第百三十五話 古代の兆し
「町の底からおかしなものが出た?」
詫び石の一件で疲れ果て、暗い倉庫の隅っこで打ち捨てられた鎧か、はたまた戦争で力尽きた騎士の死体のように伸びていた僕に、その報せは届けられた。
現場に向かいながら案内役の若ドワーフに聞いたところによると、
「騎士様が開けた穴をみんなで塞ごうとしていたのですが、下に降りた一人が底を踏み抜いたんです。どうやら中に空間があったようで、みなで調べていたのですが、これは騎士様にお伝えした方がいいと、女神様が」
それ、詫び石はめた指輪よりはるかに優先すべき話なんじゃないですかね女神様? しかも指輪受け取って満足して今の話をするのを忘れましたね?
ともあれ現場に行ってみると、町の一部を削り取ったクレーターの縁に、リーンフィリア様はじめ、主だったメンバーが集まっていた。
「やっと来たわね。どこで油売ってたのよ」
「ちょっと大きな戦いがあってね……」
アンシェルの小言をかわしつつ、松明代わりの光る石を掲げたドワーフたちが、クレーターの底にできた穴を出入りしているのを見やる。
「それで、何が見つかったんですか?」
現場監督をやっていたリーンフィリア様にたずねる。
「彼らの話では人の手による施設のようです。神殿のようだとか」
すっ、とさりげなく指輪をはめた指を見せつけながら言ってくる。
はい。あの……はい。
「地下神殿ですかね」
「いや、その判断は早いよ」
釘を刺してきたのはマルネリア。そして、なぜかこちらも指輪を見せつけてくる。何だよそのポーズ。変身でもしそうだよ。
「古い建物が長い年月をかけて地面に埋まっちゃったってことも考えられる。砂漠の〈ブラッディヤード〉なら、なおさら起こりやすそうだよね」
しかしそこに、さらに異を唱えたのが現地民のアルルカ。指輪以下略。
「いや、それは待ってほしい。この町はドワーフ一族が興った頃からあるんだ。その時点で地下に埋もれていたってことは、それよりもっと古いってことになる」
「ほう、言われたとおり、ちゃんと勉強できてるじゃねえか。ドワーフの歴史に興味が出てきたか?」
彼女に茶々を入れたのは、クレーターの坂を上ってきたドルド親方だった。
「う、うるさいな。そんなんじゃない」
マルネリアに反論していた時はちょっと得意げだった顔を無理やりしかめ、素直じゃない返事をするアルルカ。
そんな娘に微苦笑を一つ突き付けて、ドルドは僕らの顔を見回した。
「補足すると、伝説に従うなら、この町ができたのは〈ブラッディヤード〉が砂漠になる前だ。もしこの地下がそれより古いものになるなら、相当なもんだな」
「ドワーフの先祖って可能性は?」
「伝わってねえ。伝説より遡るってのはなかなか難しい話だぜ、騎士殿」
彼はかぶりを一振りし、
「下の建造物は壁も天井もある、部屋は二つ。めぼしいものはないが、壁に妙な模様があった」
「模様?」
「何だろうな。横縞の模様だ。それ以上はわからん」
『!!』
僕ははっとしてマルネリアと顔を見合わせる。
横縞の模様。もしかして〈古の模様〉では……!?
「降りてみよう」
僕らはすぐさま行動に移った。
※
縄梯子を使って降りると、ひんやりとした地下の空気が鎧の継ぎ目から流れ込んできた。
すでに照明用の光る石があちこちに置かれていて、闇の中に壁と床の輪郭をぼんやり浮かび上がらせている。
結構な広さだ。部屋の一辺は十メートルはあるだろうか。
遺物のようなものは何もない。この無駄なだだっ広さが、確かに神殿を想起させる。
「あれ! ほら、騎士殿、あれだよ!」
マルネリアが壁に向かって嬉々として駆け出した。
間違いなかった。壁の天井近くにに描かれているのは、〈ヴァン平原〉と〈ディープミストの森〉でそれぞれ発見した〈古の模様〉だった。
しかも、
「完璧な保存状態だよ。地下にあるから、風化を免れたんだ。あれ、あれ……待って……」
はしゃいでいたマルネリアの様子が変わった。
「騎士殿、これ……模様に尻尾があるよ……」
「何だって?」
僕は慌ててマルネリアの傍らに並んだ。
〈古の模様〉は、縦幅一メートルはある、今まで見てきた中で最大のものだった。それは左右にずっと伸びていて、それだけでは確かに壁の装飾のようにも見えたんだけど……。
僕らから見て左方面に向かうほどだんだん細くなっていき、最後は動物の尻尾のように丸まって終わっていた。
「これはどういうことなんだろう……」
「ボクたちは何か大きな勘違いをしていたのかも。これは模様じゃないのかも……」
マルネリアの声が震えていた。
彼女は僕よりずっと前から〈古の模様〉について知っていた。僕らに同行している理由の一つが、〈古の模様〉と〈原初大魔法〉の研究なのだ。そのうちの一つが大きく展開しようとしている。
「調べよう騎士殿、反対側に何があるか!」
マルネリアが僕の腕を引っ張って走り出した。
リーンフィリア様たちもいそいそとそれに続く。
〈古の模様〉を追ううち、部屋の出入り口を通過した。口、というよりは、壁の途切れ目といった方が正解かもしれない。入り口の上部は暗闇がたちこめる天井へと消えていっている。
ドルドが言っていた二つ目の部屋。
最初の部屋に比べると小ぶりで、やはり製作者の文化を示すような遺物は何も置かれていない。
胸が高鳴る。この先に何がある?
