表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/26

20話 復帰 7月28日

「え、えっと…」


 足が止まる。

 思いもよらなかったこの状況に、思考どころか体全体がストップしてしまった。

 何故東さんはこんな話を俺に?

 そしてあの瞳。

 まるで何かを探っているような。

 あるいは何かを見定めているような。

 今までの東さんの印象とはどうにも大きくかけ離れている。


「あ、あの〜」


 半ば蛇に睨まれた蛙のようになっていると、今度は恐る恐ると言った感じで彼女が口を開いた。


「じょ、冗談なんですけど…。そんなマジな顔されたら、あたし恥ずかしいんですけど…。たはは…」

「は?」


 冗談…?

 冗談だと?

 さっきの表情や雰囲気まで本当に冗談だったのか?

 …マジかよ。


「あ、あぁ。高校の物理でタイムトラベルなんてやるわけないから何言い出すのかと思ってな、はは」

「いやぁ。でもあたし、そういうの好きなんだよね。男のロマン?って感じじゃん?」

「いや、男じゃないだろ」

「細かいこたぁ気にすんなっ!」


 と言いつつ、さっきと同じにこやか笑顔で背中をばしばしと叩いてくる。

 地味に痛いんだが。


「いてて…。まぁ、俺もそういうSF好きだよ。『バタフライ・エフェクト』とか全部見たし」

「ほう。“タイムリープ” 物だね。あたしも全部見たよ」

「意外だな」

「そうかい? 愛する人の運命を変えるため、時を超えて奮闘する…。かっちょいいじゃん」

「まぁ。確かに」

「でしょー?」


 嬉しそうなその笑顔は幼子のように無邪気そのものといった感じだった。

 その表情にさっきまでの冷たい物は感じられない。

 つまりはただの勘違い。

 思い込みだったわけだ。

 恥ずかすぃ。


「そろそろ行こっか」

「おう」


 東さんの提案で現場へと向かい始める。

 この時間でも煌々と照りつける太陽の光を遮るガード下は、日向より幾分か涼しく居心地がよかった。

 後ろ髪を引かれる思いでたらたら歩いていると再び東さんが口を開く。


「いやでも何あのリアクション、あたしも驚いたよ」

「悪かったな。空気読めなくて」


 しかし、得意科目の話からタイムトラベルの話にワープしてしまえば面食らうのも無理もないだろう。

 何より俺には心当たりがある。

 この事についてはなるべく誰にも話さない方がいいのだと思う。

 まぁ話したところで啓祐レベルのバカ正直でもなければ信じる奴はいないだろうが。

 にしてもアドリブ効かな過ぎだろ俺…。

 あんな分かりやすく動揺するとか、SERNが居たら一発で目を付けられそうだ。


「まったく…。涼くんはもうちょっと頑張った方がいいね〜」

「頑張るって何を」

「色々!」

「んなアバウトな…」

「ふふ。驚いちゃったもん、あたし…。もしかして、ここ――」


 その後に続く言葉は、頭上を通過する電車の騒音の中に溶けていってしまった。

 ほんの少しだけ沈んだ様な彼女の表情と共に。



  - - -



「ふぃぃぃっ。お疲れ!」

「おぉ…。お疲れ…」


 人生初バイトを終え、味わったことのない疲労感にまとわりつかれながらタオルで汗を拭う。


「意外とハードだな…」

「そうだねぇ。今日は高津(たかつ)さんが居たからねぇ」

「タオル被って何度か怒鳴ってた、あの怖い顔の親父だろ」

「随分な言いようだね…。間違ってはいないけど」

「あの親父に煽られると2割増で動かなきゃいけない気になる」

「それは分かる。あたしにも容赦ないからね」

「しかしまぁ、1日でこんだけ貰えたからよしとするか」


 現場自体が2割増位で動いたおかげかどうかは分からないが、予定した時間よりだいぶ早く終わった。

 それでも給料に関しては予定通り、むしろ少し多めに、それも終わってすぐに貰えたので文句はない。

 日払いって素晴らしい…!

