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第百五十話 竜葬

 ストームウォーカーは、強固に組み合わされた骨の腕を上に差し伸ばし、天に訴えるように謎の声を放ち続けた。

 骨格にはひとかけらの肉片すら残っておらず、声帯があるはずもない。しかし、音は、ヤツの骨の奥の奥から押し寄せるように砂漠に響き渡った。 


「何て言ってるの……?」


 マルネリアが恐る恐る聞いてくる。


「待って。同じことを繰り返してるみたいだ。今、まとめる……」


 いつまで。

 いつまで。

 はくあ。

 かつぼうのおう。

 いつまで。

 いつまで。


 この繰り返しだった。


「ちょっと……はくあかつぼうのおうって……」


 割り込んできたのは、アンシェルの取り乱した声だった。


「知ってるの、アンシェル?」


 僕がたずねると、


「リーンフィリア様……」

「ええ……」


 何やら二人で話しているのが聞こえた。リーンフィリア様も知ってる名前なのか?

 羽根飾りから答えをくれたのは、その女神様だった。


「騎士様。白亜餓貌ノ王とは、悪魔たちが王と崇める首魁のことです」

「えっ……悪魔たちの王……!?」


 そんな情報、『Ⅰ』では一言も出てきてない。ここに来て新要素。いや、それだけじゃない。エリア三つ目でそんな名前が出てくるってことは……!


「そのストームウォーカーという怪物にかけられているのが本当に呪いなら、それをやったのは白亜餓貌ノ王なのかもしれません」

「悪魔の王に呪いをかけられたのか……!」


 ストームウォーカーの声は嘆きにも聞こえた。

 呪われたことを嘆いている。そして許しを乞うようでもある。


「けれど、悪魔は用心深く、地上に姿を現すことはまれです。その王たる者はさらに。彼らの世界の最奥に潜み、決して姿を現さないと言われているのです。もしかすると、その怪物はただ祈っているだけで、呪いをかけた張本人は別の者なのかも……」

「でも女神様。ルーン文字をこんなふうに使うのは、普通の悪魔には無理だと思うよ」


 マルネリアの声が横から滑り込んできた。


「ボクもその悪魔の王については今初めて知ったけど……そいつが犯人に違いないと思う」

「もしかしたら、僕らの本当の敵はそいつなのかもしれない。復活した〈契約の悪魔〉じゃなく――」

「ばかっ!」


 僕が考えなしに放った言葉は、途中で、天使の怒鳴り声によって噛み潰された。驚いて口を閉ざす僕に対し、彼女は急にひそひそ声に変わり、


「滅多なこと言うもんじゃないわ、騎士。白亜餓貌ノ王が関わってるとしたら、それはもう天界と悪魔の全面戦争に直結する。わたしたちものんきに町なんか作ってられなくなるわ。これまで、そんな兆しはなかった。悪魔が数匹ちょろちょろと動いてるだけ。そうでしょ?」

「そうだね。でも……もしそうなら色々すっきりすると思わない?」

「このクソばか犬!」


 天使の罵倒を浴びながら、僕はこの可能性を半ば確信していた。


 白亜餓貌ノ王は今の状況に関わっている。

 悪魔たちの王。これ以上ないほどの、地上を蝕む諸悪の根源!


 スッ……。

 コレ! コレ! コレ!


【『Ⅱ』のラスボスはより強大なれ:3コレ】(累計ポイント-6000)


 やっぱり、これだろう。

 続編では、敵も世界も、どんどん大きく広がっていく。

 それはワンパターンでも、強さのインフレでもない。『Ⅱ』の王道というものだ!


