第十一話 開拓計画のコレジャナイ
【クリエイトパート】
敵に侵略された土地を解放するとクリエイトパートに移行します。
女神を頼りに集まってきた人々を導き、町を作ってください。
森や遺跡など、オブジェクトのあるところまで町を発展させると、アイテムやイベント、新バトルフィールドなどを発見できたりします。
敵の妨害に気をつけながら町を広げ、エリアを人間の手に取り戻しましょう!
(『リジェネシス』取扱説明書より)
「ただい――マ゛ッ!」
天界に戻った僕を最初に迎えてくれたのは、アンシェルの両足の裏だった。
インパクトと同時に蹴り出すという小癪なテクニックにより、僕は神殿の床を滑って、雲の切れ目へと一直線に向かっていった。
「うおおおおっ、落ちる、落ちるっ……」
《私の戦いもこれまでか……》
勝手にあきらめさせんなよ! この主人公、ピンチになるとすぐ弱音吐くな!
毛布のように柔らかい雲を掴んで辛うじて止まると、
「あああ騎士様、騎士様」
と女神様がパタパタ走ってきて、非力な手で僕を引っ張ろうとしてくれた。
「落ちなさいよこの大バカモノ! 今回の出征だけで何回天界の決定に背いたと思ってるの!?」
女神様の微弱な力を借りつつ這い上がった僕に、肩をわななかせたアンシェルが怒りの蒸気を吹きつけてくる。
「だけど生きて帰ってきた」
「運がよかっただけでしょ……! 次はないんだから、もう、やらないでよねっ!」
アンシェルが悪態を突き返してくる。でも、彼女はきっと僕を心配してくれていた。
「リーンフィリア様、剣をどうもありがとう。…………。……?」
立ち上がらせてくれた手を優しく離そうとした僕は、手を取ったままそれをじっと見つめ、口元を歪ませている女神様の姿を見た。
「ごめんなさい……」
リーンフィリア様は、今にも泣き出しそうな声で言った。
「えっ、ど、どうしたんですか」
「一緒に戦ってと言っておきながら、騎士様を危険な目に遭わせてしまいました」
「危険なのは覚悟の上です。それに、僕が言ったらすぐに剣を投げ落としてくれた」
けれど、リーンフィリア様は首を横に振る。
「最初から以前の武器が使えたなら、そんな危険もなかったんです。わたしが臆病でなければ、天界の決定に逆らって、あなたに武器を持たせてあげられた。野にある〈祝福の残り香〉を探す時間もあげられました……」
落ち込む女神様をかばうように、アンシェルが声を上げた。
「そんなことしたら、天界からもっとひどい目に遭わされてますよ! ちょっと騎士、まさか女神様を恨んだりしてないでしょうね! これは不可抗力なんだからね!」
「ちょっと女神様と話をさせて。アンシェル」
僕は言って、弱々しい神様の手を握り直した。
「リーンフィリア様。以前の戦いのとき、あなたは勇敢で、毅然として、そして優しかった」
「それは……見せかけです。本当のわたしじゃありません」
悲しそうに否定してくる。でも、僕が伝える言葉に何の変更もない。
「僕は一つ知ってることがあるんですよ。人は……きっと神様もそうですけど、心と体をずっと切り離しておくことはできないんです」
「だから、わたしは元に戻ってしまいました」
彼女の濡れた目が僕を見つめてくる。
「でも、その逆もあります」
「逆?」
「心が体を動かすんじゃなく、体が心を動かすこともあるんです」
「えっ……」
「あなたが以前のように、勇敢なフリをまた始められたら。そうする自分を守り通せたなら。あなたの中で偽物だった勇気は、いずれ本物になる」
「…………!」
「そのための戦いを、僕と一緒にしてくれますか? はいかいいえで答えてください」
大きな優しい形の目から、ぽろりと涙が落ちた。
「わたし……わたし頑張ります。……はい……。答えは、はい、です騎士様」
「いい答えです」
クルッポー。
不意に。
こんないいシーンに水を差すように、一羽の鳩が僕とリーンフィリア様の手の上にとまった。くちばしに紙片らしきものをくわえている。
「あっ。天界からの手紙……」
受け取った女神様は中身を見て……石化した。
はらりと落ちた手紙を拾ったアンシェルが、濁った目を僕に向けてくる。
「こう書かれているわ。女神リーンフィリアを、天界の指示に背いた罰として〝塵神〟に降格する」
「ち、ちりがみ……!?」
な、何それ!? それに降格? リーンフィリア様はすでに一番下の俗神だったはずじゃ……。
「リーンフィリア様のために、新たにマイナスの神格を創設したようね……」
石化したリーンフィリア様が、しくしくと泣き出した。
「ち、塵神になるとどうなるの?」
僕は恐る恐るたずねる。
「一ヶ月間の食料供給の停止、だそうよ」
ぱたっ……。
「ああっ、女神様っ……!」
「これ、どー責任取ってくれるの?」
ゴゴゴ……とアンシェルが怒気を立ち上らせる。ウカツな答えを返そうものなら、即座に天界から蹴り落とすという構えだ。
