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第百三十二話 異銃アンサラー

 ドワーフが自分らの技と評した重厚な装甲。

 条理と感情をすべて拒むような沈黙の黒色。

 唯一見せる怒りは鉄面の上でぴくりとも動かず、自身がその化身であるかのようにこちらを睥睨している。


 黒鉄に覆われた市街にあって、それでも別種の色と思わざるを得ない黒騎士の影が、不意に、絶え間なく降り注ぐ赤い鉱石と僕の記憶を線で繋げた。


 この石は〈ヴァン平原〉のボスが持っていた赤い部位とよく似ているんだ。

 ボスの弱点だった部位と。


 もしかして……これは悪魔の兵器の材料なのか?

 たとえば、イグナイトのように可動部や動力源として機能する機構だとしたら?


 一度思いついてみれば、この石はイグナイトともそっくりな気がしてくる。

 アバドーンはそれを集めていた。イナゴの軍勢を作るには、確かに膨大な動力源が必要だろう。ヤツがたびたび言っていた役割という言葉も、これに関連しているのか?


 そしてこのタイミングで黒騎士が現れたことは、偶然じゃないだろう。


 赤い鉱石が金属の地面に落ちて割れ、鉄琴のような澄んだ音色を響かせる。

 これで何度目の遭遇か。

 世界は広いのに、ここまで決定的な場面で何度も接触するとなると、これはどちらかによほど強い引力があるとしか思えない。


 僕の行く先にこいつがいるのか。

 こいつの行く先に僕がいるのか。

 いずれにせよ、僕がこいつに対して抱くのは、意味不明な敵意と不快感だった。


 石の降る量が増したのか、音の勢いが増す。


 その時、目の前を特に大きな、拳大の石が通過した。

 咄嗟にそれを受け止める。なぜそうしたのかは、自分でもわからない。

 でもその瞬間、風景に焼き付いた影のようだった黒騎士が、わずかに身じろぎしたのが見えた。


 これまで、黒騎士は大型の悪魔の兵器がいるところに現れている。

 もし、僕の予想通り、この赤い鉱石と悪魔の兵器が何らかの関係で結ばれるのなら、黒騎士も自然とその線上に浮上してくる。


 ヤツがここに現れた理由は、この鉱石だ。


 ここにある石すべてなのか、それとも、僕が手に取ったような大きなものなのか、それはわからないけど。


 答えを確かめるのは簡単だった。

 鎧に渡してあるベルトに無理やり石を挟み込み、黒騎士に向けて手招きするように挑発した。


 取りに来い、と。


「…………」


 すぐに返ってきたのは、沈黙。けれどその沈黙から僕が感じたのは、“選択”だった。

 安っぽい挑発に怒ったわけでも、これまで何度もつっかかってきた僕に対して呆れたのでもない。ただ目的を達成するためにやり方を“選んだ”。それだけ。


 石の音色がこれまでで最高潮に達した瞬間、黒騎士の影が静止状態から一気に動いた。

 降り続ける石を弾き散らし、散らばったものを細かく踏み割り、無秩序な音楽に新たな共鳴を加えながら、真っ直ぐ僕に向かって突っ込んでくる。


「……アンサラー……」


 黒騎士の背中に、大仰な作りの剣が現れる。


「第二のルーンバースト!」


 胸の前で交差した腕を走るルーン文字の輝きは、その直後に激突した二振りの剣がまき散らした火花によって完全に塗り潰された。


 逆手構えのカルバリアスの刃の上で、黒騎士の大剣が、ぎりぎりと音を立てながら小刻みに震えている。

 ついに受け止めた。ヤツの抜き付け!


 でも僕に感動なんかなく、至近距離でにらみつけてくる怒りの鉄面に向かって、ただこう叫んでいた。


「アンサラーと言ったな? やっぱり、それはそうなんだな!?」


 帝国騎士は無言。


「おまえは何だ!? 帝国の生き残りか!?」


 返答は、さらなる加重だった。

 一時、互角だと思ってしまった力の天秤はあっさりと黒騎士側に傾き、僕の腕に悲鳴を上げさせる。


 お、重い……ッ!

