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第百四十一話 猛攻

「結論から言うと、ここにあるのはドワーフとはまったく別の文明が作り出した建築物。先史文明の遺跡と考えるのが妥当と判断したよ」


〈黒角の乙女〉が描かれた地下神殿の入り口前。地上に仮設された天幕のみのテントの下で、マルネリアは僕らにそう述べた。


「地下神殿の建築技術は、ドワーフのものとはまったくの別物だった。両者には継承の痕跡すらない。つまり、この土地では一度、文明の断絶が起こっていると考えられる」

「砂漠化が原因で?」


 僕がたずねると、マルネリアは即座に否定してきた。


「もっとずっと前の話。砂漠化の伝説すら生まれてないほど遠い昔だよ。下手すると、〈原初大魔法〉がまだ現存していた時代かも」

「それ……確か、リーンフィリア様も知らないくらい前のことだよね?」

「すみません……」

「唐突に刺されないでください! 僕何も悪いこと言ってませんよ! ただ神様として若いというだけでしょう!? そんなこと誰も責めませんから!」


 いきなりリーンフィリア様がヘコんだので、僕は慌ててケアに走った。

 何ていうか、女神様は変なところに急所がありすぎる。


「この大陸に他の種族がいたなんて話は、聞いたことがねえな」


 話の筋を引き戻したのはドルドだった。


 工房ではなく、この仮説テントの中に彼がいることに対しては、みな思うところがある。

 引退宣言から三日。

 彼曰く、


「今日やめますと言って、明日から新体制というわけにもいかねえ。色々引き継がないといけねえことがあるからな」


 だそうで、今は親方の移行時期にあったものの、ドルドの意向が変わる様子はまったくない。


 アルルカは、まだ超兵器の組み立て工房から出てきていなかった。


 食事を運んでいるダンダーナの話によると、健康状態に問題はないそうだが、それでもきちんと休息を取っているかどうかは怪しいそうだ。工房の明かりは夜遅くまで消えることはなく、中から奇妙な金属音が聞こえなくなるのは、ダンダーナが食事を運んでからわずかの間だけらしい。


 できるなら手伝ってやりたいところだけど、彼女は誰一人、工房に入れようとはしない。

 アルルカがメディタチオの中から見つけ出したものは、彼女にしか作れない。

 待つしかなかった。


 その間にも世界は動いている。このマルネリアの地下調査も、そのうちの一つ。


「これはまだ推測にすぎないけど、この先史文明は、他の大陸にも繁栄を広げていた。人間たちの大陸にも、ボクらエルフの大陸にも〈古の模様〉があって、現在では考えられないほど長く複雑な魔法式が残されてる。でも、ここまで遺跡がしっかり残っているのは、砂漠の砂に守られていた〈ブラッディヤード〉だけだろうね」


 マルネリアが言うと、ドルドは腕を組み、


「そのへんの話はよくわからねえが、地下に描かれた〈黒角の乙女〉がタイラニー神だという印象は、俺たちも受けた」

「えっ」


 彼の台詞をきっかけに、その場にいた全員が女神様の方を向き、早速彼女の腰を引けさせた。


 そうなのだ。調査のために、マルネリアと一緒に地下に潜ったドワーフたちも、こぞってあの壁画をリーンフィリア様だと言い出したのである。

 僕らと同じく、何の根拠もないまま、直感で。


「もしこの町の地下に、女神様の役に立ちそうな何かが眠ってるっていうのなら、住家の下を丸ごと掘り返してくれても、俺たちはかまわねえぜ」


 それはつまり、せっかく取り戻した故郷の町を壊すということだった。

 マルネリアはあっさりと首を横に振った。


「せっかくの申し出だけど、それはできない。この遺跡が何なのか。もしかしたら、ものすごく役に立つ何かを抱えて沈んでいるのかもしれないけど、今の段階では何の確証もない。どれだけ貴重でも、ただ古いだけの町並みだ。上にあるドワーフの町と違うのは使われていた年代だけ。ここだって、数千年たてばきっと貴重な遺跡になる。過去を知るためだけに今を壊すのはナンセンスだよ」


 彼女のライフワークにとって重要な発見だったろうに、マルネリアはあくまでドワーフの故郷を尊重した。

 男女――に関わらず恋愛関係はこじらせたがるくせに、こういうところは変に真面目だから困る。


「調査は、終わり……?」


 パスティスの問いかけに、マルネリアは微笑してうなずいた。


「収穫は大きかったよ。新しくなった今の見地で別の場所を調べれば、新しいことがどんどん見つかるはずさ。おっと――」


 突風が吹いて、僕らの足元の砂を毛羽立てていった。


「にゃはは、今日は風が強いね。騎士殿、何か見た?」

「何も」


 マルネリアはシャツの裾をわざとらしく押さえながら言う。

 忘れてる人も多いと思うけど、ビジュルアル的にはこいつはコート&裸Yシャツに近いのだ……。


「<◎><◎>」

「<〇><●>」

「ホントに見てないです」


 僕は瞬きをしない四つの目から顔をそらした。

 たとえ何か見えてしまったとしても、どう考えても不可抗力。あもりにも厳しすぎるでしょう?


