第十三話 襲われる人々
町作りにはいくつかの障害がある。
たとえば嵐や地震などの自然災害。
たとえば住人たちの不和や集団パニック。
基本的にコマンドで解消できる問題だけど、この中に一つ、町の開発が終わるまでずっとつきまとうものがある。
これを放置すると、町の建設の速度は激減。僕が計ったところ、十分の一以下にまでなった。
その問題とは――魔物の襲撃だ。
※
天界と地上の時間の流れはおそよ四十倍違う。
天界での一日が、地上では一月以上になる。
クリエイトパートを始めてから天界時間で一日経過。
〈ヴァン平原〉には、小さな村ができている――はずだった。
「あれ……」
〈オルター・ボード〉を確認した僕は目を疑う。
村が少しも大きくなっていないのだ。
民家を示すマークが数軒あるだけ。
「変だな。『Ⅰ』のときは、もっとざくざく増えていったんだけど……」
クリエイトパートは結構ハイペースに進む。アクションパートとの両輪でできているため、テンポの良さは重要だった。
「騎士様、地上で何かあったんですね?」
シュッ、シュッとスコップを振りながら、女神様が聞いてくる。
素振りは基本。
しっかし、女神様元気になった。 塵神に降格させられて途方に暮れていた昨日がウソのようだ。
復活した理由が、整地作業というわけのわからんものでなければ、素直に嬉しいんだけど。
「地上で一月たっても、町が大きくなってないんです。何か発展をストップさせているものがあるんですよ、きっと……」
旧要素だけでもいくつかの候補が浮上する。『Ⅱ』を加味するなら未知数だ。
これは降下して解決するしかあるまい。
「行きましょう、行きましょう!」
元気な女神様に背中を押され、僕とアンシェルは揃って神殿の載っている雲の縁に立つ。
そういえば、今さらの話になるけど、僕の腰には聖剣カルバリアスが提げられている。
〈ヴァン平原〉の一角を解放したあの戦い以来、ずっとだ。
女神様が、これを僕に持っているよう言ってくれた。
心強い。
他のすべての武器を封じたところで、このカルバリアスさえあれば、天界の嫌がらせめいた制限は片手落ち。それほどに強力な剣だ。
聖剣エクスカリバーには色んな伝説がある。
国によって呼び名も違うし、石に刺さっていたとか、湖の乙女がくれたとか、来歴も違う。元々が伝説、伝承なので、そのあたりの解釈は自由に発想すればいい。
それでこの女神様のくれたカルバリアスだけど……エクスカリバーの元になる剣だ。
カルバリアスとはエクスカリバーの古い呼び名。
時代を経るごとに名前がちょっとずつ変わり、気づいたら何か頭にEXが付いてた。
そうして現代にエクスカリバーの名称が定着する。
その流れと伝承にちなんでか、このカルバリアスをレベル四まで上げると、名前がエクスカリバーに変更されて外見も変化する。さらにそれまでの武器スキルが、一段階強力なものに置き換えられるという、驚異的な進化を遂げるのだ。
最初の武器が、実は最強クラスの武器になるということを隠す気もないかのように、カルバリアスは成長が遅く、かつ、最終レベルになるまでの性能はさほどでもない。
まさに生まれ変わる前の姿。
だけどエクスカリバーになったときの破壊力は尋常じゃない。これ一本でバランスブレイクまでいける。僕はその最終兵器を手に入れたのだ。
当面は、カルバリアスのレベルアップが課題になるだろう。
心に目標を立てた僕に、アンシェルがふと話しかけてきた。
「あ、そうだ騎士。このあいだの黒いかけらのことなんだけど」
僕が探索で拾ってきたやつだ。
「ん? あれが何だかわかった?」
「ちょっと変なところはあるけど、あれ鱗かもしれない」
「鱗?」
「ええ。サベージブラックっていう、超凶暴なドラゴンの」
「それーっ」
愛らしい女神様のかけ声に押し出され、僕らは天から落ちた。
……凶暴な、ドラゴン?
