第百四十八話 砂の下
「見えたぞ!」
ゴーグルをつけた戦士の一人が、左右に流れる砂塵の奥に向かって叫んだ。
いつの間にか吹き始めた砂混じりの強風が、僕の鎧の上で小さく弾ける音を響かせている。
その赤茶けた世界の裏でうごめくように、巨大な影が見えた。
「ストームウォーカーは近い、みんな装填されろ!」
『おう!』
ドルドたちがどやどやと弾倉内へ移動する。
僕はコンテナ上部に残った。
ここでアンサラーを構えることにより、アシャリスはアシャキャノンへとバージョンアップするのだ(射程2)。
「騎士、こんな時だけど……」
羽根飾りからアンシェルの声が聞こえた。
「天界からリックルの使用許可が下りたわ」
「リックル?」
おいおい、久しぶりだなその名前。
ん、待て。だとするとこれ、実は竜ステージなのか!?
あの竜っぽいパンダが全然役に立たないという事実はおいといて、ドラゴンを駆るシューティングステージでは大火力が前提になる。
アンサラーの威力ですら心もとない。
アディンたちを突っ込ませられればすべての問題は解決するんだけど、砂漠の暑さは相変わらず天敵だ。迂闊に呼び出せば、命にだってかかわるだろう。
超兵器で足りるかな……?
「ちなみに、今からリックルを呼んでこっちに到着するのはいつ?」
「……まあ、のんびり飛ぶから半日後くらいかしらね」
「遅いィ!?」
その頃にはもう勝負ついてるから!
「ストームウォーカーは僕らとアシャリスで何とかするよ」
「わかったわ。バカみたいに先走ったんだから、無事に帰ってわたしからちゃんと説教を受けるのよ」
「うん。ありがとう」
ふん、と鼻を鳴らすような、まったくデレを感じさせない音は、直後に耳元を襲った暴風に、あっという間に飲まれていった。
風がまた強くなった。前方のストームウォーカーの影は、視界に捉えてはいるものの、一向に大きくはならない。まだだいぶ距離があるのにこの強風は、僕にあまりよい予想をさせなかった。ヤツの周囲ではもっと激しい突風が吹き荒れているのかもしれない。
《砂を呑んだ風は、血風にも似ていた。〈大流砂〉にて、羽虫の軍勢との決戦以来、この地には平穏が訪れたはずだった。だが今、町は再び脅威に晒されている。砂嵐。風の叫び。屹立する死者の影。リックルの聖なる翼が、いななくように震えた》
……主人公、今、なんつった?
パンダの翼が偉そうにどうとかいうツッコミ所じゃなく、もっと前。
〈大流砂〉で羽虫の軍勢と戦った?
何だそれ。僕はそんなことしてない。
ひょっとして……それ、これから起こるイベントか? もしかしてこのストームウォーカー戦は、そのイベントをこなしてから発生するものだったのか? 下手をするとエリアクリア後に!?
どこかで順番が狂った。
原因は一つしかない。アバドーンを旧市街で倒したこと。
本来あった〈大流砂〉での決戦がキャンセルされ、この戦いが発生したんだ。
もしかして、これがこのエリアの隠しイベントまである、か?
でも、何だろう。何かイヤな予感がする。何が見逃しているような。
〈大流砂〉を調べた方がいい。この戦いをちゃんと乗り切った後で。
「いっ!?」
いきなり側頭部を殴打され、僕はよろめいた。
慌ててそちらを向いたけど、砂嵐のせいで、赤く濁った水槽の中のような世界しか見えない。
ごん、がん、とコンテナを叩く音が、僕を振り返らせる。
兜の内側からよく目を凝らして見た。
砂粒や砂漠に埋まった鉄片ではない何かが、風に乗って飛来してきているのがわかった。
真四角の、大きな――。
僕はその正体に気づいて愕然とした。
石のブロック。村の残骸、だ……!
