第百十八話 砂の川原にて
砂漠調査隊は、僕とドルド親方を含めて合計四名。
目撃した本人はまだ樽化していない若ドワーフだったため、同行を止められた。
目撃地点は、ボルギンソンたちが避難していた坑道から東にだいぶ行ったところで、若ドワーフはシムーンに飲まれて方角を見失い、そこにたどり着いてしまったという。
〈大流砂〉とは規模が違うけど、そこでも流砂があるそうだ。
ここからそれほど離れているわけでもなく、往復分に二日、調査分に一日の、合わせて三日がスケジュールとして組まれた。
「みんな、ちょっと待ってくれ!」
出発を目前に控え、外で背負う荷物の最終チェックをしているところで、僕らの前にアルルカがやって来た。
棒状のナニカと、大きな饅頭型のナニカをドワーフたちに運ばせているが――もしかしなくても、彼女の発明品のようだ。
「今回の調査に役に立つものを持ってきた」
「ああ……?」
あからさまに胡散臭げなドルドの顔には一瞥も向けず、彼女は僕と残り二人のドワーフに説明を始める。
「一つ目はこれ。その名もディガーフィッシュだ」
アルルカは筒状のものを示す。
直径は十センチ以上。全長は二メートルはある大物だ。
そ、その形状は――
「目撃者の証言から、敵は砂の中に潜って移動していることが考えられる。その場合、地上からどれだけ武器で叩いても効果は薄い。そこでわたしはこれを生み出した」
その口振り、そしてその名前からして、まさかこれは――
「この爆弾は、地中の敵を追尾して、岩盤とかそういうのごと相手を粉砕する!」
やはりバンカーバスター!
おいアルルカ!? これは有効な軍用兵器だぞ!? 何か悪いものでも食べたのか!?
実物は高々度から落下させて地下まで到達させ、その後爆発する仕組みらしいけど、柔らかい砂の上なら、その必要はないということなのか? まさかそんな計算を!?
「なかなか良さそうじゃねえか?」
「そうだな」
ドワーフたちも何かに勘づいたのか、うなずき合っている。
上々の反応に気をよくしたのか、アルルカはミサイルを抱え、
「使い方は簡単だ。こうして先端を地面に刺すと、後は勝手に――」
ずぶずぶずぶ……。
「あっ……」
ディガーフィッシュはみるみるうちに赤い砂に潜り、お尻の部分をわずかに残したところで停止した。アルルカは大慌てになり、
「ま、待っててくれ。すぐ掘り出すから……」
「待てるかアホ。砂に埋もれたものってのは、そう簡単に引き上げられるもんじゃねえ。もういいか? そろそろ出発してえんだが」
ドルドが鼻を鳴らすと、
「まだだ! こっち! こっちは大丈夫!」
そう言って彼女は、饅頭型の物体を指し示した。
かなりでかい。何となくルンバや変形したアッシマーを思わせる形だ。
「これは流砂の上を移動するための乗り物だ。空気を吐き出して少しだけ浮くことができる。これから調べに行くところでなら使えるはずだ」
今度はホバークラフトだと……!?
確かにこれなら、砂漠の移動も楽になる!
「こうして、ここの動力源を起動させれば、空気を吐き出して――」
どばばばばば……。
「ふモォ……!」
あっ……。
「おい、誰か。アルルカのヤツが砂に埋まった。後で掘り出してやってくれ。よし、騎士殿、そろそろ行くぞ。準備はいいか?」
ああ、やっぱり今回もダメだったよ。
というわけで出発!
※
並の生物ならあっという間に力尽きてしまうであろう赤い砂漠の旅は、ドワーフたちにはピクニックと大差ないようだった。
先頭を行くドルドの足取りは軽く、僕の後ろにいる二人のドワーフに至っては鼻歌まで歌っている。
頭数さえ揃えられれば、七人の小人にも見えただろう。ゴツすぎるが。
砂漠は同じ景色がずっと続く。ごくまれに岩山が見えることもあったけど、基本的には砂丘しかない。
振り返って見えるドワーフ戦闘街が、唯一、歩いた距離を測る目印だ。
が。
「あのへんだな」
歩き始めて半日ほど。
地図を見ながらつぶやいたドルドがどこを目指していたのか、僕にもすぐわかった。
なぜか砂丘の数が一気に少なくなっているのだ。
一つ一つの間隔も広い。
そして……。
「何だ、あれ……!?」
僕は思わず立ち止まって声を上げていた。
砂が流れている。
本当に川のように、砂丘と砂丘の間を。
「あれが流砂だ。見るのは初めてか?」
「初めてもなにも、どうなってるの、これ!?」
叫びながら砂丘を滑り降りると、興奮しながら砂の川に手を突っ込んだ。
すくい上げてみたけど、水気はまったくない。
完全にただの砂だ。
流砂の正体は、実は、水を大量に含んだいわゆる泥だ。
一見してただの砂地なんだけど、すぐ下では水気がたっぷたぷになった泥が隠れており、そこに足を突っ込むと抜けなくなってしまうというわけだ。
なのにこれはどういうことだ? 本当に砂が流れてる……! ゲームや映画のように……って、ああ!
