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百四十六話 天使オメガ

 久しぶりに天界に戻った翌日。地上に置かれた祭壇から〈オルター・ボード〉へ呼びかけがあり、僕らは再びドワーフの町へと戻った。


 今更だけど、この天界と地上の時間差、時間を進めるには有効なんだけど、休憩と息抜きをするのにはまったく向かないな……。


 案内役の若いイケメンドワーフは、僕らを、南工房の横に新設された超兵器研究所へとつれていった。

 旧市街の密集した家並みにもれず、研究所も工房と扉一枚しか隔てていない密着ぶりで、しかもその扉も閉じたことはないという風通しのよさだった。


 工房よりはいくぶん小綺麗な内装の研究室では、作業台を挟んでアルルカとドルドが何かを話し合っていた。


「これが新たに考案した超兵器だが、どうだろう」


 ドルドはアルルカの粘土板をちらりと見ただけで、すぐに視線を彼女へと戻し、


「新しい発想が途絶えないのはいいんだがな、従来品の改良にも目を向けろ。この間の戦闘で、問題点が炙り出されただろう」

「うっ、そ、それはわかってる……」

「ドワーフヘッドキャノンの弾倉は、槍のような長物を持って乗り込むには狭すぎる。さすがのドワーフも、素手では十分に戦えねえ。それで、このショートソードを何本かアシャリスに常備させる要望が出た」


 ごとり、とテーブルの上に剣を置く。


「え、ショートソード? あまり強そうではないが、こんなのでいいのか?」

「こんなのだと? 持ってみろ」

「!? 何だこれ、ものすごく重いぞ!?」

「バルジドに頼んで、特別重い合金を作ってもらったからな。そこらの斧より重い。組み付いて振り下ろすか突き刺すかすれば、大抵の敵は一撃で倒せる。どうだ?」

「うん。この大きさなら、数をそろえても収納に問題はない。そ、それで、わたしの新兵器なんだが――」

「で、次は弾倉そのものの問題だ」

「ま、まだあるのか!?」

「当たり前だろ。最初から完璧な武器なんてねえ。戦場で使い心地を確かめて、ちょっとずつ修正していくんだ。それで今の弾倉だが、中身が複雑すぎる。手入れができねえってんで、バンドイルたちから改良案が来てるぞ。これだ」

「この弾倉は……あ、そうか。回転するだけで、次の弾を装填する仕組みか……!」

「これだけでわかるのか? 俺にはレンコンにしか見えねえが」

「ふふふ……確かにそうだな。だけど、この仕組みならシンプルだし、整備も交換も簡単そうだ」


 なんか、すごーく楽しそうな話してるんだけど。割り込みずらいな……。


「ちょっとあんたたち、女神様が来たのに挨拶もなし?」


 遠慮なんか最初からかけらも持ち合わせていないアンシェルが堂々と室内に声を放った。何だか汚れ役をやらせているみたいで申し訳ない。


「おお! タイラニーアーレ! 来てくれたのか女神様」

「騎士殿も、みんなも!」


 ドルドとアルルカがこちらを向いて、ぱっと顔を輝かせた。


 ※


 オアシスを発見した。というのが、彼らからの報告だった。

 僕らが天界に戻った一月前から町は順調に発展しており、その拡大の中で見つけられたものだという。


 ただ、〈ブラッディヤード〉のオアシスはもっと北に小さいのがあるだけで、以前はこんな場所にはなかったという。

 そしてさらに、ドルドが言うには、オアシスには奇妙な障壁が張られていて、しかも誰かが住んでいるらしい。


 この時点で、僕にはある予感があった。

 案内役としてアルルカをつれ、僕はそのオアシスへと向かった。近場ということもあって、リーンフィリア様たちも一緒だ。


「これは……」


 鱗のように隙間なく組み合わされた、輝く盾の障壁。

 そしてその奥に見える湖の底では、神聖な光を放つ何かが揺らめいている。


 僕はアンシェルが持っている〈オルター・ボード〉を見せてもらった。

 植物の芽のようなアイコンが出ている。

 もう間違いない。


「なーんだ。誰かと思ったら、兄弟じゃないか」


 ねっとりとしたいやらしい幼声が、南国風の樹木の裏から聞こえた。


「あ。ばかだ。ばかが来たー」


 もう一つの声もセットで。

 頭の中から記憶を引っ張り出す必要もなかった。

 DLC天使ども……!!