最初から間に合うタイミングではないことはわかっていた。
それでも、もしかしたら、村が被害に遭う前に割り込めるかもしれない。そんな根拠のない期待が、ついさっきまで、確かに僕の中にあった。
それが今消えた。
村は襲われ、家屋はブロック状に砕かれて、この砂嵐に吸い上げられたのだ。
でかいブロックが飛んでる光景は若干シュールで、緊張感に欠けるところがあったけど、それもわずかな間だけだった。
別の何かが飛んできて、僕の前方で跳ねる。
回転しながら足元まできたそれを拾ってみると、ぼろぼろに刃こぼれした剣が、重苦しく視界を左右に渡った。
僕はドルドに報告する。
「……早合点するんじゃねえぞ、騎士殿」
そう告げる彼の声にも、強い自制が感じられる。
そうだ。この傷んだ剣からわかることはほとんどない。
たまたま村に捨てられていた武器が飛んできただけかもしれない。
ドワーフたちは生粋の戦士だ。
彼らは、猪突猛進の僕のようなバカではなく、引き際も攻め時もわきまえた戦の達人だ。
けれど同時に、自分たちがモノではなく、感情を持ち、不安定に揺れ動くヒトであることも熟知している。その不確定な部分を受け入れ、戦士として戦いに臨んでいる。
だから、決して想像から追い出せない。
小さな村を守るため、この剣を持ってストームウォーカーに立ち向かったドワーフの戦士がいたかもしれないことを。
「やることは変わらない」
僕はつぶやいて、剣をコンテナの上に置いた。
「ああ、そうだ。ヤツに一発食らわせてやる。それだけに集中しろ」
ドルドの声がそう言った。
僕はストームウォーカーの影を探し、それが見当たらないことに一瞬唖然とした。が、すぐに思い違いだと気づいた。
視界の一部分でしかなかったヤツの人影は、いつの間にか、視界全体を覆うほどに大きくなっていたのだ。
いよいよ接敵。
「アルルカ、前方!」
「わかっている!」
コンテナの縁から、下方にあるアルルカの顔に呼びかける。
防塵ゴーグルとマスクで顔を覆った彼女から、くぐもった、しかしはっきりとした返事があった。
「仕掛けるぞ!」
僕の背後で、何かが射出されるような音がした。
ブラストボビンかディガーフィッシュが発射されたのだろう。
この、三秒で砂まみれになれる環境下でもきちんと各機構が動くのが、アシャリスの本当にすごいところかもしれない。
超兵器の持つ殺気が、砂煙を蹴立てながら敵に向かっていく。
ほどなくして、鈍い光と音が前方に生じた。
大きすぎるストームウォーカーの影に対し、それはあまりにも小さく感じられた。
変化は――ない。効果は確認できない。
「アルルカ。俺たちが行くぞ!」
ドワーフヘッドキャノンの弾倉から、弾丸たちが気炎を上げ始める。
「もう少し待て! 視界が悪い。狙いがつけられない!」
アシャリスが突風の中、懸命に前進する。
と。
――!?
いきなり、すべての音が消えた。
世界が止まったとすら感じられた。
違う。風の壁を抜けたのだ。
台風の目のように、風が渦を巻いていないところに出た。
僕は思わずうめいた。
そんな場所に何かが“いる”とすれば、それはもうヤツしかいない。
ストームウォーカー!!
それを何と例えるべきか、僕には言葉が見つからなかった。
こんなに巨大な生物の死骸を見たことがなかった。
グラットンワームの偉容にも圧倒されたけど、こちらはもっと別種の恐怖だった。
赤茶けた骸骨。
やや猫背になっているものの、今やはっきりと見えるその形状は、僕が知る人体の骨格標本とはところどころ違っていた。
肋骨は隙間を埋めるような二重構造になっていて、腕や足も、神経や筋をより強固に守るように、見知らぬ骨が覆っていた。
まるで何者かが骨の鎧をまとっているかのようだ。
ただ、その鎧が守るべき組織は肉片一つ残っておらず、完全に白骨化していた。いや……赤いのに白骨はないか。
虚空に空いた奈落のような眼窩が、顔ごと、ぬう、とこちらを向いた。
昼間であるのに、頭蓋には新月の夜が詰まっているかのように、内部に黒以外の色がない。
死の世界につながる入り口。
そう言われても、信じられる。
「食らえ!」
引き金を引くことも忘れた僕を、アルルカの威勢のいい声が叩いた。
ドワーフヘッドキャノンがドワーフたちを連続発射する。
僕も咄嗟にアンサラーを撃った。
地に放たれたディガーフィッシュが天へと跳ねあがり、頭上から降り注ぐ。
ストームウォーカーの巨躯は、揺るぎもしなかった。
しかし、爆発が起こるたび、ドワーフ戦士たちがすれ違いざまに攻撃していくたび、骨の表面が砕け、落石のように地面へと降下して、砂ぼこりを立ち上らせた。
「よし、効いてるぞ!」
僕はアンサラーを撃ちながら歓声を上げた。
女神様と超兵器の力を合わせればこんなもんだ!
天界もリックルも必要ねえ!
ストームウォーカーが揺らがないのは、生命としての痛覚が存在しないからだ。ダメージはきっちり通ってる。その証拠に、そろそろ骨の一部が完全に削ぎ落ち――
「ん!?」
大きく砕けた骨の奥から、白い内部が露出したのを見て、僕は声を上げていた。
表面が赤いだけで、内部はやっぱり白いのか?
そう考えられたのは、その瞬間だけだった。
ストームウォーカーの体のあちこちで、赤い部分の剥落が起こる。
「!!?」
現れた白骨部分には、傷一つついていなかった。
こ、これはどういうことだ……!?
頭の中に閃く悪い予感があった。
僕らが落していたのは、長い年月をかけてストームウォーカーにこびりついた砂だ。それらが石のように固くなって、本体を覆っていたのだ。
僕はそれを見て、浅はかにも喜んでいたのだ。
けれど、もっと異様な発見が、僕から声と言葉を奪っていく。
「き、騎士殿、これは一体……!?」
アルルカが悲鳴じみた声を上げる。
僕も彼女と同じものを見ている。けれど、驚きのあまり答えられない。
それを知っていたから。
きっとこの場にいる誰よりも身近に。
砂に隠されていたストームウォーカーの全身には、巨大な模様のようなルーン文字がびっしりと描かれていた。
巨大な骨ゾンビとの戦いは一年くらい前にも書いたよなあ?(コタロー並感)