※
今思えば、僕は『Ⅱ』をナメていた。
いや、もっと深く解析するなら、心のどこかで『Ⅱ』を作ったスタッフをナメていたんだと思う。
武器のアクションとスキル調整ができなかった『Ⅱ』。
世界観と直結する探索を廃止してしまった『Ⅱ』。
女神様に変な格好をさせた『Ⅱ』
コレジャナイの嵐。
でも、僕のコレジャナイと、クオリティは、直結するものじゃない。
地上に降りた僕は、それを思い知らされる。
驚愕する三秒前――地に足をつけた直後の僕は、世界が薄暗いことに違和感を覚える。
二秒前、空を見上げ、青空であることを確認する。
一秒前、ぽかんとしたアンシェルが僕の腕を引っ張ってくるのに応え、背後を振り向いた。
――城が建っていた。
土のブロックで。
それが太陽を遮っていたのだ。
「な、な…………」
意味ある言葉を紡げないまま、僕はただ、天を突き刺そうとするような、立派な土色の尖塔を見上げる。
何だ? 何があったんだ?
王様でも引っ越してきたのか?
「ああ、女神様たちではないですか!」
呆然とする僕らに、一人の村人が声をかけてきた。
「タイラニー」
「たいらにー」
ナチュラルに変な挨拶はやめてもらえませんか。女神様も応えないでくれますか。ボタン押しますよ。
「すごいの作ったわね」
アンシェルが半ば呆れたように村人に言う。
「いえ……」
ところが、村人は誇るどころか、表情を翳らせた。
何だ? この深刻な顔は。この城に何か問題が?
…………。
……待て。
そもそもなんで、こんな城を造る必要があった?
こんなに堅牢で、村人すべてを収容できるような大きさの建物を、なぜ?
それにこの城、よく見ると、壁や門にスパイクがついてる。
まるで、巨大な何かの体当たりを防ごうとしてるみたいに……。
ここで僕ははっとなる。
地上に降下する直前、アンシェルが言っていたこと。
この〈ヴァン平原〉に落ちていた多数の黒いかけらの正体。
サベージブラック。超凶暴な竜。
クリエイトパートでは、災害などの他に魔物の襲撃という突発イベントがある。
まさかこの村、こんな早い段階からその襲撃を受けて……!?
だとしたら大変だ!
村人はすがるような顔で、悲痛に言った。
「どうしても納得できないんです、このデザインじゃ!!」
コレジャナイ!
僕はコンマ一秒でボタンを叩いていた。
「もう三回も造り直してるんです。でも、できあがってみると、どうしても理想の形とは思えなくなってくる……! 僕が、僕の魂が欲している形はこれじゃない!」
「そ、そうなの……。大変ね」
【住人のこだわりが強すぎて町が広がらない:1コレジャナイ】(累計ポイント-40000)
竜、関係ないのかよ……!
「ちなみに、あっちがロビンソンのお城で、あっちがハナさんのお城です」
「みんなして城造ってんじゃねえよォォォォォォ! 町の敷地広げろよォォォォォォ!」
「? いけませんかね? ここにいる人たちは、みな、クリエイティブな衝動に襲われていて、朝から創作意欲が止まらないのですが……」
「魔物じゃなくて自分に襲われてるのかよおおおおおお! あああ、もう、僕が陣頭指揮を執ります! 村の人集めてください!」
僕は『Ⅱ』をナメていた。
『Ⅱ』を作ったスタッフをナメていた。
まさか、NPC一人一人に建築の志向を持たせてるなんて、どういう力の入れ方してんだよ! ひょっとしたらプレイごとに毎回違う町を作るんじゃないか、このNPCたちは!? そんなの仕込んでる余力があるなら、武器スキルのバランス取りしてくれよ!
僕は、『リジェネシス』を作った人々のことを勘違いしていたのかもしれない。
彼らは……努力の方向性を間違える天才だったのかもしれない。
そこにアンチからの発言が加わり、えらいことに……!
こんなもん修正するしかないだろ!!
村人、総勢十余名を前に、僕の都市計画が発表される。
「まず、お城の建築を禁止します」
「そんな」
「世界の終わりだ……」
今ホントの意味で終わりかけてるんだよなあ!