 快活そうなショートヘアと、おっとりしたロングヘアの二人組。一見、真逆の性格に見える彼女たちだけど、強欲で汚すぎるという点で、同一人物かと思えるほど似ている。


 このエリアにもやっぱりあったか。〈祝福の残り香〉ゾーン……!

 有料でキャラを強化できるとか、じゃあ何のためにレベルアップを廃止したのかな?(今更)


 二人は水着姿だった。

 アンシェルもそうだけど、小柄な彼女たちは体型も見事につるぺったんこで、ショートヘアはビキニ型。ロングヘアはワンピース型の水着を身に着けている。


 二人は輝く盾の障壁をあっさりと踏み越えてこちらに来ると、僕の鎧をいやに馴れ馴れしくぺたぺた触り、


「久しぶりだよなあ、兄弟。元気してたかー?」

「えへへー。ばかだー。ばかだなー」


 兄弟……?


「いやに上機嫌ね。気持ち悪いんだけど」


 アンシェルが仏頂面で言った。〈ディープミストの森〉では、二人の不正を暴こうとした結果、逆に彼女たちの悪意に取り込まれるという不本意な結果に終わっているだけに、その視線も一層刺々しい。

 しかし汚い天使たちは気にもせず、にんまりと、これだけは純朴そうな笑みを交わし合い、声高らかに叫んだ。


『アンサラー!』


 瞬間、二人の細い腕の中に、重装甲の長銃が姿を現す。


「なっ……」


 その光景に、僕もアンシェルも驚いて固まってしまった。


「な、何であんたたちがアンサラーを持ってるのよ! まさか……」


 アンシェルが肩を怒らせてたずねると、二人は銃を誓いのように掲げて交差させ、


「あたしたち、突撃隊の予備隊の隊長になっちゃったんだー!」

「またまた昇進したー。わーい」

「何ですってぇ!? あ、あんたたちが予備隊の!?」


 アンシェルは悲鳴のような声を上げる。

 天使の突撃隊だと……!? アンサラー本来の所有者! まさか、以前渡したサベージブラックの爪が戦利品と認められて!?


 ばかだなあ神本当にばか!


「でも、予備隊ってことは補欠なんだろ? そいつらにもアンサラーは支給されるのか?」


 僕がたずねると、アンシェルは頭を抱えたまま、


「その考えは数百年古いわ。空いてる戦力として勝手よく使い回されるうち、予備隊は、イの一番に戦場に駆けつける超即応部隊になっていったの。正規隊が到着するまで、戦場を荒らしまわる天界一の荒くれ者どもよ。情報収集の名目で、独自の裁量権まで持ってる。解釈次第では〈驟雨ディスキャノピィ〉の使用権もね。最悪だわ……」


〈驟雨〉って確か、突撃隊の必殺ムーブで、山を窪地にするくらいの破壊力があるんだったか……。こいつらが、それを自由に使える……? うわあ。


「やっぱりサベージブラックと戦ったっていう実績はさあ、すごいわけだよ」


 ショートヘア天使が、おなかの曲線と完全に同化している胸をそらして言った。


「“弑天シテン”が天界で暴れ回って以来、サベージブラックと戦った天使っていうのはあたしらくらいだしー」

「次代を担うー、しんせだいー、って感じー」


 ロングヘアもへらへらと笑う。僕は半ば呆れて、


「君ら、堂々としてんな。逆に不安とかないの?」

『なんのことー?』


 声を合わせてとぼけてきた。これは本物だ。偽りの武功で出世しておきながら、ここまで平然としているとは。なんか尊敬すら抱けそう。


 ところで、今ちらっと出た弑天というのは、例の天界を襲撃したサベージブラックのことか?

