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第百二十話 首なし

《漆黒の悪魔は、砂と鉄屑でできた玉座に、傾ぐように座していた。かつて神々に弓引いた強靱な巨躯も、その中で渦巻く果てしない狡知も、この末路を見た後では、ただ空虚なだけだ》


 主人公の述懐が、霧がかった僕の頭の中をゆっくりと流れていく。


〈契約の悪魔〉。

 帝国の皇帝に、臣民一人と兵器一つを交換する取引を持ちかけた悪魔。


『Ⅰ』のラスボスだった存在。


『Ⅱ』は。

 この世界は、蘇った〈契約の悪魔〉によって滅ぼされたんじゃないのか?

 各地に蔓延る悪魔の兵器は、ヤツが使役してるんじゃないのか?

 どうして、こんなところで朽ち果てているんだ?


「ほ、本当に〈契約の悪魔〉なの……?」


 恐る恐る口にされたアンシェルの疑問に、少しだけ僕の思考が回復する。


「今、調べる」


 僕は、魔王が埋もれる窪地へと滑り降りた。


「気をつけなさいよ。本当に死んでるの?」

「それは間違いないよ。ヤツには……」


 首がない。


 切り落とされていた。


 女神の騎士――先代がやったのだろうか?

 ゲームではそういう描写はない。しかし、首を落とすのは極めて確実な殺害方法だ。絶対に討ちもらせない魔王に対してなら、そうするのが正しいだろう。


 光る左手を向けながら、僕は〈契約の悪魔〉の死骸に近づいた。


 間違いない……。


 座り込んだ状態でも四、五メートルはある長躯。

 浮き出た骨格が、そのまま筋肉と一体化して鎧になったような黒い外皮。

 象嵌された魔法陣を思わせる、不可思議な形状の腹筋。


 見覚えがある。こいつとは何度も戦ったんだ。首がなくとも見間違えるはずがない。


 何より決定的なのは、手の形だ。


〈契約の悪魔〉の手は、対趾といって、インコの足のように指と指が向かい合っている。人間で言うと、小指が親指と同じ向きになっていて、ものをがっちり掴めるようになっているのだ。


 シャックスやサブナクがそうでなかったところを見ると、この形は〈契約の悪魔〉特有のものだと思っていい。

 こいつは本物だ。本物の〈契約の悪魔〉だ。


 でも、だとしたら、どう考えればいいんだ?

 僕が『Ⅱ』の主敵だと思っていた〈契約の悪魔〉は、どういう経緯かはわからないけど、ここで死んでいる。


 見た目からして、昨日今日ここに落ちてきたわけではなさそうだ。

 ずっとずっと前。もしかすると、あの戦いのあった二百年前なのかもしれない。


 じゃあ、今動いている悪魔の兵器は、誰が生みだし、操っているんだ?

 僕らは今日まで誰と戦っていたんだ?

 世界を滅ぼしたのは誰なんだ?


 答えが見つからない。クソッ……。


「騎士様、今回の元凶は〈契約の悪魔〉ではなかったのですか……?」


 珍しく、リーンフィリア様が質問を向けてきた。

 戦いは女神の騎士の領分。彼女が口を挟むことはまずない。が、今回のこれは僕らの戦略そのものを大きく揺らがす事態だ。問わずにはいられなかったのだろう。


「わかりません。でも、色々考え直す必要がありそうです」


 そう返したとき、小さな異音がした。

 流砂の音に混じって聞こえた、不自然な砂の音。


「…………」


 僕は〈契約の悪魔〉の死骸を見る。

 さっきと変化はない、ように思えた。


「アンサラー!」


 僕はその場から飛びすさると、聖銃を構え、

 即座に撃った。


 巨大な砂柱が上がったのは、魔法弾が地面を抉るタイミングより、一瞬だけ早かった。


「こいつ……ッッッッッッ!!!」


 僕は左手の光を洞窟の天井付近に向けながら声を振り絞る。

 魔法の光線でも照らしきれない黒い塊がよぎった。


「どうしたの騎士!?」

「首なしで動きやがった!」


 叫びながら、体を前に投げ出す。

 僕のいた場所に巨大な黒い影が墜落し、激震と共に砂埃を巻き上げた。


「こいつ、生きてる……! 僕を狙ってきてる!!」


 自分の声が弾んでいることに、僕は驚かなかった。


 これは……これなら、いい!

 これなら何も問題はない!


 アンサラーの引き金を引く。まばゆい光が〈契約の悪魔〉の黒々とした筋肉の盛り上がりを浮き上がらせ、しかし直撃することなく砂の中へと沈み込んだ。


 再び轟音と激震。

 頭上から落ちてくる砂の量が劇的に増大した。この反応は……!?


