ガチの悪役令嬢と蛮族王
蛮×族
とある中小企業にクソデブなOLがいた。それも、婚期を逃しつつある年齢三十☓歳のヒューマノイド大妖怪として会社に君臨している一品物だ。
彼女が大妖怪と言われているのには理由がある。一言で言えば、そのくっそ悪い性格が原因だ。
女性新入社員がいたら、まずイビる。あなた、化粧濃くなーいとか、男に媚びてんの? とかはまだ良い方。コピーの一つ取っても、紙の質が気に入らない、時間掛かり過ぎだの、こじつけを言ってくる。
では、もしも若手社員が細かくない仕事のミスをした場合は? そらもう大喜びだ。
人格批判から両親や学校での教育法。生まれついた年の星座の位置についてまで広範囲に渡る精神攻撃を行う。
おかげで、会社の女性社員の離職率も鰻登りだったのだが、彼女の父親が親会社の役員であったので、彼女には誰も文句を言えなかった。そう、言えなかった。
状況が変わったのは、彼女の父親が仕事上のミスから責任を取らされて親会社を去った時だ。
父親からの庇護がなくなった彼女は即座にクビになった。無論、不当な解雇だの何だのと彼女は喚いたが、会社側は抗議を完全に無視。逆に、彼女のパワハラやイジメ等の証拠を突き付けて退職金なしからの完全な解雇にしてやった。
この日が来るのを夢見て、コツコツと証拠を集め続けた女性社員達の涙ぐましい努力の結果である。
会社をクビになった彼女は法的に訴えるのも無理、さりとて暴力に訴えるのも横幅に恵まれた体型以外にさしたる武器もないから無理。つまり、全てのデブに備わっている重力のお力以外にさしたる物も持ってなかった。
怒り極まる彼女は、このままでは収まらんと、近所の神社へ丑の刻参りに参戦。毎夜毎夜、恨みに思っている人間の名前が書かれた数十の藁を木に打ち付けていた所、三日目にして警察に捕まった。
普通に考えて、木に数十体もの藁が釘で打ち付けられていたら、そら神主さんだって警察に通報するわ。
ついでに、事情を知った藁に書かれていた名前の方々が、脅迫罪で彼女を訴えて更に追撃。
留置場の中で、怒りすぎて頭の血管が切れた彼女は、そのまま憤死してしまった。
享年三十☓歳。全力で周りに迷惑だけをかけ続けた人生だった。
と、本来ならそこで終わったのだが、ここである問題が発生する。
彼女の魂があまりにもドス黒い為に、現世の輪廻の輪へ入れようにも不可能だと発覚したのだ。
これは何とかしないと行けないと思った天界の皆さん。あーだこーだと議論した結果、懐の大きそうな異世界に転生でもさせて、そこで徳を積んで貰おうという話になった。
しかし、こいつは魂の汚さだけなら、恐らく一万年に一人現れるかどうかと言う程の才能である。無論、転生させたところで、彼女は徳など積むはずがない。だが、どっちにしても、このままではどうしようもないのだ。
という事で異世界に、そのきったねえ魂を転生させてやった。
一応、転生する前に彼女へ厳しく、来世は徳を積んで良い人になってくださいね、と忠告した上でだ。
そうして彼女は、エレナ=トパーズとして第二の人生を異世界で送る事になったのだが、当然、天界の思い通りにはいかなかった。
トパーズ家主催のパーティー会場。
豪華絢爛極まる催しの中でエレナ=トパーズは、この世の春を謳歌している。
一人娘ということもあって、両親から全く躾けられず、ただ甘やかされて生きてきた彼女は、伸びた鼻が天を突くんじゃないかと言うほど傲慢な娘に育っていた。
それだけではない。エレナは転生前のクソデブ大妖怪と違って、外見だけは非常に美しい娘に育っていた。しかし、その性格を反映するように、身に着けている物の趣味は非常に悪い。
銀髪の髪は美しく伸ばしているが、付けている香水の匂いがきっつい。着ているドレスは無駄に刺繍が凝っていて、全く生地の美しさを活かしていない。指輪や首に掛けているネックレスは宝石が散りばめられすぎて、見ていて逆に目が痛い。
エレナの外見は目鼻立ちがしっかりとした美人だったが、趣味の悪さから来る過度な装飾が、本人の美しさを損ねていた。豚に真珠とはあるが、この場合、エレナに外見である。
