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第百四十七話 小さな村

「本当だ。村が見える」


 町拡大に伴い新設された星形城塞の外壁の上から、僕はそれを見た。

 動かない砂の波間から少しだけ頭を出したその陰影は、旧市街の町並みの一部をそっくりそのまま移したようだった。


「ドワーフの村だ」


 隣にいるアルルカが、軍用ケープについた砂を払いながら言った。


「わたしたちの故郷が敵に襲われた時、大半は南側に避難したのだが、一部、北に逃げた者たちもいたらしい。彼らの村だろう」


 戦闘街とも旧市街とも比べものにならないほどの小ささではあったけど、そのこじんまりした様子が何とも温かい。


「リーンフィリア様の整地力なしで村を再建した?」

「北側には岩石砂漠があって、南側ほど土地が柔らかくない。だから家が建てられる。だが、最大の理由はイナゴが飛ばなくなったことだろうな」


 アルルカの、爆発しない限りは知的そのものの横顔が、そう告げた。


「アバドーンの軍勢ヤーテイか」


 あの戦いでドワーフたちは故郷を取り戻した。これまでの避難生活が終わると同時に、戦闘方面でも劇的な変化が起きたことは、あえて今さら言及するまでもないことだった。


 砂漠からイナゴが姿を消した。


 元々、イナゴWAVEは、他の防衛戦とは一線を画する奇妙な戦場だった。

 あれだけがアバドーンの指揮下にあったのだ。


 首魁を失い、イナゴたちも沈黙した。恐らくどこかに、旧市街に張り付いていたようなイナゴの工廠があったのだろうけど、それも動いていないのだろう。


 今思うと、あいつ、〈ブラッディヤード〉のボスくさかったよな……。性格としゃべり方は変だったけど。その点ナイトは格が違った。圧倒的にさすがって感じ。


 とすると、このエリアには、もう倒すべきボスは残っていないのかもしれない。

 後は町を順調に広げておしまい。その可能性もありうる。


 攻略手順としては果てしなく邪道な形になったけど……。しょうがない。慌てて逃げようとしたアバドーンが悪い。いや、悪かったのは相手か。サベージブラック三匹。今のところ太刀打ちできそうなのは、オアシスで会った天使オメガくらいか……。


「あの町と連絡は取れてる?」

「いや、人を出すにはまだ遠い。あちらからもこちらの様子は見えているだろうが。行き来できるのはもう少し町を広げてからだな」

「早く彼らを安心させてやりたいな」

「そうだな」


 そう話したのが、三日前だった。


 ※


 会議室の空気は張り詰め、そこにいる者すべての膝を、椅子に押さえつけるかのように緊張していた。


「ストームウォーカー、北の村へ接近中」


 その一報は、ドルドと、彼の家でくつろいでいた僕らに同時に届けられた。


 ストームウォーカー。

 そうだ。まだヤツがいた。


 僕が〈契約の悪魔〉の胴体と戦った後、〈大流砂〉の近くから北側に見た巨人。

 砂嵐と共に砂漠を彷徨する、その正体は巨大な骸骨だという。

〈ブラッディヤード〉の豊かな大地が砂に食い尽くされた際、骨だけになって這い出てきたというヤバい伝説を持っている。


 それが、あの小さな村へ迫っていた。


 砂漠の北側はヤツの徘徊テリトリーだ。これまでストームウォーカーが町に近づかなかったのは、町の方がヤツに近づかなかったからという理由が大きい。

 北に避難したドワーフたちはアバドーンの脅威からは逃れられたが、そのおかげで築けた村によって、今度はヤツの興味を引いてしまった。


「間に合わんな」


 腕を組んだドルドが、凝固した部屋の空気にため息を吐いた。

 会議室の全員が彼を見る。


「今から救援隊を編成して向かっても、ヤツの進撃速度の方がはるかに早い。たどり着く頃には村は壊滅しているだろう」

「仲間を見捨てる気か!?」


 石造りの机にどんと手をついたのは、肩を怒らせたアルルカだ。


 戦場に立つようになってから、彼女はどんどん変わっ――いや、成長していた。ドルドから戦いを学び、精神的にも強くなった。最近では、戦士として尊敬を得ることも少なくない。

 まあ、外見だけは、最初から凛々しい軍人少女だったんだよ。ようやく中身がそれに追いついてきただけの話。


「落ち着けよアルルカ」


 ドルドの隣に座るバルジドが、諫めるように言った。


「ストームウォーカーは、目下無敵の存在だ。俺たちの先祖が、どんな武器と戦法を用いても倒せなかった。損傷を与えたという話すら残ってねえ。古の戦士が見栄の一つも張らねえってことは、一種の警告だろうよ。ヤツには迂闊に手を出すなってな」