 こいつ、まだ力を出せるのかよ!


 咄嗟に剣を縦に傾け、大剣の重みを地面方向へと流す。

 しかし、剣を地面に叩きつける形になった黒騎士は、体勢を崩すどころかすぐさま片手持ちから両手持ちに切り替え、切り上げの一刀へと繋げてきた。


 すでに後ろに下げていた重心に逆らわず、のけぞってかわす。

 暴風のような風切り音が、僕の体に密着する空気を巻き取っていくのがわかった。


 違う。やっぱりこいつの強さは、これまで戦ったあらゆるものと、何かが違う。


 受けた瞬間に伝わる、異質の手応え。

 プラスチックだと思っていたオモチャの野球バットが、持ち上げてみたらとんでもなく重くて硬い未知の金属だったような認識の齟齬。

 強さの格や次元ではない。火と水のような根本的な性質の違いが、僕とこいつにはある。


 でも、それがどうした!


 黒騎士が、足を払うような横薙ぎの一撃を繰り出す。


 そこだ!


 僕は逆手に持っていたカルバリアスを、金属の地面に思いきり突き立てた。

 切っ先が金属のコーティングを突き破り、直後、黒騎士の斬撃をがっちりと受け止める。

 体勢は、黒騎士に対して完全な半身。完璧!


 食らえ!


「アンサラー!!」


 腰の後ろで物質化した聖銃をそのまま撃ち放つビハインドブリット!

 真正面、捉えた! 

 ……ッ!?


 第二のルーンバーストの効果ではなく、僕はそいつの動きがスローモーションに見えた。


 迫り来る強化弾丸に対し、黒騎士は、剣を振るったままの両腕に力を込めたようだった。

 突然、黒騎士の体が横に滑る。

 下半身は一切動いていないのに。


 起点は、ヤツのアンサラーとカルバリアスの接触点。


 ぞっとする。


 こいつは、カルバリアスの刃にアンサラーの刃を食い込ませ、そこを軸として、腕力だけで体を横に滑らせたのだ。


 滑走する靴の先が、降り積もった鉱石を蹴散らし、甲高い悲鳴を上げさせる。

 剣を手放すと同時にくるりと一回転し、追加した運動エネルギーを全身に受けて、黒騎士は自分の体を強化弾丸の攻撃範囲からついに追い出した。


 こ、この超反応……!


 カルバリアスの前から黒騎士のアンサラーが消え去り、物質化を解除したのだと理解した時には、再構築した剣を振りかぶるヤツの姿が眼前にあった。

 咄嗟に体を後ろに流す。でも、もう遅い。


 見たこともないほど近くで剣が閃き、僕の顔面を冷たいものが縦に割った。


 死ん……だ?


 真っ赤な液体が飛び散り、一撃を振り抜いた黒騎士へと降りかかる。


 血。血だ。


 そうか。僕も斬られれば血が出るのか。

 驚くくらい緩慢に動く世界の中で、そんなことを考えた。


 やられたらどうなるんだろう。コンテニューがあるのか。それとも、そこでお終いなのか。走馬燈はどうなるだろう。今度は、ちょっとはマシなものを見せてくれるだろうか。少しはまともな思い出を残せているだろうか。


 いや、まだ無理だろうな。僕は苦笑する。

 自分の時間感覚では、一年も戦っていない。

 もっと戦いたかったな。自分の記憶が全部戦いで埋まるくらい、戦いたかったな。そうすりゃ、僕はもう少し自分を好きになって、死ねて――


 ……。

 …………?


 あれ?

 なんだ? この、におい……?


 ん……? ん……!? んんんんん!?


 濃密に漂うのは、鎧の鉄臭さを覆い隠すほどの強烈な血臭――じゃない。

 むしろ……甘い!? 

 このにおい、知ってる、てか待てぇ!!


 これ血じゃねえ!!

 ジャムだ! いちごジャム!


 リーンフィリア様が、僕の兜の中に無理やり流し込んだジャムだこれ!?

