第百十六話 最適化
「ううむ……」
僕は外壁の上で、〈オルター・ボード〉を眺めながらうなっていた。
画面には、つい先日完成した星形城塞と、今、建設中の居住地の様子が俯瞰図で表示されている。
「よう、どうしたんだ騎士殿。難しい声なんか上げてよ」
台車を押しながら声をかけてきたのはドルド親方だ。押し車の上には、防衛戦用のハンドバリスタに使われる、ヤバイサイズの矢玉がごっそり載せてある。
僕がそれに目を留めると、
「これか? 仕留めたバケモノどもの残骸を鋳つぶして作ったのさ。砂漠に埋まってる小さな破片はいちいち拾ってられねえが、倒したばっかのヤツなら、結構な量の資材にできる」
「え。砂漠に埋まってる鉄の破片は、全部悪魔の兵器の残骸なの?」
「材質が同じだから、多分そうなんじゃねえかな。俺が生まれる前からあるから、気にしたこともねえが」
さらっととんでもないことを聞いた気がする……。
もしそうだとしたら、この砂漠はヤツらの死体で埋まっている。
でも、今の僕の関心は別のところを向いていて、その事実はあっさり頭からこぼれ落ちていった。
「実は、町の建設のことでちょっと悩んでるんだ」
僕が答えると、ドルドは機嫌の良さそうな眼差しを、外壁の内側へと投じた。
「すげえ町になると思うぜ。前に住んでたところより、はるかに戦闘向きだ。緊急時の連絡経路や、アルルカの兵器を運用する通路もきっちり用意されてる。ここをフルに使って戦ができると思うと、今からわくわくすらあ」
僕は、傍らに置いていた、町の完成図を記した石版に目を落とす。
外壁はアルフレッドたちに任せたが、町の中身は僕の意見が中心になっている。住人たちに見せる、恒例のお手本クラフトというやつだ。
僕が提案したのは「長屋」のスタイル。
ナガヤとは何でござるかという人に説明すると、アパートやマンションといった集合住宅の、一階部分だけの建物だと思ってもらえればいい。
長屋を選択したのは理由がある。
ドワーフの町はこれからも敵のラッシュに晒される。
それに備えた町並が必要だ。
あの初勝利の日から今日まで、すでに二度のラッシュが発生している。
幸い、いずれもWAVE02までの小規模なもので、悪夢のイナゴWAVEはなし。おかげで、悪魔の兵器たちは町に近づくことすらままならないまま、戦いは終わっている。
外壁が有効に機能したのはもちろんだけど、タイラニック号が凶悪すぎるんだよ……。
なぜエリア最初のラッシュがあんなに高難易度だったのか。
バランス的にどうかと思うけど、しかし、あれをクリアできなきゃ、この先生き残れないことは確かだ。
だから、家屋もイナゴを主敵として設計した。
背の低いトーフハウスを一軒一軒建てていくと、小さな家の壁四面+屋根の五方向から一斉にイナゴの攻撃を受けることになる。
大きな城壁ならまだしも、小さな民家ではこれに耐えきれない。一瞬で噛み崩されてしまう。だから、大きな長屋を用意し、イナゴの攻撃を分散させる。
さらに、この地下には避難シェルターを作る。
これはドワーフ洞窟と繋がっていて、蝗ではない悪魔の兵器が城壁内に雪崩れ込んだときに、逃げ込めるセーフハウスとして機能する。一軒一軒の家に地下壕を作るのではなく、一つの共同避難口を設けるだけでいいのも長屋の利点だ。避難時の点呼も楽になる。
オマケにこの長屋の並びは、外壁の入り口から侵入すると、迷路を作るようになっている。大軍が町の中心部を目指そうとすると、やたら遠回りをさせられるのだ。
万が一の時は、こうして時間稼ぎをしつつ、安全な町の中央で戦力を立て直す……予定。素人考えだけどね。
テーマのある町作りは正直楽しかった。
一つの目的に沿って模索を重ねていくから、取捨選択も容易になる。
何を目指すべきかをあらかじめ設定しておくのは、人生のあらゆる場面でも有効かもしれない。おっとと、また一つゲームから学んでしまった感。
でもなあ……。
「何か物足りないんだよなあ。これで絶対に町を守りきれるのか、つい考えちゃうんだよ」
イナゴラッシュも起きてないし、ドワーフ長屋の力がわかるのは、本番になってからだ。
「わはは。なくせない急所を守るときってのは、そんなもんだ。どんな大規模な軍勢でも、すべてを厚く守ることはできない」
「ああ、構造上の弱点と、防御上の弱点ってヤツだっけ……」
僕が相づちを打つと、ドルドは嬉しそうに、
「ほう! 騎士殿もなかなか戦がわかってるじゃねえか!」
「いや、以前戦った悪魔の野郎がさ、そんなことを言ってたんだよ」
「おう。敵から術を学べるのは、優れた指揮官の証だぜ」
「実際に面と向かって解説してきたんだよ。そいつの時間稼ぎだったんだけど」
……なくせない急所は、隠す。サブナクはそう言ってた。
ぐっ……。迷路にしたり地下シェルターを作ったり、弱点を隠す、まさにそのものじゃないか。
僕は住民を第一に守り、悪魔の兵器は家屋を狙うから、お互いの目標がちょっとずれてるのはあるけど、あの偉そうなヤレヤレ系の言うとおりにしていると思うと、ちょっと悔しいゾ……。
「まあ、そんな騎士殿に朗報がどうかわからねえが、ほれ、イグナイトだ」
そう言うと、ドルドは僕の横に、大きなイグナイトの塊を数個置いた。
「! これは……!?」
「居住区を作ってる連中が見つけたらしい。この砂漠ではそれほど珍しいことじゃない。町が広がれば、もっと手に入るだろうよ」
町を作っただけでこれだけ――五つの、動力源級イグナイトが手に入るのか!
