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第百十話 星の城

「父さん、ぼくも女神様たちと一緒に行くよ」


 翌朝、いやにすっきりした顔のアルフレッドが言ったことに、僕らは騒然となった。


「そんな! おまえに町を押しつけてわたしが行こうと思っていたのに!」


 あなたが町長ですか?


「ワシは歓迎さんせいじゃ。アルフレッドは優秀じゃからの。この計画の大きなはしらになってくれると思う」

「俺たちとよく一緒に砂のお城を作ったものな」

「平穏な町より、厳しい環境でこそ磨かれる男だ」

「ハリソンは町の仕事しろ」


 困惑する町長とは真逆に、築城バカたちからは歓迎の声が上がった。


「一生懸命頑張ります。女神様、どうかぼくをつれていってください!」

「わかりました。共に戦いましょう」


 リーンフィリア様は少し考えてから、彼の申し出を受けた。

 危険な土地に行くことは重々承知。しかし、今この世界に、本当の意味で安全な場所なんてない。

 それを作るために、すべての人々が戦っている時期なんだ。


「騎士様。ぼくに敵を倒す力はないけど、できる限りのことで、あなたと一緒に戦います」

「ありがとう。頼りにするよ」


 僕もそれを歓迎する。

 昨日もアルフレッドは、自分のことを戦えない非力な存在だと嘆いていた。


 でもそれは違う。

 戦いというのは、武器を握りしめて外敵を打ち倒すことだけじゃない。

 やったことのないことに挑む、難しいことに挑戦する、それらも戦いだ。

 畑を耕す人も、病気やけがを治療する人も、家を建てる人も、みんな戦っている。

 彼も、そんな戦う人間の一人になる。


「パスティスも。みんなが安心して暮らせる家を建てるから」

「頑張って、ね」


 パスティスに話しかけるアルフレッドの目には、しかし、まだほんの少し、未練のカケラが残っているようだった。

 心の傷は消えない。忘れるだけだ。昨日の今日では、彼が少しぎこちないのも無理もない。


 失恋の傷っていうのは、どれくらいで癒えるものなんだろう。

 本気で恋をしたことがないヤツは、こういうとき役立たずだ。


「アルフレッド、遠くに行っちゃうの?」


 ふと、不安げな声が僕らの間に割って入った。

 ディタは悲しそうな顔で駆け寄ると、アルフレッドの腰にしがみつく。


「行かないでアル」

「ディタ」


 決意に引き締まったアルフレッドの顔がかすかに歪んだ。

 二人はまるで仲の良い兄妹のようにも見えた。

 目に涙を溜めたディタが彼を見上げる。


 アルフレッドにとっての最初の試練。ここを離れるということ。彼は、その一歩を断固たる意志で踏み出した。その決断を、自ら裏切ってはいけない。


「いい子になるから。ちゃんと言われたとおりに毎日ニーソックスはくから! 言われたとおり毎朝起こしてあげるから!」

「うっ……」


 おいィ、アルゥ? 今の彼女の発言は何かな?


「ディタの毎日おはようニーソ……!」


 激しく動揺してんじゃないよ!

 ていうか、なんだその言い回しは? ニーソを使った独特の起床法があるみたいなセリフはやめろ! 知りたくなるだろ!


「ディタ。見送っておやり」


 ハリソンがディタの両肩に、優しく手を置いた。


「えっ」

「おじさん……」


 今「えっ」って言ったのはアルフレッド。聞こえたからね。


「男には旅をしなければいけない時期がある。そうやって、今の自分にできることとできないことを見つけるんだ。でなければ、いつまでたっても成長しない。待ってあげよう」


 ディタは大きな目を潤ませていたけど、やがてじっとアルフレッドを見つめ、


「いい子にして待ってたら、わたしをお嫁さんにしてくれる?」


 破壊力抜群のそれを聞いたオッサン衆が、


「おっ、言うねえ」

「オラッ、アル。ちゃんと受けてやれ」

「ディタちゃんを泣かせたら俺たちが許さねえぜ」


 とはやし立てた。


「ま、参ったな。……わかったよ。ディタがいい子のまま、大きくなったらね」

「わあい!」


 両手を上げて無邪気に喜ぶディタに、アルフレッドは微笑んだ。

 なんか……彼の復活は意外と早そう。早そうじゃない?


