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第百三十四話 詫び石

 ヘアッ!? 詫び石だと!?

 詫び石ったらあれか? あれのことか?


「ドワーフの男女間でいさかいがあった場合、男が女に詫び石を贈って謝る風習があるんだ。仲直りの印だね。別に大した貴金属じゃないよ。穴掘ってたまたま見つかった石を磨いただけ。それでも、綺麗な石を渡されることで、女は気分がよくなるもんさ」


 ランラシドはそう説明してくれたけど、詫び石が大好きなのは女の子だけじゃない。男の子も大喜びだ。

 お詫びの品において、とらやの羊かんに匹敵する顧客満足度ナンバーワン。


 情報流出の謝罪として500円を配られても「これだけかよ!?」とキレる人間が、詫び石を五個配布された途端「仕方あるまい」と矛を収める様子は、褒美として与えられたのが領地ではなく茶会用の碗一つなのに満面の笑顔になってしまう戦国武将に通じるものがある。


「ただ、ドワーフの女も石と暮らしてるからね。目が肥えてる。適当に選ばれた石じゃあ、そうそう怒りは引っ込めない。だから相談役が必要なんだ。それがあたしってわけさ」


 ランラシドは豊かな胸に手を当てて、誇らしげに言った。

 つまりコンシェルジュみたいなものらしい。

 なるほど。そういう風習があるなら、この店がいち早く営業を再開したのも納得だ。


 よかった。とりあえずまともな文化だった。もし『Ⅱ』の世界にリアルマネーを使うガチャが実装されてたら、久々にコレジャナイボタンを潰す勢いで叩いたよ。


 まあ、ゲーム内通貨を消費してランダムで仲間をスカウトするようなシステムは嫌いじゃないし、むしろ好きまであるけどね。弱キャラに変な愛着沸いたりするから。


「で? 騎士殿は誰とケンカしたんだい? ひょっとしてアルルカ? あんな素直なやつに石なんかいらないよ」

「いや、パスティスなんだ」

「えっ、あのキメラの子かい。へぇ……」


 ランラシドはニヤリと笑うと、僕の隣にいるマルネリアと目を合わせてさらに笑いじわを深くした。あっ、この二人ちょっと波長が合いそうでイヤ。


「あの子ならなおさら、騎士殿が頭を下げれば何でも許してくれそうだけど」

「それが、ちょっと安易に謝れない状況というか……」

「逆にもっと怒らせそうかい?」

「どっちかって言うと、悲しませる」


 僕が言うとランラシドは嬉しそうに肩を揺らし、


「なあんだ騎士殿。ちゃんと相手の子のことわかってあげてるじゃないか。それなら話は早いよ。パスティスは石に詳しくないだろうから、詫び石は見た目で選んでいい。あとはそこにどんな意味を込めて、どんな言葉を添えるかだね。ドワーフの男はそのあたり異常にガサツでねえ。うちの旦那も雑も雑。でも、何とか仲直りしようとしてるのが伝わっちゃうから、それで許しちゃうんだけどね」


 いや、その、僕とパスティスはそういう関係ではないので……。

 何だかノロケみたいなことを聞かされつつ、僕は石を一つ選んだ。石はケースに入れるのが普通らしく、店の奥で梱包されて出てきた。代金はサービスだという。


「お詫びの品っていうのは、ある種の目印なんだよ。何かを補填するものじゃない。仲直りしたいっていう気持ちを乗せた、ただの目印。言葉ってのは、人の心を全部伝えられるほど万能な発明品じゃない。その乗り切らない部分を、ものに託す。そいつが詫び石さ。きちんと心が伝われば前よりもっと仲良くなれる。頑張りなよ、騎士殿」


 ランラシドの言葉に送られて店を辞去し、マルネリアとも別れると、一人、砂の町でパスティスの姿を探した。

 もし本気で避けられていたら見つけるのは不可能。彼女の感覚は魔物じみている。


 けれど。

 夕焼けが赤い砂漠を一層濃い色に染め上げる頃、僕は民家の屋根の上で膝を抱えて座っている彼女を見つけた。

 だから多分、それは、そういうことなんだろう。


「パスティス」


 下から呼びかけると、彼女ははっとした様子で僕を見て立ち去ろうとする。


「待ってパスティス。話があるんだ。――ちょっ……待って! 本気で待って!」


 逃げ出した彼女に追いつくのに第二のルーンバースト使ったんですけど。

 ええっと、パスティスは本気で避けてるわけじゃない、のですよね? さっきそう感じたのは間違いじゃないですよね?


