第百二十三話 夢の霧
流砂を出入り口としてヤツらはやって来る――。
その一つの情報を、僕らは最大限活用した。
「つうわけでよ、東側……つまり〈大流砂〉方面は念入りに見張らせる。ここからはまだ遠いが、北西にも大きな流砂があるから、そっちも注意だな」
「タイラニック号の警戒網もそちらを厚くするよ。あと、アルフレッドたちに東側の防御壁の強化を頼んでる。すぐに援軍が駆けつけられるよう、専用通路の改良と計画表の見直し――」
「緊急配備の訓練はこっちでやっておく」
「頼む。それと――」
ドルドの家の居間で、僕と彼はテーブルを挟んで向かい合い、次の会議で報告する内容をまとめていた。
対ゲリラ戦において、敵の出現位置を予測できるアドバンテージは大きかった。
神出鬼没の奇襲がゲリラ攻撃のキモで、そこに相手に対する心理的圧迫や足止め効果などの様々な副次効果がついてくる。
しかし予測ができれば、そのダメージを軽減できる。
もちろん、その裏を掻かれることを注意する必要はあるけど……。
「だいたいこんなもんか。あとは会議に出して、他の連中が何か思いつくか、だな」
一段落ついたところで、ドルドが首をほぐすように回した。
僕も同意して一息つく。
正直、今回の調査の成果を過小評価していた。
わかったのは、敵が地下にいたということだけ。
流砂の中を移動していることは確かだけど、それ以外の可能性がまだなくなったわけじゃない。砂のすぐ下に隠れているだけということもありえる。
でも、このドワーフの親方は、それを込みで色々な配置変更を示してきた。
豪放かと思えば小さなことにも気を配り、しかし詰め切れないとわかれば、すぐに切り捨てて全体への視野を失わない。
一瞬の油断も見せない。まさに戦士の一族だった。学ぶべき点はとても多い。
それに、迂闊だった。
タワーディフェンスにおいて、敵の出現ポイントがわかるのは重要じゃないか。
脆いユニットや施設を遠ざけ、迎撃に最適な配備を敷く。定石中の定石だ。
後は敵の陣容がわかればなおよしなんだけど……リトライコマンドがない現実では、気軽な下見には大きな代価を支払うことになる。ないものねだりは厳禁だ。
「巣穴を完全に潰せるのが一番なんだが、そこは地道な調査がいるな」
ドルドが忌々しげにつぶやくのを、拾う。
「そこは僕に任せて。怪しい流砂があれば潜って調べる。こっちは何時間でも耐えられるからね」
「頼りにしてるぜ」
と。
「あああ、あれの設計図はどこにやったっけ。こんな時のためにあれをデザインしていたのに……」
頭の中の言葉を口から溢れさせながら居間を横切ったのは、アルルカだった。
部屋の隅に立てかけられていた石版を適当に漁ると、かぶりを振って、またうろうろし始める。
ああ、またか、と僕は思った。
ドルドとアルルカはしょっちゅう引っ越しをしている。
二人とも開拓において常に先頭に立つため、町が拡張するたびに拠点を変えているのだ。
その際、作り溜めておいた超兵器の設計図が行方不明になることがよくあると、このまえ愚痴っていたばかりだ。
「おい、アルルカ」
ドルドが呼び止めると、彼女ははっとした様子でこちらに振り向いた。
「あっ、き、騎士殿じゃないか。な、なんだ。来ていたのなら、声をかけてくれ」
とりあえず父親を無視するのがデフォ。
僕は兜の中で苦笑いしつつ、片手を挙げて挨拶する。
「だいぶ景気が良さそうだな。しっかり研鑽してるか?」
娘の態度が物語る真意をカケラも忖度せず、ドルドはからかうように再度呼びかけた。さすがに二度はやりたくなかったのか、アルルカはむっとした顔で応じる。
「当たり前だ。超兵器は町の守りの要。常にバージョンアップが求められている。何が必要なのか、わたしは考える努力を怠らない」
「そうかい。ならいいがな。だが、中身を詰めるにも限度があるからな。どうだ? 息抜きに、たまには鍛冶の勉強でもしてみねえか」
「そんな暇はない。父さんこそ、最強の武器作りはどうしたんだ。ロマンをなくしたドワーフなんて、ただのヒゲの塊だ」
