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21話 思惑 7月29日

「あいててて…」


 初バイトの翌日。

 肉体労働の副産物として全身の筋肉痛を手に入れてしまった。普段運動をしないせいもあるのだろうが背中のよくわからない所まであいててて…。


 のそのそと布団から這い出でると時刻は昼過ぎ。

 こんな時間まで我が物顔で寝てられるって夏休みってば素晴らしい。

 あーなーつやすみぃー。


 例によってつけっぱなしにしていたヘッドホンを外し、ついでにスマホを確認する。すると。


「あ…」


 1通のメール。

 相手は椎名さんだった。

 先の一件以来ずっと罪悪感を持ってしまっている。


「持ってしまっている…か」

 まるで自分が被害者かのような言い方で自分が嫌になる。

 椎名さんを見殺しにしようとしたのは俺だ。

 それも自分のエゴで。


 罪悪感は、許されたいと思う心から生まれるんだと思う。罰を受けることで許された気になれるからだ。

 結局の所はどこまで行っても独りよがり。独善だ。啓祐にしてしまった事と何が違うのだろう。


 と。

 こんな風に自分自身を客観視して。

 批評家ぶってケチをつける。

 “ちゃんと分かっているよ”と誰かにアピールしている。

 これはこれで滑稽だな。


「あぁ…メールメール」


 朝(厳密には昼)から暗くなってしまった。さっきまで夏休みを謳歌していたというのに情緒不安定かな?


『おはようございます。この間はありがとうございました。先日のお詫びもまだなのにちゃんとお礼も言ってなかったので…。それで、弁償は不要との事でしたが何とも申し訳ないので良かったら今日食事でもどうですか??』


「おん?」


 突然の食事の誘いに頭が追いつかない。いやいや待て待てまだちゃんと目が覚めておらず内容を曲解している可能性がある。顔だってまだ洗っていないのだ。

 うん、そうだな。ひとまずは顔を洗ってこよう。それと喉も乾いた。夏の起き抜けは麦茶に限るなぁ(錯乱)



  - - -



「んー…」


 困惑に眉をひそめながらスマホとにらめっこである。

 急にどうしたんだ…?

 椎名さんが言っている弁償とは、俺が椎名さんと連絡先を交換するきっかけになった、椎名さんにコーヒーをぶちまけられた件のことだろう。

 たしかにその件は丁重にお断りした。

 今の俺にその記憶はないし、コーヒーなんて拭き取ってファブリーズでもしておけば気にならなくなる。なんなら元よりいい匂いになるまであるのだ。


 以上のことから椎名さんがこの件を気にする必要はないのである。

 Q.E.D.証明終了。


「これじゃあ納得してくれないよな…」


 以前メールをくれた時も似たような内容を送ったのだが数日経ってのこの現状。結局気にしたままだったのだろう。

 それはそれでかえって申し訳なさがあるのだがうーん…。


 正直、相手が椎名さんでなければきっぱりお断りしてそれで終わるところ…。

 というか俺は啓祐の気持ちを知ってるわけだし、その俺が椎名さんと2人で食事に行くのってどうなんだ…?

 それもそれで申し訳なさがあるぞ…?


 ここはやはり誰かに相談してみるべきか。

 啓祐本人に聞いてみるのは…どうなんだろ。話がややこしくなる気もする。

 とすると黛さんか?

 あの人はバッサリと切り捨てそうだ…。以前椎名さんの事を怪しんでいたしな。

 でもその後の顛末も知っているはず。今では印象は違うのだろうか。


 …うだうだ迷っても仕方ないか。ここは啓祐に相談してみるべきだろう。


「あ、バイト中かな…」


 しばらくコールが続いてから気が付く。メールは面倒だからと電話にしたのは失敗だったかな。


『おーどうしたー?』

「あぁ、今大丈夫か?」

『おうよ』

「実はさ、椎名さんが制服のお詫びに飯でもって誘われたんだが…」

『あぁ。その事か』

「おん??」


 思っていたのとは別の反応に少し面食らう。

 なんだなんだ?


『いや、俺が誘ってみればって言ったんだ』

「なにゆえに?」


 思いがけない返事に頭が少し悪くなってしまったではないか。

 お前の差し金だと?


