう」


 ドルドが言う。

 けれど……。それでも船は真っ直ぐこちらを目指している。潮というのは、こんなに狙ったように船を運ぶものなのか? 女神様や仲間たちの顔にも、不気味さと不可解さが浮かんでいる。

 船が近づくにつれ、細部の様子がわかってきた。


「うわあ……」


 想像以上のひどさに、思わずうめく。


 穴だらけと思った帆は、他にも小さい裂け目がいくつも走り、折り紙にはさみを入れて作る「天の川」の飾り切りを連想させた。


 船体の方はさらに無残で、びっしりと張りついた貝のようなものから、カタツムリを思わせる軟体質の何かがはみ出て、表面をぬらぬらとてからせていた。それら貝の形もどうにも不気味で、色といい形といい、人間の爪のように見える。それが全体を覆っているものだから、船自体が人の爪でできているようなグロテスクさを僕に抱かせた。


 正面から見た船の形状は下膨れというか、甲板に対して、船底の方がやや大きめだった。船の正面図は逆三角形のイメージがあった僕には、丸みを帯びた船体がなんだか可愛らしく見えた。まあ、これまで説明してきた情報を加味すると、打ち捨てられて汚れたフランス人形みたいな不気味さしかないけどさ……。


「船、見るの初めて……」

「あ、パスティスもそうなんだ。実はボクもー。樹上湖に浮かべる小舟くらいは見たことあるんだけどね。ああいうちゃんとしたのはねー」


 パスティスとマルネリアが感想を述べあう中、とうとう、幽霊船は埠頭にたどり着いた。

 船が持つ帰巣本能のなせるわざなのか。石造りの足場に激突することなく、そっと接岸した船は、それきりピクリとも動かなくなる。


 この船は、一体……。

 ごくりと息を呑む雰囲気が、ドワーフたちから滲み出たときだった。


「あらやだ! 本当にドワーフの町が復活してるじゃなーい!」


 場違いに素っ頓狂な声が、船から放たれた。


「だから、言っただろ。人間の大陸でも漁をしてる連中がいたし、なんか復活してんだよ。なんかよ」


 呼応するのは、どこかガラの悪そうな言葉遣い。

 果たして、甲板から顔をのぞかせた二人組に、僕らは揃って絶句する。


 人だ。


 一人は水夫服に身を包んだ、筋骨隆々の大男。

 もう一人は、あろうことかドレス姿の愛らしい女の子だった。


 どちらも浮き出るほどに鮮やかで清潔な身なりで、朽ち果てた船と比較する行為は、まったく違う絵を二枚見せられ、間違い探しをさせられるのと同義だった。


「あらー、みんな集まってるじゃなーい? ハーイ、どーも、どーもー!」


 大男が裏声を張り上げて、ドワーフ顔負けの筋肉質な腕を振る。


「おい。手ェ振ってるぞ。振り返すのか?」


 見物に来ていたバルジドが、イヤそうな顔をしてドルドに聞いている。


「何だかわかんねえが、とりあえず挨拶くらいはしとこうじゃねえか。海底に引きずり込む幽霊じゃなきゃな」

「あんな堂々とした幽霊がいるかよ」


 ドルドはしかめっ面で手を振り返し、埠頭へと向かう。僕らもそれに続いた。

 甲板からタラップが通され、例の二人組が下りてくる。

 どちらも船乗りとは思えないほど色が白く、特に女の子の方は肌も髪も綺麗だった。


 奇妙なのはそれだけではなかった。二人は渡し板の途中で立ち止まり、それ以上、陸に近づこうとしなかった。まるで、見えない衝立でもあるみたいに。


「ハーイ、ドワーフのみなさん。アタシが船長のセルバンテスよ。一時は町から誰もいなくなっちゃって心配してたけど、ちゃんと帰ってこれたのね。よかったわ~」


 話し言葉や態度は女っぽいけど、どう見ても筋肉モリモリのマッチョマンだ。


「オレ様がゲストのアーネストだ」


 隣の女の子の声を聞き、僕は驚いた。こいつは――こいつも男だ。ブラウンの髪はセミロングの長さで艶があり、肌もきめ細やか。ものすごい可愛い小顔と、華奢な肩幅に、ドレス姿がはっとするほど似合っている。だが男だ。


