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22話 選択 7月29日

「やっほーさっちーん! 園部くーん!」


 夕方。

 夏真っ盛りである今は、この時間でも昼間と大差のない明るさがある。

 それでも幾ばくかの涼しさが、着実に一日の終わりが近づいている事を感じさせてくれる。


 東さんとの通話を引き延ばしながら椎名さんにメールをするという華麗なファインプレーであの場をやり過ごし、待ち合わせ場所の町田駅に来ている。

 俺ってば機転が利きすぎ!


 いや椎名さんがすぐメール返してくれて良かったですマジで。

 まあ案の定二つ返事だったから無駄な労力だったんだけど。


 ちなみに俺と東さんは行きがけの電車で鉢合わせたので、2人揃って待ち合わせ場所にやってきている。

 だから俺だけ声を掛けられていないなんてことは無いのである。心配無用。


「美沙都さん、大崎さん。こんにちは」

「いんやーお誘いありがとー」

「? あぁ。いえ、急にすみません」


 あっぶね、一瞬「?」って顔してたな椎名さん。

 彼女には俺が東さんを誘ったと伝えたのだった。

 勿論東さんには椎名さんからのお誘いだと伝えてある。適当に誤魔化したのだが、かえってややこしくなる所だった。


「なぁおい涼」

「ん?」


 キャピキャピ話している2人を見ながらふぅ…と一息ついていると小声で啓祐が話しかけてきた。

 違うぞ?ふぅ…てそういう意味じゃないぞ?


「もしかしてお前…今度は東さんと」

「いや違うから。暑さにでもやられたか?」

「だよな。お前にはまゆず」

「黙れ」


 脳内にお花畑でもこさえたのかよ。

 最近恋愛脳になりすぎだろ。


「そんじゃま、全員揃ったしそろそろ行くか」

「あ、はい。どこがいいですか?」

「うん?」


 あれ?どこ行くか決まってるんじゃないの…?

 てっきり隠れ家的名店にでも連れて行ってもらえるのかと。なわけないか。


「あ、いえ。今日は大崎さんの食べたい物にしようかと」

「なになに〜?涼くんが決めるのん?」

「え、俺? そうだな…」


 やっばいこういう時って本当に食いたい物じゃダメなんだろ?

 女子ウケ?とかそういうのを加味しなきゃいけないって “ωちゃんねる” の住人達が前に言ってたぞ。

 ス、スパゲッチーとか言えばいいのかな…。


 うんうん唸っていると、見かねたのであろう東さんが背中をべしっと叩いてきた。


「こういう時はべしっと決めなきゃ。べしっと」

「お、おう…。てかいてぇな」

「だらしないわねぇ」


 妙なおばさん口調で言いながら尚もべしべし叩いてくる。だからいてぇって、べしっと決めるとこ間違えてんぞ。


「分かった分かったよ。俺の食いたいものでいいんだな?」

「はい。何がいいですか?」

「じゃあ…」



  - - -



「ほえ〜結構混んでるね」

「まぁ、夏休みだからな」


 やってきたのはガスト町田駅北口店。

 小田急町田駅の北口出て徒歩数分という好立地。

 学校の帰りなどたまに世話になる店だ。

 好立地ということは人も集まりやすいということで。

 夏休みシーズンの夕方ともなればそれはもう若者が集う集う。

 ファミレスにしか入れない教にでも入信してるのかっていうくらい集まってくる。


 というのもサイゼとガストに限った話で。

 デニーズやロイヤルホストみたいなワンランク上(俺比べ)の店になると、流石にお財布さんからストップがかかるのかそこまでではない気がする。


 まあそのガストに集っている俺達が言えることは特に無く。今日も今日とて世話になるのである。


「いらっしゃいませ、何名様ですか?」

「4人です」

「ご案内致します」


 にこやか笑顔の女性店員さんに案内されテーブル席につく。

 これだけ混んでいたのにすぐに座れたのは地味ながらラッキーだと思う。


「いやーすぐ座れて良かったね。スゲー待たされるかと思ったよ俺」

「そうですね。平日なのに凄く混んでる」

「夏休みだからじゃーん?学生多いね。若い若い」

「いや東さんもその学生だろ」


 時折ババくさいんだよな…。そういうキャラでも狙ってんのか?