『お詫びがしたいから何か好きな物を教えてくれって言われたんだけどさ、良くわかんないから食い物じゃね?って言ってみたら、なるほどって』

「雑が過ぎるだろ」

『んで、じゃあ誘ってみますって』

「…良いのか?お前はそれで」

『まあ、俺も行くし』

「おん???」


 ん?俺へのお詫びじゃないの??

 何でお前も一緒なの。いやその方が気楽でいいけどさ俺は。


『流石に2人は緊張するのでご迷惑でなければ園部さんも…だってよ!』

「なるほど分からん」

『よくできた子だろー?』

「なんでお前が得意げなんだよ…」

『ともかくオッケーって送っとけよー』

「お、おう…」


 そう言って通話は途切れた。やっぱり忙しかったのだろうか。

 というかなんだかダシに使われただけのような気が…。

 まあなんだ。いい子ではあるんだろうな。椎名さん。

 後で返事を出しておこう。


「……」


 こうなってくると益々分からないことがある。

 椎名さんの結末の1つ。

 日付的にはつい一昨日の出来事だ。

 警察は自殺と言っていた。

 しかしとてもじゃないが自殺など考えているようには見えない。

 ……ということは他殺ということになる。現に、不審な点がいくつかあるとも言っていたはず。


 つまり、自殺に見せかけて殺された…?

 しかし椎名さんの死自体が無くなった今、確かめる術はない。


 仮に他殺だったとして、俺がタイムリープした事でそれが“無かったこと”になったのは何故だ?

 俺は椎名さんには何もしていない。


 犯人の動機も謎。

 椎名さんが殺されるほど恨まれていたとはどうにも考えにくい。

 とすれば通り魔的な犯行?

 あるいは窃盗目的で忍び込んだが見つかってしまったから殺害した…。



 いずれもしっくりこないし、そんな場当たり的な犯行で警察に自殺と判断させられるか?


 それこそミステリーじゃあるまいしそんな簡単に偽装出来るとは…。

 それに啓祐が殺されてしまった事との因果関係も不明だ。

 俺の中では啓祐を助けたら椎名さんが死んでしまった事になる。これは単なる偶然…?


「そう言えば…」


 椎名さんは啓祐に相談があると言っていたはず。

 その内容は何だったのだろう。

 確か最後にやり直した時には“相談”とやらも無くなっていたんだったな。

 そこに何か手掛かりが…?


 …可能性は低そうだが。

 仮に椎名さんが誰かに狙われていたとして。

 その襲撃が数日延びただけだったとしたら。

 もしまた椎名さんが死んでしまうようなことがあったら。

 俺は、どうするのが正しいのだろう。

 きっと、答えはあるはず。


 何がなんでもやり遂げてやる。

 なんて意気込んでいたのはどれだけ前のことだったろうか。それほど時間は経っていないのに、とても懐かしく感じる。

 あの時は本気でそう思っていた。出来ると思っていた。

 どこか自分を特別視していたんだろう。なんの力もないのに。


 啓祐が死ぬなんて思っていなかった。無残な形で。

 椎名さんが死ぬなんて思っていなかった。悲惨な形で。



 でも2人を助けることができた?



 それは違うんだ。

 助けたんじゃない。

 助かったんだ。

 原因が分からなければ次に何かあった時にまた助けることが出来るとは限らない。

 また何度もあの絶望を味わうことになるかもしれない。


 知ってしまったのだ。絶望を。

 大切な人を失う痛み。

 救えないかもしれないという恐怖。

 それは“無かったこと”には出来ない。


「あ…」


 深い闇に落ちそうになっているとスマホが着信を知らせる振動をしていることに気が付いた。

 画面を見るとそれは東さんからだった。


「何もこのタイミングでな…」


 力のない笑いが漏れる。

 昨日の東さんのあの表情。

 不意に、強く印象に残ったガード下でのあの表情がリフレインする。

 俺は踏み込むことが出来なかった。

 何が正しいか分からなくなってしまったから。


「おーおつかれさん」

『よー兄さん、今何してるー?』


 一瞬気付かなかったフリでもしようかと思ったのだがこの人なら出るまで掛けてきそうだからな…。


「いや、特に何もしとらん」

『お暇なようで』

「何の用だ?」

『いやー一夜明けて全身筋肉痛に苛まれてる頃かなと思いましてー』

「察しがついてるならゆっくり休ませてやってくれ」

『ふふん。やっぱり』


 電話口でも妙に得意気な表情が目に見えるようだ。


「そう言う東さんは元気そうだな。俺より動いてたのに」

『あたりきしゃりきのこんこんちきよ』

「歳いくつだあんた…」

『そんな事より。暇ならさ、遊びにでも行かない?』

「おん????」


 この小一時間で何度おんと言わせるんだこいつらは。


 さて問題です。

 この小一時間で俺は一体何度おんと言ったでしょう?