これは、状況の変化だ。
これを勝利への兆しに変えることが重要だと、エルフの里でマルネリアは説明してくれた。
この五つ、どう使う?
そのとき、誰かの息遣いが、城塞の階段を駆け上がってきた。
「騎士殿、騎士殿、聞いてくれ! ヴァーチカルライターの改修案ができたんだ! 今度もすごいぞー! 強いぞー!」
「何だおまえ。ガキみたいにはしゃいで」
「と、父さん! な、な、何でここにいるんだ!」
子供っぽかった自覚はあったのだろう。父親にその姿を見られたアルルカは、ヘモグロビンのように真っ赤になった。
「武器の補充のついでに、騎士殿にイグナイトを届けに来たんだよ。んで、あの火を噴く機械がどうしたって?」
「ぐっ……。わたしは騎士殿に説明しに来たんだ。父さんは用が済んだら、早く仕事場に戻ればいい」
途端にツンケンしだすのにも慣れているのか、ドルドは苦笑を一つしただけで席を外そうともしない。
むっとした顔のアルルカは、わざわざ割り込むように彼に尻を向け、石版に書かれたヴァーチカルライターmk-Ⅲを僕に見せてきた。
「前の戦いを参考にして作ったんだ。今度は、パーツを分解しなくても、筒のどこからでも火を吹けるよう、外装のあちこちに発射口を取り付けてみた。こうすれば、上空への再攻撃も可能なまま――」
もはや火炎放射器というより、お祭り用のオブジェみたいな有様。
珍兵器どころか、ただの珍品だよ。
これがアルルカクオリティ。改良すればするだけ問題が増える。
だけどそれが僕の中で、カチリと、ハマったんだ。
「アルルカ!」
僕は彼女の両肩をがっちり掴む。
「へひっ!? き、騎士殿……?」
驚きのあまり、眼鏡を半ズレさせるアルルカに言う。
「君は本当に、天才の側かもな!」
僕は石版を抱えると、その場から駆け出した。
※
「何? わしらに作ってもらいたいものがある?」
僕が向かったのは、今や戦闘街の首脳陣の一角となった築城五人衆のところだ。
星形城塞という大役を果たした彼らは、ドワーフの洞窟の一室で、趣味と実益を兼ねた城塞の改築案を、まるで遊びのように楽しげに打ち出しあう姿が目撃されている。
「アルが戻ってくるのを待った方がいいんじゃないですか」
僕がその部屋を訪ねたとき、彼らのホープであるアルフレッドは不在だった。
「あいつ、廊下ですれ違ったダイヤ柄のニーソが忘れられずに、追っかけていっちまったんですよ」
「この間は、角ハンガーにかけられた靴下を追いかけてたぞ」
「まったく、しょうのないやつだ。帰ったらディタに言いつけてやらんとな」
どこまでも真っ直ぐな男だ。ますます敬意を払いたい。が、
「アルフレッドじゃない方がいいんです」
僕は断言した。
「これを見てください。アルルカが作った兵器です。こいつを、建築物に組み込みたい」
築城オヤジたちは石版をのぞき込み、一様に眼差しを鋭くした。
「こいつは、先の戦いで活躍したという、火を噴く長筒ですな」
「これを建築物化するということは、つまり尖塔を作れと?」
さすが、話が早い。僕はうなずく。
「そうです。塔を作ってもらいたい。お城にあるような立派なヤツを」
『…………』
五人衆は表情を硬化させ、腕を組んで押し黙ってしまった。顔に落ちた濃い陰影が、彼らの目元を覆い隠す。
「星形城塞を考えたあなた方からすれば、これが捨て去った古い発想だというのはわかってます。しかしちゃんと意味がある」
僕は説得するように続けた。
「前の戦いで何となくわかったんですが、イナゴたちはより近くにある、大きくて立派な建築物を優先的に攻撃するようなんです。後方の、作業が遅れていた壁の部分に取りついたイナゴは、他と比べても妙に少なかったそうです。取りつくスペースの問題もあると思いますが、ヤツらにも優先順位があると考えました。そこで……」
石版に人差し指を突き立てる。
「こいつを居住地近くに建て、囮として、ヤツらに優先的に狙わせます。空から来るヤツらは、高い建物が必然的に目に入ります。そして、集まったそばから塔に仕込んだ火炎放射で焼いていく作戦です。兵器の姿のままでは、ヤツらは見向きもしないかもしれない。でも、尖塔に偽装すれば、確実に落としに来る」
説明を終えても、彼らは動かなかった。
ちょっと不安になる。怒ってるのか……?