そんなエレナが我がもの顔でパーティー会場を歩いていると、一人の女性がぶつかってきた。
ぶつかって来た相手は、とある貧乏貴族の一人娘だ。貧相なドレス姿に飾りっ気のない地味な姿は、エレナと違って、その貧窮ぶりを示していた。
エレナは、ぶつかってきた少女に顔を向けると、その高貴な家柄に相応しい言葉を
「なめてんじゃないよ、この下級貴族が!」
かけなかった。
エレナは、一線級のチンピラ並に足を振り上げて下品にゲシゲシと少女を蹴りつける。
「すいません、エレナ様! 本当に申し訳ありません!」
謝る少女を無視して、蹴り続けるエレナ。数分ばかし折檻を続けるとスッキリした顔で、その場から立ち去った。下級の人間モドキ様に、上級神人たる自分が立場の違いを分からせてやった。今日もいい事したなと言う気分なのだ。
ここまで見て分かる通り、彼女は転生してからも全く徳を積んでいない。
彼女は現在、王都の学院に通っているのだが、その生活も酷いものだ。
自身の立場を確保するために、その美しさと家の権力をちらつかせて取り巻きを集めては弱者をいじめる。気に入らない人間や立場の低いものには、不当な命令や数に頼った暴力で追い詰める事を基本にしていた。
これがまともな国であれば、エレナを止める教師や大人達もいたかもしれない。だが残念ながら、この国は大多数が事なかれ主義者か、長いものに巻かれるだけの人間達ばかりなのだ。
しかもそれが、下の人間だけではなくて上の貴族達もそんな駄目人間ばかりなので、誰もエレナを止めることはしなかった。
そもそも、この国の上の人間達に慈悲の心はまったくない。実際、この国ではガチの九公一民の制度を敷いている。更には、農民とか、霞でも食っていれば生きていけるんじゃね? と言う意見の元に十公零民と言う、新しい政治の形態へと発展しようとしていた。
そんな腐った国でエレナは、あとは適当に、貴族のイケメンでも婿に貰って、死ぬまで豪華な生活にかまけて暮らす予定だ。
しかし、天界もただ何も考えずにトパーズ家にクソ女を生まれさせたわけではない。
トパーズ家は、この国でも指折りの大貴族であると同時に、クソみたいな奴らばかりで構成された家だった。汚職、裏社会の繋がり、談合、誘拐、暗殺、なんでもござれの悪の巣窟だ。
そんな環境で生まれ育った一万年に一人のドスグロい魂を持っているエレナという存在。
究極のゲスが究極のゴミ溜めで生まれ育った彼女は正に、見る人が見れば漆黒の魂を持つ究極のビッチなのだ。
そんなエレナの良さを分かる存在が、ついに、この国へとやってきた!!
城から街を見れば火の手が上がっている。
北の魔大陸からやって来た蛮族たちが、街に火を放ったのだ。
突如この国に現れた蛮族たちは、エレナの住むこの国をわずか千名で強襲。その鍛え抜きすぎた肉体と武芸を持って、相対する一万からなる騎士団を文字通り殲滅した。
そのまま、蛮族の限りを尽くしながら全力で王都まで進軍すると邪魔な防壁だの僅かに残った近衛兵だのを一瞬で粉砕。
城に籠城していた王様含む、名だたる貴族達を蛮族達は殲滅すると、生き残っている貴族の子女たちを全員、王座の間へと集めさせた。
その中には、しぶとく生き残っていたエレナ=トパーズの姿もある。
王座の間の中で、エレナは、しくしくと泣いていた。
ああ、これまでの豪華絢爛な暮らしはどうなるの。私、貴族じゃ無くなってしまったのね。下女働きなんてもう無理よ、スプーンより重いものなんて持てない。ただし巨大な宝石だけはガチ。
と、自身の人生設計がことごとく崩れた事にエレナは悲しみの涙を浮かべている。
ファンタジー世界の、憧れの貴族に生まれ変わっての生活を、彼女は死んでも離したくないのだ。と言うより蛮族ってなんだよ、と心の中で罵倒している。
エレナだけでなく、周りの女性達もすすり泣く中、廊下の方が騒がしくなってきた。
騒がしくなってきたというより、ズシン、ズシン、という音が聴こえてくる。
巨大な獣が廊下を歩いてくるような音に、全員、身体を強張らせる。
女性たちが恐怖で震える中、一人の巨漢が扉を豪快に開けて王座の間に入ってきた。