 鎧の継ぎ目からぼうぼうと青い炎を噴きつつ、僕はパスティスを袋小路に追い詰め……いや、ようやく向かい合った。


 パスティスは悲しそうな顔でうつむいている。


「ごめんねパスティス。君に、僕を攻撃させた」


 彼女の目が動き、僕を見た。

 パスティスが僕を避ける原因はそこにあった。


「騎士様……大けが……する、ところだった……。わたしの、せいで」

「僕がやれって言ったんだ。パスティスが悪いんじゃない」

「…………」


 パスティスは僕の指示を忠実に履行してくれたにすぎない。誰からも非難されるいわれはない。唯一、


「でも、割り切れる問題じゃないよね。本当にごめん」


 彼女自身からをのぞいて。


 アディンたちからの魔法攻撃に直撃弾はなかった。僕を吹き飛ばしたのは着弾後に爆散したエネルギーだ。家を七軒ぶち抜き、壁に頭からめり込んだ状態で発見された(アンシェル曰く、非常にダサかったらしい)。


 もしダイレクトに食らっていたらどうなったか。

 一撃で悪魔が消し飛ぶ破壊力だ。下手をすれば痕跡すら残らない。


 その時、残されたパスティスはどう感じる?

 命令されたんだからしょうがないって、呑み込めるか?


 無理だ。


 割り切れるのは、命じた本人か、その状況を空想するだけで済んでいる人だけだ。

 きっと、その時の自分の判断を、行動を、じわじわと、呪い始める。

 大穴の空いた町で僕を探すパスティスにとって、一時とはいえ、それは完全なリアルだった。


「もう、させないで。わたしにも、あの子たち、にも……。騎士様を、傷つけ、させないで」


 その時のことを思い出しているのか、パスティスの色違いの瞳がかすかに潤んだ。僕はここで約束すべきなのだろう。でも。


「僕は何度でも同じことをするよ」


 彼女の目を見て断言する。


「……!」

「必要ならする。君とアディンたちに同じことを頼む」

「そんなの、やだ、よ……!」


 地面に向かって叩き付けるように叫ぶパスティス。彼女が大声で僕のことを拒絶するのは、これが初めてかもしれない。

 震える彼女の肩を見ながら、言う。


「だけど必ず帰る」

「えっ……」

「約束する。必ず帰ってくる。這ってでも帰ってくる。僕は君と竜たちには絶対殺されない」


 僕は小さなケースを彼女の前に差し出した。


「……?」

「ドワーフの風習で、詫び石というんだって。仲直りしたいって気持ちを込めて渡すんだ。でも、僕はもう一つ、今の約束をこの石に込める。つらい思いをさせて、本当にごめんね」


 箱のふたを開ける。


「……!」


 パスティスの濡れた目が大きく開かれ、肩のあたりから頭頂部に向かって真っ赤な熱が駆け上がっていった。詫び石を見つめたままぴくりとも動かなくなる。


 その過剰な反応に僕はやや不安になり、ケースの中身をよく確認した。


 …………。

 あの……。

 ランラシドさん?

 これ……指輪っすよね?


 僕は慌てて解説を付け加えた。


「こ、これ、ランラシドの店で見つけてさ。ほ、ほら、赤と金色が半々になってるでしょ。パスティスの目の色と一緒だったからさ。それで選んだんだけど……」


 パスティスの濡れた目が僕を見た。唇を小さく結んで、おずおずと左手を前に出す。


「騎士様、に、はめて、ほしい……。そしたら……許す……」


 ヘアッ!?


 …………。もうするしかないですな?


 僕はケースから指輪を取り出し、パスティスの手を取った。

 当たり前のように左手なのは、彼女の右手が異形だからだ。指輪をはめるには適さない。


 しかし……ええと、指輪ってどこにするもんなんだ?

 薬指以外に……クッソ……! 女神の騎士の素晴らしい眼力によると、これもう完璧に薬指用にサイジングされてるぞ!? 謀ったな石屋!

 どうして謝罪会見が結婚報告みたいになってんだよ!


 でも、今更どうにもならない。

 勘違いするなといくら自分に言い聞かせても、鎧の内側が燃えるように熱くなる。

 僕は息を止めたまま、バスティスの細くしなやかな薬指に、指輪を通した。


 彼女は焦点の合わない目でそれをしげしげと見つめ、


「許す……。何でも許す……」


 と熱っぽく囁くように言った。


「うん……ありがと……」


 僕はそう返すだけで精一杯だった。

 ひ、ひとまず……これにて一件落着。


 ※


 ――と思っていたその翌日。


「あれっ、騎士殿どうしたんだい? もしかしてトチったのかい?」

「いや、その……」


 僕は再びランラシドの店を訪れていた。

 訪れるはめになった。


 本来ならここは、あの指輪は何だと詰め寄るところなのかもしれない。

 しかし、


「緑色の石と、臙脂色マルーンの石と、あとほっとくと爆発しそうな青い石があったら、ください……。あ、指輪にして……」


 店の扉の隙間から、まばたきしない六つの目が背中を刺していることを感じつつ、僕はコンシェルジュにそう告げたのだった。


謝罪が謝罪を呼ぶこんな世の中じゃ ポイズン

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― 新着の感想 ―
[一言] こんな時コタロー殿だったら……って考えちゃうな 言わないとは思うけど「俺を攻撃しろ」って言ったら みんなちょっと困惑しても信じてるからってやると思う まだツジクロー殿は仲間との絆深めきれて…
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