第百六話 帰郷
塵神の神殿あらため、藁蛮神の神殿は雲の上を進んでいた。
「人間たちのおかしな性癖なんてよく覚えてたわね」
「むしろ、あの城作り大好きな、濃厚な人たちを忘れる方が難しいと思うけど」
半ば呆れたような顔のアンシェルに、僕はそう返した。
今、神殿は第一のエリア〈ヴァン平原〉を目指して直進中だ。
あまり高速で移動するとスピード違反で天界から怒られるため、急いでも片道に半日はかかってしまう。地上ではその四十倍の日数が経過するので、わりとしゃれにならない。
「〈ヴァン平原〉に戻るの、久しぶり、だな……」
パスティスが嬉しそうに言った。
彼女のまわりにたむろっているアディンたちも、どこかうきうきしている様子だ。
彼女たちにとっては、〈ヴァン平原〉は人生において色んなことが始まった特別な場所といっていい。
僕にとってもだけど。
「人間を見るのって、ボク久しぶりだよ。それに、近くに、例の石版のカケラを見つけた遺跡があるんでしょ。そこ、ちょっと見ておきたいなあ」
とはマルネリアの発言で、
「わたしは、人間と会うのは初めてだ。父や、死んだ母は会ったことがあるらしいのだが。ちゃんと協力してもらえるだろうか……」
こちらは、ドワーフ代表として選ばれたアルルカの言葉だ。
彼女は町作り企画の発起人として、言い出しっぺの法則に則ってこの役目を負わされた。
工房の親方兼戦士長ドルドの娘という立場を考えれば、的確な人選ではある。町の真ん中で爆発しなければ。
「大丈夫です。みな、いい人たちですよ」
リーンフィリア様が不安げなアルルカを優しく励ました。
「タイラニーの始まった土地。それを見ておくのも、ドワーフ族にとってよい経験になるでしょう……」
「タ、タイラーニアーレ!」
いや、それは今回の趣旨じゃないです。
すでにクリアしたエリアへ帰還する目的はただ一つ。
防御力のある町作りという課題に対し、〈ヴァン平原〉の人たちからアドバイスをもらうことだ。
さっきはアンシェルにああ言ったけど、〈ヴァン平原〉の人々が、町作りの最初期にお城ばっか作って全然町を広げようとしなかったのは、もうだいぶ昔のことのように思える。
エリア〈ディープミストの森〉の攻略を挟んでいるので、実際に結構な時間が経過しているはずだ。
果たして、あの町はあれからどうなったんだろう。
一度クリアしたマップへの帰還。
ゲームなら、かつて出会った人々が、新たな問題に巻き込まれてるなんてイベントが期待される。それが本筋ではなく、ちょっとメインストーリーからずれたサブイベントだったりすると、プレイヤーはそれを、ゲームの縦幅ではなく横幅――世界の広がりとして感じるようになる。
製作側に用意されたイベントには違いないのに、まるで自分が世界の横道を発見したような気持ちになるのだ。
『Ⅰ』ではそれがあった。
“砂漠の極星”アルルカ・アマンカの衝撃的な死をはじめ、ゲームの進行度によって前のエリアにも様々な変化が生じていた。
変化する人間模様も『リジェネシス』の魅力の一つ。
そのトリガーとなるのは、全エリアの町の総面積と総人口だった。
武器スキルの胡散臭い組み合わせを駆使して、各エリアの1stバトルフィールドを強引に突破し、本来もっと後になってから訪ねるべき土地にちょっとずつ町を作っていくと、序盤から強力な武器をゲットするイベントに手が届いたりする。
その塩梅がなんとも絶妙で、すべてがガバガバに狂っていることで、かえって全体的に調和が取れていると言われていた。
まあ、僕が知ってる評価の大半は、アンチどもからのボロクソなバランス叩きばかりだけど……。ペッ!(思い出し怒り)
『Ⅱ』のクリエイトパートは、NPCたちが半自動で行っていく仕様。もしプレイヤーが操作から離れても、その活動が進んでいるとしたら、まったく知らない町並みがそこに広がっているなんてこともあるのだろう。
そう考えるとドキドキする。
もし、僕がこの世界をテレビ画面の前に座って見たのなら、「『リⅡ』は神!『リⅡ』は神!」と大騒ぎしただろう。
けど、これは現実だ。
町はもちろん発展してるだろうし、人間関係も変化しているだろう。
ゲームとしては画期的でも、現実としてはごく普通のこと。
だとしたらゲームというのは、非現実の中で、現実を追及し続けるものなのかもしれない。
……ひとまず、せっかくの帰郷に、コレジャナイだけはあってくれるなよ……。
※
〈ヴァン平原〉の町は……。
意外に変わっていなかった。
家屋なんかは、僕らが以前建てまくったトーフハウスから見直され、ごくまともな西洋建築風の建物になっている。
地面には立派な石畳が敷かれ、荷馬車の往来もあり、店の呼び子の声も大きい。
人も町も飛躍的に小綺麗になっている。
それなのに見知らぬ町と感じないのは、足下、地面に引かれた道が変わらないからかもしれない。
見た目こそ一新されているものの、土台は変わらない。
それは家の並びではなく、町全体の雰囲気にも言えることだった。
牧歌的で、のどかで、まだまだ自然の香りが通りを駆け抜ける、そんな穏やかなところ。思い出の中の〈ヴァン平原〉と、同じままなのだった。
「騎士様、これ……」
パスティスが僕の腕を引き、後ろを振り向かせる。
とても懐かしいものがあった。
「タイラニー・ウォール!」
周囲は石畳で整備され、ベンチやら偉そうな石碑やらが置かれているけど、壁そのものは当時の土のままだ。よく風化しないなこれ。仕様か?