 わ、わかんねえ、何でだ!? 内側に溜まってたのが斬られた拍子に噴き出したのか!?


 さしもの黒騎士からも、動揺した空気が感じ取れる。


 そりゃあそうだよ! 斬った相手から血じゃなくてジャムが出てくるなんて、いくら無感情なこいつでも驚くわ!


 だがああああ! これは千載一遇のチャンスと見たァ!!


 僕はアンサラーを肩で保持しつつ構えた。

 黒騎士がはっとした様子で地を蹴り、後退する。


 いいや、逃げられないね! 近接信管モードだッ!


 勢い任せに引き金を引く。

 狙いはあえてでたらめにする。これで正確な対処はできない!


 黒騎士がバックステップの中で、剣を前に突き出した。

 無駄なあがきだ。たとえ弾丸を斬ったところで誘爆するだけ。今度こそもらった!


「……アンサラー・“ブリッツ”」


 え……?


 黒騎士の剣が半ばから折れ、火花を散らして下側に再接続される。

 半分以下の長さになった刀身の断面から現れたのは、縦に並んだ二つの穴。

 連装銃口――


 次の瞬間、ヤツに向かって飛翔していた弾丸は、ほとんど同時とも思えるようなタイミングですべて爆散していた。


「……こ、こいつ……!!」


 銃だ。こいつのアンサラーもやっぱり銃だ!! しかも二連装だと!?


 まさか、本当に銃剣だった……!

 ドルドも、やろうと思えば改造できると言ってたけど、本当に……!


「……アンサラー・“シュナイド”」


 黒騎士の言葉に応えて、ガチンと大きな金属音を響かせながらアンサラーが剣モードに戻る。


 クソッ、こいつのことが本当にわからない!

 こいつは本当に帝国兵の生き残りなのか? 帝国は独自にアンサラーを開発していたのか? わからない、わからない! 正体も、戦い方も、強さの底も……!


 一つ言えることは、勝利にもっとも近い瞬間が過ぎ去ったということ。


 第二のルーンバーストはもうじき時間切れ。

 ビハインドブリットでの奇襲も通用しなかった。

 黒騎士の強さは僕の予想をはるかに上回っている。女神の騎士を超越している!


 でも、白旗は上げない。

 まだ打つ手はある!


 黒騎士が今度はゆっくりと近づいてくる。その足取りには、さっき数瞬だけ見せた戸惑いの類はもうない。むしろ、銃を抜かせたことに対し、ある種の警戒心を抱いているようにも見えた。


 多分、次の攻撃に一切の遊びはない。

 ヤツが一足一刀の間合いに入ったら、もはや対処不能。

 そうなる前に、こちらから動く!


 僕は、まだ少し鉱石を吐き出している空中の噴き出し口へアンサラーを撃った。

 近接信管モードの弾丸は小さな石に触れただけで大爆発を起こし、空に純白の円を描く。マーカーとしては十分!

 羽飾りに向かって叫ぶ。


「パスティス、今光ってる地点を町ごと吹っ飛ばせ! 早く!」

「……! わ、わかった……!」


 有無を言わさぬ強い口調に驚いたのか、問い返す言葉を飲み込んだ応答が羽飾りから聞こえてくる。


 黒騎士の足が止まった。こっちの狙いに気づいたか。

 しかしその時にはもう、僕の方から駆け出していた。

 地も砕けよという勢いで跳躍し、黒騎士の怒りの面を、僕の影で覆った。


「今回も僕の負けだが、おまえの勝ちもない。一緒に地獄に来てもらう」


 逆手に握ったカルバリアスを、渾身の力を込めて振り下ろした直後。

 竜たちが放った山なりの爆撃が僕らに向かって降り注ぎ、すべてを真っ白に塗り潰した。



ジャム野郎はツジクローの方だった・・・?


爆発の途中ですが、次回の投稿は一週間後の1/26を予定して・・・

・・・モンハンワールドの発売日じゃないか・・・予定しています。

前後する場合がありますので、活動報告かツイッターをチェックしてもらえると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] そもそもジャムボイスもツジクローも同じ主人公だろ!
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