 二つの大きな徒労に弱っていた心がにわかに活気づいた。僕は肩をぐるぐる回す。


「よーし、マルネリア。続けようか……!」

「えっ、何? 騎士殿……?」

「あのストームウォーカーを倒す。新しくなった文字列を伝えるよ。また怪しいところを教えてくれ」

「騎士殿、まだやるつもりなの……!? どこまで元気なんだよ! 今度こそ万策尽きたよ! もう退いてよ!」


 僕は首を横に振る。


「悪魔の王様に、一発見せつけてやらないとね。それにマルネリア。魔女として、ルーン文字の使い手として、悪魔の王との知恵比べなんて、ちょっとわくわくしない?」

「……!」


 マルネリアが小さく息を呑んだ。


 ストームウォーカーにルーン文字が描かれていると聞いたとき、彼女は喜んだ。

 そしてその弱点を探りながら、知識と集中力を総動員しているときも、きっと。

 未知のもの、難解なものに向き合うとき、彼女はきっと恐れない。

 むしろ、


「女の子の自尊心をくすぐるなんて、騎士殿は悪い男かもね……」

「そうだね」


 マルネリアの笑みを含んだ返事が、僕を微笑ませた。


「わかったよ。もう一度やる。何か掴んでみせる」


 砂を重く踏み分ける音がして振り返ると、こちらに駆けつけるアシャリスと、コンテナの上に乗ったドワーフたちが見えた。


「騎士殿、無事か!」


 アルルカの呼びかけに、僕は、ルーン文字の支えを失い重たくなった腕を振って健在をアッピルした。


「超兵器は撃ち尽くした。だが、父さんたちはピンピンしている。ドワーフヘッドキャノンも問題ない」

「僕もまだアンサラーがある」


 僕は意見を求めるようにドワーフたちを見上げた。彼らは揃って武器を掲げ、


「膝はつかせてやったが、まだ暴れたりねえな」

「腕の一つくらいは落として、町に飾りたいところだ」

「俺たちは何度でもいけるぜ」


 総攻撃を跳ね返されても、誰一人怖気づいていない。

 まだ体が動く。つまり、まだ戦えるってことだ。


「あんたたち、バカじゃないの!? 諦めが悪いってレベルじゃないわよ!」


 話を聞いていたアンシェルが悲鳴を上げた。その声を押しのけるようにして、マルネリアの声が続く。


「でも騎士殿。次で最後にして。ルーンバーストを三度も使って、騎士殿の状態が今どうなってるか、ボクにも全然わからない。何かおかしいと思ったらすぐに撤退して。いい?」

「わかった。そうする」


 僕らは全員でうなずいた。


 このストームウォーカーの強さは、今までの敵とは一線を画している。

 イベントを飛ばした可能性を考慮すれば、今戦うべき相手ではなかったのかもしれない。僕らが持っている力が、ヤツの命に届いていないことをひしひしと感じる。


 でも、まだ退けない。


 このストームウォーカーの奥にすべての元凶がいるとしたら、見せつけてやらないといけない。

 地上に手を出せば、高くつくことを。

 僕らがここにいるってことを。


 よし……!

 まずは新しくなったルーン文字の記述を読んでいこう。

 すべての蓄積を、コップを空にするように捨て去り、最初からやり直し。必要なのは、それをやる意志の強さだ。


 そう思って、ストームウォーカーを見つめたとき。


 突然、キーンという甲高い音が空を渡った。


「……?」


 音が次第に大きくなる、と感じた直後。


 天から放たれたような一本の黒い錐が、ストームウォーカーの肩を撃ち抜いた。


 えっ……。


 巨大な右腕の骨が、肩甲骨を砕かれたことによって、鎖骨方面へ、ぶらん、と垂れ下がる。その急激な重心の移動で、ストームウォーカーが揺らいだ。


 続けて二本目と三本目の錐が飛来。

 あんなに頑丈だった胸骨に大穴を穿ち、反対側へ抜けた。


 なっ……なん……だ!? 攻撃……!?


 突然のことに誰も反応できなかった。

 ストームウォーカーの無敵の骨格を撃ち抜き、そのまま砂煙を上げながら地面を数十メートルも滑って止まった錐の正体を見て、僕は言葉を失った。


 サベージブラック!!

 しかも。


「アディン、ディバ、トリア……!?」


 遠くからでも見間違えるはずがなかった。

 パスティスの仔である三匹のサベージブラックたち!


 でも、なぜ!?

 僕は叫んだ。


「パ、パスティス!? アディンたちがこっちに来た! どうして!?」

「えっ……! そ、そんなはず……ない……! 海にいる、はず……!」


 パスティスの指示じゃない。アディンたちが勝手に飛んできた。

 おかしい。竜たちは、僕らが指示しなければ動かない。それにこの砂漠の暑さは、サベージブラックにとって危険なものだったはずなのに。


 ウウウウウルルルルルルルル……! ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!


 長子のアディンが、聞いたこともないような獰猛な咆哮を放った。

 直接向けられているわけでもないのに、体の芯がびりびりと震え、地面の砂がぱちぱちと跳ねる。


「う、うわ……!」


 なんだ、この迫力。

 何か様子がおかしい……!


 アディンがストームウォーカーに飛びかかる。ディバとトリアもそれに続いた。


 ぞっとするような破砕音が砂漠に響き渡る。

 アディンたちは、ストームウォーカーを食い荒らしていた。


 牙で食らいつき、爪で叩き割り、尻尾で切り裂く。それは、サベージブラックの凶暴性をすべて体現するような苛烈な攻撃だった。

 澄んだ鐘の音を思わせる魔法の詠唱など一切使わない。

 ただただ原始的で暴力的な力の行使。


 おかしい。アディンたちの攻撃はいつも激しいけど、これはおかしい!


「騎士様、アディン、たちは? どうしてる、の……!?」

「ストームウォーカーに攻撃してる……!」


 パスティスに応じつつ、僕ははっとなった。

 サベージブラックの攻撃は、ルーン文字に守られたこの死体に通用している。

 なぜ? サベージブラックはそこまで強いということなのか?


