第百十七話〈大流砂〉
「女神様。今日、ついに、砂漠で他のドワーフと出会いました。散り散りになっていた同胞たちです!」
イケメン若ドワーフであるエリックが祭壇前で語る大発見を、僕らは〈オルター・ボード〉を通じ、天界で聞いた。
悪魔の兵器に対応する環境が整い、後はその土地の住民たちによる頑張り次第。ということで、時間を進めるため天界に戻ったのだ。
まあ、砂漠の整地はリーンフィリア様しかできないので、一日おきくらいに地上には降りてるんだけどね。
当然というか何というか、築城衆も地上に残った。
彼らは地上で生きる者として、他のみんなと同じ時間を共有する必要があるとか何とか。
人間たちがドワーフの土地に来て三ヶ月。
町も安定しているし、そろそろ〈ヴァン平原〉に凱旋してもいいのかもしれない。
「女神様、騎士殿。ちょっと頼みがあるんだが、聞いてもらえるかい」
エリックの報告から一時間後くらいに、今度はドルドが祭壇を訪れた。〈オルター・ボード〉に「!」というイベントマークが出る。
クリエイトパート安定までにやたら時間がかかった気がするけど、〈ブラッディヤード〉攻略は次の段階に入ったようだ!
※
「あっ!? 騎士殿!? い、いつ地上に戻ったんだ!? 聞いてくれ、話したいことがいっぱい――ア゛ア゛ッ゛!?」
どうん。
「再会と同時に爆発とか、あんたたち本当に仲が良いわね」
「僕もそう思っていたところだ」
作りかけの民家の壁に頭から突っ込んだ体勢で、僕は天使の皮肉を軽く受け止めた。
「アルルカはまだその石で爆発するのかにゃー?」
すごい反応速度で逃げた仲間の一人、マルネリアが、やられたヤムチャみたいな姿勢で倒れているアルルカに呼びかけている。
「う、うう……。すまない。最近はそうでもなかったんだが、騎士殿を見たらなぜか突然……。胸も急に苦しくなるし。病気だろうか……」
「ほおーう?」
何で僕の方を見るんだ魔女。
「おう! 来てくれたか女神様! こっちだ、こっち!」
ドルドが手を振りながらやって来る。
笑顔の中にも、どこか引き締まった気迫が感じられた。
どうやら、戦いに関する何かがあったらしい。
僕らは彼につれられ、集会場として使われている大きな建物へと入った。
会議室には、まとめ役のドワーフたちに混じり、アルフレッドたち築城衆もいた。
人間に砂漠の極限環境はきついはずだけど、洞窟暮らしで何とかやってるらしい。
それでもすっかり日に焼けて、老若そろってサーファーみたいになってる。
「エリックが祭壇に報告したと思うが、昨日、昔の仲間と合流できた」
「ボルギンソンだ。遠くに町が見えた時は蜃気楼かと思ったが、まさかドルド親方が女神様と会ってたとは。話は聞かせてもらった。タイラーニアーレ」
紹介されたボルギンソンは、女神様と会う前からすでにタイラニー教に染まっていた。
「まあ、町の外を走り回ってる巨大なローラーを見たときは、ついにこの世が終わるのかとも思ったがな」
「…………」
リーンフィリア様は聞こえないふりをしている!
そう言えば、町の拡大に合わせてタイラニック号も増産したんだっけ。今では四機の殺戮ローラーが、昼夜を問わず町の周囲を巡回している。
敵にとっては完全にクソゲーだ。
「話ってのは他でもねえ。バケモノたちのことだ」
ドルドが話を戻した。
「何か問題があった? 天界から見てる限りだと、順調そうだったけど」
「ああ。順調だ。大きな群れが押し寄せてくることもあるが、城壁が破られたことは今まで一度もねえ。アルフレッドたちには本当に感謝しねえとな」
「ドワーフ戦士たちの守りがあってこそですよ。壁だけじゃ意味がない」
謙虚に受け止めるアルフレッドに、ドルドは笑みを返す。それからチラリとアルルカを見て、
「…………。ま、そういうわけで守りの方は問題ねえ」
「!」
褒めてもらえないことにむっとしたのか、アルルカがテーブルの上にあった、爪の先ほどの小石を父親に投げる。当たったが、鉄のシムーンさえ耐えるドワーフには毛筋ほども効かない。
「守りが整ったのなら、そろそろ攻めに転じてえな、と思ってな」
『!!』
それを聞いた他のドワーフたちが色めきだつ。
「まあ待て。戦いってのは、標的の奪い合いだ。標的は土地であるときもあるし、人や、戦力そのものであることもある。戦力の奪い合いは、いつもやってる。ヤツらは全滅するまで退かないからな。そして俺たちの攻撃目標は……土地。ヤツらの拠地だ」
悪魔の兵器の拠地……!