それは、身の丈二メートル五十はあろうかという巨漢だ。
ヒグマか何かの獣の皮を頭に被り、他に着ている物は腰に動物の革で作られたパンツ一枚。
右手には片手斧を持った、まごうことなき蛮族。いや、彼こそ蛮族の中の王、蛮族王である。
蛮族王は、同じく部屋に入ってきた一人の男性を引き連れて、我がもの顔で王座に座る。元々その椅子に座っていた城の主は、鳥葬の真っ最中なので、蛮族王こそがこの場において真の王だ。
蛮族王は王座に座ると、さきほど一緒に部屋へ入ってきた男にボツボツと語りかける。
蛮族王から語りかけられているその男は、黒いマントに黒いローブ、髪の色だけは赤い、とても理知的な魔術師に見えた。とてもではないが蛮族に見えない。
その魔術師は王座の間に響き渡るほどの大声で言った。
「どうも、皆様初めまして。私、クリーンと申します」
クリーンは一度そう挨拶をすると、言葉を続ける。
「皆様の中から一人、たった一人だけ。蛮族王さまの妻になっていただきたいと思います」
その言葉に王座の間にいる女性達がざわついた。蛮族王とは間違いなく、自分たちの眼の前に居る、あの人類未到達領域に達してそうな蛮族のことだ。
「言葉を続けますが、妻となった女性以外は、この場で開放します。後はご自由に生きて下さい。妻になる方さえ見つかれば、あなた方に用はありません」
その言葉にエレナは希望を見つける。
国は滅んだが、やりようによってはなんとかなる。自身の美貌を上手く使って金持ちのおっさん辺りを誑し込めば、充実した異世界ライフを過ごせるはずだ。
エレナが、よーしいっちょ股の一つでも開いてエロ親父を骨抜きにでもしてやっかと考えていると、一人の少女が立ち上がる。
その少女は蛮族王と、クリーンに向かって言った。
「私が妻になります。そのかわり、この人達を開放して下さい」
それは、先日、エレナに虐げられていたあの貧乏貴族の少女だ。
少女は、身を挺して周りの女性を助けようとしている。
そんな少女にエレナはこう思った。なんて馬鹿な女なんだと。
蛮族共に連れ去られたら、あとはどんな生活が待っているかなんて想像に難くない。原始人よろしく、文明発生以前のお猿さんにほど近い生活が待っているに違いない。
あいつは王様かも知れないが、誰が好き好んで異世界ファンタジーで蛮族ライフ過ごすかっちゅうねん。
こちとら金貨侍らせて豪勢な食事で過ごしたいんですの。獣の皮を頭からおっかぶって、倒した獲物の血を盃に入れて飲む生活なんて望んでませんのよ。
そう、エレナは全く少女に感動していなかった。それどころか、自分のために犠牲になって当然だとか、早くそこのゴリラと公開◯◯◯しろよだとか、そんな事すら思っている。
蛮族王と少女は見つめ合う。
自己犠牲の強い、優しくてかわいい、うら若き乙女。この世にいるほぼすべての男性の心を打つ場面。が、しかし、そんな少女を穢らわしいものでも見るかの様に蛮族王は見ていた。
そして、クリーンが蛮族王の意見を代弁する。
「そこの小娘。蛮族王さまがお前みたいな女になびくと思ったか? 貴様はいらん、とっとと何処かにいけ」
その言葉に、少女含めて女性達がうろたえる。今の少女のタイミングは完璧だった。これがどこかの劇中歌なら、ここから蛮族王と少女の、淡い恋の物語が始まっていたはずだ。
「かー、つっかえねー」
エレナがその様子にボソリと言った。そして、エレナの言葉が聴こえたのだろうか、蛮族王がエレナに気づいて目を向けてきた、その瞬間である。
蛮族王の目が大きく見開くと、手に持っていた斧を地面に落とす。まるで、信じられない物を見つけたかのように口をポカーンと開けていた。
蛮族王は王座から立ち上がると、一直線にエレナのもとに向かう。ズシン、ズシン、と響く足音は、本当にこいつ哺乳類かと思える音を放っていた。
「オマエ、ナマエハ?」
蛮族王が片言の言葉をエレナに投げかける。
緊急事態にエレナが周りを見る。ほら、蛮族王さまが、あなた方の名前を聞いていらっしゃいますわよ? とばかりに周りを見ると全員自分から離れていた。