「待っておれよ砂漠め! ワシら築城五人衆プラス弟子一名、今まで溜めた無念いかりの重みを知るがいいわ!」

「女神様が作りし水平線に、我らの金字塔を打ち立てろ!」

「おれたちが集まれば、怖いものなんか何もねえ!」

「ハッスルハッスル! キャッスルキャッスル!」

「タイラニー! ヒャハーッ!」

「行ってきます」


 まったく息の合わない勝ち鬨を上げ、彼らは〈ヴァン平原〉を発った。

 村の誇りだ、大出世だ、と人々から万歳が響く中、空へ空へと昇り、神殿へ。

 そして意気揚々と大陸の空を離れるなり――


「くっ、コシがッ……」

「我らの墓は海が見える丘に作ってくれ……」

「ビッグブリッジ、ダウン……」

「どうやらここまでみてえだ。弟子よ、後は任せたぜ……」

「タイラニー、何だかとっても眠いんだ……」


 さっきまでノリノリピーポーだったのに何だよこれは!

 どうやら初めての高々度の旅に、本能的な恐怖が勝ったらしい。本当の戦いはマジにこれからなのに!


《雲霞のごとく押し寄せる敵。おぼつかない守り。いかに町を作ろうとも、渚に築かれた城のように、すべて洗い流される。だがそれでも、ドワーフたちを救えるのは私と女神だけだ。成し遂げなければならない。たとえ私一人でも……!》


 いや、不安かもしれないけど信用しよう主人公!


「あの、アルルカさん」

「何だ、アルフレッド」

「ドワーフの女性は、ニーソックスをよくはくんですか?」

「これか。ああ、そうだな。脚絆代わりによくはくな」

「…………(グッ)」


 ……僕も信じられるよう頑張るから。


 ※


 築城五人衆とアルフレッドを乗せた藁蛮神の神殿は、大急ぎで〈ブラッディヤード〉へと戻った。

 幸い、彼らの不調は、緊張や期待やらでテンションが上がりすぎた反動だったらしく、砂漠に着くころには回復していた。


 人間の町から、直に異邦へとやって来てくれた協力者に対し、ドワーフたちは戦士の敬意を払い、彼らをもてなした。


 町人たちは新たな土地と人々との出会いに大興奮し、アルフレッドは美しい女性ドワーフたちのニーソにやはり大興奮した。ディタには黙っておいてやる(騎士の情け)。


 しかし、彼らも遊びに来たわけじゃない。

 歓迎ムードをすぐさま払いのけ、新都市開発のプランに着手する。


 僕とドワーフたちは、この砂漠の特性や、敵の行動パターン、弱点などをアルフレッドたちに教えながら、意見を交換し合う。〈ヴァン平原〉の人々があらかじめ用意していた図案に、次々に×印が入れられ、修正が加えられていった。


 沈思と発言、提案と否定の繰り返し。でも誰も諦めない。投げ出さない。それは、戦いと呼ぶに相応しい作業だった。


 そして数日後。


「騎士様、ドルド親方、見てください。これが新しい町の図案です」


 会議にあてがわれた部屋の岩テーブルに、アルフレッドが設計図を広げた。


 こいつは……!

 その場にいた全員が目を見張った。


 それはペンタグラム――五芒星の形をした外壁を持つ、奇妙な町だった。


 これ、知ってるぞ……! 元の世界で見たことがある。

 確か、五稜郭とかいう名前の……要塞!


 でも、見たことがあるだけで、どういうものなのかまでは知らない。

 アルフレッド、説明を頼む!


「まず、この星形の外壁について説明します。これは各頂点から、他の頂点への飛び道具による援護を百パーセント活かすための形です」


 アルフレッドが星の頂点から射戦と思しき線を引くと、見事に、敵側に安全地帯がないことがわかった。

 それを見たアルルカがふと、


「父さん、ドワーフは飛び道具を持ってるのか?」

「おま……」


 ドルドはあんぐりと口を開け、廊下に飛び出ていった。戻ってきた彼が手にしているのは……あのう、そのバケモノみたいな武器は何ですか?