「気に入ってもらえたかい。よそではどうだか知らんが、これが〈ブラッディヤード〉の流砂だ」
ドルドがニヤリとしながら言う。僕はうなずき、この不思議な世界をもう一度まじまじと見つめた。
流砂は浅い川のように、僕の鉄靴を撫でていく。
人を引きずり込むような激しさはない。素手を突っ込めば、柔らかい砂にくすぐられるような感触があるのかもしれない。
赤い大地がゆるゆる流れていくという、ファンタジックな光景。普通に生きていたら、なかなか見られるもんじゃない。
この世界に来てから僕は、百回生まれ変わっても見られない景色を何度も見ている気がする。
荷物が流されないよう砂丘の上にまとめ、僕らは調査を開始した。
砂丘の背が低いのは、砂の流れによって常に丘が崩されているからのようだ。おかげで、丘の底を歩いていても周囲がよく見える。
「……っと!?」
僕はよろめいて尻餅をついた。
「どうした、騎士殿。砂に足を取られたか?」
ドワーフの一人が声をかけてくれる。
「いや、何だか、平衡感覚がおかしくなって」
「ああ。そりゃ砂のせいだ」
彼はごく当たり前のことのように言った。
「地面は動かねえって先入観があるから、まわりで砂が動いてると、自分の体が勝手に動いてるみたいな錯覚を起こすんだよ。それで慌てて転んじまうのさ。俺もガキの頃によくやって遊んでた」
「なるほどなあ……」
正面からまじまじと見据えれば、砂が動いてもどうってことはない。
でも、それが視界の端だけになると、途端に意識が狂う。
これは確かに、遊びとしては楽しいかもしれない。
「シムーン対策ができたら、みんなとここに遊びに来たいな。ねえアンシェル?」
「いいから、今は調査に集中しなさい」
羽根飾りからはそっけない返事が来ただけだったけど、背後からは楽しそうな会話がちょっと聞こえてきていた。
それからも僕らは持ってきた棒で砂を突いたり、足で踏みならしたりしながら、それらしい場所を探した。
目撃者の話では、ここにいた悪魔の兵器は中型のサソリ。
サイズは軽く人間以上だし、複雑な形状のヤツらが砂に潜るにはそれ相応の空間が必要だ。
しかし見つからない……。
証言があるとはいえ、たった四人で探すには、この砂漠は広大すぎる。
果たして発見できるのだろうか。
太陽はだいぶ傾き始めている。
今日は移動日として計算されており、本格的な調査は明日を丸々使って行う。
落胆するのは、明日の夕日を眺めながらでいい。
――が。
「ん? お? お? うおおおお!?」
僕は声を上げた。
それまでくるぶしを埋める程度だった砂が、いつの間にか僕のすねを半ばまで呑み込んでいた。叫んでる間に、膝に到達する。
「どうした騎士殿!」
「見つけたのか!?」
集まってきたドワーフたちが、僕の姿を見て絶句する。
すでに下半身が砂に埋まっていて、身動きが取れない状態だった。
無理に出ようとしてもがいたことが、逆に体を砂中に沈める結果をもたらしていた。
出発前にドルドが言っていたけど、砂に埋もれたものは本当に抜けなくなるのだ。
な、なんてこった……!!
「やべえ、騎士殿が砂に呑み込まれる!」
「ロープを持ってこい! クソッ、何だこりゃあ!? まるでここだけ〈大流砂〉みてえだ!」
「ダ、ダメだ、引き込む力が強すぎる! 俺たちまで呑み込まれるぞ!」
ドワーフたちから悲痛な叫びがもれる中、羽根飾りから声が響いた。
「親方たちは手を離して! 騎士殿、慌てずによく聞いて!」
それは通信手のアンシェルではなく、マルネリアの声だった。
「ボクの聞いたところによると、〈ブラッディヤード〉の流砂には必ず出口があるんだ。呑み込まれてもいずれは出られる。こんなこともあろうかと、騎士殿の鎧に、呼吸のルーン文字を仕込んでおいた。あごの右あたりにあるから、すぐにさわって!」
マルネリア有能すぎか!? 僕は言われたとおり、あごの右らへんをさわる。すると、何かの魔力反応があったのがわかった。
「騎士殿は鎧を着てるし、女神の騎士でもあるから、砂で圧死みたいなこともないと思う。とにかく冷静に、砂の流れに身を任せるんだ。そして吐き出されたら、町に戻ってくればいい」
「わかった。そうするよ」
すでに胸まで砂に埋もれながら僕は返した。一応の安全が確保されると、このピンチも何だかわくわくに変わってくる。果たしてこの先に何が待ちかまえているのか?
砂上で心配そうに見守る親方たちを見上げ、
「どうやらここが目標のポイントみたいだ。ちょっと調べてくるから、親方たちは先に町に戻ってて」
「大丈夫なのかよ、騎士殿……」
「最近まったく活躍してないんだ。このへんでいいところ見せないと、そろそろ僕を廊下の置物と勘違いする人が出てくる」
そのセリフを最後に、僕は親指を立てたまま、砂の中へと沈んでいった。
ダダンダンダダン! ダダンダンダダン!(ターミネート感)