「ヤツらがどこから来るのかってのは、今までずっと謎だった。昔のヤツらは、決まった土地にたむろってるだけで、町を襲ったりはしなかったからな。その行動様式がある日突然変わった。そして、俺たちは町を追われ、今日に至るわけだ。今でも、俺たちは、ヤツらが砂漠の彼方からやってくるところしか見てねえ」
「じゃあ、攻めようがないんじゃないの?」
アンシェルが話を促すように投げかける。
大元が叩けない戦いというのは、守る側が圧倒的に不利になる。
守り側はいつどこから現れるかわからない敵に、常に意識と人員を割かれ続ける。一方の攻める側は、攻撃のタイミングを自由に選択でき、少数で多くの敵兵を一カ所に釘付けにできる。
ゲリラ戦法というのはまさにこれで、ドワーフ戦闘街の戦いが「最適化」されていなければ、今も防衛のために全神経を集中していなければいけなかっただろう。
そう言えば、エルフの中にゲリラ戦法大好きな連中がいましたね……。
元気でやってるかな。つるぺたたち。
僕の脱線しかけた意識を、ドルドのこの一言が引き戻した。
「状況が変わった。ボルギンソンのとこにいるヤツが、砂漠の東側で、バケモノどもが砂の中に戻っていくのを見たらしい」
「さ、砂漠の東側だって?」
アルルカが驚愕の声を上げる。
「砂漠の東に何かあるの?」
僕がたずねると、彼女は顔を強ばらせ、一語。
「〈大流砂〉」
「だいりゅうさ……?」
アルルカはうなずき、まるで幽霊でも見たような顔で続ける。
「地平の果てまで続く、流れる砂の海だ。足を踏み入れたが最後、呑み込まれて決して助かることはない。どれくらいの規模で広がっているのか、ドワーフたちでも知らない」
「戦の神ボルフォーレが、戦士たちを訓練場に閉じこめるために流したとも言われている」
娘の説明の最後に、ドルドが付け足した。
「その〈大流砂〉のどこかに、悪魔の兵器の本拠地が……?」
僕のつぶやきに対し、彼は苦笑する。
「かもな。だが、アルルカはちょっと先走りすぎだ。目撃例は〈大流砂〉のもっと手前だった。いくら俺でも、ここからあんな遠くまで遠征する気はねえし、立ち入る方法もねえ」
「うっ……。わ、悪かったな……」
アルルカは小さくなった。それを見たボルギンソンはからからと笑い、
「まあしょうがねえさ。子供が〈大流砂〉を怖がるのは普通のことだぜ。むしろ親のしつけがなってると喜ぶべきじゃあねえかね? ドルド親方」
「こ、子供じゃない」
言い返すアルルカの顔は、図星を突かれた子供のそれだった。
弛緩しかけた空気を咳払い一つで仕切り直すと、ドルドは「で、だ」と僕を見ながら切り出す。
「今度、調査隊を結成して、目撃地点を調べてみる。本拠地とはいかなくとも、拠点の一つくらいは見つけられるかもしれねえ。無論、俺たちだけでも成し遂げてみせるが、よければ騎士殿にも立ち会ってもらいてえ。どうだ?」
僕に悩む時間は必要なく、戦士たるドルドの声にもまた、すでに返答の内容を確信した期待の響きがあった。
新たなロケーションを提示して興味を引いておきながらすぐには攻略させない、ゲームでは定番の姑息……知的な作戦。
しかし行けるようになる頃には、前振りがあったことすら忘れているという罠。