ふんっ、と鼻を鳴らすと、アルルカは階段を駆け上がっていった。
悪態をつく娘に、少しもしょげた様子を見せず、ドルドはその背中を見送る。
「自分の夢の置き場所が見つかって、あれもずいぶん元気になりやがった」
嬉しさをこらえるような、曖昧な微笑を浮かべて言う。そこには、娘の成功を素直に祝えない、不器用な男の面影があった。
「騎士殿たちが来た時がちょうど瀬戸際だった。本人も相当追いつめられてたみたいでな。自分が信じられなくなって、親からはぐれた子供みてえに心細そうだった。夢の終わり際っていうのは得てしてそういうもんだが、見てて気分のいいものじゃねえ」
一つの情報から様々な戦略を立てるドワーフでさえ、アルルカの超兵器は手に余ってたみたいだしなあ。
まあ、自陣にパンジャンドラム転がしてくるような子じゃ、しょうがないか……。
「それが今じゃ、町を守る兵器の第一人者だ。あいつを見る同族の目も日に日に変わってる。こういう超兵器はねえのか、って催促するヤツまでいてな。これも全部、女神様……いや、騎士殿のおかげだな」
「それほどでもない……と言いたいところだけど、これは大事なことだからはっきり言うよ。僕らは確かに彼女を支えるために行動してる。でも、アルルカを支えたのは僕だけじゃないんだ。超兵器のパーツを作ってくれた工房の人たちや、イグナイトを無理矢理捨てさせなかったドルド、みんながもっと前から彼女を支えてた。その集大成が現れるタイミングに、僕らは立ち会っただけ。みんなが頑張った結果だよ、これは」
「謙虚だな」
「それほどでもない」
やっぱり騎士である以上、謙虚でナイト。
「ところで、さっきアルルカが言ってた最強の武器作りって? 前にも、アルルカがロマンがどうだとか言ってたことがあったけど」
僕が話を切り替えると、ドルドは「ム」と小さくうなって、小岩のように盛り上がった肩をぼりぼりと掻いた。
「まあ、何だ。若気の至り、いや、職業病みたいなもんかな」
珍しく歯切れの悪い言い方にちょっと興味が湧く。
「気になるな。戦士の一族が考える最強の武器が何なのか」
「少し長い話になるぜ?」
「どうぞ」
どうせこの後に予定はない。
ドルドは苦笑して見せた歯の隙間から、忍び笑いにも似た溜息をもらし、そして語り始めた。
「鍛冶屋はみんな夢を見るんだ。自分が作った武器が、世界の戦場を席巻する光景をな。持つ者を無敵に押し上げ、あらゆる敵を打ち倒す。最強の武器ってやつだ。ドワーフ一族はみんなそれを追い求めてきた。種類は? 剣か、槍か? 形状は? 長いのか短いのか? 材質は? 硬いのか、柔らかいのか? 騎士殿は何が最強だと思う?」
最強の武器……。
聞かれてみるとわからない。何だろう? 銃? ミサイル?
《いちごジャム》
言うと思ったよ。
今は真面目な話をしてるんだからすっこんでてくれ主人公。
「俺の場合はこれだった」
僕が考えている間に奥の部屋に行っていたドルドは、一本の長物を手に戻ってきた。
「! ハルバード!」
「知ってるのか。さすがは戦上手の女神の騎士だ」
「知ってるもなにも、それはポールウエポンの最高傑作だよ」
ハルバードは槍、斧、かぎ爪を組み合わせた棒状武器で、刺突、斬撃、打撃に加え、かぎ爪で相手を引っかけたり、足を絡め取ったりと、多様な使い方ができる。
その対応力の高さと、見た目の美しさから、武具としての評価は極めて高い。
「そこまで言われると、ちと照れるな」
ん……? どういうことだ。どうしてドルドが照れる?
まさか。
「ハルバードを発明したのはドルドなの?」
「そうだ。見たことねえ武器があるっつって、船で買いに来たヤツが大勢いたから、俺が作ったのが世界初で間違いねえだろう」
驚いた……!
そういえば、『Ⅰ』のとき、ハルバードで武装した帝国兵はいなかった。
武芸百般の女神の騎士の武器にも、ハルバードはない。
二百年前にはまだ存在しなかったと考えれば納得がいく。
僕の世界では、長柄兵器の一つの頂点として君臨するハルバードを、この世界ではドルドが作ったのか……。すごすぎる……!
