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第百話 平坦な戦場

 砂塵の奥から現れたものに、ドワーフたちは、自分たちが戦場のまっただ中にいて、しかも今眼前に敵がいることも忘れ、一瞬きょとんとした。


 それほどに、新たに参戦してきた物体が珍妙な形をしていたからだ。


 でも僕はその正体を知っていた。

 使い方も。

 誰が作ったのかも。


「ダ、ダイラーニア……。ダイ、ダイラー……ニア」


 異音を発しながら静かにこちらに近づいてきたのは、


 重いコンダラだった。


 いや、違う。正しくは整地ローラー。

 グラウンドなどを均すのに使われる、巨大なコロコロだ。


 サイズはかなり大きい。実物の倍くらいはあるか。

 デザインそのものはシンプル。しかし、材料に手頃な形状がなかったのだろう。ローラーに使う円柱は、様々なパーツを寄せ集めて無理矢理構築したもので、拷問機具めいたごつごつした鉄塊となっている。


「ふふ……ふふふ」


 何だか悪役っぽい笑い声が聞こえてきた。

 巨大な整地ローラーの上には、自転車の泥よけのようなカバーがついていて、そこに誰かが腕組みをしながら乗っているのだ。


 もはや、誰だとは言うまい。

 整地用のローラーの上に仁王立ちする人物なんて一人しかいない。


「素晴らしい……。まるでタイラニーの精神が形になったようです!」


 なんかリーンフィリア様が黒い笑いを浮かべてる……。

 コレジャ……いや、でも、あれはあれで……いいのか僕?


 っていうか!


「女神様、戦場に出てきちゃダメでしょ!?」

「何を言う! わたしは数百年待ったのだ!」


 あああ、ソロモンの何かとかに乗っ取られて口調まで変わっちまってる!?


「さあ、ゆけタイラニック号! 世界を平らに! 命を平らにするのだ!」

「ダイラニイイイ……」


 整地ローラー改めタイラニック号が砂漠を進み始める。

 重量感のあるゆるりとした初動は、すぐさま砂煙を伴う疾走へと変わった。


 は、速い!


 しかも、形状的にはパンジャンドラムに近いのに、正確に敵を追い回している……!?

 上にいるリーンフィリア様の精神力か?


 いや……違う、持ち手だ! ローラーの後ろに付いている持ち手が微妙に動いて、魚の尾びれのように進行方向を制御しているんだ!


 整地ローラーはリアカーのように引くのではなく、押すのが正しい使い方だという。

 そしてタイラニック号は、見えない誰かに押し進められているかのように、的確に敵の密集地に突っ込んで……。


 すべて轢き潰した……。


 うわあ……。


 中型ゴーレムも、小型のグラススティンガーも、タイラニック号のローラーと重量によって噛み砕かれ、平らに均された砂漠の一部となった。


「こ、これがリーンフィリア様の力なんだからあ!」


 リーンフィリア様の隣でしゃがみ込んでいるアンシェルが、その惨状を見て、青ざめた顔で叫んでいる。もう半ばヤケだ。


 うん……。

 これはもう地上再生という名の単なる粛正だね……。

 知ってるよ。タイヤのついた戦艦とかが出てくるヤツだろ?


「何だありゃあ……。神が作りたもうた魔獣か……?」


 ドワーフたちもさすがに息を呑む。

 間違ってはいない。いや、もっと前の段階で別の何かが間違っている気はするけど。


 その後も、タイラニック号は次々に悪魔の兵器を轢殺していった。


「ふふふ……ははは……あーっはっはっは!」


 とうとう高笑い三段活用までしだす女神様。

 これは悪しきマシーンに心を乗っ取られている可能性大。

 早く引きずり下ろさないと、いよいよどういうキャラだかわからなくなる!


 しかし!


 砂漠ローラー作戦によって平坦になった戦場が、もこもこと膨れあがり、そこから轢かれたはずのデザートクラブが姿を現した。


「なにっ!?」


 すっかり悪役の驚き方をする女神様。


 あのカニたちは元々扁平な体型だし、上からの攻撃には滅法強い。ドワーフの攻撃にだって耐えるくらいだ。ローラーの重みで地面に押し込まれはしたけど、しのぎやがったか!