 アンシェルもリーンフィリア様も、黒竜たちをことさらに怖がっていたし、神々にとって彼らは、ある種のトラウマなのかもしれない。

 だから、こいつらもこんなに一気に出世できたわけか。


「二人とも、任務中にあまり羽目を外さないことですよ……」


 不意に、聞き覚えのない物静かな声が、僕らの再会に割り込んできた。

 木陰から新たな天使が姿を現したとき、僕は、これまでとは明らかに異なる、悲鳴のようなアンシェルの声を聞いた。


「オメガ!?」


 その天使は、やはり幼い姿をしていたものの、奇妙に大人びて見えた。


 水着でオアシス警護をエンジョイする天使のクズ二名とは違って、肩を露出させた白いワンピースに、白長手袋と白ニーソという白ずくめの服装。

 前髪ぱっつんのストレートな金髪も、金満主義のやつらとは輝きが違う。

 何より、天使たちはみんな可愛い顔をしているんだけど、彼女はその中でもずば抜けて整った顔立ちをしていた。


 オメガ……。何だか主人公のライバルキャラか、クソ強殺戮マシーンみたいな名前してるな……。


「久しぶりですね。アンシェル……」

「ど、どうしてあんたがここにいるのよ」


 静かに話しかけるオメガに対し、アンシェルは不自然なまでに声を上ずらせている。普段はアンシェル一人だからあんまり意識しないけど、天使たちは横のつながりがわりとしっかりしているようだ。


「この二人が予備隊に昇進したので、その人となりを見ておこうと思ったのです」

「堅苦しいなあ、オメガは」

「水着も着ないしー。せっかくのオアシスなのにー」

「ふふふ……」


 静かに微笑むオメガ。

 顔立ちが整いすぎているせいか、その笑みにはどこか裏があるようにも見えてしまった。

 なんか……この二人終わったくさい。くさくない?


「アンシェル。彼女は?」


 オメガがクズたちに目を向けたすきに、僕はアンシェルにこっそりたずねた。

 アンシェルは青ざめた顔を険しくさせたまま、


「天使の突撃隊、一番隊隊長。天界を襲撃した弑天――サベージブラックを単独で仕留めて地上に蹴り落とした、現行最強の天使よ……」


 …………。


 !?


 仕留めた!?


「天界を襲ったサベージブラックって、殺されたのか……?」

「当たり前でしょ……! 今更何言ってんのよ。天界に攻め入って、ただで済むわけないじゃない……」


 アンシェルは呆れたように言った。

 た、確かに、神々の本拠地に乗り込んだわけだから、ただでは済まないと思うけど……。


 目が覚める思いだった。

 どこか、暴れ回って満足して帰ったイメージがあった。ゴジラみたいに。


 ちょっと天界をナメすぎてた。

 若いアディンたちですらあの攻撃力なんだから、その弑天とかいうのはもっと強かったに違いない。それを仕留めた。たった一人の、このオメガという天使が。

 天使の突撃隊……。思った以上に強力な組織らしいな。


「リーンフィリア様もお久しぶりです」

「こ、こんにちは、オメガ……」


 リーンフィリア様もかちこちに固まっている。


「地上に滅多に降りられないはずの女神様とこのような場所でお会いできるとは、オメガはきっと幸運なのですね……」

「あうあうあう……」


 ああ、一音節ごとにリーンフィリア様に何かが刺さっていく……。

 このオメガという天使、普通の天使とは明らかに立場が違う。

 いくら女神様が藁でできた蛮族の神にまで落ちぶれていたとしても、そういうのとは違う格差が、両者の間には感じられた。


「ときにリーンフィリア様」

「は、はいィ……」

「以前、神殿に使いの者を出したところ、黒いワニ三匹がいたと報告してきたのですが、変わった動物をお飼いのようですね……」

「ぴっ」


 リーンフィリア様が背筋を伸ばすような姿勢で固まった。


「あまり躾のなってないワニなら、こちらでお預かりしようかとも思いましたが、大人しくしているそうで、安心しました」


 こいつ……気づいてるな。アディンたちに。

 とすると、クズ天使たちの出世のカラクリも、とっくに見破ってるんだろうな。


 でも、今まで動きがなかったのはなぜだ? 単純に、最近気づいたからか?

