第十話 接近戦闘
『Ⅱ』の開発記事で聖銃アンサラーを見たとき、僕の思い描いていた戦いはこうだった。
接近戦では剣。遠距離戦では銃。戦闘中は、相手を吹っ飛ばすコンボなどがあって、その追撃として銃が活用できる。
コンボが終わった後は、優雅にリロード。湯気の乗った空薬莢が宙を舞う。
一瞬の停滞と静寂の後に、主人公はまた次の冒険へと向かう……。
でも現実は違った。
剣もなければ、コンボもない。探索だって禁じられていた。
わずかな材料を元に空想しているときが一番楽しいなんて、僕は子供すぎて知らなかったんだ。
――もし『Ⅱ』が無事発売されていたら、そんなふうに思ったに違いない。
※
《〈ヘルメスの翼〉が私を決戦の場へと運んでいく。ヤツを倒せば、この石のように冷え切った風にも、少しはぬくもりが戻るだろう》
「ヤツか……」
背の高い草に身を潜めた僕は、ようやく場面と合った台詞を口にする主人公の声を聞き流しつつ、草原の主の様子を観察した。
その第一印象は、
「気持ち悪いな……」
に尽きる。
僕は、腕が長い哺乳動物を見れば、だいたい猿だと思うのだろう。
毛むくじゃらのそいつは、確かに類人猿の系譜であることは間違いなかった。
ただ、尋常じゃないくらい手足が長い。
一番近いものを挙げるとすれば――脚立かな。
手足の長さはざっと三メートルほど。その高さに胴体があり、毛に覆われた頭部には赤い目が二つ、周囲を落ちつきなく見回している。
ああやって高所から見下ろされては奇襲は無理だろう。
神々のお望み通り、正面から行くしかない。
「トールエイプとかいう名前がついてるそうね」
「〈契約の悪魔〉の新商品?」
「だと思う」
「攻略法は?」
「不明。頑張るしかないわ」
「わかった」
闘犬にためらいは不要だ。
「仕掛ける」
宣言するように報告し、僕は原野を駆けた。
トールエイプは急接近する僕の姿を即座に発見した。
禍々しい二つの赤い目が強い光を発し、忙しなく動いていた頭部はこちらの正面に固定される。
「当たれッ」
僕は、探索を廃止した『Ⅱ』のバトル仕様を認めないが、シューティングなら弾は驟雨のように撃ち続けるのがセオリーだと思っている。
接近しながら引き金を絞り続ける。
これだけ撃てば何発かは当たるはず。ボスだから一撃では無理だろうが、先制としては十分。怯んだところに、大攻勢をかけ――。
「――――!」
いきなり、トールエイプが手足を曲げた。
それだけで胴体の位置が二メートル近く下降する。
上向きに撃った全弾丸は、怪物の胴体の上を空しく通過していった。
「ぐっ――!」
僕は疾駆にブレーキをかける。
まずい。一発も当たらないとは思わなかった。
「――――!」
トールエイプが、手足を折り曲げたまま、蜘蛛のような動きで高速突進してくる。
「クソッ!」
引き撃ちだ! 後退に回避を混ぜながらアンサラーを撃てば、こちらに有利な状況を作れる!
しかし――
「は、速い!?」
僕とトールエイプの距離は、あっという間にクロスレンジにまで縮まった。
いや、僕の腕はヤツの胴体にはまったく届かないのだから、クロスとは言えないかもだけど――。
草を刈る鎌のように、水平に薙ぎ払われた前足に、僕は呆気なく弾き飛ばされた。
「ぐあっ!」
あのチュートリアルで食らった一撃なんてメじゃない。
僕の体が鎧ごとバーテンダーにシェイクされたようだった。
天地が何度も裏返り、息が止まる。
痛みは人を萎縮させる。
痛みは勇気を瓦解させる。
僕はどうだ? 僕はどうなる?
僕は女神の騎士だ。でもそれは体面ってだけで、中身は違う。
僕の中身は何だ?
僕の中身は高校生のツジクロー。
ツジクローは何でありたいと願った?
そうだよコノヤロウ。
僕は奥歯を噛みしめる。
痛みは恐怖を植えつける。
けれど痛みは――狂犬をより凶暴にさせる。
「やってくれたなあああ!」
視界を赤くするのが怒りなのか痛みなのか、判別することも放棄したまま、僕は吹っ飛ばされた先でアンサラーの引き金を引きまくった。
しかし当たらない!
クソッ、どういうことだ!?
今まで正確だったアンサラーの狙いがブレてる気がする!
トールエイプは胴体を揺さぶることで、的を絞らせないよう動いてくる。
その動きは確かに厄介で有効なのだけど、今までの僕の戦い振りからすれば、捉えられない相手じゃないはずだ。
この不調の原因は何だ?
何とか足止めを――そう思っても、こいつは手足が節足動物並に細いため、そちらに狙いをつけることも難しい。
銃口が定まらない。距離を詰められた。後退しようにもなぜか足が重い。またあの薙ぎ払いが来るぞっ……!
「ぐあはっ!」
赤ん坊に投げ捨てられた人形の気持ちがわかる。
草地がクッションになって救われている部分はあるかもしれないが、兜の中の頭蓋骨の中はもうひっちゃかめっちゃかだ。
「どうやらここまでみたいね。撤退しましょう。もう無理よ……」
「アンシェル……? 何だって?」
僕は耳を疑う。しかし、返ってきた彼女の声には怒りすらこもっていた。
「時間制限があるって言ったでしょう……! リーンフィリア様からの祝福が、あんたに届かなくなってきてるのよ。このままじゃ、天界に戻すことだってできなくなる。そこで野垂れ死にたいの?」
な……に……?
そんなペナルティが……?