 でも、カニくらいなら僕のマッドドッグ一号で殲滅して――


「心配には及ばないよ騎士殿」

「マルネリア!?」


 いつの間にか僕の隣にエルフの魔女が立っていた。


「すでにタイラニック号の弱点は克服済みだよ。まあ、たまたまボクの考えた兵器と女神様の兵器の相性が良かっただけなんだけどね」

「どういうこと?」


 マルネリアは答える代わりに、砂漠の一角を指さした。

 デザートクラブが数体まとまっている。

 タイラニック号は、おののくリーンフィリア様の意志をそのまま受け継ぐかのように、その群れに突入できないでいた。


 が。


 ドンッ!


 小さな震動を足の裏が感知した瞬間、前方で巨大な砂柱が立ち上がり、デザートクラブたちを吹き飛ばした。


「なっ……!?」


 僕はぎょっとする。

 それはこれまで見た兵器の中で、一番グロテスクなものだったかもしれない。


 大樹だ。


 鉄で押し固められた樹。それが、突然砂漠に生えたのだ。


 生命なき大地にそびえ立つ鉄塔は、一層の無機質さを僕らに見せつけながら、陽光をぎらりと照り返して周囲を威圧する。

 そして、自分の奇襲が成功したのを確認したように、地響きを鳴らしながら、ゆっくりと地面に戻っていった。


「マルネリア、今のが君の……!?」

「そうだよ。名前は特に考えてなかったけど、みんな付けてるみたいだから、アイアンバベルとしておこうかなっ」


 あの森のエルフらしい、〈バベルの樹〉のオマージュというわけか。


 そして見よ。

 下から突き上げられたカニたちは、どれも弱点である下腹を見せてひっくり返っているではないか!


 この好機をあの獰猛なローラーが逃すはずがない。


「たいらにー!」


 リーンフィリア様の突撃号令により、デザートクラブたちは背中の外殻を残し、鉄屑と化した。

 一片の情けも容赦もためらいもなかった。

 そして、この大地の粛正は、第一波終了まで、息継ぎすら必要とせずに続けられたのだった。


「す、すげえなおい! 今回俺たち何にもしなくとも勝っちまったぞ!」


 多大な戦果を引き連れ、自作兵器と共に一旦集合した僕らに、ドルドたちが駆け寄ってくる。

 彼らは、頭が重すぎて億劫なのか、寝そべって待機しているマッドドッグ一号や、彫像のようにぴくりとも動かない鉄騎様を物珍しそうに眺めた。


 一方、


「はっ、わたしは一体何を」

「いえ。何もしていませんよ。女神様が戦場で何かしているはずがありません。でも、危ないからそろそろ洞窟の中に戻りましょうね……」


 タイラニック号から降りたことで正気に戻ったリーンフィリア様を、涙目のアンシェルが必死に洞窟に引っ張っていこうとしている姿もあった。

 殺戮の整地ローラーを見つめるドワーフたちの視線は、どこか畏怖を帯びている。


 しかし……。


 いい。


 まだWAVE01を凌いだにすぎないけど、今までとは桁違いの戦果だ。

 やっぱりこのタワーディフェンスを制するのは、この兵器群だ。アルルカは間違ってなかった。


 だけど問題はこの次……。例のイナゴだ。

 ヤツらは数が多く、しかも的が小さい。


 僕らが自作した兵器の中では、リーンフィリア様のタイラニック号がもっとも広範囲を継続的に攻撃できる。

 でも、やはり一機では厳しい。

 もう一機、範囲攻撃を得意とする機体があれば……!


「親方、次が来やがったぜ! 騎士殿たちも準備してくれえ!」


 ドワーフの見張りが叫ぶ。

 クソッ、ないものねだりをしても意味はないし、敵も待ってはくれない!

 戦力が充実したのは間違いないんだ。やるしかない!


