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第1話 出会い






 夕菜は、公園に来ていた。時は夜半を過ぎていて、女子高生が外出しているような時間ではなかった。


 雨が降っていた。ザーッと降るような雨ではなく、シャワーのような夏なら涼しく感じられそうな雨だった。でも、季節は秋。いくら土砂降りではないとは言え、長時間雨の中にいれば服はかなり濡れる。現に、夕菜の服は下着まで濡れ始めていた。


 けれど夕菜にとって夜中だろうが、雨が降っていようが、何もかもがどうでもよかった。毎日親に暴力を振られ、学校では頭が良くないことや、容姿が他人からうらやましがられるほどだったのが不幸していじめられていた。


むしろ、今降っている雨は自分の悲しみや絶望を代弁してくれているのかもしれない。

 

 夕菜は、小説に出て来そうな台詞の一節を頭の中に思い浮かべて、思わず笑ってしまう。


 夕菜は嫌なことがあったら、必ずいつだろうとこの公園に来た。入って右手の方に、 3人掛けのベンチがあって、そこが夕菜のお気に入りの場所だった。


 ベンチは、特に座り心地がいいとかは特にないけれど、街灯もなくひっそりとした空間になっているから、夕菜は気に入ったのだ。


 今日もいつものように公園に来た夕菜は、いつものベンチに腰掛けようとしていた。


 けれど、そのベンチには先客がいた。




 男の人だった。


 その人は、スーツを着て黒いコートを羽織っていた。それ以外は、特徴的なところはなかった。その位置は街灯がなくて、暗くて姿がぼんやりとしか見えなかったのだ。でも、背中は程よく伸ばして足もつけて座っていながらも、手をベンチの両脇に放り出している姿は、何か悲しいと言う気持ちがそんな体勢をさせているように思えた。


 3人掛けのベンチがだから夕菜が隣に座ろうと思えば座れるけど、夕菜はその向かい側にあるベンチに座ることにした。無理して、男の人の隣に座ろうとは思わなかった。




 気がつけば、夕菜は向かいに座る男の人を見ていた。家を出て来たときにあったモヤモヤは、いつの間にか気にならなくなっていた。今、視界に写っている人のことが気になってしまって。


 男の人は、度々片手に持っている缶を口へと運んで飲んだ。ヤケに飲んでいるというわけでもなく、ゆっくりと飲んでいた。


 飲み終わる頃になると、どこからともなく新しい缶を取り出して煽り出した。


 やがて、男の人は座ったまま前に屈んで頭を垂れた。


 カランッ。


 やがて、男の人は缶を手から取り落とした。それを取るのかなと思ったけれど、一向に取ろうとする気配は見られなかった。


 それどころか、それ以降男の人はピクリとも動かなかった。


 夕菜は、不安になった。まったく動かない彼は、もしかして……。


 その男の人を勿論だけど、夕菜は知るはずもない。でも、意を決して夕菜は立ち上がってその男の人に近付いていった。


「あの、大丈夫ですか?」


 何か上からのぞき込むような姿勢だと、失礼になるような気がしたから夕菜は膝を折って頭の高さが同じようにして声をかけてみた。


 夕菜の問いかけに対して、その男の人はきちんとした答えは言わなかった。


 代わりに、夕菜には啜り泣きの音が聞こえてきた。


「…か、めいか。ほんとに…ごめん」


 おそらくは女の子の名前とその子に対してかはわからない詫びの言葉が、夕菜の耳には聞こえてきた。


 時は、止まることなく進んでいく。


 もう夕菜が公園に来てからだと1時間、夕菜が男の人の前に来てからもそれなりに時間が経っている。


 さすがに夕菜自身も雨に濡れているせいで、体が冷えてきているのが感じるようになってきていた。


 もう帰らないと、そうは思ったものの、なぜか目の前の男の人を放っておくことはできなかった。


 ここで夕菜が去ってしまえば、この男の人は朝までここにいるだろう。そうなれば、この雨で、きっと体を壊してしまうに違いなかった。


 そろそろ何かしらの行動をすべきだと思った夕菜は、もう一度男の人に声をかけた。


「あの、大丈夫で…えっ!?」


 その瞬間だった。


 突然、男の人は全身の力が抜けたかのように、男の人の前にいた夕菜に倒れかかってきた。


 慌てて夕菜は、男の人の肩を手で抑えた。そのまま、片手を男の人のひたいに当てた。


「熱い…」


 夕菜は、掌に感じる熱が異常なのを感じ取った。


 どこか、雨をしのげる場所にこの男の人を移動させないと。


 男の人は既に苦しいのか、息を荒くしていた。意識は、現状を認識できない程度に陥っている。たぶん風邪だろうから、どこかで休ませたら回復する。


 そう考えた夕菜は、男の人の左手を自分の首の後ろから回してきて、支えるような格好で歩き出した。


 公園を出ると、サッと辺りを見回してホテルを探した。


 自分の家がすぐ近くにあるとき、その辺のどこにホテルがあるかなんて見ないものだ。


 結局、適当なビジネスホテルは無かった。代わりに入ったのは…


「ラブ、ホテル…」


だった。


 別にそっち方面に興味がないわけでは無かったけれど、彼氏さえいない夕菜にとってそこは緊張する場所だった。


 先払い制なので、一度お金を払うためにフロアのソファに男の人を横たわらせて、フロアの自動でチェックインできる機械でお金を払った。


 部屋のカードキーを受け取った夕菜は、男の人の所に戻って、再度手を肩に回して指定された部屋へと向かった。


 部屋に入って、男の人をベッドに横たわらせると、まず暖房のスイッチを入れる。


 暖房のスイッチを置くと、夕菜はベッド脇に戻って来た。


 次に夕菜がやらないといけないと思ったのは、男の人の服を脱がせることだった。単純に考えれば、ちょっと過激な女の子にも見える。そんなことを考えると、夕菜の顔は真っ赤に染まっていた。


 でも、緊急だから。


 そう自分に言い聞かせて、夕菜は男の人の服を一枚ずつ脱がせて行った。


 シャツを脱がせると、別に見たいわけでは無かったけれど、必然的に男の人の体が見えた。極端にムキムキというわけではなく、程よく鍛えられているスラッとした体型は、夕菜には格好良く思えた。


 当然ながらパンツを脱がせるのは、さすがに夕菜にとっては無理だったので、清潔な布団を男の人の体にかけた。


 布団の中に入っていなかった手を布団の中に入れるために、夕菜は男の人の手を握って移動させようとした。


 その瞬間、男の人の手に力が入った。


 別に手を繋ぐことが嫌いなわけではない夕菜だが、身動きが取れなくなってしまうので、男の人の手をがそうとした。


 けれど、夕菜は剥がすことができなかった。手が痛む程掴まれているわけではないものの、まるで子供が母親の手を離さないかのように握られているので、何となく諦めてしまったのだ。


 片方の手を握られている以上、身動きができない夕菜は近くの椅子を近くに持って来て座った。


 自分の手を握る人の顔は、幸せそうな顔をしていた。


 今、この人はどんな夢を見ているのかしら。


 そんなことをぼんやりと考えつつ、男の人の寝顔を見ているうちに、夕菜の意識は次第にぼんやりとしていった。








第2話のタイトルは、「めざめ」 です。

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