「ドワーフ謹製、ハンドバリスタだ。接近戦の方が話が早えから、俺たちはあんまり使ってこなかったが、どうやらアルフレッドはこいつに目をつけたみたいだな」


 ボウガンとは絶対認めたくない、いかつすぎる外観。装填する矢玉は槍と呼称した方がしっくりくる長大さで、こんなもんが直撃したら串刺しどころか確実に粉々になる。


「外壁で敵の侵入を遅らせつつ、まずは射撃で応戦できるような配置になっています。これなら、みんなで一カ所に殺到しなくとも敵と戦えます」

「よく考えたな、アルフレッド。これなら寡兵でも手広く構えられるぜ」


 ドルドが褒めると、彼は照れ笑いを浮かべ、


「騎士様のアンサラーでの戦いを見ていれば、射撃がどれだけ強いか、いやでもわかりますから」


 おお……。さすがは〈ヴァン平原〉の子だ。

 僕が感心していると、ドルド親方が突然素っ頓狂な声を上げた。


「アンサラー? あ、そうか、騎士殿が使ってるのはアンサラーか!」

「どうしたのドルド親方」


 僕がたずねると、彼はぼりぼりと頭を掻きながら、


「いや、話の腰を折ってすまねえ。ちょっと気づいたことがあってな。だがこの話は後だ。アルフレッド、続けてくれ!」

「はい。町はこの星形の城塞の内側に作ります。家屋は背を低くし、ぼくらが子供の頃によく作ったトーフハウスに近いものにします」

「背の低い家にするの?」


 僕は、アルフレッドに説明を一任している築城五人衆を見やった。

 彼らはとにかく馬鹿でかくて背の高い建物を志向していたはずだけど。


「騎士様、そいつに関してもアルとはちゃんと話し合ってるよ」


 オヤジの一人がニヤリと笑った。


「実は、背の高い大きなお城というのは、〈ヴァン平原〉でも旧式のものなんです」

「何!?」


 アルフレッドの言葉に驚く僕。旧態依然とした五人衆の中でも時代は先に進んでいるのか!?


「〈ヴァン平原〉にいる怪物たちが、飛び道具を使ってくるのはご存じですよね?」

「あ、そういえばそうだった……」


 あのときはシューティングゲーム真っ盛りだったからな。

 次のエリアである〈ディープミストの森〉では、霧で視界がきかないせいか、肉弾戦を仕掛けてくる敵の方が多かったので、ちょっと忘れてた。


「そうした飛び道具に対して、背の高い建物はかえって危険なんです。特に、大きな岩とかを投げてくるゴーレムからするといい的ですからね」

「あっ、そうか。遠くからでも目立つしな。それに、壊れた建物から降ってくる破片も危ない」

「ええ騎士様。この砂漠にいる怪物にも、もしかしたらそういうことができるヤツがいるかもしれないので、家の背丈はなるべく低くします」


 す、すごいぞ〈ヴァン平原〉使節団……!

 現状だけじゃなく、未来も見据えている!

 とてもあの問題児(壮年)たちの仕事とは思えない!


 いいよこれはすごくいい!『Ⅰ』のときの人々の連携ともまた違う、新たな形だ!


 スッ……

 コレ! コレ!


【築城バカとハサミは使いよう:2コレ】(累計ポイント-8000)


「でも、町を広げるときはどうするの? また別の星形を作るの?」


 マルネリアがたずねると、アルフレッドは後ろのオッサン衆から別の紙を受け取り、


「その場合は、こういうふうにします」


 と、ぬかりなく拡張案を示して見せた。

 星形の頂点と頂点の間に、また一つ三角形が追加されている。足の増えたヒトデのようだ。


「外壁をこう足すことで、防御力を落とすことなく、広げていきます」


 これを繰り返すと、この星形はやがてウニのようにトゲトゲの外壁を持つことになる。


「さらに広げる場合は、元あった星形をある程度崩してもよさそうだね」

「資材ブロックをそのまま再利用できるな」


 僕とドルドは話し合ってうなずく。


「内部の町をどうするかは、まだ決まってないんですが……」


 アルフレッドが少し恐縮するように、僕を見る。


「そっちは任せろ。超兵器の挙動に合わせて道幅や通路の形を決めるよ」

「助かります」


 僕らは力強い目線を交わした。

 彼は本当に成長した。すでに、誰もが彼を尊敬に値すると感じるはずだ。


「よし、ようやく……」


 ドルドが言った。


「ドワーフ戦闘街の始まりだ」


再開と同時にアルフレッドの株を下げたり上げたりしていきましょう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 城作りは誰でもやるよね。 だって城はロマンだもん
[一言] 世界同士が技術を連携するの、凄くいいなあ!
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