第百二十八話 黒い町
八番街は瓦礫の山……ではなく、綺麗な立方体ブロックの山と化していた。
今更この光景を不思議とは言うまい。匠に吹っ飛ばされた家ですよ。
踏みならした足下から立ち上った薄い砂煙は、あっという間に風に消え、言葉少なく廃墟に佇む僕たちの姿を隠すことはなかった。
「戻ってきた……」
つぶやく。
一度は破棄した八番街。しかし敵WAVEによる破壊は、その先の七番街までは及んでいない。
侵攻の遅かったフォーソードを八番街の廃墟で始末できたことと、七番街の敷地がヤツの行動範囲でなかったことから、これまで通りのタワーディフェンスができたおかげだ。
そして今日、再びヤツの領域に攻め入る。
「みんな、準備はいいか!」
ウオオオオオオオオ!!
北町ドワーフを加えた戦闘街の住人たちが、僕の背中を物理的に圧する雄叫びを放った。
「作戦開始!」
ダーイ!!
モヒカンが運転するバイクよろしく先陣を切ったのは、波模様の装甲を貼り付けたフルアーマー・タイラニック号三機。
それをフォローするようにアイアンバベルが地表を波打たせながら潜行し、オーロラ鋼ティングされたマッドドッグの編隊が、装甲を強化されて重鉄騎となった鉄騎様を背中に乗せて運搬する。
戦闘街最大精鋭戦隊、オーロラ隊。
彼らには、八番街の建設予定地外に飛び出て、フォーソードを迎え撃ってもらう。ドワーフたちの援護は最小限。これは、彼らがあの四枚刃を自力で攻略できるかの勝負なのだ。
「なるほど、こいつは楽しいな!」
今回初めてスピード建築作戦に参加したバルジドたちは、この緊張感と熱気がすぐに気に入ったようだった。
元より戦争のような究極の集団行動を得意とする種族。一つの目的を達成しようとする連動と連帯感は大好物なのだろう。
「オールドシナリー建ったぞ! イナゴ対策完了!」
さあ、勝負の始まりだ。
僕は八番街の最先端で、アンサラーを静かに構えた。
しばらくして、砂丘が作り出すでこぼこの地平線から、わき出るように黒金の一団が姿を現す。
「騎士。〈オルター・ボード〉でもWAVE01を確認したわ」
「オーケイ!」
羽根飾りから聞こえるアンシェルの声に応答すると、彼我戦力の接触を待つ。
時間とともに、一塊りの影だった悪魔の兵器群の輪郭がはっきり見えてきた。
フォーソードは……やはりいる。一機倒したところで次から次へと現れる。つまり通常戦力だ。これからの敵ラッシュには必ず混じっているだろう。
あれを普通に始末できなきゃ、ここから先のステージには進めない。
観測役を任されたドワーフ以外は、脇目もふらずに建設を続けている。もしオーロラ隊が破れれば、ここはすぐさま放棄しなきゃならない。でも、彼らの動きには確信があった。
オーロラ鋼は負けない。ドワーフ族最強の金属だ、と……!
両軍の激突に、開戦の雄叫びはなかった。
声も心も、すべて内側に圧した戦闘兵器同士の衝突。
いつも通り、タイラニック号が敵軍の先頭を挽き潰していく。
真っ先にフォーソードとぶつかるのは、やはり超兵器最高戦力である彼らだ。
フォーソードをローラーの進路上に補足する。
杭を打ち込むような勢いで、フォーソードが四本足を地面に突き刺し、体を固定した。
折りたたんでいた鎌を広げ、四本の剣をこれ見よがしに構えてみせる。
直撃すれば異世界転生不可避の鉄塊相手に、一歩も引かない佇まいには、敵ながら惚れ惚れするような潔さを覚える。
だが……!
