表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
104/280

第百四話 したたり落ちる

 何度見ても、現実かどうか疑うような光景だ。

 砂漠の彼方から津波のように押し寄せる黒雲。

 これが、戦いの神ボルフォーレが科したドワーフ族への罰だというなら、あまりにも限度というものを忘れすぎている。


 洞窟の外に飛び出た僕らを、砂粒に混じって飛び交う鉄片が迎えた。


「いたたっ。ちょっと、これ、前のやつより強いんじゃないの?」


 裸Yシャツじみた格好のマルネリアが、早速洞窟内に避難する。僕の鎧にもカンカン当たって不気味な音階を作っていた。確かに、砂嵐本体はまだ遠いのに、この風圧は異常だ。


「親方、近年まれに見る強さのシムーンです!」

「ああ、わかってるぜエリック! おめえは外に出るんじゃねえぞ!」


 細い風切り音は、あっという間に野太いうなり声になった。

 空も暗くなり、まともに動けるのは、僕とドワーフのオッサン衆だけだ。


「これじゃ、リーンフィリア様だってメディタチオどころじゃないよ!」

「そうだな騎士殿! もしくは、もう吹っ飛ばされて海岸あたりに突き刺さってるかもしれねえ。無理矢理にでも連れ戻すぜ!」


 夜のように薄暗い海岸から、砂漠へ続く道へと入る。

 縦横無尽に飛び交う砂埃が視界を遮り、数メートル先くらいしか見えない。

 クソッ、何だこれは。この世の終わりか!?


 かろうじて輪郭をとどめる岩の裏側に、誰かがしがみついていた。

 あれは……。


「アンシェル、無事か!」


 僕は駆け寄って確認した。

 彼女の体の表面を、薄い光の膜のようなものが覆っている。防御の魔法なのかもしれない。ケガはないようだった。

 ただ、風に対する防護はないらしく、しがみつくので精一杯のようだった。


「よく来たわね盾! リーンフィリア様のところに行くわよ!」


 そう言うと、彼女は僕の背中にかじりつくようにして、砂漠へと押し出した。

 あくまで人任せにしないアンシェルの根性に感心しつつ、僕らは進んだ。


「リーンフィリア様はまだこの先にいるの!?」


 暴風にかき消され、返事があったかどうかすらわからなかった。

 ただ、彼女の小さな手のひらが押し出す力は変わらない。


 そして。


「うそ……だろ……!」


 リーンフィリア様はいた。

 長い髪と、腋見せ衣の裾を、荒れ狂う風の中に広げながら。


 直立不動。

 アンシェルのように魔法でガードしている様子もない。

 幸い、神様の体はそれほどヤワではないようだ。鉄の破片に切られて、傷だらけということもない。痛いだろうけど……。


「リーンフィリア様!」


 どうにかリーンフィリア様の隣までたどり着くと、アンシェルが飛びついた。

 何かを叫びながら、懸命に腕を引っ張ろうとしているけど、女神様は足に根が生えたみたいに動かない。

 まさか、まだメディタチオが続いているのか? こんな状況で!?


 僕は鉄板に守られた目で、女神様の様子を確かめる。

 目を閉じた彼女は、小さく唇を動かし、何かを話しているふうにも見えた。

 その内容はまったく聞き取れない。しかしその表情は平静そのもので、砂嵐の兆候を感じ取っている様子はない。


 放っておいても大丈夫なのか……?


 いや、女神様をよく知るはずのアンシェルが心配している。

 彼女はつれ帰るしかない!


 こうなったら強硬手段。リーンフィリア様を担ぎ上げようと、僕が腕を伸ばしたとき。


 それを遮るように、何かが兜の鉄板の上に当たった。


 金属ではなく。砂ではなく。

 それは、ここにあり得ないものだった。


 しずく。水の滴。


「…………!?」


 続けて数滴が兜に当たって小さな飛沫となり、砂嵐にさらわれていった。


 何だ……?

 雨……!?


 僕は思わず周囲を見回す。

 確かに雨天のように暗いけど……違う。雨なんか降ってない。

 視線をリーンフィリア様に戻し、


「…………!!」


 僕は硬直した。

 いつの間にか、リーンフィリア様の右手に〈偉大なるタイラニー〉が握られている。

 その刀身から、滴がしたたっているのだ。


 何だ、これ? リーンフィリア様の汗が伝わって……?

 思わず、目線が、細い手首へと移る。


 違う。


 リーンフィリア様は汗をかいていない……!


 じゃあこの水はどこから?


 考えられるのは。


 スコップ自体が、滴を落としている……!


 ――よ。おまえの仔牛を捨てよ。我が憤怒は彼らに向かい燃える。いつまで清くなりえないのか……


「なっ……」


 何だ!? 何か聞こえる!? リーンフィリア様の声が……!? 風に邪魔されることなく、はっきりと体の底まで響くみたいに聞こえてくる!