「あれ、でも、ドルドって普段は……」
「ああ。今の得物はあっちだな」
部屋の隅に立てかけてある、ACPのバケモノみたいな棍棒に目をやる。
これまでの防衛戦で使われていたのはこの棍棒で、ハルバードは一度も握られていない。
「どうして使わないの?」
「自分への戒め……っつうと大げさだが、心境の変化だな」
ドルドは天井を見上げる。けれどその視線は、もっと遠いところに向けられていた。
「あの頃の俺は、戦場に大量に武器を持ち込むのに凝っててな。武器は多い方がいい。色々な状況に対応できる。だが、戦場に持ち込める武器の数は限られてる。そこで思いついたのが、一つの武器に複数の機能を持たせることだった」
それがハルバード。
槍という武器に、斧と鉤という攻撃手段が追加されている。
自身も戦場に身を置く戦士だからこそ、何が必要で、何が必要でないかが、経験でわかったのだろう。そして行き着いた理想型がこれだったわけだ。
そう考えると、戦士であり鍛冶屋であるというのは、極めて合理的に思える。
「確かにこいつは強力な武器だった。外から大勢の客が来たし、仲間内での評判もよかった。俺が親方になったのも、この発明の後押しがでかかったな。しかしな。こいつにも欠点はある」
ドルドはハルバードの長い柄を一撫でする。
「槍、斧、鉤、それらすべてを使いこなせないと、こいつには意味がねえ。習熟に時間がかかるんだ。槍しか扱えない者が持てば、残り二つの機能は死に、重しにしかならねえ。こいつが全力を出すためには、使用者に高い技量を求めるんだ。すると、だ……」
彼の目が、槍部分の切っ先と同様に鈍く光った。
「最強なのは、この武器なのか? それとも、戦士の方なのか? って疑問が湧いてくるわけだ」
「なるほど……」
でも。
「ああ、言わなくてもわかる。強さってのは武器と持ち手のトータルだ。だがそれを言っちゃあ、鍛冶屋は最強っていうロマンを追えなくなる」
僕の言葉を直前で遮ったドルドは、溜息と共にこう続けた。
「で、追えなくなったわけだ。俺は」
そういうことか……。
ドルドは自身が作った傑作によって、最強の武器という夢を追えなくなった。
だからアルルカは、ドルドに向かってロマンがどうとか言ってたわけだ。
あの悪態は、ロマンを追わなくなった父親に対して、発破か、あるいは励ましのつもりなんだろうか。自分が超兵器のロマンを追っているからこそ、なおのこと気に入らないのかもしれない。
「最強の戦士、最強の武器、最強の魔法、最強の生物……。小さな子供でも理解できる簡単な言葉だが、現実には無敵じゃなく……欠点があって、いずれ何かに敗れ去るものだ。一時だけの最強。だが、誰もが知る最強ってのは、そういうもんなのかね?」
限られた条件下での最強、ではケチがつくのも当然だろう。
「最強ってのは、人にとって甘い夢なんだよ。一度もあったためしがねえのに、歴史から消えたこともねえ。形のない、概念。憧れ。幻想。夢……」
「ドルドは夢を捨てたの?」
僕は端的に聞いた。アルルカが捨てなかったものを、彼はすでに捨てたのだろうか?
「アルルカに言わせりゃ、そうなんだろうな」
彼は少し自虐的に言ったが、すぐに口元に自信ある笑みを取り戻す。
「だが俺に言わせれば、夢っつう曖昧な霧の中から、本当にやりたいことを掴んだ、ってことになる」
「それは……。あ、もしかしてそれが、あの棍棒なの?」
「そういうことだ」
彼はACPに目を向けた。
「ハルバードと違って、使い方は一目でわかる。力任せにぶっ叩くだけだから習熟もいらねえ。扱いを間違えて自分を傷つけることもない。誰でも使えて、何より、簡単に大量に作れる。これから戦いが激化するだろうこの町には、うってつけの武器だ」
「うってつけ……」
その単語に込められた力強い響きに、一つの考えが思い当たった。
「ひょっとして、それがドルドの見つけた答え?」
「ああ。最強じゃなく、最適の武器、だ」
誇らしげに言う。
「ロマンはだいぶ減っちまったように見えるが、こいつはとんでもない難敵なんだぜ。最強は、俺が思い描くサイキョー! で済むが、最適ってのは常に相手がいる。その戦士がどんな敵と戦い、どんな武器が得意で、どんなものを求めているか。あらゆる要素を煮詰めていかないといけねえ。しかも戦士も戦場も刻一刻と変化するから、のんびりと観察してるわけにもいかねえ。これまでの鍛冶仕事の全蓄積プラス、インスピレーションを総動員。全身全霊の大仕事さ」
