紅ト黒ノ記憶
殺人鬼の弟子とは一切関係ありません。もしかしたらクロスオーバー……できないな。
「ハァ……ハァ……」
紅蓮に染まる空と大地。黒く堕とされた巨神の亡骸。男は肩で息をしながら自身の闘いの結果を見つめた。
紅と黒の業火が見渡す限りの世界を包んでいる。少し視線を下げれば血の海。その血の海の中では人や獣を問わずに重なった死骸の山。
誰がこれをやったのか?考えるまでもない自分だ。自分のせいでこの地獄が生まれた。自分がこの地獄を産み出した。
「ああ、ああああああァァァッッ!!」
どうしてだ。俺はただ守ろうとしただけだ。ただ護りたかっただけだ。女神が支えるこの世界を。彼らの創ったこの地平を。あの狂気の巨兵から総ての者を救いたかっただけなんだ。彼女との約束を破りたくなかった、それだけなんだ。
-じゃあ……ね、私はそろそろ……逝くわ。……この世界を、お願いね。◼◼◼◼-
-分かってるよ、だから君も安心して眠れ-
-あと、自分の幸せも少しは考えてね-
-……考えておくよ、余裕があればな-
最も大切で愛しい彼女に最後に言われたあの言葉。その言葉があったから、今日ここまで生き続けようと決意できたのだ。
「そうだ、あの子は……あの子はどこだ?」
彼女の忘れ形見の末裔であり、彼女と同じ名のあの少女。あの子は今どこにいる?
生きている存在としては有り得ない程の血を流しながら青年の姿をした男はおぼつかない足取りで少女を探した。そして程なくして少女は見つかった。
血まみれの姿で。すでに致命的に手遅れな傷を負って。
「おい………おいッ!」
男は少女に駆け寄る。しかし、駆け寄ったからといって何かが変わるわけでもない。少女は死ぬ。これはもはや決定事項だ。女神や占神でもない彼は誰かの傷を癒すことなど出来ない。そして、その二人ももう……いない。
「あっ、………あぁ」
「しっかりしろカノン!」
呼び掛けて……迷う。呼び掛けて起こすより自身が殺した方が彼女は楽なのではないか?確かに、痛みで苦しみながら死ぬより自分が手を下した方が彼女は安らかに眠れるだろう。
しかし、自分に出来るのか?自分にこの少女を殺せるのか?
そんな逡巡を続けていたら彼女は目を覚ました。
「……ィさん?」
「……カノン……お前」
「やっぱり……◼◼◼さん……ですね」
彼女は笑っていた。彼女とて分かっている筈だ。俺のせいで自分の命が消えかかっていることを。なのに彼女は笑っていた。
「何で笑っているんだ?」
「だって、あなたが近くにいるから……」
その言葉に俺は理解が出来なかった。したくなかった。
「あり……がとうござ……います」
「何?」
「あなたは……みんなを守ろうとして戦ったんでしょう?……なら、守ってもらったんですから……私たちは感謝すべきです……よ」
「これだけ人が死んでいるのにか?これだけ破壊しておいてか?笑わせるなよ。俺は何も守れていない。そもそも俺が何かを守るというのが間違いだったんだ」
「そんな事は………ありません。あなたのおかげで……救われた人も……いるんですよ?」
息も絶え絶えになりながら少女は言葉を続ける。
やめてくれ。君の最後の時間を俺なんかのために使うな。
「◼◼◼さん、……あなたは……もう少し……自分の幸せも……望むべき……です……」
その言葉を最後に少女はカノンは息絶えた。
彼はその亡骸を抱き抱えある場所へ向かい歩き出す。そこは彼の最愛の人の墓がある丘だった。
-カノン、女神、占神、死神-
散った者達を思い出す。その行為に意味がない知りながらも。
「アアアアァァァァァァッッ!!」
狂い泣き叫びながら、彼は二度とこのような結末を迎えないことを独りその血の赤に染まりきった丘で、彼女達の墓標に誓い続けた。ただ独り、延々と。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「……ライン」
