第百一話 蝗害対策
ネットイナゴという言葉がある。
ネット上で何か問題をやらかすと、どこからともなく集結して炎上させる人々のことだ。
このイナゴという言葉は、蝗災から来ている。大昔から、人類にとって、群れで押し寄せるものの中で一番ポピュラーで、一番恐ろしいのがイナゴなのだ。
蝗災として現れるイナゴ(正確にはイナゴではなくトノサマバッタなど)の総数はざっと数百億にものぼるらしい。もはや、知ったからって何ができるんだよってレベルの超物量。
そいつらが嵐のようにやって来て、畑の農作物を一瞬で食い尽くす。
人間たちは必死にイナゴたちを殺す。
イナゴはたくさん死ぬ。しかし畑を食い荒らされた後は、飢えて人間たちも死ぬ。
双方に死ばかりが残る、恐るべき災厄。
それが、僕らの方へと迫ってきている。
狙いは住居のみだとわかっていても、あれに呑まれたらどんな目に遭うのか、想像したくもない。
どうする?
ルーンバーストで群れに穴をこじ開けても、一瞬で元通りになるだろう。
広範囲攻撃の〈ヴァジュラ〉弾でも、焼け石に水……。
それに使うなら、ヤツらが恐れそうな火炎、〈アグニ〉を選ぶべきだ。しかしそれでは面攻撃はできない。
効果的な対応策は……? 何かないのか……!?
百戦錬磨のはずのドワーフたちも、雲霞そのものであるイナゴの群れに、武器をだらりと垂れ下げて立ち尽くすだけだった。
これから始まるのは、きっと戦いとも呼べない死の連鎖。
誰もが、悪意ある黒い嵐を呆然と見つめる中。
その声は響いた。
「みんな、待たせたな!」
!?
砂丘の上に、ケープ姿の少女が立っていた。
アルルカだ。
一人大人しく洞窟で留守番してるかと思ったのに、彼女まで出てきたのか!?
「こんなこともあろうかと準備しておいた!」
すでにイヤな予感しかしねえが!
彼女が大きく腕を振ると、その背後から異様な巨体が現れる。
それは――
『何だ!?』
誰にもわからなかった。
荷台に載せられたそれは、巨大な柱。
一見して、ドワーフを撃ち出す例の砲塔に似ている。
僕らがどうコメントしていいかわからずにいると、アルルカは自信満々に言い放った。
「騎士殿、わたしは、次の戦いは空だと言ったな」
「う、うん」
「こちらが空からの攻撃を見せれば、敵もいずれ同じことをしてくるだろう。だからわたしは、空への攻撃を想定した超兵器を作っておいたのだ!」
「なに!? 対空兵器だと!?」
兵器開発で常に敵の一歩先をいくこの発想。まさかヤツは本当に天才――
「空に向かって火を噴く超兵器、その名も“ヴァーチカルライター”だ!」
それってシング対空火炎放射器だろおおおおおおお!
またイギリスからの珍兵器かよおおおおおおお!!!
なぜ高速で飛び回る戦闘機相手に火炎放射器をチョイスした大英帝国!? 銃弾じゃダメなんですか!? 当然のごとく戦果はなかったそうだ!
でもッ……!
「今ここにおいてはイナフッ!! まさかのグッドチョイス!」
奇跡の一致を見た!
虫の群れ相手には火が一番だろ常識的に考えて!
悪魔の兵器が火を怖がるかは未知数だけど、あれだけ群れてる相手になら、火炎放射の攻撃範囲は理想的とさえ言える。
惜しむらくは、ヴァーチカルライターが一機しかないことだけど、やってみる価値はある!
