第百二十九話 黒雲霞
バン! バン! バン!
コレジャナイ! コレジャナイ! コレジャナイ!
スリィコレジャナイコンボォ!
…………。
不作法だと思ったが開幕コレジャナイを抑えられなかった。
いつもいつも……何でこう、こいつらは、こうなんだ……?
僕は頭を抱え、冷たく張った金属の地面に膝を落とした。
「んん、どうしましたかな? 敵地で頭痛とはいけませんな。砂漠で水分補給を怠るのはありえない」
バッタ野郎が何か言ってる。
その一言一言が、僕の心にスリップダメージを強いてくる。
悪魔アバドーン。そう名乗った。
これまでの悪魔が、異様に発達した筋肉に鎧われた偉丈夫だったのに対し、アバドーンは長衣を羽織り、さらにその下には黒光りする鎧まで身につけていた。
さらに注目すべきは、バッタそのものの頭部の上に、何かの冗談のようにちょこんと載った小さな王冠。サブナクたちを戦士とするなら、こいつはまさに王の相似形だった。
しかし……。
「女神の騎士がそのような体たらくでは我も張り合いがありませんぞ。んん、しかし太陽によって熱された金属板と反射によって、町の温度は危険域。要所にダメージゾーンを形成した我の作戦勝ちということでもあるのですな」
知るかああああああああああああああ!
てめえのそのしゃべり方で傷を負ってるんだよこっちはああああああああ!
わかりやすく説明しよう。
こいつのセリフをネット文化のフィルターに通すとこうなる。
「んんwwwどうしましたかなwww敵地で頭痛とはいけませんなwww砂漠で水分補給を怠るのはありえないwww」
【悪魔がいちいち草を生やすなアアアア!:3コレジャナイ】(累計ポイント+1000)
「デュフフフォカヌポウwww我が何か?」(主人公動揺のため笑声と藁が併記されております)
ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおお!!
僕は真面目にこの世界のために戦ってるんだよ!!
なのにどうして『Ⅱ』のおまえらは、そんなに不真面目で自由なんだよ!
もっと威厳出せよおらああああああああああああああああ!
はあ、はあ……。
お、落ち着け……。
たとえ砂漠の真ん中で草を生やすような緑化運動野郎でも、あれは悪魔だ。
この世界を滅ぼそうとする眷属。その所業だけで、悪の華を咲かせている。
僕はそれに足を振り上げ、踏みにじりに来たのだ。
気合を入れ直して、立ち上がる。
「アバドーンとか言ったな。ドワーフたちを襲ったのはおまえか?」
「その通りですぞ。我以外あり得ない」
アバドーンは即座に答えた。人外ここに極まれりの外見に対し、対応は口調以外まともだ。
「大量の悪魔の兵器をばらまいたようだが、これまでだ。あのカマキリもやった。この町も砂漠も返してもらう」
「んん……?」
ヤツが首をかしげた。昆虫が偶然見せる愛嬌じみたものがあってちょっとムカつく。
が。
「勘違いをしているようですな。ここの兵器を統率しているのは我ではないのですな」
「なに……?」
戦闘に向けて徐々に高まっていた僕の緊張感が、紐のように捻れる。
兵器を操っていた悪魔は他にいる? それはひょっとして、
「〈契約の悪魔〉か?」
「んん?」
「ヤツの胴体は地下で始末した。頭もここにいるのか?」
まともな答えがもらえるなんて最初から期待していない。けど、それでもヤツの反応は僕を絶句させることになった。
「ははは、はははは! んん、頭ですかな? そんなものを探してどうするのですかな。あれは用済みだからここに捨てられただけですぞ。砂漠をさまよう他のゴミと同じように!」
「…………!?」
捨て、られた?
〈契約の悪魔〉が?
どういうことだ?
「地上を侵略しているのはヤツじゃないのか? さらに黒幕がいるのか?」
僕の声は完全に上擦ってしまっていた。
〈契約の悪魔〉が単なる使い魔にすぎなかったら?
ヤツを使い捨てるほどの巨悪が、その背後に潜んでいるとしたら?
地下で暴走した胴体と戦った時に感じた疑念が再燃する。より一層強く、色濃く。
この悪魔は、真相を知っている!
