第百二十六話 戦史
まあしかし、バルジド親方が率いていたドワーフたちは、かつての町の人口の三割にもなろうかという大人数で、そことドワーフ戦闘街の合流は、フォーソードの問題を一時棚上げするくらいの大騒ぎとなった。
何しろ、住人の数が一気に倍くらいになってしまったのだ。移住だけでも大仕事になる。
とはいえ、元々一つの町で暮らしていた仲間。
ドルドたちは、今の住まいが窮屈になるなんて気にもせずにバルジドたちを受け入れ、個々の住居はそれから順次整備していくという方針になった。
久しぶりの町作りに、雌伏にあったドワーフたちの日常も活気を取り戻す。
それと平行して、タイラニー神もといリーンフィリア様の降臨、ボルフォーレの試練の終わりに、異大陸からやってきた人間たちの砦設計など、復興活動の歴史が、新住民たちに伝えられた。
砂漠を整地するリーンフィリア様の権能はやはりすさまじく、バルジドたちも二日目にはタイラニーアーレと叫ぶようになった。
これで神格が上がらないんだから天界ってほんとクソだわ。
町の拡張計画がまとまり、再会のお祭り騒ぎが落ち着きを見せ始めたのは、バルジド親方たちとの再会から嵐のような十日間が過ぎた頃。
僕らは再び、かの難敵への対策を立てるために集まった。
そして、事件は、会議室で起きたのだ。
※
「おい。それはどういう了見だ?」
ピリッとした緊張感が走ったのは、会議の中心議題、フォーソード対策に話が及んだ時だった。
これまで穏当に会議に参加していたバルジドが放った一言は、ドルドの真剣な面差しに吸い込まれ、水を打ったような静寂を生んだ。
待っても答えが来ないことに業を煮やしたか、再びバルジドが口を開く。
「こっちの避難場所に保管されてるイグナイトは好きに使っていいって言ってんだぜ。敵に破壊された超兵器とやらの補充は存分にやればいい。だが、オーロラ鋼もよこせっていうのは、どういうことかと聞いてるんだ。ドルド」
元より荒っぽい口調のドワーフが本気で憤慨した声は、ほとんど雷鳴の迫力だった。
誰もが心配そうに成り行きを見守る中、ドルドはおもむろに言葉を返す。
「今はドワーフの力を一つに合わせるときだぜ、バルジド。おめえの力を借りたい。それだけのことだ」
「それはわかってる。俺も出し惜しみをするつもりはない」
バルジドは一旦表情を和らげてから、やにわに目元を鋭く硬化させた。
「だが、おまえのハルバードに使うならまだしも、娘のあの超兵器に使うのは容認できない」
「バルジド。超兵器は町を守る重要な戦力なんだ。だから――」
当事者であるアルルカが、物怖じせずに果敢に話しかけるも、
「今はドルドと話をしている。おまえは静かにしてろ」
突き放すような彼の一言に押し黙るしかなかった。
実は、ドワーフ一族の復興プランの中で、唯一彼が難色を示したのがアルルカの超兵器だった。
だから、超兵器をオーロラ鋼で覆うという作戦について、バルジドが承伏しない可能性について、僕はドルドから事前に聞かされていた。
超兵器の有用性は、ここ数日で実際に防衛戦を目の当たりにしたバルジドも認めるところだ。それでも。
彼には看過しがたい点があった。
「超兵器にオーロラ鋼を使うことがどういうことか、わかってるのかドルド?」
「…………」
押し黙るドルドに、彼は断罪するように告げた。
「ドワーフ族最高の素材をあれらに使うってことは、俺たちは戦士の立場から降りるってことだぜ」
会議場がざわめく。
戦士たる自分たちではなく、超兵器に最高の素材を託す。それはつまり、バルジドの言った通りのことを意味している。そのことに、ドワーフたちは気づいた。
「そうだ」
ドルドの返答は、議場にさらなるどよめきを招き入れる。
ドルドは職人たちの長であり、また戦士団の長でもある。その彼が認めたのだ。
「完全に降りるわけにはいかねえだろうが、開拓にまつわる防衛の主戦力は、アルルカの超兵器に任せる」
それを聞いたバルジドは口元をゆがめて凄んだ。