「今、そっちに移動させる!」
「えっ」
アルルカの声を聞き、僕は猛烈にイヤな予感がした。
イグナイトの力か、自動で動く荷台が、砂丘の坂を下ってこようとする。
「あっ」
アルルカが声を上げる。
ヴァーチカルライターは、どう見ても最悪のバランスだった。
全身はほとんどが砲身で、基底部がひどく小さい。
何かが起こるかは、見ている誰もがわかっていた。
虎の子の火炎照射器は砂漠の傾斜に耐えきれず、前のめりにぶっ倒れたのだ。
「た、大変だ!」
赤い砂塵がもうもうと舞い上がる中、あたふたと駆け寄るアルルカ。
ヴァーチカルライターは砲身だけで十メートル以上はあり、何かの機具なしで起こせるようなサイズではない。
つまり、僕たちはこの時点で完全に詰んだんだけど……。
ボッ、ボオオオッ……。
「ん?」
火炎放射器の砲口から、まるで幽霊船が鳴らす汽笛のような、不吉な音が聞こえた気がした。
背中を走った怖気だけを根拠に、僕は叫んでいた。
「アルルカ離れろ! 倒れたショックで起動したぞ!」
それが勘違いで済めば一番だったんだけど、僕の警告から間を置かず、横倒しになった火炎放射器は、太陽が棒状に伸びたような業火を吐き散らした。
「わああ!」
アルルカはその風圧に押し飛ばされるように身を投げ出し、
「へぴっ」
着地のショックで暴走したイグナイトの爆発によって、少しだけ浮かび、落ちて、静かになった。
…………。
空には無限の蝗災。
地には暴発中の火炎放射器。
「撤収だ! すぐにテントをたため!」
僕の指示に、異議を唱える者はいなかった。
※
「どうにもならねえな……」
洞窟に避難してイナゴの群れをやりすごした僕らは、再び砂漠に出てきていた。
ドルドのつぶやきは、横倒しになったヴァーチカルライターに向けられたものではなく、これからの町作りの展望を、端的に言い表したものだ。
「今度こそ勝ったと思ったのに。どうして、わたしはいつも……」
そのヴァーチカルライターの前でうなだれているアルルカには悪いけど、仮にこの対空火炎放射器が健在でも、やっぱりあの蝗災にはかなわなかったと思う。
数が違いすぎた。川の水を手のひらでせき止めるようなものだ。
せめてもっとヴァーチカルライターを用意できれば。……と言いたいところだけど、実は、避難している間に、それがないものねだりであることが発覚した。
なんと、超兵器の動力コアがたりないのだ。
関節パーツや他の資材はたくさんあるのに、肝心の動力源がない。
町を広げていけば、その先でイグナイトが手に入る可能性は高いらしいけど、超兵器の数は今はこれが限界だった。
クソッ、上限を設けるなんて、これがゲームなら小癪なバランス感覚じゃないか。
一個師団作って無双は許さないということか。
しかし、新エリア到達からけっこうたつのに、町作りが全然進まないゾ……。
アルルカの言葉じゃないけど、今度こそ僕もうまくいくかと思ってた。
防衛の要である超兵器という新要素に気づけたからだ。でも、まだ何かたりないっていうのか?
配備する超兵器を厳選して……いや、それでもあのイナゴはキツい。
イナゴ以外のWAVEのことも考えないといけない。
どうすりゃいい。難しい。ちょっと難易度高すぎないか?
「騎士様、どう、しよう」
パスティスの問いかけに、僕の口の中に一番に生まれた返事は「どうしようもない」。
でも、声に出してみると、勝手に言葉が続いていた。
「どうしようもない、から、発想を変えよう」
天界メンバーとドルド親子がはっとした顔で、一斉に僕を見る。
「建物の防御力を強化する。やっぱりテントみたいな簡易住居じゃ、あのイナゴの群れにはかなわない。もっと頑丈な建物が必要だ」
これがぱっと思いついた答え。
攻撃は最大の防御だけど、だからって防御が不要というわけじゃない。
防御は重要だ。
この言葉は、攻撃によってそれを達成せよということなのだ。
「それには同意見だぜ。俺たちの前の家も、石造りだった」
ドルドが同調し、アルルカもうなずいてくる。が、同時に二人の顔は渋い。
「ただな。見てくれよ騎士殿、この砂地を」
ドルドがグローブのような大きな手を地面に突っ込み、赤い砂を掴み上げた。
「こんな柔らかい砂の上に、石材を置くなんてことはできねえ。以前の俺たちの町は、もっとしっかりした地面の上にあったんだ」
確かにそうだ。
タイラニック号が均した場所でさえ、手を突っ込めば指の付け根まで簡単に埋まってしまう。こんなところに家を建てたら、ちょっとしたはずみで天井が落ちてきてしまうだろう。
だからこそ倒壊の危険がない、仮に倒壊しても被害の小さいテントを、ドワーフたちは使おうとしていたわけだ。
しかし……。
僕がまったくの考えなしに、こんな提案をするはずがないだろう!?
砂漠の開拓は、もう前作で経験済みなんだぜ!
「リーンフィリア様、例の奇跡を使いましょう」
「えっ? 奇跡?」
「雨の奇跡ですよ。以前、サンサンドザラを開拓したときは、その雨で砂漠を緑化して町作りをしましたよね」
「あっ、そ、そうでした」
そうなのでしたよ?
『Ⅰ』の砂漠エリアでは、そのままでは人が住めず、まず居住可能域を増やすことから始まるのだ。
そのために必要だったのが“奇跡”のコマンド。
そもそも、クリエイトパートというのは、この奇跡コマンドを駆使して、住みにくい土地の問題を解決していくものなんだ。
なのに『Ⅱ』ときたら、土地よりも住人たちの方にはるかに深刻な問題があって、これまでほとんど出番がなかった。
〈ヴァン平原〉の初期の初期に、畑を作ったくらいじゃないか? マジで。
だけど! ついにその力を振るうときが来たぞ!
見せてやろう、熟練プレイヤーの性能とやらを!