「タ、タイラーニアーレ!」
他のドワーフたちから何かを散々吹き込まれたせいか、最近タイラニーという言葉に過剰に反応しがちなアルルカが叫ぶと、周囲にざわめきが起こった。
「タイラニー」
「タイラニー、タイラニー!」
誰ともなく、その祈りの言葉を口にしだす。
さすがはタイラニー信仰の原点。誰かが叫べば、フルオートで大合唱不可避だ。
いや、これ、ちょっと迷惑かもな……。
そのとき、誰かが僕らに気づいた。
「あれは女神様じゃ……?」
「えっ……」
「まさか……?」
まるでドミノ倒しでもするみたいに、人々が次々がこっちを振り向く。
こんな視線の集中砲火を浴びたら、小心者の女神様が縮こまってしまいそうだけど。
彼女はにっこり笑い、
「みなさん、お久しぶりです。たいらにー」
腰に提げていた小太刀スコップを小さく掲げてみせた。
タ……。
『タイラニィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!』
この日、女神はホームに帰ってきた。
※
「おお、タイラニー! よく戻られました女神様! わたしが町長のハリソンです」
人混みをかき分けてすっ飛んで来るなり、目にうれし涙さえ浮かべて自己紹介したのは、どこか見覚えのある男性だった。
多分、ここがまだ小さな村だった頃から、中心的だった人物の一人だろう。
あれから町長になったのだ。
どうでもいいことだけど、ハリソンってどれも似たような文字で、字が汚い人が書いたらソソソソって名前だと勘違いされそうだ。僕のいた世界での最高峰はマソソソ・マソソソらしいよ。二位はクソソソかな。本当にどうでもいいね!
「早速町を挙げてタイラニー祭りの準備をせねば。少しお時間をください!」
「えっ? タイラニー祭、ですか?」
「ええ、町の子供たちを集め、女神様への感謝を込めて、町はずれの空き地の整地をするというものです。本来は季節の変わり目に行うのですが、女神様がいらしたとなれば、是非、直に見て頂きたいと」
「それは素晴らしい!」
なんて奇祭だ。これじゃ第二第三の整地厨が生まれるのも時間問題か。いや、もう第五チルドレン、第六チルドレンの可能性も。
「お祭りの準備のためとは言え、故意に荒れ地を作らなければならない我らをお許しください」
「よく告白しました。あなたの罪を赦しましょう……」
何だこの会話。祭のたびに、この人は罪を背負わんといかんのか……。
リーンフィリア様は現状に目をキラキラ輝かせてるけど、僕らには急ぎの用事があることを忘れてはいけない。
「ちょっと待ってください。実は急ぎの用事があって、あんまりのんびりしてられないんです」
僕から辞退を申し出ると、
「そんなあ」
「そんなあ」
リーンフィリア様、町長側につかないでくれますか?
世界、危機ってますよ!
手短にドワーフたちの町について説明する。
「わたしたちの土地を救うため、どうか、力を貸してもらいたい」
アルルカが頭を下げると、
「おお、こちらのお嬢さんがドワーフ族の……。いやはや、何ともお美しい方だ。まるで妖精のような。もちろん協力致しましょう! 種族や住む場所は違えど、この世界に暮らす仲間に違いはありません。世界は平らに、命は平らに。これぞタイラニーの教えです」
「ありがとう、町長殿。タイラーニアーレ!」
「すぐに息子を使いに出させましょう。ですが、やはり少し時間がかかりますので、その間に町の見物などいかがでしょう。女神様たちが発たれてからだいぶ時間がたちましたが、その間、休むことなく町は発展いたしました。実はわたし、案内しつつそれらを自慢したくてうずうずしているのです」
正直な人だ。
お祭りをするほどじゃないけど時間も空くことだし、町がどうなっているのか純粋に興味もあったので、僕らは町長の申し出を受けることにした。
共に町を開拓した人々の努力を確認する。
それは、彼らを愛し、町作りを頑張ったプレイヤーに対する大きなご褒美だ。
こういう要素があると、NPCはさらに人間味を増し、プレイヤーはもっと世界に引き込まれる。
だったら久々にやろうぜ!
スッ……。
コレ! コレ! コレ!
【レベルアップですぜ。彼らも成長したもんだ:3コレ】(累計ポイント-10000)
先攻コレは負けフラグ