 多少は体力も付けられそうだし、この調子でバンバン稼いでいきたいところである。


「そんじゃま、帰りますか。東さんは新宿駅?」

「そそ。そっから小田急線だよ〜」

「なら一緒だな。行こうか」

「ほいほ〜い」


 帰り支度を済ませ現場を後にする。

 外へと出てみると、当然ながら太陽は既に沈んでいた。

 そのおかげか真っ昼間よりは涼やかである。


 東さんと並んで帰路につく。

 流石にお疲れなのか、バイトに向かっていた時のような無邪気な元気さはない。


 …そう言えば、あの時。

 ガード下での最後のあの言葉。

 あれはなんと言ったのだろうか。

 ほんの少しだけ沈んだ様に見えたあの表情は何を想っていたのだろうか。

 憂いを帯びたような、あるいは何か思い詰めたような、そんな表情だったように思う。


 そう見えただけと言われてしまえば反論する余地など見つけられるべくもない。

 それだけ、俺は彼女の事を知らないのだから。


 それでも、せっかくバイトの紹介をしてくれて、バイト中も何かと面倒まで見てくれた彼女を“知らないから”の一言で片付けてはいけないようにも思う。



 でも。

 果たして、それは正しい事なのだろうか。

 良かれと思ってした行動が全て正しい事とは限らない。

 正解だと決めつけた回答は往々にして間違いだったりするものだ。

 結果的に誰かを傷付けてしまったり。

 自分自身を傷付けてしまったり。


 そんな経験を俺は知っている。


 “誰かの為に何かを成す覚悟” は今の俺にはない。


 ――また、余計なことをしてしまうのは怖いのだ。


「なんだい、また難しい顔してるね。お疲れかな?」

「え?」


 うっかり1人の世界に没入していると東さんがこちらを覗き込むような体勢で話しかけてきた。

 ちょっぴり上目遣いなその顔からは悪戯を企てる悪ガキのような笑みがこぼれている。


「初出勤とはいえ、体力ありませんなぁまったく」

「うっ…。そ、そう言う東さんは随分と余裕そうですねぇ…」

「ま、慣れてるからねぇ」

「どれくらいやってるんだ?」

「そうだねぇ…。1週間くらい?」

「いや結構ルーキーじゃないか…?」

「ふふ。前にやってたんだよね。最近復帰したから、今はそれくらい」

「なるほど」


 現役高校生である彼女が前にやっていたという事に少なからず違和感を覚えなくもないが、こういう仕事は好きな時に勤務できるのが利点な訳だしそういうこともあるか。

 それにしても、経験の差はあるとはいえ同年代の女子より体力が無いってのはなんだか情けないな…。

 ちょっと体力つけようかしら。


「ま、涼くんも続けていけばそのうち慣れるさね。一緒に頑張ろ〜!」

「お、おう。よろしく」

「大船に乗ったつもりでいたまえ」

「大げさ過ぎるだろ…」


 えへんとばかりに胸を張る東さん。

 そんな威張れるような話は無かったと思うのだが…。


 

  - - -




 微睡みの中で夢を見た。


 暗く昏い水の底のような世界にただ1人佇む誰か。


 どこか寂しそうで。

 どこか楽しそうで。


 そして、どこか寂しそうで。


 それを見ている俺は、何を思ったのだろう。

 そこに居る誰かは、何を想うのだろう。


 この何も無い世界で。


 何も無い…?


 そこにいる誰かは。

 ここにいる俺は。


 これじゃあまるで。


 世界に取り残されたみたいだ。



「…くん」


 誰かが呼ばれている。

 何やら困ったような声だ。


「…うくんってば」


 誰だよ、困ってんだろ。返事くらいしてやれ。


「涼く〜ん」


 え、俺?


「…ほがっ」

「あ、やっと起きた…」


 いつの間にか東さんに寄りかかって眠ってしまっていたようである。

 やべやべ、いくらなんでもまずいことをやってしまった。

 今ここで痴漢ですと突き出されたら俺の人生が…。

 それでも俺はやってないなんて言えない状況なのではないか…?

 一見華奢に見える彼女。しかし確かに存在する女の子特有の程よい柔らかさ、それに加えてほのかに香るいい匂いのおかげでつい心地よい睡眠を何言ってんだ俺。


「わ、悪い。つい…」

「まったく…。ホントならお代を頂くところだけど、今回は特別に許してあげよう」

「お、おう」

「じゃあ、あたしはここで」

「あぁ、ここなのか?」

「誰かさんのせいで乗り過ごしちゃったんですぅ」

「スミマセンでした」

「ふふっ。じゃあまたね。お疲れ様」

「あぁ。お疲れ」


 おおっ…。今のやり取りなんだか業界人っぽいな…!

 密かに憧れていた働く者の特権である挨拶。

 それがお疲れ様。

 これを使う日が俺にも来ようとは…!


 なんてくだらないことで自分を誤魔化そうとしても。

 先ほど見たあの夢がしつこく脳裏をちらつき、えも言われぬ不安が胸に渦巻いていた。

前回投稿からとても間が空いてしまいました。

パソコンに引き続きスマホも壊れてしまい、データが飛んだ事で絶望していました。

今はスマホで書いています。

色々と考えていたのですが、それが出来るかはちょっと分からなくなってしまいました。


それはそれとしてこれからまた頑張っていきますのでよろしくお願い致します。


段落の字下げ機能便利ですね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