第百四十九話 ルーンの呪い
「何だって? ストームウォーカーの全身にルーン文字が?」
羽飾りから聞こえるマルネリアの声には、驚きに交じって好奇の響きが確かに感じられた。
僕はアンサラーを撃ちまくりながら答える。
「ああ、全身に書かれてる。耳なし芳一級だよ!」
「耳……何だって?」
「ごめん、今のはどうでもいい!」
アンサラーの弾丸は、ストームウォーカーの白骨の上で弾け、小さな飛沫となって空に吸われていくばかり。
やはりさっきまで砕けていたのは、単なる砂だったようだ。ストームウォーカー本体にはまったく攻撃が通用しない。
「落ちろお!」
アルルカがディガーフィッシュで頭部を狙っているけど、爆炎が二つの眼窩を覆ってもストームウォーカーはびくともしなかった。
通常の生物なら共通の弱点となる頭――脳にも効果なし。やはり既に死んでいるから、内臓を狙った攻撃に有効性はない。純粋な破砕力だけが頼りだ。
ストームウォーカーが、ハエを叩く準備でもするように、ゆっくりと腕を振り上げる。
「まずい!」
アシャリスが横に逃げる。僕もコンテナにしがみついた。
振り下ろされたストームウォーカーの腕は、巨大ビルの崩落そのものだった。
砂丘が割れ、もうもうと砂ぼこりが舞い上がる中、僕とアシャリスは衝撃に押し出されるようにして砂漠を転がった。
「無事かアルルカ!?」
「アシャリスに異常はない! 構造を簡略化した成果が出たな!」
アルルカはどこか得意げに言った。
こちらの武装がまるで通用しない中でも、彼女は取り乱さない。
強敵と戦う覚悟はできている。弱点は戦いながら探っていけばいい。
羽飾りからマルネリアの声がして、そのヒントを提示してくれた。
「騎士殿、ルーン文字読めるよね? どこからでもいいから何が書いてあるか言って。こっちで解読する!」
「わかった!」
ルーン文字の発動――特にルーンバーストには、ルーン文字への理解が必要になるので、僕は〈ディープミストの森〉にいた頃からこれらについての知識を叩き込まれていた。
「命、闘争、炎、炎、牡牛、富、守護、氷と欠乏のバインド……」
僕はストームウォーカーに書かれた文字を読み上げる。中には複数の文字を組み合わせたバインドルーンも存在したけど、どうにか読み取れる。
マルネリアはたびたび相槌を打っていた。だから順調に解析されていると思った。
が。
「……そんなはずは……」
凍えるような震えを伴い、彼女は声を吐き出した。
僕はさっと青ざめ、
「どこかで間違えた?」
「い、いや。多分、騎士殿は間違えてない。でも、これは……信じられない」
「どうしたんだ。言ってくれ」
しかしマルネリアからの返事は拒絶だった。
「ごめん、言えない。完全にボクの当て推量になる。これなら、何もわからない方がマシだ」
「そういうのは言わないとろくなことにならない! マルネリア!」
僕が強く叫ぶと、羽飾りの奥は一瞬沈黙し、そして悲鳴のような声を返してきた。
「全部ルーンバーストだよ、騎士殿!」
「なにっ……!?」
「そこに正しい文字の並びはほとんどない。どれも魔力が繋がらない連結ばかりだ。でもいつの間にか、魔力を暴走させて、なおかつそれに指向性を与える式ができあがってる。滅茶苦茶だ。こんな複雑で繊細なルーンの並び、人の智慧じゃ到底思いつけない……! 神様でもなきゃ……!」
「……効果はわかるの?」
僕はマルネリアを落ち着かせる意味も込めて質問する。
「効果は……多分、その骸骨の体の維持と強化だ。骨になった死体が動くなんて普通はありえないから。ストームウォーカーは生命力の残りかすじゃなく、魔力の暴走で支えられてるんだ」
僕はニヤリとした。
「つまり、ルーン文字を破壊すればヤツは動かなくなるわけだ」
「あっ」
マルネリアは驚いたように声を上げた。あまりにも高度なルーン文字の記述に圧倒され、単純な見落としをしていたらしい。
「複雑なものほど壊れやすい。そうだろ?」
「多分、そう、だと思う。でも、それなら、あるいは……。騎士殿、壊す文字はよく選んだ方がいい!」
「どこでもはよくない?」
「勘だけど、一文字壊すだけで全部の文字が機能を失う急所がある気がする。建物の楔みたいな……。この文字の並びからは、そういう芸術的なセンスを感じる」
そう言って押し黙った羽飾りから、緊張した空気がじっとりと流れ出た。
一刻を争うときだったけど、僕は黙ってマルネリアを待った。急かして焦らせるつもりはない。彼女なら見つけ出す。彼女しか見つけられない。
ストームウォーカーへの攻撃は今のところ一切通用していない。
それは表面に描かれたルーン文字に対しても同様。考えてみれば、いくつも壊せるわけがなかった。厳選された一文字。最初からそれに賭けるしかなかったのだ。
マルネリアの閃きは、今の僕らにとって唯一の希望。
時間をかけてでも、正解を見つけ出してほしい!