「そういうことはもっと早く言ってほしかったよ」
「あんたと口論してて……忘れちゃってたわ。ごめん」
アンシェルは素直に謝ってくる。
「いや、天界のルールに噛みついたのは僕だ。こっちこそ、責めるような言い方してごめん」
どのみち、聞かされたところで、探索をやめるなんてできなかった。
「撤退したら、またこの平原に戻ってこられる?」
「…………。計画の練り直しになると思うけど、天界はこれ以上の干渉を認めないでしょうね。実質的に、ヴァン平原は再生不可能よ」
「だったらダメだね。敵にも、天界にも屈するなんて、僕はゴメンだ」
「そんなこと言ったって、明らかに不利じゃない! あんたの動きも悪くなってる! アンサラーだって性能が落ちてる! 勝ち目はどんどんなくなってるのよ!」
「認める。でも、いやなものはいやなんだ」
我ながら子供じみた発言だ。
でも、断言してさっぱりした。
僕は天界に噛みついた。
そしたら次は、むこうが噛みつき返してくる番だ。
それが戦いってもの。
攻撃はするけど、反撃されるのはいや。そんな甘い話は許されない。
噛みついていいのは、噛みつかれる覚悟のあるヤツだけだ。
だから僕の戦いは……今、正しく始まった。
アンサラーの狙いが甘い理由もわかった。
体の動きが鈍いわけも把握した。
次は、その中で何ができるかを考えるときだぞ、僕……!
《ダメだ。勝てない。私の戦いもこれまでか……》
長銃に目を落とす。
アンサラーに限らず、弾丸は小質量の攻撃だ。攻撃範囲は、あっても一センチほどだろう。
胴体のほんのわずかな回避でも無効化される。今の僕に、それを狙い撃つのは不可能だ。
もっと広い面積で攻撃する必要がある。
さあ、何を考える。
打開策は?
「アンシェル、女神様はいる?」
「えっ? ええ、いるけど……」
「伝えてくれ。カルバリアスを使わせてほしい」
「えっ……。聖剣カルバリアス!? 何言ってるの、武器は全部天界に封印されて――」
「カルバリアスはあるはずだ! あれは女神様の髪からできた剣だ!」
アンシェルが息を呑む。
「――だっ、だけど、剣を使ったのが天界にバレたら……って、女神様ぁ!? 今、地上に何投げましたあ!?」
ズガッ!
陽光を一瞬、純白に照り返し、目の前に幅広の剣が突き立った。
さすが、僕のリーンフィリア様……!
アンサラーの物質化を解除した僕は、特徴的な長い柄を逆手に掴み、剣を引き抜く。
刀身の中心には、切っ先に向けて一本の溝が掘られ、それを縁取るように魔法文様の装飾がある。
聖剣カルバリアス。先代が一番最初に手にした武器。
アンサラーは別名フラガラック。伝説の剣に詳しい人なら聞いたことがあるだろう。
では、このカルバリアスとは何か?
「――――!」
トールエイプの前足が迫る。
僕は、それと十字に交差するように剣を振るう。
女神の騎士らしく、逆手持ちだ。
重い手応えが伝わり、しかりその重圧は、一瞬後に霧散した。
「ギイヤアアアアアアアアア!!」
トールエイプの長い前足が、体液をまき散らしながら宙を舞う。
陽光に刀身が白々と光った。
聖剣カルバリアス。
別名をエクスカリバーという。
「うおおおおおおおおおお!」
カルバリアスを逆手に持ち、僕はトールエイプの一本残った前足へと駆け込む。
一閃の元に切断。
支えをなくし、高所にあった胴体が顔面から地面に沈み込んだ。
並の生物なら重症だ。しかし、悪魔の兵器はこの程度では黙らない。
残った後ろ足が、トールエイプの胴体を安全圏まで後退させようとする。
「逃がすかッ――!」
僕はその背中に、迷わずカルバリアスを突き立てる。
絶叫が迸り、トールエイプの胴体が地面に縫いつけられた。
散々手こずらせてくれたあの動きが、これで死んだ。
決定的な勝機――!
そのとき、僕に向かって大きく開いたトールエイプの口腔内に、異様な光が集束した。
「――――!?」
ゴーレムが放ったレーザーの光を彷彿とさせる輝き。
もはやかわせる距離じゃない。
互いに、決死の間合い!
《女神よ、もう一度、私に戦う力を!》
「アンサラアアアア!」
間髪入れず腰の後ろで再物質化したアンサラーを構えると、僕は動きの止まったトールエイプに、ゼロ距離で魔法弾を浴びせた。
「ああああああああああああ!」
いかに僕の狙いがガバガバになっていたとしても、この距離ではずしようがない。
その初弾は、凝固しかけていたレーザの光源ごと、怪物の下顎を粉砕した。
続けて引き金を一度引く事に、トールエイプの体が削れていく。
その凶暴な命が、魔力弾の光片と共に飛び散っていく。
怪物の双眸から禍々しい光が消えると同時に、アンサラーの銃口が赤熱し、悲鳴を上げた。
オーバーヒート。
僕はベルトからアイスチップを取り出すと、女神と大樹が描かれたボディ部の上を滑らせる。
もうもうと立ち上った蒸気は、僕がクルリと回転させたアンサラーに巻き取られ、静かに虚空に溶けていった。
「……コレだよ……!」
アンサラーを肩に載せた僕のつぶやきが、激戦の余韻と共に風にまぎれていく。
敵にも、天界にも、仕様にだって屈しない。
僕は意地でも僕の戦いを通す。
1stバトルフィールド、クリア。
【念願の二刀流を手に入れたぞ!:1コレ】(累計ポイント-41000)
《いちごジャム》
「せっかく決めてたのにやめろォ!」
排熱はどうしてあんなにカッコイイのか