 暇なら数えてみてくれ。

 ヒントは『?』の数だ!


 何を言ってるんだ俺は。


「えと…どうした急に」

『いんやあたしも暇なのよ』

「…他にやることないのか」

『どういう意味だ!』


 ぷんすことばかりに鼻息を荒くする東さん。

 いやそのまんまの意味なんだけど…。


「いやほら高3の夏休みっつったら受験勉強とか…」

『あー。あたし推薦だから』

「すい…せん…?」

『そ。あたし成績優秀なんだよねー。生徒会長もやってるしー』

「なん…だと…」


 え、思った以上にハイスペックなのこの人は。

 かわいい系で成績優秀な生徒会長様なんてラノベでしか見たことないんだけど。


 ていうか生徒会って本当にあるんだな。

 うちの高校にもあるのだろうか。なんか気になってきたぞ。

 毎年選挙はしてるっぽいんだよな。そういや一時、朝もはよからタスキを掛けて挨拶、なんて選挙活動していた気がする。


 ……。


 全く思い出せないからやっぱりどうでもいいや。副会長がギャルゲマスターの美少女揃いとかじゃないでしょどうせ。


「そうか。それは随分と立派だな」

『…どうかな。奨学金貰うためって感じだし』

「…そうなのか」

『そーそー。親とあんまり上手くいってないんだよね、今』

「上手くいってない?」

『うん。高校受験の時にちょっと揉めた…みたいな?』

「あぁ…」

『あたしも若かったからさー。こんな家居たくないっつって今じゃ寮生活よ』

「寮生活?」

『そ。寮のある学校に進学して、そこで暮らしてるんよ』

「へぇ」

『んで今更、進学するから学費出して〜とは言いにくくてね』

「なるほど…。大変、だな」

『んー色々あったけど、まあそのうちなんとかなるよ〜』


 何を根拠に…とは勿論言えなかった。

 明るい東さんからは想像できない境遇。

 またひとつ彼女の事を知ることができた。

 知り合って3日で聞いていい話ではない気もするが。


「3日か…」

『ん?』

「あっ」


 まただ。

 最近心の声が度々漏えいしている。

 どうなってんのその辺のセキュリティ。ちょっとガバガバじゃない?


「あぁ、いや。俺達知り合って3日だけど結構濃い付き合いしてんなって思ってさ」

『たしかに〜』


 冷静に考えると結構凄いことのような気がしてくる。

 それもこれも東さんの人柄あってこそだと思う。

 この親しみやすさは素直に羨ましい。


『あたしも、もうずっと前から涼くんの事を見ていた気がしてくるよ』

「お…お、おう」

『あらん?ちょっとキュンとしたんじゃない?』

「ははは…ちょっと何言ってるか分からない」

『けっ』


 いやいや全然全くこれっぽっちもキュンとなんてしてないんだからね!

 そんな証拠はないだろ?

 何年何月何日地球が何回回った日?

 はい論破。


「お、おほん。今日はちょっとこれから予定があるんだよ」

『予定?』

「そ。飯を食いに行く」

『へーん。誰と?』


 と言われて気付く。

 飯を食いに行くのは俺と啓祐と椎名さん。

 ここに東さんを加えると、図らずも一昨日一緒に遊んだメンバーになる。

 つまり現状1人だけ誘われていないという事だ。

 これを東さんがどう思うかは分からないが俺としては何となく気まずい。


 しかし今回、俺から勝手に東さんを誘うのは憚られる。

 主催は椎名さんなのだ。

 椎名さんと東さんの仲が良いということは一緒に過ごした時に分かっている。

 それでも、他人を誘うならまず椎名さんに一言断ってからが筋ではないだろうか。


 さて、どうしたものか。

 悩みを抱えるのが特技かもしれないと己のプロフィールが心配になった時、この場を乗り切る1つの妙案が浮かんだ。

先日初めて感想を頂けました。

とても励みになります。

頑張ります\\\└('ω')┘////

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