果たして、彼女は叫んだ。
「怪しいのは、太陽、太陽、故郷、馬って並びの、故郷の文字! 騎士殿!」
奇しくも、それはストームウォーカーの心臓部に位置していた。
僕はすぐさまアルルカにそれを伝えた。
「総攻撃だ。一文字だけでいい。全力でそこを破壊する!」
「わかった!」
アルルカがアシャリスを踏ん張らせ、両腕のドワーフヘッドキャノンを正面へと向けた。
「アシャリス、オールガンズファイア!」
叫んだ瞬間、幾重にも重なった轟音と共に、ブラストボビン、ディガーフィッシュ、フロギストン、ドワーフが同時に発射される。
これは! ロマン溢れる全武装一斉発射!
しかも、アルルカの思念にコントロールされた超兵器群は、すべてが指定されたストームウォーカーの心臓部へと一点集中していく。
ただの一斉発射じゃない。精密に制御された大暴力の一点突破だ。
「第二のルーンバースト!」
出し惜しみなし。ここが攻め時と見切って、僕も切り札を出す。
全能力を強化して、コンテナから砂漠へ飛び出し、ストームウォーカーへと走った。
途中まで複数のブラストボビンと並走することになる。パンジャンドラム騎兵隊の総突撃だ。珍百景も度が過ぎるとかえって勇壮に見えてくる。そして、間違いなく僕は、世界で唯一、パンジャンドラムの群れと一緒に走ったことのある男になるだろう。
ブラストボビンが回り込むような軌道へと移る中、僕はそのままストームウォーカーへと直進する。
指先の末節骨を駆け上がり、楔状骨を走り抜け、足首の距骨までたどり着いたら、そこからは脛骨を一気に這い上がる。
三本に枝分かれした奇怪な大腿骨をクライミングしていると、上部からの衝撃が伝わってきた。
超兵器の着弾は、僕が足元に取りついた時から始まっていたけど、その攻撃はまだ続いている。全弾打ち尽くすつもりか。なんて思い切りのいい!
腰部を取り巻くように広がる腸骨から背骨へ跳躍。螺旋階段じみた腰椎を第五から第一まで素早く飛び移り、肋骨の内部へと侵入する。
無数の鼓動があるべき体内はただただ空虚で、超兵器たちの衝撃のみが暴れ回っていた。
第二のルーンバーストの耐久力で爆風を乗り越えつつ、心臓部へ到達!
視界を覆いつくす黒煙の中、サイコミュ火炎放射器フロギストンが灼き焼き続けている部位を標的と確信して、僕は腕を交差させた。
「第一のルーンバースト!」
衝撃が体を後ろにすっ飛ばした。
持てる全打撃力を集中した。
僕は吹き抜けになったストームウォーカーの胸骨内から落下しながら、空間に置いてきた魔力暴走点を見続ける。
やったか!?
黒煙に包まれて攻撃箇所の状態は不明。
そのとき、ストームウォーカーが動いた。
一見、崩れるように。
そして、煙の中から出てきた心臓位置の骨は――。
「なんてこった……!」
健在。巨大なルーン文字が書かれた肋骨は、傷すらついていないように見えた。
これだけやってノーダメージ!?
これはもう、頑丈だとかそういうレベルじゃない。衝撃自体を無効化するとか、そういう性質のルーン文字が機能しているとしか思えない。
これは……手詰まりか……!?
一瞬の弱気が、脳内をリセットする。
……待て……!
閃く。
ルーン文字……! もしかしたら……!
「騎士殿、どうなったの!?」
マルネリアの結果をたずねる叫び声が聞こえる。
「攻撃は失敗だ。第一のルーンバーストも効かなかった!」
通信の奥で、みんなが息を呑んだのがわかった。
「でも、今一つ思いついた。これから試してみる!」
「騎士殿、何をするつもりさ!? これはもう退き時だよ!?」
「ルーンバーストだ!」
僕が叫び返すと、マルネリアからは戸惑うような吐息がもれた。
「つぼみの里のエルフたちは、二人で一つのルーンバーストを発動させてた。あれを僕とヤツとでやる! ルーンバーストが発動すれば、その後でルーン文字は効果を失う。僕は素に戻るだけだけど、ヤツは機能を停止するはずだ!」
「!! 土壇場で何てこと発想するんだ、騎士殿……! でも無理だよ!」
マルネリアは割れるような声で返してきた。
「二人でルーンバーストを起こすのは、一人でやるよりずっと難しいんだ。高度な意識のシンクロが必要になる。敵と――しかも骨だけで動いてるような相手と、何をどう同調するつもりだよ!?」
「やるだけやってみるさ!」
ヤツは非正規の文字の並びで常時ルーンバーストを起こしている。けれど、持続しているのなら、それはある種正規の記述とも考えられる。
ルーンバーストと名付けて気取ってはいるけど、所詮は魔力の暴走によって、通常ではありえない力を引き出しているだけ。現状からさらにもう一段階の誤作動を起こさせることを不可能だとは、マルネリアも言っていない。理屈の上では、多分!