右を見ても彼我の相対距離六メートル、左を見ても八メートル。後ろを見ても誰もいない。前を見れば、そびえ建つ蛮族。
あらやだ、私ちょっと危機に落ちいっちゃいましたわ。
「蛮族王様、その女ですか?」
「コイツダ、マチガイナイ」
いや間違いですのよ、おほほと笑っているエレナを他所に、蛮族王はその視線をエレナから外さなかった。
さて、ちょっとここで説明すると、蛮族たちがこの国に強襲大作戦を行ったのには理由がある。
蛮族王は、エレナの他に数十人の嫁を持っていた。どれもこれも見目麗しい美女ばかりであったが、蛮族王は、それに満足できなかった。
何というか、彼女達には魂の輝きが足りない。外見は良いが、精神力に見張るものがないのだ。
日々募っていく不満にしかし、ある時、蛮族王は夢の中で神の言葉を聞いた。
ここから南東の国に、当代随一の精神の輝きを持った絶世の美女がいる。その女こそ、お前が生涯探し求めていた女性だ、と。
飛び起きるように夢から覚めた蛮族は、不思議な感覚を覚えた。なんとなくだが、ここから南東の方角にそれがいるとわかったのだ。神が言っていた、己の運命の女が。
エレナ探知レーダーとでも言うべきものを備えた蛮族王は、そのまま南東へ向けて進軍。
邪魔な国境やら、魔族四天王の土地やら、天龍の縄張りやらを好き勝手蹂躙しながら、愛しい運命の女を探し求めた。
こうして、この国まで遥々やって来た蛮族王は、ついにエレナと出会ったのだ。
平たく言えば、この国が滅んだ原因はエレナである。
世界一価値のない傾国の美女であった。
完全にロックオンされたエレナは天に祈る。誰か助けて、これから心を入れ替えて生きますから! 本当にお願いします!
その祈りが通じたのか、突如、扉が開け放たれて一人の男が王座の間に入ってきた。それは、この国の第二王子、アポロだ。
アポロは、戦支度に身を包んでいた。王家の秘宝である鎧に、輝くような刀身を放つ宝剣。アポロ自身も武勇をもって国内に留まらず、近隣諸国に武名を持って轟かせた武人である。そして――
「エレナすまない、遅くなった。もう大丈夫だ」
「アポロ様、お待ちしておりました……」
アポロとエレナ。この二人は恋人同士である。
なぜ、エレナみたいなクソ女がアポロのような質実剛健を絵に書いた男と恋人になれたかというと、エレナは外面がとてもよかったからだ。
もう少し具体的に言うと、一定以上の権力を持った男達に対しては、とても外面が良かったからだ。
見目麗しい貴族の令嬢。そんな女の子が愛嬌よく近づいてきたらどうなる? そら誰だって男は騙される。
エレナもエレナで、権力者のいる場所では決して裏の顔を出さなかったのが幸いした。前世での失敗を踏まえて、彼女は、表と裏を見事に使い分ける事にしたのだ。
前世をゴミのように生きてきた女が、更にパワーアップして今世で頑張り続けた結果、アポロのような大物をゲットすることが出来たという事である。無論、エレナがアポロを手に入れた動機は、顔と権力目当てなのは言うまでもない。
さて、そんなわけで場面は戻る。アポロと蛮族王、二人が相対していた。愛しい女を賭けていま、命の輝きを放とうとしているのだ。
緊張が場を包む中でエレナはアポロの勝利を確信していた。
そこの坊っちゃん貴族は、頭がちょいとばかり弱いが、腕っ節の強さは折り紙付きだ。高度な剣術に一級の魔術師並の魔力。世が世なら勇者として世界に名声を轟かせていた逸材だ。
いっつも、この国は腐ってるだの、父や兄たちを止められなかっただの、クソ甘いことを言っては泣いていたが、その精神の貧弱さは今は大目に見といてやる。
全て、今の私を助けるための先行投資だと思えば、ゲロの吐くような慰めの言葉や、同情の言葉を投げ続けてきた価値もあると言う物だ。
先程、天に心を入れ替えますからと祈っていたエレナであるが、当然のように改心していなかった。
「いくぞ、蛮族王!」
とりゃーっと蛮族王に突撃をかますアポロ。対して蛮族王は悠然と構える。隙だらけで佇む蛮族王に向けて、ドラゴンの鱗すら切り裂く、アポロ必殺の袈裟斬りが蛮族王を襲いかかった!