「だったら聞かせてもらおうじゃねえか。闘神ボルフォーレの試練は何のためにあったんだ? 何代にも渡ってこの砂漠で鍛えられてきたドワーフ一族の歴史は、あの動く兵器どもの後ろで旗振って応援するための準備運動だったってことか?」
ボルフォーレの試練は伝説だ。事実とは異なるかもしれない。
戦士になるための鍛錬。そう思わせることで過酷な環境と戦っていく、過去の人々の方便だったのかもしれない。
でも、これはそういう話し合いじゃない。
伝説だろうと方便だろうと、ドワーフ一族は今日までやってきた。
それを捨てて納得できるのか、と聞いているんだ。
「戦いは変化していくもんだ」
「変わっちゃいけねえものもある」
ドルドの言葉を覆い尽くすように、バルジドは素早く言った。
「それは、“自分たちで戦う”ってことだぜ」
まわりのドワーフたちがはっとする中、彼は続ける。
「戦いを他者に任せれば、己の命を危険に晒さずに済むだろうよ。だが同時に、戦いとはどういうものかも忘れていく。実体を忘れれば、無闇に恐れ、同時に、無謀な憧れを抱くようになる。次第に、争いのない平穏こそが人の自然な状態だと思い込み、平和のために武器を取ることを矛盾だと感じ始めるだろう。だが、そうじゃない。平穏とは、草原の王が木陰で優雅にあくびをすることだ。脅威を跳ね返せない弱き者にも、戦えない者にも、本当の平穏はない。常に誰かが危険を肩代わりしているからこそ、後ろにいる連中は平和でいられる。戦いが、俺たち、生きている者たちから離れたことなど、一度もないんだ」
バルジドはテーブルに両手をついて吠えるように言った。
「だが、俺たちが戦士であることをやめたら、誰がそれを伝える? あの超兵器とかいう鉄塊が語って聞かせてくれるのか? いくらでも取り替えのきく金属板にできた傷が、戦いの大事さと恐ろしさを? 戦い方と戦いの避け方を教えてくれるのか? できやしないし、俺たちもそこまで賢くない! 大事なのは、俺たち自身が当事者であることだ。俺たち自身が、得て、失う者であることだ。俺たちみんなが語り部であることだ。そうしてはじめて人は闘争を理解し、平和の重みを知ることができる! それが戦士だ。それがドワーフ一族だ。違うか親方ドルド、ええ!?」
鋭い戦士の目線がドルドを射抜く。普通の人なら気を失ってしまいそうな獰猛な眼光に、しかし、ドルドの唇は震えることなく開いた。
「違わねえさ、親方バルジド。この〈ブラッディヤード〉が豊穣の大地だった頃、多くの生き物が戦いを忘れて暮らしていた。その平和を噛みしめることなく、もてあそんだ結果、ここは死の大地となった。こいつはただの伝説かもしれねえが、真理だとも思うよ。危険があるから、命を晒しているから、生き物は賢くなれるんだ。敵を忘れた鳥は空の飛び方も忘れる。だがなあ…………いつもいつも思うんだが、おめえは辛気くさすぎるんだよ! そんなにハゲてえのか!?」
「んなっ……!?」
組んでいた腕をほどくと、今度はドルドがテーブルの上に身を乗り出す番だった。
「どうして素材屋はこう、まだ起きてもいねえことを次から次へと勝手に重ねちまうのかねえ! しかもだいたい悪い方へ悪い方へ向かっていくと来たぜ!」
凍っていた部屋の空気をびりびりと打ち鳴らすドルドの土間声を、バルジドも負けじと押し返す。
「うるせえ! おまえが感覚頼みでやりすぎてるんだよ! 悪いことを予見して何が悪い!」
「最悪を怖がって変化の入り口で立ち往生じゃ何もできねえだろ! 先のことを予見してるんなら、どこかで食い止めりゃいい話だ! そいつを考える頭はねえのか!」
「今食い止めてる最中だろわかんねえのかヴァーーーーーカ!!」
「てめえは俺たちが完全に超兵器頼りになると本気で思ってるのか? あいつらだって万能じゃねえんだぞ!? こっちはいつだってフォローのために身構えてるんだ。ここ数日の戦いを見てそんなこともわかんねえのかチクショーメ!」
「あああああ!?」
「オオオオン!?」
あ、あれれええええええええ……?
