第百三話 ドワーフの試練
三日がたった。
砂漠にぽつんと立つリーンフィリア様は、まだ瞑想から戻ってこない。
僕らができることは何もない。
エルフの里では毎日のようにお菓子をモリモリ食べていた女神様が、食事も水も採らずに、あの過酷な世界でただひたすら立ち尽くしているのは、アンシェルでなくとも心配になってしまう姿だ。
待つことだけが唯一の選択肢である僕らは、ドワーフ洞窟で落ち着かない日々をすごしていた。
「天使殿は?」
超兵器の資材置き場で、だらだらとパーツの選別をしていた僕らに、戻ってきたアルルカがそうたずねた。
「リーンフィリア様のところに行ってるよ」
僕は手短に答えると同時に、日に何度か――いや、二、三時間おきに外の様子を見に行く天使の背中を思い出す。
メディタチオの邪魔になるから近づいてお世話することはできない。けれど、あんな場所に一人置き去りにはできない。彼女の気持ちはストレートにわかる。
「遠くから見守る分には邪魔にならないでしょって言ってた」
「そうか。天使殿は、女神様が大事なんだな」
アルルカがか細い笑みを浮かべる。
まるで入院している病人を想うような空気に、僕は胸の奥が湿っぽくなるのを感じた。
リーンフィリア様がメディタチオに入ってから、すべての活動はストップしている。
彼女の邪魔をしないよう、戦闘を引き起こす町作りは中止。
超兵器作成も動力コア不足から中止。できるのは、既存兵器の微調整くらいだ。
できるのは本当に待つことだけ。
それは思った以上につらいことだった。
何もできない自分をいやというほど認識させられる。
だからせめて、超兵器の勉強に力を注いだ。
わかったことをいくつか説明しよう。
まず動力源について。
アルルカの話では、イグナイトはサイズによって機能が変わるらしい。
大きなものは動力源。中くらいのものは動力源の起動キー。小型のものが関節に使う駆動系として機能する。
今、ここのドワーフ洞窟にある動力コアは使いきってしまっているけど、他の坑道やドワーフたちの別の避難所を探すことで、数を増やせる可能性は高いという。
もともと使い道のない鉱石で、あちこちに放棄同然で保管されているというのだ。
つまり、町を広げると、作れる兵器の数も増えていくということ。
リソース管理能力が問われる局面だ。その場その場に適した兵器作りを心がけたい。
こういうのは、エリア後半あたりで有効な攻略法に気づいて、一気に効率がよくなるものなんだけど……。今の僕らは、まだその段階にはない。
それからもう一つ。超兵器の挙動について。
どうやら超兵器は、一つの攻撃パターンしか実行できないらしい。
マッドドッグ一号は噛みつき攻撃、鉄騎様はサマーソルトテイル、といった具合に、自分の形状でもっとも威力の高い攻撃のみを繰り出す思考ルーチンのようだ。
暴走整地ローラーであるタイラニック号に腕がついても、
「この超兵器には腕がついているようだが……」
「そんなもの飾りです。神様にはそれがわからんのです」
ということになる。
また、マッドドッグ一号とアイアンバベルは徘徊型、鉄騎様は一カ所にとどまる固定型と、行動パターンがあることもわかった。タイラニック号は、リーンフィリア様が不在なのでよくわからない。
「何にせよ、リーンフィリア様には早く戻ってきてほしいよ」
「そうそうどうにかなるもんじゃねえよ。砂漠の砂は」
アルルカの後ろから入ってきた人影が、僕のつぶやきに対し、気楽な声で言った。
「やってるか、皆の衆」
「父さん」
アルルカの父である親方ドルドだ。
気さくに片手を挙げた父親に対し、アルルカはメガネの奥の目をすがめる。
「こんな場所に何の用だ? 女神様が大変な時期に、そんな気楽な様子で……」
何というか、友達と遊んでいる部屋へ、父親に踏み込まれた娘の顔だ。いや、知らないけど。
「なあに、不良娘がちゃんと研鑽してるか気になってな。ついでに、やきもきしてる若人をちょっとなだめてやろうと思ったのさ」
ドルドは、そんな娘の直情的な視線を屁とも思わない様子で応じる。言葉や態度が荒い程度じゃ、ドワーフたちは気にもしないのだろう。
「女神様がいつメディタチオから戻るか、わかるの?」
瓦礫の山に腰掛けていたマルネリアが聞く。
「もう、三日、たつ、よ……」
パスティスも心配そうだ。
〈ディープミストの森〉のときは、僕らは天界にいたから、女神様の試練は知らないうちにすぎていた。でも今回は、同じ地上にいて、同じ時間をすごしている。
リーンフィリア様はあの灼熱の砂漠で、朝も夜も関係なく、立ち尽くしている。
神様が熱中症で倒れるかどうかは知らないが、血の滲む手でスコップを握りしめていたかつての姿を思うと、ここ最近の僕らの会話がどうもじめじめしているのも無理からぬことだった。
「いつ終わるかは、俺にもわからねえ。ただ、この砂漠と向き合うのはたやすいことじゃねえってことはわかる」