 イナゴの群れがやってきた。


「誰か一人、見張りについてくれ! 砂嵐の兆候を見逃さないで! それまでパスティスとマルネリアにも戦ってもらう!」

「わかったぜ騎士殿! 俺に任せろ!」


 ドワーフの一人が観測役を買って出てくれた。

 本来、戦いの場では一人でも多くの人員を必要とする。終始見張りに徹する使い方は非常に贅沢とも言えるけど、すべてが見えなくなる戦場の霧の中では、極めて重要な役所でもある。


 総力戦が始まった。


「平たき清浄なる世界のために!」


 ああ、やっぱりリーンフィリア様は降りなかったよ。

 すがりつくアンシェルを引きずったまままたタイラニック号に乗って、戦場を縦横無尽に荒らしまくった。いや、一応、地面は整っていくんだけども……。


「パスティス、そっちに行ったイナゴを頼む!」

「わかっ……た!」

「おっと、面攻撃ならボクにもやらせてよ。攻撃魔法は久しぶりだからちょっと加減ができないかもだけど」


 みんな一生懸命戦った。

 僕らも兵器たちも頑張ったけど、殊勲賞はやっぱりリーンフィリア様とタイラニック号だったと思う。


 移動するだけなのに一撃必殺級の攻撃力で、しかも敵が大きければ大きいほど効果を発揮しやすい。ジャイアントキリングの称号をあげてもいいほどだ。

 手強い大型の殲滅速度が上がったことで、イナゴに対して時間をかけられるようになった。それが何より大きかった。


 そして……。

 気がつけば、周囲は動かない鉄屑ばかりになっていた。


「やった! WAVE02突破だ!」


 強化テントにかじりついた唯一の虫を引き剥がし、踏み潰した僕は、快哉を叫んだ。


「ボッホーレ! ボッホーロー!」

『ボッホーレ! ボッホーローホー!』


 ドワーフたちが雄叫びを上げている。


「たいらにー! たいらにー!」

「ギギギ、ダイ、ラアニイ……」


 あっちでも何か叫んでいて、陣営はかなりカオス……。


 でもまあいいさ。

 今回の防衛ラインは最後まで安定していた。ラストのイナゴだって、緩んだところを奇跡的に抜けてきた一匹だ。

 このまましっかり守れば、いける、いけるぞ!


 とんとん。


 ん……?


 不意に肩を叩かれた。

 振り向いてみると、パスティスだ。

 てっきり、喜びを共有したいのかと思ったけど、何か様子がおかしい。


 彼女にしては珍しく、呆然とした顔で空を見上げている。

 その隣にいるマルネリアも、帽子の広いつばを持ち上げ、口をぽっかり開けていた。


 上に何か……?

 僕もならって天を仰ぐ。


「え…………」


 砂塵のせいで赤茶けた青空に、黒いシミができていた。


 何だありゃ?

 空にシミなんかできるはずがない。何かの見間違いかと思ってしまう。

 でもそうじゃない。


 おまけにそれは、アメーバのように激しく形を変えながら近づいてきていて……。


 僕ははっとした。

 あれは。


「イナゴの、群れだ……」


 現実を直視した自分の言葉こそ、拒絶したくなる。

 敵の群れにイナゴが混じってるなんて話じゃない。

 それのみの超大群。


 古来より、洪水や干ばつと同格に恐れられた、正真正銘の“蝗災”が押し寄せてきていた。


前回を読んだ大方の人が予想していたであろうタイラニー兵器登場。

決してイイモンの戦い方ではない・・・。正義を名乗るには勝ち方も重要だって、はっきりわかんだね。


※お知らせ

諸事情により、次回投稿は一ヶ月後の9/30の予定です。

もっと早くなるかもしれないし、逆にちょっと遅くなる可能性もありますが、再開の際はツイッターや活動報告で連絡しますので、よければそのときにまたのぞいてやってください。


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― 新着の感想 ―
[一言] やっべえ砂漠来てからみんな満足度高い感じだw エルフ編は鬱憤が溜まりやすかっただけに このはっちゃけ具合いいぞー!
[一言] ムラサメモードの女神様もいいけれど、タイラニック号搭乗中の女神様も良いですね。すごく楽しそう。
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