「しかし! 今なら超兵器がある!」


 アルルカの抗弁を、ドルドの視線が鋭く射貫く。


「確かに、俺たちにはかつてない力がある。タイラニー神を戴いて、訓練の時期も終わった。だがダメだ。対策も時間も用意できてねえ。超兵器と戦士総出で攻め込んで壊滅したんじゃ、町ががら空きになる。俺たちは常に戦いの備えをしてるが、ヤツは想定外だ。備えのない戦場に戦士を送るのは指揮者の仕事じゃない。この戦いは、準備の段階で俺たちの負けだった。こらえろ。村は助けられない」

「納得できるか! 仲間の命がかかってるんだぞ!? 何を落ち着いてるんだ!?」


 一声吠えてもドルドが動かないことを見て取り、アルルカは鼻息を荒くしたまま席を立って出ていってしまった。

 ドルドが嘆息する。


「せっかちなヤツだ。まだ会議は終わってねえのに」

「誰に似たんだろうな?」

「俺だよ」


 バルジドのからかうような声をあっさりかわすと、ドルドは僕らを見た。


「騎士殿。すまねえが、後で様子を見てやってくれるか。俺が近づいたんじゃ、よけいに針を立てるネズミみてえになる」

「わかった」


 ドルドとアルルカの仲は良好だ。グラットンワームの一件以来、二人はより近い位置でものを話すようになった。ついでに、ケンカも一歩踏み込んでするようになったわけだが。


「でも、僕も今日のドルドたちはおかしいと思う。本当に仲間を見捨てるつもり?」

「何だよ、騎士殿まで」


 ドルドは呆れたように言った。


「あいつらなら大丈夫だ。北には廃坑がいくつかあって、だからこそ避難者たちもあっちに逃げた。深くて長い穴だ。ストームウォーカーが近づいてきたとなりゃ、迷わずそっちに逃げ込むさ。村は壊されちまうだろうが、それはまた直せばいい。俺たちも手伝えるしな」

「ああ、そういうことだったのか」


 僕らは納得すると同時に安心して、アルルカを追うことにした。最後まで話を聞いていれば、彼女も無駄な憤懣をまき散らすこともなかっただろうに。短気は損気という言葉を教えてあげよう。


 てっきり超兵器研究所で腐っているのかと思ったけど、彼女の姿はなかった。

 まさか、ダンダーナの家で泣いてるってことはないだろうけど、どこだ?


「リーンフィリア様なら、気分がくさくさした時とかどうします?」


 僕はすぐ後ろにいる女神様にたずねてみた。


「わたしなら、目についた山を平らにして心を落ち着かせます」


 …………。

 また地図を書き直さなければならんな……。


 手分けして探してみたけれど、アルルカの目撃例は特になかった。

 気がつくと、僕らは外壁の上に集合していた。

 みんな、ストームウォーカーの様子が気になっていたのかもしれない。


「ちゃんと避難、できる、かな……」


 パスティスが心配そうに、色違いの瞳を砂漠の奥へと向けた。


 彼女の視線の先は暗かった。

 ストームウォーカーと共に移動する砂嵐が、赤砂を巻き上げて、あるラインから先を砂煙の幕で閉ざしてしまっている。


 その中で、巨大な何かの影が動いているのがかろうじて見えた。

 ストームウォーカーだろう。

 今でないとしても、町を広げていけば最後には正面から戦うことになる。案外、ヤツがエリアボスとなるのかもしれない。準備はしておいた方がいい。


 そう思った時。


「おい、アシャリスが動いてるぞ!」

「何だ、アルルカか!?」


 外壁の下の方からそんな声が聞こえたと思ったら、砂丘を蹴り割る勢いで砂漠に飛び出していく大きな影が見えた。


「あれは……!」


 下で人が騒いでいるとおり、アシャリスだ。

 となれば、乗っているのは……。


「あの子、一人で行くつもりだよ。騎士殿!」


 珍しくマルネリアが焦った声を出す。

 アシャリスは砂漠の上をすさまじい速度で駆けていく。順調に改良を重ねられ、砂漠の地形に適応した成果が余計なところで出ていた。

 僕は手すりから身を乗り出しつつ叫んだ。


「アンシェル、〈ヘルメスの翼〉を僕にかけて! 彼女を追う!」

「えっ……でも……」

「早く!」

「わ、わかったわよ!」


 魔法が完成すると、僕のかかとから光塵を散らす小さな翼が生まれた。


「行ってくる」


 ボッ!