何だろう。何だか、聞いててワクワクしてきてしまう。
ロマンは本当に減ったか? いや、そんなはずない。
僕は自然と拳を握りながら言っていた。
「いいと思う。最適な武器にも、最強の武器並のロマンがあると思う。その人にしか合わない、世界で唯一の武器。うん、いいよ。十分じゃないか!」
専用武器。現地改修。独自進化。
最初から揺るぎない最強として君臨する武器もいいけど、必要に応じて絶えず変化を繰り返してきた泥臭い武器にも十分ロマンがある。
魔改造された旧式なんて、男の子なら舌なめずり不可避だ。
「へへっ、わかってくれるたぁ嬉しいねえ」
ドルドは少年のように鼻をこすりながら笑った。
「アルルカが知ったら同意してくれると思うよ。ちゃんと話したの?」
「まあ一応な。だが、やっぱり最強からすると最適は格落ちらしい。妥協だとか、逃げだとか吠えてたよ」
「ああー。伝わらないかー」
「感性の問題だからな。伝わらなくても、良いも悪いもねえ。話が合うと嬉しいがな」
僕とドルドは笑い合った。感性が一致した時の、この何とも言えない喜びは、ある種、官能的と呼んでもいいほどだ。
不意に、彼の目に宿った無邪気な光が引き、かわりに落ち着いた声音が僕に向けられた。
「アルルカはまだ夢の中にいる。曖昧な霧の中を、真っ直ぐ駆けている最中だ。いずれあいつも、霧の中から何かを選ぶ時がくるだろう。それは何かを捨てる時でもある。あれは調子に乗りやすいが、わりとヘタレだからな。もしそん時に苦しむようだったら……。助けてやってくれとは言わねえ。近くにいて、悩み抜くのを待ってやってくれねえか。俺だと、横からあれこれ言っちまいそうだからよ」
そう言ったドルドの眼差しは真摯で、頼み込むようで、僕に気安い返事を許さなかった。
娘を託す不器用な父親の心境を、僕が計り知れるはずもない。
だからせめて、居住まいを正して、男らしい答えを――
「うわああああ! 騎士殿! 爆友!」
しんみりした空気は、突然階段から転げ落ちてきたアルルカによって蹴散らされた。
何だよアルルカ! 男と男の会話だぞ!
非難を込めて向けた目は、涙目の彼女が両手で掴むイグナイトに吸い込まれた。
光のプロミネンスを纏った不思議な鉱石は、すでに起爆までのカウントダウンを半ばまで済ませているようだった。
ちいっ! イグナイトはアルルカの心境に大きく影響される。超兵器の設計図が見つからずに焦った結果が反映したか?
「さてと……」
見れば、ドルドはすでに、部屋の床に掘ってある塹壕に身を潜めている。
さすが戦士! 引き際を心得てる!
「ど、どうしよう……」
ヘタレ軍人少女となったアルルカの情けない顔に、僕は落ち着いて呼びかけた。
「慌てるな。これまでの経験から言って、起爆にはまだ少し余裕はある。ここに座って」
僕が隣の椅子を指し示すと、アルルカは素直に従った。
「いいかい。イグナイトは君の心の揺らぎに大きく反応する。逆に言えば、君が冷静になれば、イグナイトも沈静化するかもしれない」
「ほ、本当か……?」
「確証はない。でも、成功すれば大発見だ。さあ、落ち着くんだアルルカ。深呼吸して」
「すうはあ、すうはあ……」
イグナイトの煌めきは強くなっている。アルルカも全然落ち着いてない。
彼女を安心させなければ。
僕は全力で平静を取り繕い、思考を巡らせる。
イグナイトの暴発は、彼女に悪夢を見せてきた。目覚めた時に言いしれぬ孤独があった。まだその感覚が居座ってるんだ。説得を試みる。
「大丈夫だ。気を楽にして。僕はここにいる。逃げずに、いつも君のそばにいる」
「え、えっ……」
アルルカの顔に赤みが差す。慌てている? クッ、このままじゃダメだ。
「特別なことじゃない。僕が隣にいることは、当たり前の日常だ。たとえイグナイトが爆発しても、目覚めたとき、僕はちゃんと君の隣にいる。君は独りにならない。悪夢も見ない」
「き、き、騎士殿がいつも隣に? め、め、目覚めたとき、わたしの横に……?」
何か呼吸が余計に荒くなってないか? おいどうした!? 僕は説得の方法を間違えてるのか? イ、イグナイトが、もうヤバイ……! 急げえ!
「そ、そう。だから何も心配はいらないんだ! 僕は、決して君を独りにしな――」
「~~~~っ!」
カッ!!
作戦は失敗に終わった……。
今回もダメだったよ。あいつは人の話を聞かないからな。
やたら長い上に会話回。作者は楽しいパターンですねクォレハ・・・。