――ガキィン!――
およそ、人が出してはいけないレベルの装甲音を蛮族王は発した。当然のように、蛮族王の身体には傷一つついてない。
攻守は交代して、今度は蛮族王の反撃。必殺の剣技が無効化されて呆然としているアポロへ向けて、蛮族王がアッパーの要領で拳を振り上げた。
アポロに直撃こそしなかったその拳は、拳圧のみで王座の間天井をぶち壊し、天高くアポロの身体を舞わせる。
壊された天井部分の残骸がパラパラと落ちてくる中、アポロがドサリと地面に落ちた。
蛮族王の拳圧と、落下からのダメージでアポロは、もはや戦える身体ではない。
アポロは、地に倒れて呻きながら、蛮族王を睨みつける事しかできなかった。
あ、こいつやっべーわ。絶対、拳一つで頂点に登りつめた系だわ、とエレナが思う中で蛮族王は止めを刺すためにアポロへ近づいて行く。
刻一刻と近づいてくる死の瞬間に、アポロは何もできない。ついでに、エレナも何もする気はない。役に立たねークソ坊っちゃんだなーとため息つきながら、ゴミみたいな目でアポロを見ていた。
蛮族王は、倒れ伏したアポロに向けて拳を振り上げると、決着をつけようとする。が、そこで一人の少女がアポロに覆いかぶさってきた。
あの、貧乏貴族の少女である。
少女は身体を震わせて、アポロを庇っていた。傷ついて動けないアポロは、その少女を見ると、次に遠く離れているエレナの方を見る。
エレナは、冷たい目でアポロを見下ろしていた。こと、ここに至って、童貞をこじらせていたアポロもエレナの真の姿がわかったのだ。
エレナ以外の女性が、その少女の姿に感動している中で、当の蛮族王は穢らわしいものを見たとでも言うように怒りで震えていた。
「クリーン、コイツラヲ、バンゾクノジゴクヘ、ツレテイケ」
「分かりました蛮族王」
クリーンは蛮族王の命令を受けて、アポロとその少女に向けて魔法を使う。
アポロと少女がいる地面に魔法陣が浮かび上がると、二人はシュンっと言う音を立てて消えてしまった。蛮族の地獄とやらへ転移させられたのだ。
転移するその瞬間も、お互い離れず、しっかりと二人は抱きしめて互いを庇い合っていた。
エレナは、口を曲げるとチッと舌打ちをする。
やくにたたねー坊っちゃんと、甘ったるい小便臭い小娘の三文芝居なんて見ちまったよ。まあいい、蛮族の地獄とやらに転移させられたみたいだし、まあ許してやろう。
しかし、あの剣をも弾き返す屈強な蛮族が地獄と呼ぶ場所か。そんな地獄の中で、あんな世間の厳しさも知らなさそうな小僧と小娘が二人で生きていく事を考えると、面白くて面白くてしかたねえわ。
エレナが横隔膜を大きく震わせるほどの笑いをこらえていた、その時だ。
「あの二人を返して! 地獄なんてあんまりよ!!」
貴族の子女の一人が泣きながら蛮族王達に食いかかってきた。
お、良いタイミングだなとエレナが思う中で、クリーンがその女性に言い返した。
「残念ながら、これは一方通行ですので、戻すことはできません。貴方も其のような態度で居ると、同じように蛮族の地獄へと転移させますよ」
クリーンは瞳に凄みを乗せると、女性を黙らせる。
しかし、だ、エレナはそれを見て思った。蛮族の地獄、一体どのような場所なのだろうか、と。エレナは逆に凄く気になったのだ。
「教えてください、地獄とはどのような場所なのですか。私のアポロ様はどのような場所へ送られたのですか……」
ヨヨヨヨヨ、と女泣きをしながら質問するエレナ。当然、全部演技である。
とにかく地獄とやらが気になるだけだ。
そのエレナの姿に蛮族王は満足そうに頷く。
「クリーン、オシエテヤレ」
「わかりました蛮族王」
