第百四十五話 案内人
グラットンワームというかつてない脅威を乗り切ったその翌日。
旧市街の一角に建てられた超兵器の整備工場には、僕ら天界組を含め、多くの野次馬が集まっていた。
みんなのお目当てはもちろん、着る超兵器ことモビルドワーフ。
グラットンワームという、ドワーフ史上まれに見る巨大な獲物を仕留めるにあたって、最大の功労者となった存在だ。
体高約九メートル。うち、逆関節の脚部は二メートルほどで、大部分を横幅のある武装コンテナが占めている。
これまで単一の攻撃方法しか持たなかった従来の超兵器に対し、このモビルドワーフはアルルカ自らが乗り込むことで自由な運用を可能にする。さらには他の超兵器たちの思考ルーチンにも割り込み、一時的に指揮権を得るという強力な特徴があるんだけど、見物人たちの関心はやはりその独特のフォルムにあるようだった。
この世界のどんなものにも似ない、謎の物体。
砲台のついた武器庫に足が生えているような奇怪なデザインだ。
ある意味、宇宙世紀の珍兵器ですよねあれは……。戦闘能力でいうと、珍と呼べるような生易しさではないけど。
「よし、動かせアルルカ」
モビルドワーフの足元からバンドイルが離れると、すでに搭乗し、のぞき窓としか言いようのないコックピットから顔を出していたアルルカが、機体をゆっくりと前進させた。
ただ歩いただけなのだが、ギャラリーたちからはどよめきが上がる。超兵器に慣れている彼らでさえこれだから、もし他種族がこれを見たら「ドワーフはヒトをやめた!」と大騒ぎするに違いない。
「前よりスムーズに動くようになった。ありがとう、バンドイル」
「まあ、こんなもんだろ」
アルルカからの感謝の言葉を素っ気なく受けたバンドイルに対し、隣にいたドルドが口をはさむ。
「もうちょっと誇ってもいいんじゃねえか? 俺には何が何やらさっぱりわからねえぜ」
するとバンドイルは苦笑し、
「動くときに干渉しそうになってた部分をすっきりさせただけだ。俺だって、何がどうなって動いているのかはわからん。これまで超兵器の部品を作ってきた経験を元に、どうにか想像力を働かせてるにすぎねえよ」
「複雑な作りなのか?」
ドルドの端的な質問にバンドイルはうなずいた。
「かなりな。多分、それはあんまりいいことじゃねえ。できるだけ簡素な作りの方が、修理も手入れも楽になる。どうだよドルド。武器のシンプルさが身上のあんたにとっちゃ、いじりがいのある研究素材じゃねえのか?」
「……だな」
二人は、ズシンズシンと独特の歩行音を立てながら歩くモビルドワーフを見上げつつ、口元に笑みを浮かべた。
「よかったのかよ。せっかくの親方の座を逃しちまって」
再びドルドから問いかけた。彼は引退を撤回し、親方の地位にとどまることを決めた。結果、バンドイルの昇進はなかったことにされている。
親方職は、職人、いやドワーフ種族の中でも最高の栄誉だ。当人の名は末代まで伝えられ、一族に対する敬意の念もまた、数代に渡って残り続ける。
けれど、誰もが憧れるその一席を失ったことを、彼は小さく笑い飛ばした。
「あんなおこぼれみてえな継承じゃ、俺自身が納得できねえんでな。そう遠くない未来、あんたの方から頭下げて代わってくれって言いたくなるような作品を見せてやるから、それまではあの椅子に座っててくれ」
それを聞いたドルドは苦笑い。
「バルジドといい、おめえといい、俺のつむじがそんなに見てえのかよ……」
すべてが穏やかな形で回っている気がした。
アルルカの頑張り。そして、リーンフィリア様の名演説のおかげだった。
「騎士殿。どうだ、わたしの渾身の超兵器は。すごいだろう?」
モビルドワーフのコンテナ部分から突き出たアルルカの顔が自慢してきた。
「うん。何か色々と規格外ですごい」
「そうだろう、そうだろう」
うなずいているようなのだが、首は固定されているのか、あまり動いていない。
彼女は突然難しい顔つきになり、
「しかし、このモビルドワーフには致命的とも呼べる弱点があるんだ」
「見りゃわかるよ! 今しゃべってる射的の的みたいなところだろ!?」
「……? あ、わたしのことか? それは違うぞ」
「えっ……」
僕が戸惑っていると、ドルドが横から口を出した。
「騎士殿。ドワーフの顔面ってのはそこらの金属よりよほど頑丈だ。むしろ、あの鉄塊の中でアルルカの顔が一番強固な部分だろうよ」
「ウソだろ!?」
僕は叫んでから、すぐはっとなった。
「いや、ホントにウソだな? アルルカはドワーフと言っても女性で、戦士じゃない。そんなに頑丈じゃないはずだ」
しかしドルドは呵々と笑い、
「忘れたのか? アルルカがいつもイグナイトの爆発で吹っ飛んでるのを。騎士殿も一緒に食らってるはずだが。あれは、戦士である俺たちでも痛え。わざわざ家に隠れるための穴掘ってるのも、あれを避けるためだ。それを日常的に食らってるあいつが、頑丈にならねえはずがねえだろ?」