「もちろん、背の高い建物は危険だってのはわかってます。だから、できるだけ細くして、狙われる面積を小さくして……。ええと……?」
あれ……?
動いてないと思ったけど、オッサンたち、よく見ると震えてない……?
僕がそれに気づいたとき。
ドンッ! と空気を震わせるような勢いで、五人が突然立ち上がった。
『封印がとけられた!』
ホアッ!?
「何が星形城塞だよ。背の低い砦だあ!? 知るかよお!」
「あんな怯えた亀みたいな城が最新型だと? そんなもん認めん! 認めんぞお!」
「城ってのは雄大で、美しくなきゃ……! もっと気高く、救われてなきゃあダメなんだ……!」
「権威、美学、羨望! それをなくし、実用に偏った城など、もはやただの硬い家にすぎない!」
「教えてやるワイ……! 偉大なる先駆ってヤツをノオ!」
全然捨て去ってなかった!
この人たち、肩までどっぷり旧態依然のままだった!!
――こうして居住区を守る決定的な一打、「オールドシナリー」(命名:築城五人衆)はできあがったのだ。
※
カンカンカンカン!
外壁に取り付けられた警鐘がけたたましく鳴らされる。
「バケモノどもが来たぞお!」
居住区が完成して以来、初めてのラッシュ。
訓練通りに避難する住民たちにも緊張が走る。
外壁のまわりの砂漠を、死の衛星のように周回しているタイラニック号により、単純な地上兵器はほぼ壊滅。近づいてきた残存兵力もドワーフたちの矢玉によって粉砕される。
ここまでは定石!
「イナゴだ! イナゴが来るぞ!」
ついに来たか!
ここで真価が問われる。
長屋は保つのか?
オールドシナリーはちゃんと役に立つのか?
戦闘街は続けられるのか!?
結果は、
「おお、見ろ……! イナゴたちがあの塔に吸い込まれていく!」
「あっ、塔が火を纏ったぞ!? 何だありゃあ!?」
「すげえ! まとわりついてたイナゴが一気に落ちた! まさに飛んで火に入る夏の虫だ!」
完 全 撃 破 !
「てめえら、解説ばっかしてねえで、生き残ったイナゴどもを始末しろ!」
「やべえ親方だ!」
「持ち場に戻れ!」
こうして、旧時代の男たちによる執念の傑作によって、かつての脅威はほぼ無力化された。
それはつまり、タワーディフェンスの醍醐味の一つ、「最適化」が完了したことを意味する。
揺るぎなき勝利の方程式。
かつての強敵も、この瞬間から、ルーチンワークとなる。
それを手に出来た理由は、僕らみんなのアイデアだ。
大昔、『Ⅰ』の武器スキルのガバガババランスについて語ったことがある。
強そうなスキルを組み合わせると、本当にとんでもない効果を生み出してゲームバランスを粉砕するという、あれ。
それは作りの甘さでもあるけど、同時にプレイヤーの思いつきに応えてくれる仕様でもあって、僕は大好きだった。
オールドシナリーは、まさにそんな思いつきに、結果が応えてくれた兵器。
あの時の喜びは、兵器クラフトのシステムに受け継がれたのだ……!
スッ……!
コレ! コレ! コレ! コレ! コレ!
【プレイヤーの発想を受け止めてくれるゲームは良いゲーム:5コレ】(累計ポイント-3000)
ところで……。
このとき、勝利を喜ぶドワーフたちがアルルカを胴上げするのを見たドルドが、
「潮時なのかもしれねえな」
とつぶやいたことの意味を僕が知るのは、もう少し後のことになる。
それはドルドだけでなく、他のドワーフたち、とりわけアルルカにとって、大きな分岐点になるできごとなんだけど……。
今はまだ、誰も知らない。
必死こいてクリアしたステージも、最適化すればこのとおり。
プレイヤーが上手すぎて難しさが伝わらない現象に似てますね。
次回からようやく砂漠イベント開始です。