 調査報告が終わり、天幕のテントから出ると、町の東側の空が赤く濁っているのがわかった。


「シムーンかな?」

「いや、単なる砂嵐だろう。今朝からこっちに向かってきてる。今日はあまり外にいねえ方がいいな。テントも片づけさせるぜ」


 僕は、小手をかざして遠方を見つめるドルドに目を向けた。


「何だよ、騎士殿」


 兜の下の僕の目の動きが見えるわけもなく、さらに、こちらに顔を向けることさえせずに、気配だけで彼は察して、苦笑いを浮かべた。


「最近、似たような視線ばっかり向けられてるから、すっかりわかるようになっちまったぜ。だが、何をどう思われようと、俺の判断は変わらねえよ。たとえ恩人の騎士殿に言われてもな」

「うん」


 わかってる。道理はドルドの方にある。


 工房はもう動き始めていた。まだ納得のいかない空気が濃いものの、徐々にバンドイルを次期親方として受け入れる職人も増え始めた。

 元々、技術も人柄も、ドルドから太鼓判を押された人だ。ドルドを引き留めこそしたものの、バンドイルの親方就任そのものに異議を唱えた者はいない。


 救い――それを救いとするなら――なのは、そのバンドイル自身が、ドルドの引退を認めていないことだろうか。引継ぎを不真面目にしているわけじゃないけど、ちょくちょくアルルカの動向について僕にたずねてきていた。


 ドルドを突き崩せるのは、アルルカしかいない。みんなそう思っている。

 彼女は間に合うのか――。


 手伝いたくても、誰も近寄らせない彼女のことを思った、その時だった。


「親方、大変です!」


 イケメンの若ドワーフが、砂地を転げるようにして走ってきた。

 彼は確か、町の外側に新設された星形城塞の見張りの一人だったはずだ。


「まだ親方だっていうのが、ちょっとややこしいな。どうした!?」


 ドルドは一つぼやいてから、彼を大声で問いただす。

 若ドワーフは、町の東側を指さしながら、


「砂嵐の下に何かいます! 超兵器たちが向かっていきました!」

「何だと!?」


 ドルドが叫び、僕は思わず砂嵐をにらみつけた。

 町の真ん中からは、その根元までは見えない。

 砂嵐に隠れて侵攻してきただと……!


「騎士!」


 アンシェルが大声で僕を呼び、胸に抱えていた〈オルターボード〉を僕に示してみせた。

〈ブラッディヤード〉全体マップの西海岸沿い。つまりこの町の真上に「!」マークが表示されている。


 イベントバトルか……!

 これは大物が来るな!


「俺たちも行くぞ、騎士殿!」

「おう!」


 一声応じて、一緒に飛び出そうとした僕を、パスティスの声が引き留める。


「騎士様、アディンたち、は?」


 僕は咄嗟に砂嵐との距離を目視で測り、


「町に近づかれすぎた。超兵器も戦ってるし、砲撃するのはまずい。今回は出番なしだ」

「わかった。それで……わたし……は?」


 せがむような上目遣いに後ろ髪を引かれながらも、僕は駆け出しながら答える。


「パスティスも待機。特に今回は砂嵐が一緒に来てる」

「…………」

「万が一町の中に侵入されたら、その時はお願いするよ!」

「……うん」


 僕とドルドは町を抜け、途中で他のドワーフ戦士たちと合流しながら、城壁の階段を駆け上がった。


 頂上の回廊に着くなり、砂粒交じりの突風が鎧の上で弾ける。

 町の中とは風の強さが段違いだった。


「何だ!? 何がいる!?」


 ドルドが声を張り上げた直後だった。

 赤い砂嵐の中から何かが飛び出してきた。


「なっ……!?」


 僕は愕然とした。

 それは、オーロラ鋼で強化されたタイラニック号だった。


 タイラニック号はそのまま地面に叩きつけられたものの、ダメージ自体はないようで、体勢を立て直すと再び砂嵐の中に突貫していく。


 しかし……あの全自動平等秒殺兵器を弾き飛ばすヤツがいるのか……!?


 渦巻く赤砂の中に、蠢く何かの一部が見えた。

 ドワーフたちは同時に叫んでいた。


『グラットンワームだ!!』


 グラットンワーム!?


「ドルド、そいつは!?」


 僕は慌ててたずねる。


「〈大流砂〉でしか見かけない大芋虫だ! 何でもかんでも飲み込んじまう! 砂漠化の実質的な原因はヤツじゃねえかって言う、異種族の学者もいたくらいだぜ!」

「そうですかグラットンすごいですね!!」

「感心してる場合じゃねえぞ!」


 ボオオオオオオ……と、風の音に交じって、何かの咆哮が響いた。

 砂嵐の中に、一段階暗い、深紅色の細長い影が見える。

 ドワーフたちがこぞって驚嘆の声を上げた。


 今のがグラットンワームだとすると、何十メートルあるんだ……!?


 しかし、事態はそれだけでは収まらなかった。


「ドルド!」

「おう、バルジドか!!」


 北工房の親方、バルジドが大きな剣を肩に載せて階段を駆け上げってきた。

 頼もしい援軍の到着、かと思いきや、彼はとんでもない凶報をもたらした。


「町の北側からも敵の軍勢が近づいてきてるぞ! 超兵器はどこに行った? 全部こっちか!?」


 に、二方面からの同時攻撃だと!!?

 しかも、防衛にあたっていた超兵器が出払うのを待っていたようなタイミング……!

 運が悪いのか、それとも……!


「こっちはグラットンワームだ! 北側は俺たちだけで対処するしかねえ。敵はどんなだ!?」

「見たこともねえほどでけえ蜘蛛型だ! 三体いる!」


 それって、もしかして〈ヴァン平原〉のボスと同型機か!?

 いや、ここが悪魔の兵器の墓場であることを考えれば、その試作品……!


 こ、これは、ヤバいことになってきた!


しれっと再開していきましょう(間に合った……)


このままでは全滅だな!(チラッチラッ)

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― 新着の感想 ―
[一言] これまでの経緯と異様なブロントさん用語を考慮すると…… グラットンワームは武器の材料になる!?
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