ドルドは転がっていた四角いパーツの上に腰を下ろした。
僕らは、いつもと変わらない豪放磊落な彼の声に、少しだけ安堵を覚えて耳を傾ける。
「前にも言ったが、〈ブラッディヤード〉の砂はいわくつきだ。だがそれとは別に、この砂漠という土地は、おいそれと手を加えられないようにできてる。それはドワーフにも関係がある。重大な関係がな」
「重大な関係?」
彼の傍らにいるアルルカが疑わしげに繰り返した。
ドルドは「何で知らねえんだよ」みたいな視線をちらりと向けたが、話の脱線を嫌ったのか、すぐに僕らへと顔を戻した。
「ドワーフは砂漠に食われずに済んだ数少ない種族の一つだが、無罪放免とはいかなかった。同じ土地に住んでたってことで、連帯責任だな。闘神ボルフォーレは俺たちにも罰を科した」
「それが、この砂漠に住むこと?」
勘のいいマルネリアが口を挟む。
確かに、こんな過酷な土地に住み続けるのは罰以外の何ものでもないだろう。地下に良い鉱脈があるにしても、住まいとは分けてもよさそうなもんだ。
が、ドルドは首を振った。
「近いが、ちょっと違うな。俺たちは、この砂漠で戦士として鍛えられてるんだ」
「鍛える?」
「ああ。砂漠という過酷な環境に負けない肉体作り。砂漠に住むバケモノとの戦い。その戦いに必要な武具の用意。どれも、ボルフォーレが俺たちに科した罰だと言われている」
「そうだったのか……!?」
アルルカが驚愕のうめきをもらす。
「そうだったんだよバカ娘。おまえ、ちょっとは歴史の勉強をしろ」
「過去に囚われてはいけない」
『いや、少しは囚われろよ』
「騎士殿まで!?」
僕とドルドの声がハモったので、アルルカはショックを受けたようだった。
歴史を紐解けとは言わないけど、せめて前回の兵器作りの失敗を正しく活かすくらいはしてもらいたい。
でも……アルルカの言うことも一理ある。
現在の大変な暮らしが、いつとも知れない過去の贖罪だなんて、とてもじゃないけどやってられない。
「ドワーフはそんな理由で、つらい日々を送っているの?」
僕は聞いてみた。するとドルドはゲラゲラ笑いだし、
「つらい? 冗談じゃねえぜ騎士殿。こんなに楽しい人生はねえ。俺はドワーフに生まれたことを最高に幸運だと思ってる」
「へ……?」
「確かに、砂漠に慣れてない頃のご先祖様は大変だったかもしれねえがな。今の俺たちは砂漠の暑さなんかに負けねえし、戦いも好きだ。武器作りだって、どんなものを作って、どんなふうに使うのか、想像するだけで眠れねえ時期もあったぜ」
強がりでもないし、その生き方しか知らないふうでもない。
彼は選び取って進んでいた。
自分の足で、自分の道を。
間違いなく、アルルカの父だ。
「その鍛錬、って、いつ、終わるの?」
不意に割り込んできたパスティスの質問に、ドルドは目をきらりと光らせる。
「それよ。キメラの嬢ちゃん」
彼はここからが本題とでも言うように、大きな舌で唇を湿らせた。
「ボルフォーレは、趣味でドワーフに試練を与えてるわけじゃねえ。やがて来る、とてつもなく大きな戦いのために、戦士を鍛えているんだ。それがいつで、どんな戦いなのかは、わからねえ。ただ、戦いの神がこんな備えをするくらいだから、生半可なものじゃねえことだけは確かだ」
これと似た話を僕は知っている。
神が、死んだ地上の戦士たちを集めて鍛え、決戦に備える。
決戦の名前はラグナロク。
戦士たちはエインヘリヤルと呼ばれ、バルハラという死者の館で暮らしているという。
みんな大好き北欧神話だ。
「だから、その日が来るまで、この土地が俺たちを甘やかすことはない。いつだって過酷で、何一つままならねえまま明日が来る。だが、もし……」
彼の目が、にわかに熱を帯びた。
「もし、そんな日が来たら。あの女神様が、砂漠の土地を俺たちが住みやすいよう改造したのなら……できたのなら。それは、ボルフォーレが俺たちの鍛錬を終わらせたってことになる」
「……!」
僕はぎょっとする。
彼の目の奥に獰猛な光を見た。
それは、話好きの気のいいドワーフのものではない。猛る戦士の眼光だ。
「ついにその大戦がやって来るってわけだ。そして恐らく、そのとき俺たちを率いるのは……」
彼が言いかけた、そのとき。
「親方! ああ、騎士様たちもここにいた!」
アイドル系ドワーフの一人であるエリックが、下り階段を転げるようにして資材置き場に入ってきた。
「どうしたエリック。そんな血相変えやがって」
きょとんとする僕らに、彼は必死の形相で訴えた。
「シムーンが来ます! でも、女神様が外に……天使様も、一人で避難はしないって……!」
親方の言うとおり、この砂漠は何一つままならない。
リーンフィリア様が外にいるタイミングでの砂嵐。
それは本当に、神様と神様の対話なのかもしれなかった。
整地するだけで歴史を動かしてしまう神