何か、この世界に来て以来、最大級に真面目な話をしてると思ったのに。ニーソかタイツか、貧乳か巨乳かとかじゃなく、真剣に種族の未来の話をしてたはずなのに……。
いつの間にか髭の生えた中学生クラスの煽り合いにまでレベルダウンしてるよおかしいねー。
両陣営のドワーフたちが肩をすくめてるところを見ると、あっ、これいつもの光景なんだ、きっと……。
「とにかく納得いかないね。フォーソードってのが難敵なのはわかったぜ。だったら、今こそ決着をつける時じゃないか。そいつを倒す武器をどっちが先に作れるか、勝負といこうじゃないか」
ああー。バルジドは腕を組んでへそを曲げてしまった。全然可愛くないし、これはまずい。こっちはもう手詰まりなんだ。オーロラ鋼は絶対にいる。もしこれにドルドが「できらあ!」と乗ってしまったら、さらに町作りが停滞することになる。
「ったく、しょうがねえな――」
僕が固唾をのんで見つめる中、頭をがりがりとかいたドルドは。
意固地になったバルジドの前まで歩み寄ると、その場に膝をついて、頭を下げた。
『…………!?』
一瞬、ぞっとするほどの感覚の空白が、会議室を埋め尽くした。
「なっ……」
誰よりも早くそこから立ち直ったのは、頭を下げられている張本人、バルジド親方。
「何やってんだよ、おまえ!?」
彼を見下ろしていることに耐えきれなくなったみたいに、ドルドの脇にしゃがみ込み、怒鳴りつける。
「見ればわかるだろ。頭を下げて頼んでるんだ。アルルカに協力してやってくれ」
「…………!!」
ぶるりと震えたのはバルジドだけじゃない。アルルカもそうだった。
「おまえ、わかってるのか? 天下のドルド・ドンガレア・エルボが、これまでずっと変人扱いされてきた娘のために、あのアルルカ・アマンカ・エルボのために頭を下げるのかよ!?」
バルジドはさらに怒号を放つが、ドルドは平然と、そして神妙に、
「あいつの力は本物だ。俺たちにはねえ発想を持ってる。伸ばしてやりてえよ。職人として、そして、親としてな」
「ふざけるなよ!」
叫んだバルジドに胸ぐらを掴まれ、ドルドは半ば立たされる形になる。
「おまえが俺に土下座するのは、俺の作った最強の武器におまえが恐れおののいて、泣きながら自分の非才を認めたときだ! 断じてくだらない親バカのせいじゃねえ!」
「だが、こうでもしねえと俺の頼みは聞いてもらえねえだろ?」
「うるせえ! 聞いてやるから今すぐそのみっともねえ姿をやめろってんだよ! 俺はなあ、実力でおまえをひざまずかせたいんだよ! 娘のためなんかじゃなく! 俺自身を認めさせてだ! それを、こんなことでよぉ……!」
うわあ。これはまた激しいツンデレですね……。
もしかして、小さい頃からずっとこれをやってるのか?
誰が得するんだろう、これ……。
スッ……。
コレ!
【オヤジツンデレ:1コレ】(累計ポイント+4000)
あ……申し訳ありません。勝手にコレ! と出てしまいました。
うん……。実は、『リジェネシス』は、オッサンツンデレの比率が高いことでも有名なんだ。
男女比で言うと、4:0という作為的な数値が出てる。
そう。『Ⅰ』にはツンデレの女の子とかいないんだ。属性持ち美少女全盛期の時代にすごいね。
ウンコたちからは、
――どうせ考えたヤツが女なんだろ。
――キモい。ただキモい。
――その歳で素直な気持ちも言えないの? そんなんじゃ甘いよ。
と総叩きだったよ。口を閉じて崖から飛び降りろよ。
それだけだよ。話の腰を折って、ホントすまない……。
「だいたい、オーロラ鋼の研究はだいぶ前に終わってるんだ。あれの限界は見えた。だから、いつまでも後生大事に抱えてる気はねえんだ。後でこっちの地下工房に人を回せ。そこで超兵器を加工してやる」
「助かったぜ。ありがとうよ、バルジド」
「うるせえな! 娘のことで礼を言うんじゃねえよ! もっとおまえ自身のことで、俺は貸しを作りてえんだ、わかるか……」
いつの間にか、テーブルに腰掛けて仲良く怒鳴りあってる。
日常とケンカがごっちゃになってる感じ。ある意味、あれが闘争と平穏が同居した姿なのかも……。
こうして、会議は多分一番いい形で閉幕したんだけど……。
その帰り道。一人だけ浮かない顔をしている人物がいた。
「あ、あの、騎士殿……」
今回の会議の陰の当事者、アルルカだ。
あんま関係ないけど、アルルカ・アマンカ・エルボがフルネームだったんだね。
「どうしたの?」
「そ、その……ちょっと来てほしい」
彼女は周囲の目を避けるように、僕を家屋の陰に引っ張り込んだ。
きょろきょろとあたりを見回す目はいつにも増して落ち着きがなく、顔も青ざめている。
……?
