第百三十三話 勝利の代償
「こりゃあざっくりやられたなあ……」
ドルドの太い指が、僕の面当てに入った盛大な亀裂をなぞった。
「かなり深い傷だが、騎士殿の方は無事なんだな?」
「うん。痛くもかゆくもないよ」
「兜の中がまったく見えねえし、女神の騎士特有の秘密があるんだろうな。でなきゃ、顔が二つに割られてたぜ」
ぞっとする内容をあっけらかんと言い放ち、彼は年季の入った石製の丸椅子に腰を下ろした。
「まあ、実害がねえならそのままでも構わねえだろう。かえって凄みが増すぜ。向こう傷は戦士の勲章だ。戦いの痛みと死の恐怖を知って、なお生還できたっつう証だからな。まあ女神の騎士には今更の褒章だろうが」
ここはドルドの工房。
避難先に作られた急ごしらえの作業場ではなく、正式な、彼が先代の親方から受け継いだ、正真正銘の工房だ。
アバドーンを撃破したことにより、ドワーフ旧市街は解放された。
帰郷を待ちわびていた人々は歓喜に沸き、町を捨てた際に諦めた我が家がわりと無事な姿で残っていることに驚いた。
今は戦闘街からこちらへの引っ越しの真っ最中だ。
アバドーンが残したイナゴの温床は、ツルハシでぶっ叩けば簡単に資材化できたため、撤去に大した時間は必要なかった。それぞれが自分の家に張り付いたプレートを砕き、家具を中に運び込んでいる。
そんな中、僕は、職人総出でいち早く機能を移し終えた工房にお邪魔していた。
さっきのやり取りでおわかりだと思うけど、あの帝国騎士にぶった斬られた傷を見てもらうためだ。
大きな室内には作業台がずらりと並び、避難の際に慌てて持ち出された工具類を所定の位置に戻せば、後は火の炉の調子次第でいつでも仕事を開始できる状態だった。
さすがは、ドワーフの職人のおよそ四割が所属する南工房。住まいに先んじて復旧した立派な佇まいは、まさに町の中心といった風格だ。ちなみにバルジドも北工房に戻っており、すでに鍛冶仕事を始めているらしい。
「ボクとしては、鎧の傷はあんまり歓迎しないんだけどね~。ルーン文字を刻むキャンバスが減るし、バランスもおかしくなるからさ。まあでも、今回は整備の必要はないよ。あれだけ吹っ飛んでおいて、ある意味器用だね」
面当ての傷に指を突っ込んで、内側をくすぐるようにしながらマルネリアが言った。
彼女はアドバイザーとしてついてきていた。ドワーフの技術がルーン文字に干渉しないよう、この手の話があるときはいつも同行し、意見してくれている。
ススや油でどす黒くなった工房に、色白の肌にきらめく金髪の彼女がいるのはいかにも不釣り合いだけど、気にする者はいなかった。
マルネリアの「吹っ飛んだ」という言葉である場面を思い出し、僕はドルドに謝罪の言葉を口にした。
「町の一部を吹っ飛ばしちゃってごめん。家があった人には申し訳ないことをした」
ドワーフ旧市街はほとんど無傷で帰ってきた。ただし、僕がアディンたちに爆撃させた地点をのぞいて。
今あそこは巨大なクレーターになっていて、リーンフィリア様の指揮のもと、厳格な埋め立て作業が行われている。
「いや。謝ることはねえさ」
ドルドは笑いながら言った。
「騎士殿の判断は正しかった。敵の狙いはこの赤い鉱石だったか? そいつをまとめて吹っ飛ばせたんだから、むしろ上首尾と褒めてやらんとな。勝利ってのは敵戦力の撃破だけじゃねえ。敵の目的を粉砕するのも立派な勝ちだぜ」
彼の手の中には、奇跡的に残ったあの大きな鉱石がある。
アディンたちに攻撃させたのは、アバドーンが残した石の一掃を狙ってのことだった。
僕が全部回収できるのならそれが一番だったけど、あそこでの敗北が確定的だと判断した以上、まとめて消し去るしかなかった。
だからあの黒騎士も即座に退いた。
アディンたちの魔法でもやれてはいない。ヤツは確実にまた現れるだろう。
最後の爆撃で、僕がヤツの目的に気づいたことは察したはず。次は石集めの障害とみなして、あちらから先に仕掛けてくることも考えられる。それは望むところだ。