 ――それは神ではない。造られたものだ。仔牛は必ず粉々に打ち砕かれる。風をまく者は嵐を刈り取らねばならない。嵐の中で……嵐の中で……。


「ヒイッ!?」


 こ、これはまさか旧約聖書!?

 なんかとんでもないものを暗唱してる……!?


 僕が怯んだとき、リーンフィリア様の右手が動いた。

 ゆっくりと〈偉大なるタイラニー〉を掲げ、刀身を水平に寝かせる。

 かすかに、彼女の目が開いた。どこを見ているとも知れない、茫洋な眼差し。

 あるいはそれは、砂嵐の奥にいる闘神を見据えていたのかもしれない。


「アンシェル、離れろ!」


 僕は彼女に飛びつくようにして、リーンフィリア様から引き離した。


「何するのよボケ!」


 途切れ途切れの罵声を繋ぎ合わせると、そんなセリフに解読できたと思う。

 が、そんな彼女も気づいた。これまで三日間、微動だにしなかったリーンフィリア様が動いていることに。


 横に構えられた〈偉大なるタイラニー〉から滴が雨のようにしたたり、リーンフィリア様を濡らす。

 異変が起きた。

 剣型だったスコップの一部分がスライドし、その刀身をさらに伸ばしたのだ。


 それは一カ所だけではなく、あらゆる箇所で起こった。


 スライド、スライド、スライド、スライド!


 その変形は、ある形状を象ることで停止した。

 片刃の細い剣。まるで鏡のように美しく輝いて……これは、刀!?


 リーンフィリア様は両腕を交差させ、自らの体を包み込むような奇妙な構えを取った。

 カツッ、と一際大きな衝撃が兜を打つ。


「痛っ」


 思わず声が出てしまう。

 暴風の中を飛び交う鉄片の勢いがさらに増している。

 いつの間にか、砂嵐本体が目の前に迫っていた。


 こんな近くまでっ!

 やばい、呑まれる!


 そんな極限状態で、僕は――いや、きっと僕らは聞いた。


「時、満ち足りて」


 リーンフィリア様の、刀を握る指がわずかに締まる。


「森羅平列」


 かすかに腰を落とす。


「天地無角」


 そして、全身の回転と共に解き放たれた刃の切っ先が。


「世界よ、歪みなき一本の線であれ!」


 ドツッ!!


 天地の狭間に一本の水平線を引いた。


「…………!!!!」


 刮目して見よ。

 黒雲のような砂塵の壁を上下にぶった切る左右無尽の一閃!


 それは一瞬にして砂嵐の勢いを削ぎ落とし、春風のような柔風へと生まれ変わらせると同時に、豁然と開けた砂漠の風景をも上下に両断してみせた。


 波頭のようだった砂丘の頂上は、根元からばっさりと切り落とされ、膨大な数の砂のブロックとなって平らな砂地に降り注ぐ。


 それはあたかも……飛沫が飛び散る嵐の海を、一撫でで凪へと変えたような、すさまじい光景だった。


 僕も、アンシェルも、ただ呆然とそれを見つめるしかない。

 地平線の彼方まで、砂漠は平らになっている。

 もはや人間業ではなく……神の奇跡すら超えている。


「ふーっ」


 きっと砂漠に潜む獰猛な意志さえも、驚愕に声も出せないでいるこの状況に、場違いな女神様の声が響いた。


「あれっ? 騎士様、アンシェルも。いつからそこに?」


 きょとんとして、たった今目が覚めたみたいな顔のリーンフィリア様が、倒れ込んでいる僕らを見下ろす。


「ど、どうしたんですか。びっくりした顔をして」


 あなたが、どうした。

 しかし、それ以上に衝撃を受けた人々が、僕らの後ろにいた。


「砂漠を……この大地の試練を、女神が終わらせた……!」


 ドルド以下、ドワーフの戦士たちだ。

 先頭で血走った目を見開くドルドが、体をわなわなと震わせながら、声を広げた。


「みなに伝えろ。闘神は去り、ドワーフ族の修練は終わった。我らがその集大成だ。すべての研鑽はこの世代のためにあった。決戦の女神は来た! ……ボルフォーレ、オフロッテ……! リーンフィリア……タイラーニー、オブソーケ!」

「タイラーニ……!」


 その言葉は、砂漠の風のようにドワーフたちを駆け抜ける。

 波打つ砂漠を文字通り平らにしてみせた女神に対し、疑うものなど何一つない。


「タイラーニ、タイラーニア!」

『タイラーニ!! タイラーニアーレ!』


 新たな祈りが、快晴の砂漠へと響き渡った。

なしとげたぜ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] リーンフィリア様のカッコいい詠唱よく見てみたら、大地を聖地(整地)にすることしか考えてなかった。
[一言] 女神様かっこいい!! これにはタイラニー賛美もやむなし
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