「神格についてはもっと勉強する必要があるけど、食料は何とかするよ」
僕ははっきりと言った。
「どこかから盗んでくるつもりじゃないでしょうね」
「いや、お供え物をもらうのさ。これからクリエイトパートに入るからね」
さて、唐突だけど、ここで『リジェネシス』のクリエイトパートについて熱く語っておきたい。よければお付き合いください。
『リジェネシス』のクリエイトパートというのは、いわゆる経営系シミュレーションゲームのことだ。家を建て、道を引き、施設を作って、町を大きくしていく。
町を広げた先に、イベントポイントや、新しいバトルフィールドなんかが見つかったりする。
エリアボスのいるフィールドもこうして発見する。RTAなどお急ぎの人は、ボスまで真っ直ぐ町を伸ばして即決戦も可能だ。
アクションRPGの中にいきなりこんなモードがあると面食らうだろうけど、これは、世界を再生していくというテーマに沿った、非常に重要な要素と言える。ただ敵を倒すだけのゲームとはちょっと違うのだ。
まあ、アクションパートを見る限り、敵を倒すだけのゲームになってたけど……。
でも、このクリエイトパートが最後の砦になってくれるから!
ちなみにこのクリエイトパートは超簡単だ。
システムがシンプルで、誰でもクリアできるよう調整されてる。
普通、シム系に代表されるこの手のシミュレーションゲームは、小学生のような若年のプレイヤーにとっては結構難易度が高い。膨大なパラメータをつぶさにチェックし、うまく調整していかないと、町が発展していかないからだ。
でも『リジェネシス』のクリエイトパートに難しい項目はなし。ちょっとした操作で町を大きくしていける。
俯瞰マップでちょこちょこ動き回る住人たちが、どんどん建物を増やしていく様子が本当に楽しい。
……だけど決して「浅い」わけじゃあない。
このモードには人口表示がある。
町の敷地さえ大きければ、ゴールにはたどり着けるから、通常プレイならそんなに気にする必要のない数値だ。
けれど、プレイヤーによって、この人口に大きな差が生じることがある。
普通にやったら五百人くらいしかいかないはずが、千人とか達成できる。マップには限りがあり、建てられる家屋の数もだいたい同じなのになぜこまで差が出るのか? そこには、クリエイトパートの仕様を熟知した上での数々のテクニックがあるのだ。
しかもその最適解は、途中で起こる突発イベントの状態によって、変化していく……!
決して複雑に作られているわけじゃないけど、やり込むと奥が深いんだ。
まあ、『Ⅱ』でもそれが通用するかはわからないけどね。試してみる価値はある。
人口が増えれば女神様への信仰も増え、それは彼女の恩恵を受ける僕の力になるからだ。
以上です。ご静聴ありがとうございました。
「クリエイトパートって、何よ……」
アンシェルが訝しげに聞いてくる。いけない。ゲーム用語でしゃべっても意味不明だ。
「〈ヴァン平原〉の一角を解放したから、そこから町作りができるよね。そこで作られた食料を分けてもらおうってこと」
「えっ」
「えっ」
アンシェルと、我に返った女神様が揃って同じ声を発した。
…………。
「ねえ、まさか」
「ま、待ちなさいよ。落ち着きなさい」
「お、落ち着いて。落ち着いてください騎士様」
スッ。
僕はコレジャナイ! ボタンに手が伸びる。
いや……そんなもんじゃすまないかもしれない。
まさか……。探索だけでなく、クリエイトパートまで……?
「ま、町作りはあります。ありますから」
「な、何だ……。よかった。びっくりさせないでくださいよ」
僕は胸をなで下ろす。
「騎士。あんた以前、町作りはほとんど女神様任せだったのよ。忘れたの?」
アンシェルが聞いてきた。そうなのか。
「忘れた。今回はちゃんとやるよ」
「あの、それが……やり方がちょっと変わって」
女神様が恐る恐る言う。
「〈オルター・ボード〉というのを覚えていますか? 町を作る人々を導くための天界の道具です」
「ん……。はい」
ちょっとレアな単語を聞いた。これはゲーム内の設定用語集にしか出てこない言葉だ。
クリエイトパートはこの〈オルター・ボード〉を使って行われているという設定がある。つまり、女神様や騎士にとってのコンソール――ゲームコントローラーみたいなもの。これを使って、天から、あっちへ町へ広げろとか、道を造れとか指示を出すのだ。
「前使っていたのが取り上げられちゃって……別のが渡されたんです。でもそれ、すごく複雑で、それに地上まで降りないと使えなくて」
「…………???」
「ひ、人前に出るの恥ずかしいなあって……。だ、誰もわたしのことなんか覚えてないだろうなあって……。だから今回はあれこれ口を出さず、ただ見守ることにしようかと思っていたんです……」
ちょっと待って? あれ?