「オレ様の格好が気になるか? 気にするな。世界一可愛いオレ様に似合う服を探したらこれしかなかった。ああ、今日も可愛いぜ、オレ様ァ!」


 何か言ってる。


 自称「最高に可愛い」は、まな板の里のマギアに続いて二人目か。こんなのが二人いるだけで世界の狭さを痛感するものの、実際に可愛いところが手に負えない。だが男だ。


 女の子みたいな男の子を、男の娘という風習が、僕の元いた世界にはある。だが、これを男の娘と言っていいのか? ナルキッソスの成れの果てを感じた。


 それにしても……濃いなあ。これは濃い。

 すべてが剥落した幽霊船から、こんな色鮮やかに濃厚な二人組が出てくるとか、誰が想像したよ。


 しかしここでコレジャナイボタンは押せない。感覚がマヒしてきたわけじゃない。『Ⅰ』にもいるのだ。オカマキャラが。


 設定的にも行動的にも激クソに強キャラで、既プレイヤーをして「こいつ一人を荒野に解き放てば勝手に町作るんじゃねえかな」と言わしめるほどの人物。しかも好漢ときてる。


 ゲームのオカマキャラって、大抵強キャラなんだよな……。「いやーん、やめてぇ、やめろっつってんだろオラァ!」みたいな感じで。

 やっぱあれかな。受け入れられにくい世界で、自分を突き通すために色々頑張ってるから、人としてクソ強えのかな。わからん。


「俺は鍛冶屋の親方のドルドだ。海から客が来るのは久しぶりだ。歓迎するぜ」

「あらいぶし銀~。こんなボロ船が来たっていうのに、そのどっしりとした態度。味わい深いわあ~」


 ドルドの鷹揚な態度に、セルバンテスは乙女のように喜んだ。

 が、やはりタラップから決して降りない。


 何だ……?


「どうした? 上陸の許可なんていらねえぞ。陸はえらくご無沙汰のように見えるし、さっさと上がって休んだらどうだよ」


 ドルドもその不自然に気づいたのか、怪訝そうにたずねると、セルバンテスはごつごつした顔のパーツをゴシャッとしかめ、


「そうしたいのはやまやまなんだけど、アタシらって陸に上がっちゃいけないことになってるのよね。大昔から」

「ああ……?」


 ドルドがさらに眉をひそめると、アーネストが気楽な声で、


「っつってもよお、どうせバレやしねーだろ。ここだってほとんど陸みてえなもんだし。いくら沈まないっつっても、そろそろ修理したいじゃねえか。ナグルファル号もよ。最高に可愛いオレ様を映す鏡も、最近よくわかんねー蔓脚類が張りつきまくって、顔半分も見られねえんだ。新調したいぜ」


 ナグルファル号……? 船の名前か?

 この二人、マジでこの船で旅をしているのか? どういうことかさっぱりだ。


「ナグルファル……ナグルファルだと……!?」


 愕然と叫んだのは、それまでどっしり構えていたドルドだった。一歩後ずさると、二人組の後ろに広がるズタボロの船体を見回し、よろめいた頭を支えるように、顔半分を手で覆う。こんなに驚きをあらわにする彼は、見たことがない。


「おめえら……まさか、フラインググレッサか……?」


 フラインググレッサ?

 何がなんだかわからず、僕が仲間たちに視線だけで問いかけると、口元をコートの裾で押さえたマルネリアと目が合った。


「知ってるの?」


 彼女は珍しくうろたえた様子で、首をぶんぶん横に振った。


「フラインググレッサ、さまよえるグレッサ人……! 何なのかまったく正体不明の海の伝説だよ」

「なに……?」

「わかっているのは、彼らが決して陸に上がれないこと。船の名前がナグルファルってことだけ。伝説としてすら風化した存在なのに、まさか本人たちが現れるなんて……!?」


 僕はぽかんとしているリーンフィリア様を見る。


「女神様は、聞いたことありますか?」

「いえ、わたしも全然」


 彼女は慌てて首を横に振る。


「アンシェルは?」

「……。さあね」

「何か知ってる顔だなあ?」

「羽を引っ張るんじゃないわよ! ちょっと忘れたの! 今思い出してるところだから、聞きたかったらおとなしくしてなさい!」


 僕と天使がじゃれあう中、ドルドとセルバンテスの方では安穏な方向に話が進んでいた。


「そおねえ。どうせ監視なんかされてないし、ちょっとくらい上がっちゃおうかしら」

「今さら揺れない地面が恋しいわけでもねえけど、かえって酔うかもな。ハハハ」


 アーネストが品なく笑い、セルバンテスがどこか緊張した面持ちで、そろりと一歩を踏み出そうとした瞬間。彼らの目が、ふとこちらを見た。


 僕はアンシェルの羽を摘まんで、広げたり閉じたりする嫌がらせをしており、アンシェルは八重歯を向いて反抗していて、リーンフィリア様がおろおろとそれを見ていて――。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 すさまじい絶叫が港に響き渡った。グラットンワームや巨大イナゴの咆哮もかくやという大音声。直近のドルドが後ろにひっくり返りそうになる。


 しかし、もっとも劇的な動きを見せたのは、悲鳴を上げたセルバンテス本人だった。

 彼は持ち上げた足を引っ込めると同時に後ろに跳躍し、途中で引っ掴んでいたアーネストの頭を甲板に叩きつけると、自身の顔面も、フジツボだらけの甲板に埋めたのだ。


「カッ、かか、神様、天使様、どうかお許しをヲヲヲヲヲヲッ!! まだセーフ、ぎりぎり陸には上がっておりませんのでエエエエエ!!」

「えっ、えっ……」


 リーンフィリア様がうろたえる。セルバンテスは明らかに女神様に対して謝っている。

 誰もが理解が追いつかないまま、大柄なセルバンテスが亀のように縮こまって土下座する様をただ唖然として見つめる。


 不意に、僕の隣でパスティスが口を開いた。


「陸に上がるなって言ったの、リーンフィリア様なの……?」


 今度は、女神様にすべての視線が集まる番だった。


本当の戦いはこれからだ→本当に本当の戦いが始まってしまう

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[一言] なるほど、次のステージは海ですか……
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