「あっ、騎士様。奇跡を起こすときは、〈オルター・ボード〉を通じて天界に申請してくださいね。奇跡は、天界が総合的に管理するようになったので。細かな変更ですけど、一応」
「えっ、そうなんですか?」
以前は、リーンフィリア様の神の力をダイレクトに投入してた設定のはずだけど。
先の戦いで活躍しすぎて目をつけられた女神様だから、そのへんも縛られてしまったのかもしれない。でもまあ、微妙な変更だから、大した問題はない、か?
「ほら騎士。持ってきてあげたわよ」
「ありがとうアンシェル」
アンシェルから〈オルター・ボード〉を受け取り、画面をタップする。
アルルカとドルドが物珍しそうに後ろからのぞき込んでくるのを背中に感じつつ、ほとんど触れてこなかった奇跡のアイコンを展開していく。
雲から点線が降り注ぐアイコンを発見。これだ。
ただ、注意すべき点が一つあった。
奇跡コマンドには、ポイントが必要になる。
リーンフィリア様の神力みたいなものだ。ポイントが足りないと、その奇跡は起こせない。
これはリーンフィリア様の信仰度に依っていて、最初のうちは小さな奇跡しか起こせないけど、町を広げ人口を増やす――世界を再生していくに従って最大ポイントが増え、より大きな奇跡を起こせるようになる。
雨の奇跡は初期から使える小規模なものだし、タイラニーの教えはヤバいレベルで地上住人に浸透してるから、何も問題はないだろう。
雨の奇跡をタップ!
すると、砂のせいでやや赤みがかっていた青空が、にわかに曇ってきた。
「まさか、雨が降るのか……?」
ドルドが仰天する中、
「うっ」
突然、リーンフィリア様が片膝をついた。
「リーンフィリア様!?」
僕が驚いて声をかけると、
「大丈夫です。今の奇跡で、タイラニーポイントを消費したようです」
もうちょっとマシなもの消費してくれませんかね……。
それに、必要なのはゴッドポイントでしょ。僕知ってますからね。
仕様変更に伴い、リーンフィリア様には何の負荷もかからないはず。
要するに、ちょっと奇跡を起こしたところをアピールしたかったのだろう。
ともあれ、これで砂漠に雨が降り注ぎ、しっかりとした大地になってくれる。
しかし――。
「あ、あれ?」
発生しかけた雲は、まるで途中で気が変わったかのように霧散してしまった。
「騎士殿、無理もねえぜ。この砂漠はもう数十年、一滴も雨が降ってねえ。天変地異の一つみたいなもんだ」
「そんなはずは……。も、もう一度試してみる」
ドルドの説明に抗い、僕はアイコンをタップする。
が、反応がない。
よく見ると、アイコンの色が暗い。「使えません」と言っているかのようだ。
何で?
奇跡のためのGPは潤沢にあるはず……。
僕は確認し、凍りついた。
5/20
上限20ポイントで、残り5ポイントの表示。
何だこれ……『Ⅰ』のときの初期値以下だぞ!? 何でだ!?
リーンフィリア様はかなりの信仰を得ているのに!
「知ってしまったわね」
アンシェルの小さなつぶやきに、僕の肩がぴくりと跳ねる。
「ど、どういうこと……?」
「奇跡を管理してるのは天界なのよ。GPはリーンフィリア様の信仰の度合いじゃなくて、神格の高さが関係してるの」
「……!! リーンフィリア様は確か、塵神扱いだったか……」
天界で一番格が低いのは俗神。しかしリーンフィリア様はそこからさらに一段階下にいた。(僕のせいで)
GPが初期値以下なのもうなずける。
しかし、天使は眉間にしわを寄せ、首を横に振った。
「えっ? 違うの?」
「下がったの。また」
「ええっ……」
天使は声というより、苦悩そのもので空気を振るわせた。
「今は、わらばんしん、よ」
「わ、わら半紙? 何それ、どういう格なの?」
「…………。リーンフィリア様には絶対内緒よ? 降格は、まだ気づかれてないから」
「わ、わかった」
「藁で作った蛮族の神。つまり、天界にいない、架空の神よ」
「えっ……。ってことは……」
い、いないことにされておられるううううううううう!?
雑に扱われるどころか、知らない子扱い!?
僕はリーンフィリア様をチラリと見た。
降格の事実を知らないリーンフィリア様は、雲が消えてしまった空を不思議そうに見上げていた。
これから大粒の雨が降り続け、乾いた大地を潤していくことに何の疑問も抱いていない顔だ。
……知られてはいけない! あの無垢な女神様に、この残酷な事実を!
ていうか降格の原因は全部僕だし!
しかし、雨が降らないとなると、この砂漠の砂、どう攻略すりゃいいんだ……?
しれっと再開していきましょう。
常に問題を突きつけられる女神様一派。
どうして気持ちよくゲームをプレイさせてくれねえんだ!
※予定よりちょっと早いですが、10月に入るとまた更新できなくなってしまうため、今のうちにやっておきます。