条件反射的に警戒しちゃったけど、ひょっとして、コレ! ボタン用意した方がいい?
クリエイトパート、もしかしてパワーアップしたんじゃないの? 複雑になったってことは、できること増えちゃったんじゃないの?
「大丈夫。僕に任せて。地上に降りて……って、そしたら〈オルター・ボード〉使う必要なさそうだけど、とにかく前より細かな指示が出せるようになったんですね?」
「そう、とも言う……かな?」
女神様は歯切れが悪い。でもきっと新仕様がわかってないだけだ。
実は僕……クリエイトパート、大好きなのだ。
当時、友達から借りたシム系を挫折して、この手のゲームには苦手意識があったけど、『リジェネシス』では簡単にクリアできた。
ゲームというのは、なんだかんだ言って、結局は快楽を味わうためのものだ。
その快楽は、ゲームの中の課題を突破したときに生まれる。敵を倒したり、アスレチックをクリアしたり、謎を解いたりだ。
だから、課題をクリアできない場合、そのゲームの楽しさを理解することは難しい。高難度のゲームをクソゲー扱いするのは、人の心の動きとしては間違っていないのだ。
『リジェネシス』のクリエイトパートは、僕に町を作る楽しさを教えてくれた。簡単だからこそ、ヘタクソにも、その醍醐味を味あわせてくれた。
それ以来、経営シミュレーションにも興味を持つようになった。
誰にでもクリアできるというのは、実は偉大なことなのだ。
そんな思い入れのあるモードだから、テクニックも自然と身についた。
『Ⅱ』で多少複雑になったとしても、今の僕なら十分対応できるはず。
天界の嫌がらせのような食糧差し止めなんて、いくらでもリカバーしてみせる。
「早速地上を見てきます。もう人がいるかもしれない」
「あっ、待ってください。騎士様が行くならわたしも行きます!」
「えっ。じゃあ、わたしも行くわ」
※
僕らは地上に降下した。
今回は女神様も一緒ということもあって、爆風を伴わないソフトランディングだ。
激戦があったとは思えない、穏やかな平原が広がる。
この平和は僕が取り戻したものだと思うと、胸を通り抜ける風の心地よさがあった。
「ひ、久しぶりの地上です。はあ、はあ……。い、息が苦しくなってきました」
「女神様、お気を確かに。大丈夫ですって。みんな女神様のこと覚えてますよ」
「ええと、人はいるかな……?」
早速過呼吸になりかけている女神様と、看護するアンシェルをよそに、僕は周囲を見回す。
『リジェネシス』での人間たちの情報網はどうなっているのか不明だけど、エリアを解放すると、どこからともなく生き残りが集まってくるのだ。
「女神様……?」
草むらから一人の男性が立ち上がった。
もう一人、また一人と立ち上がる。草に身を隠していたようだ。
「女神様の騎士が、ここ一帯を清められたと聞いて、やって来たんです」
男の一人がそう説明する。
「わ、わたしのことがわかるのですか?」
リーンフィリア様が恐る恐る聞く。
「はい! 神殿の絵画などで見ました! やっぱり本物は絵よりもお美しい……!」
ぱああああっ、と女神様の顔が明るくなった。
「やりましたねっ……だから言ったじゃないですかっ……」
そう言うアンシェルは、ハンカチで目元を拭っている。保護者か君は。
まあ、それはいい。
それより気になるのは、だ……。
彼が持っている、
立方体。
一抱えもする大きな段ボールくらいはある。
彼はそれを持っている。
「あの、すいません。それは何ですか?」
僕がたずねると、彼は不思議そうに、
「えっ。これは土です」
「土?」
確かに、その立方体は土色をしている。
「何でそんな綺麗な真四角なんですか」
「こういう工法なんですよ。これを積み上げて、家を造るんですよ」
…………へ?
立方体を積み上げて、家を造る?
ナニコレ?
これが『Ⅱ』のクリエイトパートと関係してるの?
…………。
…………。
……あ。
……こッ……ここッ……。
これはッ。これを……これを僕は知っている……。
ブロックを積み上げて、自由に建物を作っていくゲーム……!
サ、サンドボックス系……!!
つまり『マイ・クラフト』だ!
シム系がサンドボックス系になってる!!
これが『Ⅱ』の新クリエイトパート?
だっ、誰が……ッ。
誰がここまで細かくしろと言ったあああああああああああああああアアアア!!?
クリエイトパートがないなんて、ハッハ、まさかご冗談を・・・
じょ、冗談じゃ・・・