けれど答えを求める僕に、悪魔はあざ笑うように言う。
「そもそもあの異端を何らかの長と捉える方が無理なのですな。最初から我らとはまるで役割が違うものですからな」
「役割だと?」
もはやこいつの言うことが、何から何まで意味深に思えてしまう。
最初? 最初っていつだ? 『Ⅱ(いま)』か? それとも『Ⅰ(かこ)』の時点で? こいつの言う役割とは? こいつも、〈契約の悪魔〉も、何かの役目を負っていた?
僕の表情は鉄面で見えないはずなのに、疑問の波に翻弄される思考を、悪魔は正確に読み取ったらしい。バッタの顔が歪んだ。人で表すなら、喜悦に。
「これは導くしかない」
鉄の靴底が数ミリ分、地面へ潜り込む感触があった。
一瞬落とした目が、靴の状態よりも先に、地面に広がる鈍色の波紋を見とがめた瞬間、僕はためらわず叫んだ。
「アンサラー!」
会話はすでに時間切れ。腰の後ろで物質化した長銃を指に絡め、銃口を悪魔に振り向けるのに半秒もいらない。
照準は雑。でも経験則で、ヤツの体のどこかに当たる軌道になることはわかる。
後は、リーンフィリア様のご加護を!
発砲!
アンサラーの銃口の狭さに耐えかねたように、発射口周囲に魔力光の粒を外に散らしつつ、強化弾丸が悪魔に襲いかかる。
間合いは、高低差込みでおよそ四メートル。弾頭がその半分を駆け抜けた時点でアバドーンに一切の回避動作なし。もはや長衣の裾が翻る猶予すらなく、魔法弾は悪魔のど真ん中に食らいつくはずだった。
ィン、という、抜き放たれた刀の鳴き声にも似た音が聞こえ、アバドーンが自身の体一つ分、横にずれた。
「――!?」
魔法弾は破壊の半径の端でハンマーのオブジェの上側をわずかに削り、仰角のままに砂漠の空へと飛び去る。
思考が鈍化する。今……どうなった……?
「んん、足下の異変に気づきながらまず先に聖銃を撃つとは、女神の騎士としての役割を持ててますぞ。しかし我の健脚は同族でも随一ですゆえ、捉えることは不可能なのですな」
アバドーンは笑いながらうそぶく。というか、こいつはセリフのすべてが笑っている。
あざ笑っている。
かわしたのか。あの距離で、アンサラーの弾丸を。
でも、弾丸をかわす程度で今更動揺なんてしない。
悪魔は、手強いのだ。
「次弾を撃つ前に足下をもう一度確認した方が――」
撃つ。
しかし二発目、三発目の弾丸も、直前までいたアバドーンの残像を撃ち抜いただけだった。
「んん、噂通りの狂犬ですな。悪魔でも人の話は最後まで聞くものですぞ」
お断りします。
モニュメントから地面へ、まるで瞬間移動のように降り立ったアバドーンへ、アンサラーの銃口を追いかけさせる。靴底を滑らせて体の正面を動かそうとした、その時。
「!?」
つんのめりそうになったのを、危ういところで耐えた。
足が動かない。
反射的に視線を落とした僕が見たのは、足下を埋め尽くすどす黒い虫の群れ。
イナゴ。
どこから現れた? いつの間に!?
はっとして周囲を見回した僕は、悪夢のような光景を目の当たりにした。
壁という壁から、地面という地面から、まるで泡のようにイナゴが沸き上がってくる。
何百、何千、何万……とても数えきれない。
まるで戦闘街を襲ってきた蝗災そのもの。
その始まり。
この金属のコーティングは……ヤツらの……温床だったのか!?
地面がめくれ上がるようにして、無数のイナゴが一斉に飛び立った。
思わず体を縮め、防御態勢を取る。
無数の鉄片が鎧の上で弾ける音がした。
兜の内側から僕はその光景を見つめる。
ノイズめいた昆虫の黒雲は空中で徐々に玉座の形を成していき、やがてそこに王冠を載せた一匹の悪魔を座らせた。
奴は大仰に言う。
「――我こそは蝗の王アバドーン。貴殿はここで死ぬ以外あり得ない」
今やこの町のすべてが、僕の敵だった。
開幕台パンする主人公。当店では台パン禁止となっておりまーす。