「勝つのはおまえです。タイラニック号!」
創造主の声が羽根飾りから響き渡った時、両者は絶死の間合いへと突入した。
先手を取るのはフォーソード。タイラニック号はその体当たり戦法から、どうしても敵の初撃を耐えなければいけない。
走る四つの斬閃は、タイラニック号の寝かされた円柱形を、ロールケーキを切り分けるナイフのように俊敏になぞった。
前回は、この直後に、両断されたローラーがフォーソードの脇を転げ抜けていった。
今回は――!
その峻烈な刃の軌跡を、陽光に灼熱したオーロラ鋼の輝きが、津波のように押し流した!
こちらには音すら届かなかった。
タイラニック号が通過した後に、捕食者然としたカマキリの鋭角的なシルエットは存在せず、何かのはずみで切り飛ばされた大鎌が、虚空を何度も切り裂きながら、墓標のように整地された道の脇に突き立つのみだった。
うおおおおおおおおおおお! タイラーニア、タイラーニアーレ!!
歓声は、観測役のドワーフたちが上げたものだった。
僕もアンサラーを高々と掲げ、作業中のドワーフたちにオーロラ鋼の勝利を伝える。
この日、超兵器側の損失はゼロ。
八番街を囲う星形城壁は日暮れまでに完成し、僕らはついに、ドワーフの旧市街へ到達する権利を得たのだ。
※
「どういうことなんだろうなあ、ありゃあ……」
遠眼鏡をのぞいていたドルドが、うめくように言った。
僕らが身を潜める砂丘からは、ドワーフたちの古い町が見えている。
オーロラ隊の完全勝利から数日。ドワーフ一族はいよいよ故郷を目前にしていた。
交易用の立派な港を抱くその古都市は、しかし、謎の黒い輝きに覆われて僕らを出迎えたのだ。
「元はあんな色じゃなかったの?」
「ああ。灰色の石材がほとんどだったよ。町が建て直された様子もねえし、誰かが黒く塗り直したとしか思えねえな……」
ガイアがもっと黒に染まれと囁いたんだろうか……。
「町が壊されてないのは何でなのかしらね」
羽根飾りから聞こえるアンシェルの問いかけも、僕らを考え込ませる疑問の一つ。
旧市街は、ドワーフたち曰く、襲われた日のままだった。
その際の破壊痕はあるものの、町としての原形はしっかりとどめている。
ブロック状になるまで破壊される僕らの町とは大違いだ。
気になることはもう一つ。
「動く影もねえ。ヤツら、ここにはいないのか?」
旧市街は無人だった。カニ一匹歩いていない。
町を兵器に占拠されていると考えていた僕らにとっては、不気味な肩すかしとなった。
「これ以上眺めてても変化はなさそうだ。町に戻って、もっと本格的な調査隊を編成しないとならんな」
ドルドの言葉にうなずき、僕らは町へと引き返した。
けれど、調査隊を選抜する必要はなかった。
〈オルター・ボード〉にイベントを示す「!」マークが発生したのだ。
だから、これは僕の仕事だ。
※
チェック……。
アンサラー……よし。
カルバリアス……よし。
ルーン文字……よし。
各種樹鉱石……よし。
戦闘システム、オールグリーン。
戦いの準備を終えた僕は、戦闘街の入り口に立っていた。
「本当に俺たちが手伝わなくていいのか?」
少し不満げに聞いてくるのはバルジド親方だ。
ここは本来彼らの庭、彼らの故郷だ。自分の手で取り戻すのが筋だと言いたいのだろう。見送りに来ただけのはずなのに、大半のドワーフたちが得物を背負っていることが、その心情を代弁している。
正直、ドワーフたちの手を借りるのはやぶさかではない。大勢でカチコミをかけた方が楽なのは、これまでの戦いで十分にわかってる。
でも……何だかイヤな予感がするのだ。
〈ブラッディヤード〉には、シムーンや流砂みたいな、大規模な危険が多くある。
迂闊に大人数で動くと、取り返しのつかないことになりかねない。
「ひとまず、藪をつつくつもりで行ってくるよ」