「それで、頼まれてたこの石の情報収集だが、詳しく知ってるヤツはいなかった。鉱石類に詳しいバルジドも、鉄のバケモノどもをぶっ壊すとたまに破片が見つかるくらいの認識で、深く調べたことはないそうだ。俺も地下でこいつを掘り当てたことはないし、相当なレアメタルかもな」
でも、やはり悪魔の兵器に関わる品らしい。
「騎士殿はイグナイトに似てるって言ってたが、性質は正反対だ。内部に何らかの力を秘めてることは間違いないんだが、イグナイトと違って全然それを外に出さねえ。イグナイトは砕けても機能を保持できるが、こっちはちょっとヒビが入った程度でも力を失っちまうようだ。まあ、今んとこ全部仮説段階で、もっと調べたければもっと時間が必要だが」
ドルドはそう言い切ってから、
「それより、銃剣のアンサラーの方が気になるぜ。俺は」
ニヤリと笑って鼻の頭をこすった。
変形機構を持つアンサラーについては、僕の知る限りのことを伝えてある。
アンシェルにも話を聞き、二つの銃口を持つアンサラーは天界にも存在しないという言質を取っていた。
帝国騎士が持っていたのはまさに異形の聖銃と言う他ない。
「アンサラーの製造法を知らなきゃ、そこまで無茶な改造はできねえだろ。どこのドワーフか知らねえが、異国でそんな仕事ができるなんて相当ラッキーな野郎だ。ちくしょうめ」
敵がそれを持っていることより、手がけた職人に意識が行っている。強力な武器を見ると子供のようにはしゃいでしまうのは、完全に職業病だ。
しかし彼らを無責任だとか死の商人だとか罵れるヤツはいない。何しろ、自分でその武器を掴んで戦場に出ていくのだから。無責任どころか全責任を自分の命で負っている。
戦士や鍛冶屋というのは肩書にすぎず、ドワーフ一族は武具の探究者と言った方が近いのだろう。
「なあ騎士殿、やっぱりそのアンサラーも銃剣にしてみねえか。その帝国騎士のアンサラーに負けねえくらい立派なものに仕上げてみせるぜ」
「いや、やめておく。アンシェルにめちゃくちゃ怒られそうだし」
何やらライバル心を燃やし始めたドルド親方の不気味な猫なで声をかわし、僕とマルネリアは工房を後にした。
帝国騎士の正体は気になる。
しかし今僕は、もっと大きな問題に直面しているのだ――
「あ……」
埋め立て作業の様子でも見に行こうと通りを曲がったところで、一人の少女と出くわした。
「…………」
パスティスだ。
彼女は僕を見るなり悲しげに表情を陰らせて、小走りで去ってしまった。
「ありゃ~。まだ許してくれないみたいだね~」
マルネリアがニヤニヤ笑いながら気楽に言ってくる。おのれ修羅場の国の人め……。
実は、黒騎士との一戦以来、パスティスがまともに口をきいてくれなくなってしまった。いや、今のを見ればわかるだろうけど、顔すら合わせてくれない。まるでケンカでもしているみたいに。
「うう……」
怒っているのなら、まだいい。でもパスティスは悲しそうなのだ。その表情が見えない真綿となって僕の気道を絞めている。
「うーん、でも、さすがにちょっと可哀想かな、パスティスが。ボクが慰めてあげてもいいんだけど、NTRってその後が長いんだよねえ」
「絶対やめろ」
マルネリアはけらけら笑った。
「わかった。じゃあ騎士殿をいいところに案内してあげる。ここがドワーフの町だったことを感謝するんだね」
※
彼女に案内されたのは、旧市街北部にある小さな店だった。
住居ですらまだ未復旧の場所もあるというのにすでに営業している。
ということは、鍛冶工房並みに重要な店なのか……?
「いらっしゃい。あら、騎士殿にマルネリアじゃないか」
店に入ると、見知った声と顔に出迎えられた。
「あれ? ランラシド?」
カウンターの向こうにいるのは、バルジド親方の奥さんであるランラシドだった。
彼女の店なのか? ていうか、何の?
店内を見回す。
ガラスケースの中には、色とりどりの石が置かれていた。
「宝石店……?」
「いいや騎士殿」
ランラシドは若々しい笑顔を見せて言った。
「ここに売ってるのは、“詫び石”だよ」
詫び石・・・メンテ延長・・・今日発売のモンハン・・・投稿間隔・・・まさか作者ァ!(一人芝居)