「てっきりドルドに褒められて、喜んでると思ったんだけど」
「あっ、そ、それは……! うん、よかった……。嬉しかった……でも」
ミニスカートの裾をきゅっと握る。か細い声で、彼女は言った。
「バルジド親方の言ったことも……間違ってないと思う」
「ああ……」
戦いは自分の手でやらないといけないという彼の持論。
すべてに同意できたわけじゃない。僕は別世界の人間だから、平和な場所から来たから、きっと心の一番深いところが、自然と反発してしまうんだろう。
でも。
自分の手を汚さないと、人は戦いの意味をどんどん忘れて、勘違いしていく――戦士の言葉には、確かに重みがあった。
彼の言ったことは、初代アルルカ・アマンカの死をきっかけに生まれた、聖アルルカ騎士団の創設理念にも通じる。
英雄にすべてを任せるあまり、自分たちが置かれている状況を忘れてしまったサンサンドザラの町。ドワーフの町もそうなると、バルジド親方は危惧していた。
まるで、アルルカという名前に組み込まれた運命みたいなものが、ここに繋がって表れているみたいだった。
「それに……わたしの超兵器は、ドワーフ族の歴史をないがしろにするものなんだろうか?」
それもまた、彼女に突きつけられた課題。
容易に解ける内容じゃない。下手をすると、一生をかけて描き続ける壁画のような大問題だ。
彼女は揺らいでいる。夢の霧が薄くなって、何かが見え始めている。
でも――まだだ。ここはまだ、彼女を立ち止まらせる場所じゃない。
まだ走れアルルカ。
「僕が言うのもなんだけど、アルルカは、ドワーフたちをなめてるんじゃないか?」
あえて挑発的な言葉を使う。
「えっ……?」
「超兵器は確かに強力だよ。でも、戦い方は単純だし、フォーソードのような敵相手にも無策で突っ込んでいくしかない。ドワーフの戦士だったら、あんな愚を犯す?」
「あ……。しない、な……」
「仮に超兵器とドワーフたちがぶつかったとしても、ドワーフたちが勝つと思う。戦士としての格は、ドワーフの方がずっと上だよ。超兵器が活躍してるのは、同じく単純な攻撃を仕掛けてくる今回の敵と噛み合ってるからにすぎない。ドルドも言ってたけど、まだまだフォローが必要な状態だ」
「うん、うん……」
うなずくアルルカの顔がだんだんと明るくなっていくのを確認しつつ、まとめる。
「今の超兵器がドワーフたちを戦士の座から引きずりおろすなんて夢のまた夢だ。だから、君は全力で頑張れ。気兼ねなんかしてたら、ドワーフ側から見切りをつけられるよ」
そこまで聞いて、アルルカはぱあっと顔を輝かせた。
「そう、だな……! うん。そうだ。騎士殿の言うとおりだ。あの頑固親父たちが、そう簡単にどうにかなるはずなかった。それに、騎士殿の話を聞いてたらなんだか悔しくなってきた。よーし、やるぞ! おー!」
一人で呼びかけに応えると、アルルカはすっかり元気になって駆けだし、
「わあ!」
と早速コケた。
あ、ヤバい。このタイミングでのドンガラは爆発オチの予兆……。
「いたた……」
……あれ、イグナイト爆発しないのかよ! 何だよ。ビビらせんじゃ――
コン。
ん?
兜に当たって跳ね返ったものをとっさにキャッチする。
それは光り輝く――あっ。
「謀ったなアル――」
裏切りのロンリーボンバに空高く舞い上げられ、偶然にも伏せ体勢で爆風をやりすごしたアルルカを見下ろしながら、復活できてよかった、と(衝撃で)痛む胸をなで下ろす。
彼女にはのびのびと自分の道を進んでほしい。そのためなら、したり顔で生意気なことも言う。
僕は、アルルカ・アマンカの名前に借りがあるからね。
彼女はドワーフたちに評価されつつある。ドルドでさえ、頭を下げる価値があると認めたからこそ、ああしたんだ。
超兵器がドワーフを追い抜くのはまだ当分先の話。でも……。
アルルカに抜かれたと感じる職人は、きっともう出てきている。
この話をあえて12月24日に投稿する理由が見つからなかったので1日遅らせました(意味不明)
なので珍しく2話投稿です。