 僕は状況を説明し、マルネリアに答えを求めた。


「わからないよ……! でも、いくらサベージブラックが強い種でも、騎士殿のルーンバーストを跳ね返すような相手に普通の攻撃が通用するとは思えない」


 何か理由がある。サベージブラックだからこそ攻撃が通用する理由が。

 クソッ、何だってんだ。さっきから色んなことが一気に起こってる!


 おお……!


 僕は抱えかけた頭をはっと上げた。


 おおお……!


 地響きのようなその音はストームウォーカーの声だった。

 しかし、それは悲鳴ではない。


「……歓喜……?」


 見れば、ストームウォーカーは体を竜たちに蚕食されながら、一切の抵抗を見せていなかった。

 両腕は落ち、片足は膝からもがれて斜めにくずおれているというのに。

 むしろ、そうなることを歓迎しているふうですらあった。


 僕は唖然とし、そして同時に一つの確信に至る。

 ストームウォーカーは、アディンたちに食い尽くされることを望んでいる!


 だからだ。

 僕は続けて、さっきの疑問の答えにもたどり着いた。


 僕が、ストームウォーカーとのルーンバーストを成功させられた理由。

 連携によるルーンバーストの秘訣は、意識の同調。

 ヤツは、自分自身の死を望んでいたんだ。このルーン文字からの解放を。


 僕とストームウォーカーの思考は一致し、だからルーンバーストは発動した。

 やはり、彼は呪われていた。望まず生かされていた、ということか。

 犯人は……白亜餓貌ノ王……!?


 せ……よ。かえ……か。


「……!? こいつ、今……!」


 ストームウォーカーがまたしゃべった。

 僕は愕然とそれを聞き取る。


 戦士よ。帰ってきたか。


 そう言ったぞ……!? 今度はどういう意味だよ……!


 一匹が頭骨を噛み砕き、一匹が眼窩を食い広げ、一匹が頸椎を叩き割った。切り離された頭部が地に落ちて砂煙に飲まれるまで、ストームウォーカーは、その言葉を繰り返していた。


 ――静寂。


 乾いた骨が噛み砕かれる音が耳の奥で残響を続ける中、僕は一連の光景を、理解の過程を数段階すっ飛ばした直感で、こう刻んだ。


 竜たちが、ストームウォーカーを葬った。


 いつまで、いつまで、という嘆きの声を聞き、アディンたちは飛来した。

 ストームウォーカーは竜たちを受け入れ、大人しく死んでいった。


 なぜそうなったのか? ストームウォーカーとは何だったのか? そしてサベージブラックとの関係は? 何一つわからない。わからないのに……これが竜たちによる介錯だと、僕は疑う材料すら見つけられずに信じた。


 陶酔にも似た疑念に翻弄され、その場に立ち尽くすことしばし。

 不意に、僕は我に返る。

 ストームウォーカーは恐らく、今度こそ本当に活動を停止した。でも、アディンたちは? どうしてこっちに来ない?


 僕は慌てて、砕かれた骨の残骸が散らばる場所を探し回った。


「アディン!」


 見つけた。アディンは、皮膜の翼を広げるように、砂漠にべったりと倒れ込んでいた。

 ごうごうと熱い呼吸を繰り返している。苦しそうだった。


「残りの二体もこっちにいるぞ!」


 ドワーフたちが叫んだ。

 さっきまでの戦いは無理をしていたんだ。暑さはやはり竜たちにとって危険なままだった。にもかかわらず、ここまでアディンたちを駆り立てたものは一体何なんだ? いや、今はそれどころじゃない。


「海までもつかわからない。オアシスだ! あそこまで運ぼう!」


 僕らは凱歌を上げることも忘れ、大急ぎでアディンたちを天使たちがいるオアシスへと運んだ。

 オアシスを守る天使たちとは、実は、オメガが帰った後で「コンゴトモヨロシク……」という軽い裏取引をして、障壁の抜け方を教わっていた。


 アディンたちをオアシスに浮かべてやると、三匹とも数秒後にはあっさり復活して、尻尾だけで優雅に泳ぎ出した。


「どうして……砂漠に出て、いったの……?」


 町から駆けつけ合流したパスティスが、涙ながらに竜たちを叱ったが、不思議なことに、三匹とも自分たちが何をしたか覚えていないようだった。

 心配して水をかけてくれるパスティスに対し、遊んでくれていると思ったのか、クルクルと機嫌のよさそうな声を上げて、そのまわりを回遊した。


 安堵したドワーフたちは、じわじわと勝利を実感しはじめ、僕たちもその輪に加わることになった。

 ストームウォーカー撃破。

 それはこの〈ブラッディヤード〉において、誰にも超えられない栄光を手にしたことと同じ意味を持っていた。


 それはいいとして……。ずいぶん、謎が残ったなあ……。


やはりリックルよりやはりアディンたちだな。今回のでそれがよくわかったよ。>>SW感謝

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[一言] リックルがいたら、リックルが骸骨をむしゃむしゃしたの?
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