僕は不満顔のドワーフたちをなだめるように告げる。
「あそこにでかい罠が張られてた場合、大人数でいくのはかえって危ない。僕一人なら、地面に生き埋めにされても平気だしね」
「まあ、そういう気持ちで行くのがいいかもしれないわ。今回は特に妙な場所だし」
珍しくアンシェルが同意してくる。
「威力偵察か。わかったぜ。不利を感じたらすぐに後退してきてくれ。追撃が出るようなら俺たちが歓迎してやる」
ドルドが言うと、ドワーフたちが力強くうなずいで呼応した。
「じゃあ、行ってくる」
シュゴー。
「あれは何なんだ?」
「いつものことだから、気にしないで」
今回くらいは〈ヘルメスの翼〉で町までかっ飛んでもいいかと思ったけど、黒塗りの建物の秘密を確かめるためにもじっくり進みたい。
いつも通り魔力が切れてから、徒歩で接近する。
以前の見張り場所を通過し、町の入り口へと到達……。
ここまでは異常なし。
町は静かだった。
ドルドが言った通り、あちこちに激しい破壊痕があるものの、そのまま住めそうな家屋もある。中途半端な侵略だ。
「アンシェル。黒い建物の正体がわかった」
「何だったの?」
「金属だ。建物が金属で覆われてる。悪魔の兵器と同じ素材だと思う」
作り替えたんじゃない。
溶けた金属を上から流して、町を丸ごとコーティングしたみたいな、そんな感じだ。
《砂、鉄、そしてやはり鉄。錆のにおいすらなく、町は時の止まった金属に包まれている。ここで暮らした人々の歴史も、かつて根付いていた息吹も、すべてが黒金に押しつぶされ、その下で喘いでいるに違いなかった。この光景は一体何だ? 私は町の中央へと向かった》
ミスタージャムが先行する。行く先は町の中心か……。
僕は急がず、家屋の壁にふれた。
凹凸のない、湖面のような完全な平面になっていることから、自然現象とは思えない。何者かの作為を疑う。
罠だろうな、間違いなく……。
軽く叩いてみたけど応答なし。念のため少し待ってから、やはり何の変化も見せなかった金属壁に見切りをつけて、僕は歩き出した。
かつかつと鉄靴が金属の地面を叩く音を聞きながら思うことは、この町は直線で構成された建物が目立つということ。
背の高い家屋が多く、不揃いな大きさの歯が、隙間なく並んでいるようにも見える。
整地できない砂漠では、家の土台にできるような土地も限られている。こうしてみっちり詰め込むことで、無駄を出さないようにしているのだろう。
そう考えると、リーンフィリア様の〈豊穣なるタイラニー〉ってマジにド有能……。
戦闘街の整然とした様子とは違うけど、歴史と暮らしぶりを感じさせてくれる、趣深い町並みを歩くこと、しばし。
しかし何ら変化はなく、いつしか僕は広場らしきところに出ていた。
ここが町の中心だろうか?
鍛冶職人たちの町らしく、金床とハンマーのモニュメントがある。
黒い金属に覆われ、よりそれっぽい色味になっているそのオブジェに、違和感のある類似色が乗っていた。
“そいつ”は“言った”。
「一人で来たのですかな?」
「そうだ」
「故郷が目の前にありながら、現地人たちは留守番なのですかな?」
「そうだ」
「町の様子がおかしいことに気づいて、貴殿はそれでも仲間をおいてきたのですかな?」
「そうだ」
語調自体はのんびりと、しかし間を置かない質問の連続は、神経質な地金をうかがわせる。
「んん。ありえない」
大げさに頭を振る、そいつは。
もう、何者か問う必要のない姿をしていた。
「おまえは、悪魔だな?」
法衣のような衣服を身にまとった悪魔は、バッタにしか見えないその顔を、ニヤリと歪ませた。
「申し遅れましたな。我はアバドーンと申しますぞ。覚えておく以外にあり得ない」
作者は論者をまったく知らない。
新年一発目の新キャラがこんなのだとは・・・。
本年もどうぞよろしくお願いします!