その場に集められた貴族の子女たちがゴクリとつばを飲む。エレナは、話の肴にビールもねえのかよ、と不満を覚えてゴクリとつばを飲む。
「蛮族の地獄とは、ここから遥か東方にある土地。自然豊かな大地と、四季折々の季節が鮮やかな肥沃な大地。住んでいる人々は優しく、何もせずとも、飢えることも凍え死ぬこともないような、正にこの世の地獄。あの二人は其の中でも、小高い丘に立っている白い一軒家の近く、家も土地も食料も、なに不自由なく人生を全う出来る。そんな地獄のような場所へと送ったのです」
エレナがブーーーっと吹き出す。
周りの女性達も何言ってんだこいつと言う目をしていたが、蛮族王とクリーンの二人は本気だ。
国が違えば文化が違う。
北の大地からやってきた蛮族達は、みな一様に自分に厳しかった。彼等の住んでいる土地には自然など全く無い。存在するのは、あふれる瘴気と食えるかどうかもわからない謎の生命体のみ。そんな百鬼夜行が蔓延る大地を蛮族達は逞しく生きてきたのだ。
普通の子供が、地面に落ちたものなんて食べちゃ駄目よと躾けられる中を、地面に落ちている程度なら安全ね、と蛮族は躾けられて生きてくる。
ふつうの子供が、お風呂の中を百数えるまで入っていなさい、と言われる所を
毒の沼の中を、肌がピリピリしなくなるまで入っていなさい、と蛮族は躾けられて育ってくる。
普通の家庭なら、今日はごちそうだー、と家族みんなで七面鳥を囲って食べる所を、今日はごちそうだー、とまだ蠢いている魔物を素手で引きちぎって食べる。
そうやって子供の頃から一日たりとも弛まず、強大に鍛えてきた蛮族は、ついにはドラゴンをも上回る戦闘能力を身につける。彼等にとって衣食住、全てが自らを鍛える道具だ。
そんな蛮族たちから見れば、肥沃な土地? 優しい人々? 四季折々の豊かな自然だあーー? 全部、己を堕落させる魔性の存在だ。この世の地獄だ、吐き気がする。
狂った生活が自身のDNAレベルまで変化させている蛮族達。その余りにも人間離れした生態は、各国に居るキチガイ達を魅了してやまない。魔術師のクリーンも、そんな蛮族に魅せられたキチガイの一人だ。
蛮族王が、目に涙を溜めていた。一時の感情で動いた結果とはいえ、蛮族の地獄へアポロ達を叩き落としたことを哀れに思って後悔しているのだ。
その様子を見たエレナ。前世含めて人生を過ごしてきた五十年の中で、彼女は初めて他人に心から恐怖していた。眼の前に居る存在が全く理解できないのだ。
蛮族王は、エレナの襟を掴むと、自分たちの理想の大地へと連れ去ろうとする。
「オマエ、キョウカラオレノツマ、イッショニカエルゾ」
帰る、そう彼等の故郷、魔大陸へと帰るのだ。地には毒が溢れかえり、天は分厚い紫の雲に覆われ、およそまともな人類が生きることのできないあの大地へと。
手に入る食料全て、謎の生命体か検出不能の毒物のあの土地では、生き延びさえすれば、きっとエレナの戦闘能力を数倍から数十倍へと引き上げてくれるだろう。
本当の意味で、口がとろける様な素晴らしい食べ物達は、新しい味覚をエレナに授けてくれるはずだ。
悲鳴を上げて絶叫を上げるエレナを引きずりながら、蛮族王達は故郷へと帰っていった。
その後、エレナがどうなったのかはわからない。
ただ、蛮族の地獄へと転移させられたアポロと少女は、子宝にも恵まれて非常に幸せな人生を送った。
残された貴族の子女たちは一致団結して、この国を以前とは比較にならないほど、まともな国に立て直した。
そして、エレナは蛮族達と一緒に過ごした結果、死後、魂にはドス黒さが一切なくなっていた。
おわり
ガチ