 オメガのぞっとするほど澄んだ目が、一瞬だけ僕を見た。


「女神様、また騎士を召し抱えられたそうですね……」

「はいィ……」

「どうにも……我々だけでは手が回らないこともありますので、よく働いてくれることを期待します。それと……」


 彼女は僕をしっかりと見据え、微笑んだ。


「天界と地上の作法には違いがありますので……しっかりと学んでいってくださいね。無礼のないように」


 熱砂の世界に、ぶわっと冷たい風が駆け抜けた。


 警告だった。

 これ以上、おかしな真似はするなと。


 最近こちらの動向に気づいたわけじゃない。許容範囲を超えそうになったから、釘を刺しに来たんだ。

 笑みの形になったまぶたの隙間には、世界そのものを凍りつかせるような冷たい光がある。もしこのまま一線を踏み越えれば、これがすべて殺意になる。そう確信させる。どんな愚鈍な者にも。それほどの説得力。


 が。


「不調法ですみませんね。僕は地上を救うために手を尽くすだけなので。そっちこそ、手を貸せとは言いませんけど、せめて世界を救う邪魔だけはしないでくれますか」


 僕は真っ向からそれを見つめ返していた。


「……!」


 そんな目をして脅かしてるつもりだろうけど、僕には通用しない。

 何しろその目、うちの女性陣の標準装備なんでね。もう慣れっこなんだよ(震え声)。


「このボケ犬があ!」

「ぐえっ」


 オメガと僕で視線をぶつけあっていると、いきなり、後ろからうちの天使が胴締めスリーパーをかけてきた。


「オメガ、こいつはわたしがきっちり教育しとくから! あんたは何も気にしないで任務に集中して!」

「グググ、こっちが礼儀正しい大人の対応してればつけあがりやがってよ、マジでかなぐり捨てンぞ……」

「黙れえ! あんたがいつ大人の対応したのよ!」


 そんな僕らを見て、オメガは少しも表情を変えぬまま、


「ワニよりそちらの躾を期待します。どうにも……ひどい野良犬のようなので」


 背中の小さな羽を震わせて、ふわりと浮かび上がった。


「あれー、オメガ、もう帰っちゃうのー?」

「二人の仕事ぶりはよくわかりましたから。これから、よろしくお願いしますね」

「任せとけって。何かあったらすぐに連絡くれよなー」


 能天気な天使二人に手を振られ、浮上する途中、オメガはふと、遠くに目をやった。

 背中のアンシェルに苦闘しつつも、何とか目線を追わせてみると、こちらに向かって侵攻してくる悪魔の兵器群があった。


 かなりの大部隊だ。

 町はここまで到達していないので超兵器の守りもない。障壁に守られているとはいえ、〈祝福の残り香〉に何かあっても困るので、放置はできなかった。


 やるか。

 僕が応戦しようとしたとき。


「アンサラー」


 甘く囁くような優しい声が、上にいるオメガの唇からもれた。


「!?」


 僕は危うく声を上げかけた。

 オメガは左右の手に一挺ずつ。二挺のアンサラーを物質化させていた。


 引き金に差し入れた指先で、重厚な銃身をクルリと一回転させてから、真っ直ぐに腕を突き出し、撃つ。


 !!?


 世界を横に割くような光が一直線に走り、悪魔の兵器群の足元に突き刺さる。

 オメガが腕を交差させるようにしながら光線を横に薙ぐのと、その照射地点からせりあがった爆炎の壁が兵器たちを飲み込むのは、ほとんど同時に起きたように見えた。


 何だ……この……威力……!

 普通のアンサラーじゃ、ない……!


「…………」


 オメガはため息のような声で何かをつぶやくと、アンサラーの物質化を解除した。そして、戦果を誇るように僕らの方を見るでもなく、日課を果たした素っ気なさだけを残して天界に帰っていった。


 後で調べたところ、オメガのアンサラーが直撃した地点では、砂のガラス化が起きていた。

 細かいことはおいといて、とにかくすごい高熱にさらされた結果らしい。


 僕のアンサラーでは不可能だ。リミッターを外され、強化されているにも関わらず。


 サベージブラックを殺した、最強の天使オメガ。

 その名前、憶えておいた方がよさそうだ……。

オメガ「おまえを……殺す」

ツジクロー「本当に関係ないからやめろ」

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[一言] 名前に恥じないその強さ まさに最終兵器ですね きっと隠しボスに違いない……
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