これらは全部、僕の勝手な思い込みかもしれない。でも、やらずに後悔する手はない。
すでに大後悔してるから、僕はこの世界に来たんだ!
第二のルーンバーストが切れるまでが勝負だった。大急ぎでもう一度ストームウォーカーを登り直す。
ストームウォーカーが極めて鈍重で愚鈍な動きをしているのが幸いだった。
これが機敏に動き回る物体だったら、取りつくことも困難だっただろう。
二人でやるルーンバーストについては、〈ディープミストの森〉でミリオたちから少し教わっていた。
当時はまだルーン文字の操作が未熟で全然うまくいかなかったけど、何度も戦闘で使ってきた今なら、何かできるはず。
いや、やれ!
ストームウォーカーの頭が空っぽだというのなら、こっちから乗っ取って制御してやる。そういうイメージでいく!
心臓部へ再到達。
僕はまだ生き残っている背中のルーン文字を、急所となる故郷の文字へと押し当てる。
集中。
外部のあらゆる情報を、一つ一つ遮断。
窮地であること、戦場であること、村を守りに来たこと、最後は自分が何者であるかという情報の扉も閉ざし、思考のリソースを一点に集約させる。
ここを壊す。
この文字を壊す。
壊す。壊す。壊す。壊す。壊す。壊す。壊す。壊す。
壊す!!
「!!?」
背中に、熱とも光ともつかない圧が走った。
思わず離れそうになる背中を胸骨にくっつけたまま、僕は後ろを振り返る。
ストームウォーカーは光に包まれていた。
ルーンバーストの光だ。
成功したのか……!? 本当に……!?
突き上げるような浮遊感がせりあがってきた。
「うわっ……」
僕が浮いてるんじゃない。ストームウォーカーがくずおれようとしているのだと、瞬間的に理解はしたものの、どうすることもできなかった。ただ古ぼけた骨にしがみつくので精一杯。
続いてやってきた衝撃に、僕は完全に骨格外に放り出された。
青い空と赤い地面が空中で何度か入れ替わった後、墜落の震動が全身に伝播する。
重さにも似た痛みをこらえつつ、もがいて身を起こす。
どうなった……!?
ストームウォーカーは、砂漠に両膝をつく形でとどまっていた。
完全には倒れなかったようだ。しかし、背を曲げ、両腕を地に落とし、こうべを垂れるその姿は、はるか昔にそうなった古生物の化石のような、遠い死を連想させた。
その表面で、暴走状態となり、ぎらぎら輝いていたルーン文字が、切れた電球のようにぽつぽつと点滅し、色を失いだしている。
「マルネリア、やったかもしれない……!」
僕は羽飾りに呆然とつぶやきかけていた。自分でも信じられなかった。ルーンバーストが発動した。どうして?
「騎士殿、一体どうやって……」
「僕にもわから――」
言いかけたときだった。
ストームウォーカーがぞろりと動いた。
まさか!?
しかし、よく見てみると、動いているのはその巨大な躯ではなかった。
「マルネリア! なっ、何だあれ……!?」
「騎士殿、どうしたの!? 何が起きたのか言ってくれないとわからない!」
「ルーン文字だ!」
僕は混乱する舌でどうにか意味ある単語を紡ぎ出す。
「ルーン文字が動いてるんだ! ぐにゃぐにゃと、形を変えて……自分で……文字列を……作ってる……!!」
「はあ!? そんなバカなことあるはずが……」
そうしているうちにも、ルーン文字はストームウォーカーの表面を這いまわり、まったく別の記述を作り出していった。
やがて、再び、その死体を動かし始める。
「騎士殿。それはもうルーン文字なんかじゃないよ。呪いだ。ルーン文字による呪いだ……」
頭を抱えながらうめくようなマルネリアの声が、僕の鎧の中を何度も反響していく。
離れたところに見えるアシャリスも動きを止めていた。
そこへ戻ろうとするドワーフたちも、立ち尽くしてその姿を見ている。
このストームウォーカーというバケモノは、何なんだ……?
こいつは一体いつからこの砂漠にいて、何のために、どうして動いているんだ?
きっと誰もが、知らない何かに八つ当たりするようにそう思った、そのとき。
お、おおあ、あおおおお……
風の唸りのような、しかし、明確な意思を感じさせる何かの“音”が、砂漠の上をなめるように広がった。
おおお、い……まで……いつ……まで……はく……つ……う……。
「ストームウォーカーが……何かしゃべってる……」
僕は自分の声を、他人の言葉のように聞いた。
策を二つも無効にされるとか完全に長期戦ですねクォレハ……
※
なぜか風邪ひきました……
投稿タイミングが不規則になる可能性があります……
みんなの元気をよこせ(悪)