「えぇ……」
うめきつつも納得せざるを得なかった。
ギャグキャラだから吹っ飛んでも平気なんじゃなくて、実際頑丈なのかよアルルカ……。
「え、じゃあ、弱点って何?」
「うむ。それなのだがな」
アルルカが真剣な顔でうなずいたときだった。
突風が吹いて、砂ぼこりが舞い上がった。
「ぬわーっ!」
それをもろに浴びたアルルカの顔が悲鳴を上げる。
何度も瞬きとくしゃみを繰り返した後、ずびびとハナをすすって、
「このように手が使えないので、ハナもかめないし、目もこすれないのだ」
「心底しょうもねえ! 風防でもなんでもつけてくれよ! そもそも何で顔を露出してるんだ。ガラス張りにでも何でもすればいいじゃないか!」
「合うパーツがなかったし、なんか外が見にくかったから」
「今でも十分見にくいだろ!! しかもその弱点、昨日の戦いではどうしてたんだ!?」
「我慢してた」
「やっぱりな!」
とりあえず応急処置的にゴーグルでもつけさせようと心に誓った。
「ところで、その内部はどうなってるんだ?」
男の子としてコックピットの内部は気になるところだった。
「ああ。紹介しよう。今、背部ハッチを開けるから入ってきてくれ」
僕やリーンフィリア様たちはいそいそと、足をたたんで座り込んだモビルドワーフの後ろへと移動する。
モビルドワーフの巨体に対し、コックピットは手狭だった。コンテナ部分にはやはり超兵器がびっしり詰まっているのだろう。
小部屋の左右は、腕を伸ばすと途中で指がぶつかる程度の広さしかなく、様々な超兵器パーツがパズルのようにごちゃごちゃと組み合わされている。
「どうだ。すごいだろう」
アルルカの尻が言った。
…………。いや、別に、僕が邪な気持ちを抱いて彼女のミニスカートを凝視しているわけじゃない。
モビルドワーフの正面から顔を出しているということは、内部ではその逆が起こっている。
小部屋にはパイロットが座るためのシートもなく、様々な操作レバーがあるだけ。
つまり。彼女は、なんか、穴に頭を突っ込んで抜けなくなった猫みたいな格好になっているのだ。
「これはけしからん眺めじゃないか!」
マルネリアが僕と狭い空間の隙間に無理やり体をねじ込んできて、アルルカの太ももにぺちっとデコピンを入れた。
「ひゃあっ! き、騎士殿、人前でそんな……」
「僕じゃない! マルネリアだマルネリア!」
「人前でなければいいの……? なんで……? ▽_▼」
「何で僕に聞くのパスティス!? ホントに何で!?」
この見学は早くも終了ですね。
しかし、僕はふと、コックピットの内部に取り付けられた、輝く石に気づく。
「……! この赤い石……!」
それは、アバドーンが残していった例の赤い石――アノイグナイトだった。
「動力に組み込んでいるのか……?」
「ああ、勝手だが使わせてもらった。すまない」
「いや、悪くはないけど……使い方がわかった?」
アルルカの尻がちょっと揺れた。どうやら、外で首を横に振ったらしい。
すまないが、ちょっと頭抜いてこっち向いてくれないか。ビジュアル的に真面目もクソもないし、パスティスの尻尾がゆらゆら揺れてて何か怖い。
彼女は振り返り、壁に埋め込まれている赤い石に手をついた。
「これが何なのか、わたしにもまだわからないんだ。でも、これがあるからモビルドワーフは動いていて、さらに他の超兵器に対して指示が出せるようになった」
「……!」
この石は、悪魔の兵器の動力部と目されている物体だ。つまりこのモビルドワーフは、悪魔の兵器群と同質の存在になったということ。
部品に邪気はないのだろうけど、ぎらぎらと極彩をまき散らすこの石には、これまでの戦いの経験からか、あまり良い印象を受けなかった。
「これ単体ではダメなんだ。イグナイトも一緒に置かないと」
確かに、アノイグナイトの隣に、通常の超兵器同様イグナイトが組み込まれていた。ただ、こちらは静かな光を湛えていて、けばけばしいアノイグナイトとは大きく様子が異なっている。
二つの石が何らかの関係性を持つことは、これまでの研究でわかっていたことだ。しかし、肝心の、エネルギーを引き出すところまでは行っていなかったはず。
「気がついたら、アノイグナイトの様子が変わって、力を引き出せるようになっていた。騎士殿に変なお茶を飲まされた後だが――何となく、もっと前からのような気もするんだ」
「前?」
アルルカは自信なさそうにうなずき、
「わたしが、ダンダーナの家で泣いていた時。どうしてか、そんな気がする」
「…………」
アノイグナイトとよく似た性質のイグナイトに一番長く触れてきた彼女が言うんだ。無根拠でも、何らかの勘が働いていると考えるのは大きな間違いではないと思う。
アノイグナイトが、傷心のアルルカを助けるために力を放出した?