みなさんが楽しくお城作ってるときによお!
《彼らは絶望に打ちのめされている。私が何とかしなければ……》
よく見ろ主人公! 私が打ちのめしてるんだよ! そうしなきゃこいつらのフェスティボーが終わらないんだよ!
心でがなり立てつつも、話が脱線しないよう、言葉を抑えながら、解説を進める。
「これから作る家屋は、あちらにあるものに統一してください」
モデルハウスとして、リーンフィリア様とアンシェルに作ってもらった建物を紹介する。
「バカな! あれはトーフハウスではないか!?」
「四角い家に、入り口だけがあるという、センスのかけらもない、アワレなほどみすぼらしいトーフハウス……!?」
うるさいっ。僕だってもっとセンスがほしかったさ! 早く作れるからいいんだよ!
「みなさんのクリエイティブな衝動は、町が十分に育ってから発揮してください。今必要なのは速度です。村が町の規模になれば、平原の魔物たちもおいそれと近寄れなくなる」
町を大きくしていくというのは、必然的に魔物たちの生息域に近づくことに繋がるのだが、危険度はかえって低下する。
というのも、地上の人々は、自分たちを救ってくれた女神リーンフィリア様を信仰する。すると、信じる心を通じて、リーンフィリア様の祝福が、人々を守ってくれるようになるのだ。
町が大きくなるということは、それだけ人も多くなり、同時に女神様への信仰も増えていくということ。
結果、住人たち自身が一種の結界めいたものを形成し、魔物が近づきにくくなるわけだ。
「仕方ない。今は造形にこだわっているときではないよ」
「そうね。わたしたちの中の創造という名の魔物は眠らせておいて、村を大きくすることを優先しましょう」
自分たちの身の安全に関わることとわかると、人々も不承不承うなずいた。
「それで、村の簡単な拡張計画だけど、北東に見える森には絶対近づかないように。その先に怪しげな廃墟があって、近づくと恐らく危険だ。真西は特に何もないし、水源になりそうな川もあるんで、とりあえずそっちへ敷地を伸ばしていって――」
「え、ちょっと……」
アンシェルが驚いた様子で僕の説明を遮ってくる。
「あんた、どうしてそんなこと知ってるの? このあたりの地理に詳しいの?」
「ああ、それなら、さっき天界から降ってくる途中で、草原一帯の様子を確認しておいただけ。あとで地図作ってここの人に渡すから、紙と描くもの用意しといて」
「えっ……。あ、うん……」
きょとんとした顔で彼女はうなずいた。
しかし……。
僕は改めて村の住人たちを見やる。
何か、この人たちお気楽というか、陽気すぎる……。
自分たちが滅びかかっているのわかってるのかと心配になる。
『Ⅰ』にはこんなふざけた人間はいなかった。
生きることに一生懸命で、ジョークだってもっとウイットに富んでた。
彼らは暗闇で光る蛍火のようだった。
でも『Ⅱ』の彼らときたら……まるで深い闇の底で松明持ってウホウホ踊ってる原人……!
明るい性格なのはいい。
『Ⅰ』だって、そんなジメジメしてたわけじゃない。陽気な人たちもいた。
大事なのは雰囲気。抑揚だ。
廃墟となった世界の空気、過酷な環境からの再起。それらと調和する、真摯なキャラクター造形であってほしい。
スッ……。
コレジャナイ!
【住人がゲームの雰囲気をぶち壊しにきてる:1コレジャナイ】(累計ポイント-41000)
「…………」
だけど……。
それはゲームの中の話。
目の前の彼らには人格があり、意志があり、そしてきっと、地獄を見た過去がある。
それでも、自分の価値観を失わず生きている。
ピンチのときにも笑える。
それは、強さだろ?
スッ……。
コレ!
【絶望の世界でも、彼らは日々の楽しさを忘れない:1コレ】(累計ポイント-40000)
ゲームの評価とはちょっと違うけど……今の僕にはこれでいい。
こだわり始めるとなかなか進まないのは小説の文章も同じですね。
だから一度作った描写はほとんどいじらず、さっさと先を書くことにしています。