 なんにしよっかなーとメニューを眺める東さんはなんなら誰よりも年下に見えるまである。ババくさいキャラには無理があるだろ。普通にしてりゃ十分モテそうなのにな。


「ん?何かな涼くん。人を見つめて」

「あ、いや別に。何でもねーよ」


 ニヤリと笑ってほーんと言うと、メニューに目を戻し再び悩み始める。

 しまった。あれこれ考えてたらついぼーっとしちまってた。

 俺も見つめるのはメニューにしよっと。



  - - -



「ふぃ〜美味かったぁ。お腹ぱんぱん」

「久々に食ったけどやっぱハンバーグ美味いね!」

「そうですね。園部さんいい食いっぷりでした」

「そ、そう? ついつい飯が進んじゃったよ」


 各々会計を済まし店を後にする。

 店内では3時間ほどを過ごしたのだが、約2名だけ会計がおかしかった。ファミレスでガチ食いするかね普通…。

 割り勘じゃなくて良かったと思いながら、肉だのパスタだの言っている2人を眺めていると、椎名さんがこそっと声を掛けてきた。


「今日はすみません。結局ご馳走できなくて…」

「あぁ、いや。気にしなくていいよ。気持ちだけで十分」

「優しいんですね。大崎さん」


 そう言うと柔らかく微笑む椎名さん。

 屈託のないその笑顔に、きゅっと胸が締め付けられる。

 そんなことないよと、力無く返すのが精いっぱいだった。


「今日は楽しかったです。普段はこうして人と一緒に食事をすることがあまり無いので…」

「そうなのか。親御さん忙しいとか? 」

「あ、いえ…。最近引っ越してきて、今ちょっと一人暮らしなので…」

「大変だな…。あ、引っ越し? 」


 そうだ。

 引っ越しと言えば、椎名さんがうちの高校に転入するというあの話。

 それとなく聞いてみるのには丁度いいかもしれない。


 …あれ?

 今なにか妙な違和感みたいなものがあったような…。

 気のせい…かな。

 まぁいいや。


「引っ越しか。学校とかはどうなるんだ? 」

「あ、大崎さんと同じ高校です! 2学期からよろしくお願いしますね」

「あーそうなんだ。よろしくね」


 …やっぱり。

 この辺りの事情は特に変化はない。

 それほど大きく過去が変わったわけではないようだ。

 最も、転入なんて数ヶ月、あるいはそれ以上前から準備やら手続きやらあるはずだから数日のタイムリープで変わったりする可能性は低いか。

 …大事なのはここから。


「転校かー。俺はした事ないけど、結構不安とかあったりしない? 」

「少し前まではそうでしたけど、同じ学校に大崎さんや園部さんがいらっしゃるって分かって今は少し楽しみなんです」

「そっか」

「はい。同じクラスになれると…嬉しいです」


 そう言って、少し照れたように笑う椎名さん。

 その笑顔からは純粋な気持ちが感じられる。

 きっと何も嘘は言っていないのだろう。


 だからこそ。

 どうしようもないくらいに胸が痛み。

 次の言葉を紡ぐことが出来なかった。


「涼。この後どうするよ? 」

「えっ…。あぁ」


 永遠にも感じられそうな一瞬の後に、東さんと話していた啓祐が声を掛けてきた。

 スマホを見ると時刻は午後9時過ぎ。

 高校生である俺たちはそろそろ帰路に着くべき時間だ。


「そろそろ帰らないとだな。俺らは小田急だけど、椎名さんは? 」

「私は横浜線です」

「じゃ、じゃあ、改札まで送るよ! 」

「いえ、そんな。悪いですから…」

「いやいや。女の子の一人歩きは危ないぞい。夜は物騒じゃからなぁ」

「何キャラなんだよ…」


 だがここから横浜線の改札までならそう遠くない。

 1人返すのも心苦しいしせっかくだから見送ってもいいだろう。


「そんな遠くないし皆で送るよ」

「そうですか? じゃあお言葉に甘えて」


 行こ行こーっと先陣を切る東さんに引っ張られる啓祐。

 必然的に椎名さんと2人並んで歩くことになる。

 何となく気まずい空気が流れてしまう。

 そんな空気を察してか彼女が口を開いた。


「大崎さん、バイト始めたんですね。美沙都さんから聞きました」

「ああ、まあね。ちょっと行きたい所があって、その資金集め」

「そうなんですね。きっと美沙都さん、大崎さんのこと気に入ってるんだと思います」


 どこか自分の事のように嬉しそうな笑顔の椎名さん。

 人の良さが滲み出ている気がする。

 それにしても東さんに気に入られてるってなんだ…?


「そうかな。ちょっかい掛けやすいだけだろ」

「美沙都さんがあんなに楽しそうなの大崎さんに会ってからですよ」

「そうなのか? 」

「はい。と言っても直接お会いしたのはこの前が始めてなんですけどね」

「らしいね」

「それまではメールとかスカイパーでずっとやり取りしてたんです」


 そこまで言うと椎名さんは一呼吸おき、少し前を歩く2人に目を向け直しながら言葉を続けた。


「でも今は、その時の美沙都さんとは違う感じ…」

「…それって」

「おーい! 園部くんが寂しがってるよー! 」

「あ、いや、東さん…! 」


 どういう意味かと聞こうとした時2人が振り向き、大きな声で呼び掛けてきた。


「呼んでますね、大崎さん」

「…いってやるか」

「はい。…あの」

「うん? 」


 啓祐が呼んでるのは椎名さんだろうと内心思っていると。

 お次は椎名さんに、またしてもこそっと呼び止められた。

 あっちからこっちから、今日は忙しいですね…。


「あの…。今日は本当に楽しかったです。また、誘ってもいいですか…? 」

「あ、お…おう」


 妙にいじらしい仕草に見事にしどろもどろってしまう。

 不意打ちとはいえ情けなさしかない。


 とはいえ今の俺では、このお誘いに一体どういう返事をするのが正しいのか、答えを見つけられそうにはない。

 だとしても、何かひとつ選択はしなければならない訳で。それを示すのは人として正しい応え。


「そ、そうだな。またみんなで是非…」

「……はい」

「……」


 その一瞬の間で。

 その一瞬の表情の変化で。

 選んだ答えは、また正しく無かったのではないか。

 そんな気がしてならなかった。

風邪をひきました…。

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