それならいいんだけど……。
でも、もっと別の……もしかしたら真逆の理由で、この石は起動したような気もする。敵意に満ちたこの光を見ているとそう思えてしまう。
これは悪魔たちが使う石なのだから。
「それで、その……」
アルルカは急にそわそわし、前髪をいじり始めた。
「どうしたの、突然」
「う、うん。実は……名前をつけて、ほしいんだ……」
少し頬を赤らめて言う。
「騎士殿のおかげで、わたしはこの新たな超兵器を生み出せた。あ、き、騎士殿はわたしの力だと言ってくれるだろうが、それでも、騎士殿がいなければ、できなかった。だから騎士殿に、つけて、ほしいんだ……。名前……。ダメかな……」
うつむき、どんどん小声になっていく彼女に、僕は明るい言葉を返した。
「とんでもない。光栄だよ」
「ほ、ほんとか?」
「もちろん」
アディンたちに続いて、超兵器の名付け親にもなるとはね。
好みでつけてもいいけど、そうだな……。こいつには、大事な役目があるからな……。
決めた。
「アルルカとドワーフたちの案内人という意味を込めて、アシャリスというのはどうかな」
「アシャリス……!」
アルルカの目が輝いた。
「アシャリス。いい名前だ。綺麗な響きだ。気に入った。うん。今日からこいつは、モビルドワーフ・アシャリスだ!」
そう言ってコックピット内部を優しく撫でるアルルカは、何だか母親のようだった。
少しパスティスとアディンたちの関係に似ているようにも思えて、微笑ましかった。
「あの、騎士殿……」
アルルカが再び口を開いた。
「もう一つだけお願いがあるのだが、いいだろうか……」
何だかさっきより顔が赤くなってる。一体……何だ?
「騎士殿が、わたしをかつての戦友と重ねていることは知っている」
「……! うん、そうだね」
僕は認める。
アルルカ・アマンカ。“砂漠の極星”。僕は彼女の面影を通して、今のアルルカを見ている。
否定しない。その通りだった。
アルルカは続けた。
「彼女が偉大な戦士だということは、わかっているつもりだ。母さんが、わたしにその名前をそのままつけるくらいだから。騎士殿の中にも、ずっと彼女がいるのだろう」
「うん」
いる。ゲームとはいえ、助けられなかった少女。
死に顔さえ看取ってやれなかった。僕らの知らないところでひっそりと死んだ。
「騎士殿がわたしによくしてくれるのは、わたしと彼女を重ねているからだろう?」
「……そうだね」
否定しない。ごまかしてどうする? 自分に。彼女に。
僕はとても失礼なことをしてきた。
アルルカは少し寂しそうに笑う。
「わかっていた。最初はそれでいいとも思っていた」
ん……。
あれ……。
「でもいつの間にか、それではイヤだと感じる自分に気づいてしまったんだ」
あの……。
アルルカさん?
「思い上がりなのはわかってる。迷惑だということも。でも……」
「アルルカ、ちょ、ちょっと待って……」
「すまないが、待てない……! 今しか言えない。言わせてくれ……!」
「いや、でも……」
いや、ケープ! ケープの中見て!
光ってる! 起動用イグナイトが光ってますよアルルカさん!
「騎士殿にとってわたしは、その人との思い出の続きなのかもしれない。それでも」
「わかってるアルルカ。君の言いたいことは!」
「わかってくれるのか……?」
「うん。だから、この話はちょっとタイミングを改めよう」
「えっ……? どうして? 今でないと言えそうにないんだ。言うぞわたしは!」
「いやっ、それでも……」
こ、この流れは。
この状況ではきっと最後までは……!
振り返れば、女神様たちはすでに避難を完了している。
アルルカのそばにいるのは僕だけだ。この状況こそが、彼女に最後まで台詞を言わせようとしている最大の要因かもしれない。が……!
そして、アルルカは眼鏡の奥の目に涙すら浮かべながら、痛切に訴えた。
「き、騎士殿。あの人を忘れてほしいとは言わない。でも、それでも、わたしのことを見るときは、アルルカ・アマンカはわた――」
純白と轟音。
アルルカの言葉をかき消した衝撃にぶっ飛ばされ、砂丘の坂を車輪のように転がされながら僕は思う。
これ……僕の耳が悪いとかじゃないよね……(涙)
※
そうして。
僕がつけた名前の通り、アシャリスを得たドワーフたちは、旧市街からさらに版図を広げ、砂漠に、種族史上かつてない規模の町を築いていくことになる。
〈ブラッディヤード〉の完全な平穏はすぐそこにあり、それは、このエリアの終わりが見えてきたことを意味していた。
そしてもう一つ重要なこと。
前作『リジェネシス』を踏襲するのなら、ちゃんとした町づくりをするのは次の第四エリアが最後になる。
第五エリアは、ただただ戦闘に明け暮れるのみ。
僕と女神様の戦いも、もうじき終わる。
耳は悪くないが察しは激烈に悪い
あと、アシャリスをアリシャスと空目した人は窓際行って……遠くを見よう(目の休息)