僕らに感化されてか、リーンフィリア様たちからも高揚が感じられた。
「あ……」
マルネリアのかすれた声が、胸の奥の興奮に冷たい水を浴びせた。
〈古の模様〉は部屋の角で途切れていた。
そんな。ここまで来ておあずけはないだろう?
落胆した空気がじわりと滲み出て、僕らの口を接着するように閉ざさせた。
マルネリアは諦めきれずじっと壁を見つめているけど、何ができるわけでもない。
と、その時。パスティスがおもむろに壁際にしゃがみこんだ。
色違いの目を見開き、息もしていないような真剣さで何かを凝視する。
「騎士様、この壁、動いた跡が、あるよ……」
「なにッ!?」
「でかしたパスティス!」
マルネリアが歓喜の叫びを上げる。
「きっとどこかに壁を動かす仕掛けがあるんだ。みんな、探して!」
いつになく鬼気迫った様子の魔女に追い立てられ、僕らは四方に散った。
暗い部屋でどんなものかもわからない仕掛けを探すのは骨の折れる作業だ。でも、明かりのルーン文字を点灯させて床に這いつくばる。この秘密は何としても突き止めたい。
終わりのあるあの模様。その正体は何なのか?
そして――
「こ、ここに何かあります」
声を上げたのは、壁を調べていたリーンフィリア様だった。
急いで集合すると、壁の一部に碁盤目状の小さな何かが刻まれている。
その左右には何かの文字列。
「これは……スライドパズル……?」
15パズルとも呼ばれる、絵合わせのパズルだ。4×4のマスに分かれていて、空きマスを使って中のパネルを入れ替え、絵を完成させる。ミニゲームとしては定番中の定番だ。
パネルには絵ではなく文字が書かれていた。パズルの両脇に刻まれている文字と合わせて正しい文にしろってことなんだろうけど、まず何が書かれているのかがさっぱりわからない。
「魔法の式のようね」
背伸びしてそれを見たアンシェルが横から言った。
「全文合わせるとかなり長い魔法式になるわよ。現代のものじゃないわね」
長い魔法式? と言えば……!
「〈原初大魔法〉!」
「――の下位魔法の一部かも。ボクに任せて!」
マルネリアはパネルに書かれている文字を一つ一つ確認すると、「うん」と小さくうなずき、次の瞬間から僕には理解できないスピードでパズルを動かし始めた。ルービックキューブとかやらせたらメタクソに早いっぽい。
「騎士殿が持ってた石板とボクの石板を合わせれば、この魔法式の変化の傾向は十分掴める。これであってるはず!」
最後の一枚を合わせると、部屋全体が震動し始め、やがて僕らが見ている前で、奥の壁がゆっくりと動き出した。
き、来たあああああッ!
「これは……ドワーフの技術じゃないぞ。こんなの、わたしたちには、ない……!」
アルルカがおののくように言った。
やはりさらなる古代文明!
壁が開ききったその先には、ドワーフの歴史丸一つ分の間、誰も立ち入らなかった暗闇が広がっている。
このまま進んで大丈夫か?
「こんな簡単なパズルで道が開けるってことは、隠し部屋っていうほど大袈裟なものじゃないと思うよ。多分、ただの鍵。行こう騎士殿。この先に真実はあるよ」
この後、とんでもない発見が!→CM(約48時間)