 天井が崩れかけているのか?

 このままアンサラーを使い続けるのは危険だ!

 聖剣カルバリアスを逆手に引き抜き、斜めに構えた。


「首を落とされてもまだ死なないとはなあ!」

「何嬉しそうにしてんのよ、あんた!?」

「死んでたら謎だらけだけど、生きてるならこれまでと何も変わらない。倒せばいいだけだ!」

「……一瞬たりとも動揺しないところは、面倒がなくていいわ」


〈契約の悪魔〉が、不気味な形をした腹筋の前で手を広げた。


 このモーション――!!


『Ⅰ』の世界を救った騎士たちなら誰でも知っている。

〈契約の悪魔〉の腹部は、筋肉が魔法陣化していて、そこから〈エスカトロジス〉と呼ばれる極太のレーザーを放ってくるのだ。


 発射口を手で塞いだ場合は、指の形によってレーザーの放出角が変化し、拡散レーザーとなって回避が困難になる。


 拡散の形状は実に三パターンもあり、指の形を一瞬で見切る洞察力が必要だ。


 しかし!

 初見でもない僕に今さらそんな攻撃が通用するか!


 ヤツの指の形状を目視した瞬間、足が勝手に僕の体を安全地帯へと駆け込ませる。馴染む! ゲームから現実に移っても馴染んでいる! ここからさらに、無防備なヤツの側面に斬撃を叩き込んでや――


「るおおおおおお!!?」


 体の左半分をかつてない衝撃が襲い、僕は後方に弾き飛ばされた。


 柔らかい砂に受け止められても、体はすぐには止まらない。

 兵器の残骸混じりの砂山に突っ込んで、ようやく停止したものの、頭の中はまだそこらを七転八倒していた。


 半身の感覚がない。

 右手で左胸のあたりをさわっていなければ、体の半分が消し飛んだと言われて信じてしまったかもしれない。

 直撃を受けたのだ。


 なんで、だ……!?

 僕は這いつくばったまま、どうにか目を〈契約の悪魔〉へと向ける。


 そこで、どうして〈エスカトロジス〉をかわしきれなかったを理解した。


 ヤツの手の一部が消し飛んでいた。

 本来ならそんなことは起こりえない。自分の放ったレーザーに手が耐えきれず、それによって拡散する形が変化したのだ。


 本調子じゃない。首を落とされて弱っている証拠だ。


 しかしこれはまるで、経験者を狙い撃ちにするような攻撃じゃないか!


「フ、フフフ、ウフフフフ……」

「え、ちょっ……。何笑ってるのよ……」


 アンシェルの声が上擦る。


「いや、なに……。とてもいいと思ってね……」

「な、なに言ってるの……やめなさいよそういうの!」


『Ⅱ』のラスボスは〈契約の悪魔〉ではなく別にいる、という懸念は一時保留だ。


 首なしの胴体がここまで動けるなら、首の方はもっと元気である可能性もある。

 先のことは不明。だから、そこへのジャッジは今はできない。


 が……!


 スッ……。

 コレ! コレ! コレ! コレ! コレ! コレエエエエエ!


【変わり果てた前作ラスボスとの再戦:6コレ】(累計ポイント+3000)


 かつての宿敵との再会。そして戦闘。


 そうだ……。華々しい舞台なんかいらない。

 変わり果てた魔王との戦いは、荘厳で邪悪な神殿ではなく、墓場を思わせる、この陰気な地の底こそふさわしい!


 滾ってきた……滾ってきたぞ!!


 僕は胸の前で腕を交差させた。

 腕に刻まれたルーン文字と、鎧に刻まれたルーン文字が重なりあって、通常とは異なる機能を発揮し始める。意図的な魔力の暴走――


「第二のルーンバースト……!」


 リミッター解除。


 兜の口元にあるぎざぎざの意匠が怪物のあぎとのように開き、そこから炎が吹き出た。

 この限られた空間で、細かな駆け引きはかえって危険。短期決戦こそが活路となる。


 さっき食らった攻撃のダメージはハンパじゃなかった。これまで味わったこともない衝撃で、今もまだしびれが残ってる。前作ラスボスは伊達じゃない。


『Ⅰ』では、復活した地上の人々による女神の信仰と、あり得ないほど強力な武器スキルに守られて、こいつと戦った。

 今は、そのどちらも完璧とは言い難い。


 だから、おかしなことをされる前に、こちらの最大戦力をぶつけて圧殺する!


 勝負だ、デモンオブギアス!


久しぶりに活き活きする藁蛮神の騎士殿

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― 新着の感想 ―
[一言] 逆に言うと、前作の敵相手にしかまともに戦えない主人公…… 蛮族の神の騎士という称号がしっくりきちゃう……
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