 外壁上から飛び出すと、天使がくれた翼は僕を一気に前方へと押し出した。

 さすが敵中核強襲用ブースター! 地形に影響される徒歩のアシャリスとの差はぐんぐん縮まっていく。


「アルルカ!」

「騎士殿!?」


 横に並ぶと、相変わらず何の改良もされてないアルルカの剥き出しの顔が、驚いてこっちを見た。


「止めてくれるな! たとえ間に合わなくとも、わたしはストームウォーカーを叩く!」

「止めないよ」


 僕は笑った。


「二人でぶちかまそうぜ」

「爆友!!」


 アルルカはたちまち笑顔になった。


「そんなことだろうと思ったわよボケェ!」


 羽飾りからアンシェルの嘆きが聞こえてくる。


「本当に申し訳ない」

「全然誠意を感じないわ!」


〈ヘルメスの翼〉の推力がガクンと落ちる。急な施術だったからか、あるいはアンシェルの仕込みだったのか、魔法の持続時間がもう切れてしまったようだ。


「乗ってくれ、爆友!」


 ドワーフヘッドキャノンの砲身が差し伸ばされ、僕はそこに飛びついた。

 ダッシュの振動の中、武装コンテナの上へと這って移動する。


「作戦はあるのか?」

「ない! わたしとアシャリスが全力でぶつかるだけだ」

「よーし、それでいこう!」


 無理に今戦う必要はまったくない。

 アルルカは無謀だろうし、僕もそうだ。


 だけど、三日前にあの小さな村を見て思った。

 あそこには、作ったドワーフたちの喜びがある。何もないところから材料を持ち寄り、みんなで建てたという思い出がある。


 それが壊された時、どんな気分になるか。

 その様子を、何もできないまま無力に眺める時、どんな気分になるか。

 僕は知ってる。アルルカも。

 だからゆく。作戦なんかなくとも。


「まあ、気持ちはわからんでもねえが」


 その声は、肩部分と一体化したドワーフヘッドキャノンの弾倉から聞こえた。

 僕らは思わず叫んでいた。


「ドルド!?」

「父さん!?」


 外部ホイホイ用ハッチが開き、ドルドがコンテナ上に登ってきた。僕のすぐ隣に座り込む。


「いつから入り込んでたんだ?」

「騎士殿たちが出ていって、すぐな」

「……どうして止めなかった?」


 これはアルルカからの質問だった。ドルドはぶっきらぼうに、


「町で戦士団は出せねえが、個人までは知らん。特に、手に負えないはねっかえりがすることはな」

「わたしは戻らないぞ。あの村を助ける。たとえ間に合わなくとも、村に手を出したことを後悔させてやる」


 彼女が強固に言うと、ドルドは鼻を鳴らすように笑った。


「行動だけはそれほど間違いじゃねえ。無策無謀ってところは、説教もんだがな」


 彼は村があるであろう方向を見やり、誰かに言い聞かせるように語った。


「決して仲間を見捨てない。たとえ、救うための犠牲の方が大きくなっても戦う。非合理的だし、道理に合ってないようにも見えるがな、大事なことだ。戦場にいる戦士たちは、常に、一個しかねえ命を危険にさらしてる。わずかな間に、死と何度もすれ違う。生か死か、究極のエゴイズムと向き合うわけだ。死は選ばない。普通はな。自分の命の責任を取り切れるのは自分だけだ。だがもしそこで、危険を顧みずに助けに来てくれる仲間がいると信じられるのなら……。その戦士もまた、誰かのために命を懸けるだろう。それを当然のこととして。そうして結束した戦士たちは、何よりも強い」


 彼はアルルカの肩を叩くように、コンテナに軽くふれた。


「そういう戦場の絆は、訓練や教本では決して学べない。直に命を懸けて、戦士たちの愚直な屍の上にようやく築かれる。犠牲が常に必要とされる。戦わない者にも。とても遠回りで、不器用なやり方だ。しかしそれを怠れば、誰もがお互いを助けなくなる。分断され、みな死ぬ」


「もちろん、自殺しに行くのと命を懸けるのは別物だがな」

「バルジド!?」


 ハッチの奥から聞こえたもう一つの声に、僕は再び驚きを噴出させた。

 南北の親方が二人ともこの無謀な戦いに参加しているのか?

 バルジドだけではなかった。弾倉からドワーフたちがわらわら出てくる。


 アルルカが驚愕した。


「まさか!? 今朝までは、二人くらいしか採れてなかったはずだぞ!」


 申し訳ないが、一族の戦士を虫みたいに言うのはNG。


「こうでもしねえと、あの村の救援には行けそうにねえからな」


 戦士の一人が言うと、他のドワーフたちも次々に口を開く。


「ああ。ドルド親方は立場上、無策で突っ込めとは言えねえし」

「なら、わしらが勝手に無策で突っ込むだけだな」

「なあに、ふと目が覚めたら戦場に届けられてただけだ。よくあることさ」


 この人たちは……。


 僕は背中がぞわぞわと粟立つのを感じた。

 嬉しかったんだ。

 何も言わなくとも、同じことをしてしまう仲間がいることが。


 勝手なことを言う全員を見回して、ドルドは僕に言った。


「とりあえず、やるだけやってみようぜ。あの村の同胞たちにも、俺たちがついてるってところをしっかり見せてやらんとな」


 僕は力強くうなずき、アシャリスが運んでくれる戦場を見つめた。


世の中には効率的にやらない方がいいものもあります。

苦労を買ってでもするというか……。

つまり初見はwikiなしで攻略しろ(豹変)

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― 新着の感想 ―
[一言] 初見を攻略本ありきでプレイしたら、 楽しみ半減しちゃうもんね ただ後から取り返しのつかない要素が大量にあるのを見落とすのも精神的に辛いものがある
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