「イエス、マスター。私はここに」
「俺はあの結末と今ある世界を認めない。変えてみせる。そのためにお前のやるべき事は分かるな?」
「『偽神』、私がその存在になればいいのですね」
そう言いラインは静かに詠唱を始めた。
『その時誓いしは『忠誠』。我が生に意味はなく、我が心に価値はない。求めしモノもまた我にはない。総てにおいて無価値なるこの我が身』
人形のような彼女の無機質な詠唱が響く。成功する確率は、限りなく低い。でも、やるしかない。やらなければならない。数百年を費やし、創ったこの少女を利用する事になっても。
『故に私はその無の存在を昇華しよう。汝、我が祖の為に。この虚構なる我が身よ。我が祖たる汝の呼び掛けに応じここへ参り、そして消え去れ。』
彼女の体が変革し始めている。兵器として創られたヒトから遥かに高位の存在へと昇華する。そもそもこのラインという少女はその為だけに創った存在だ。
『神祖への接続詠唱
来たれ 司る輪廻の修羅 偽りの祖』
彼の体が光の粒子に変わっていく。成功したことをどこか他人事のように感じながら、ようやくかと目を細める。ようやく自分を殺せるのかと。
「マスター、ご武運を」
「ああ、ありがとう。そして、すまない。こんな愚行にお前を付き合わせてしまって」
「いえ、私はマスターの道具です。貴方の思うように使って頂くことこそが私の幸せです」
「……」
この少女をヒトにすることは終ぞ叶わなかった。だが、それに後悔の念を抱く暇はない。
-自分の幸せも少しは考えてね-
-……あなたは……もう少し……自分の幸せも……望むべき……です……-
(そうだな。俺にはもうそんな事は望めないだろうが、まだそれを望める奴はいる)
やるべき事は多い。あの狂気の巨神を生まないこと。女神や死神達の死をなかったことにすること。十三器の封印もしくは破壊。そして、◼◼◼◼という存在をこの世界から消し去ること。
「……」
あの時代には会いたい人もいる。名も顔も思い出せなくなってしまった家族や友人達。それと同時に会いたくない連中もそう多くはなくても、いるにはいるが。
俺はそこで少し驚いた。あの頃に行くことを俺は楽しみにしているということに。
(今度は彼らと対等に戦ってみるか)
磨耗し、彼女とアイツの最後の言葉の他はもう録に思い出せなくなってしまったあの頃の記憶。だが、まともな戦い方を選ばなかったことだけは覚えている。ならば、今度は真正面から戦いを挑もう。この戦いを自分の最後の愉しみとして。
(皮肉だな。今の自分が生まれた原因の戦いを最後の愉しみとするなんて)
それでも、いい。構わない。どうせ俺の幸せは戦い以外は有り得ないのだから。
そう自嘲気味に笑うと思考を終える。
その思考を終えると男の存在はその場から消えていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ハァ、ハァ……ッチィッ!」
走る。走る。ただひたすらにその地平を疾走する。アスファルトに穴を穿つほどの脚力とスピードで。だが、それでも追っ手の方が俺よりもなお速い。
「おい、どうした!変わったのは逃げ足の速さだけか!?アァッ!!」
迫り来る闇色の結晶を紙一重で避ける。が、二つほど避けきれずに直撃する。
「ガァッ!」
痛みに堪えつつ目線を奴に移す。奴は面白い物を見るような目で笑っていた。
「へぇ、今ので殺れなかったか。どうやらテメェが奪った十三器と同調できたらしいじゃねぇかよ。どうだその体は?気に入ったかァ?」
「バカかお前は。気に入るわけないだろ」
「ハッ、そいつは重畳だ」
俺は今の攻撃で現実として確信する。俺の体はこいつらと同じで人間を捨てている。この身はもうヒトのそれではない。
「そうでなくちゃ殺し甲斐がねぇ。なぁ、三位」
「……レオス、そこに私の同意を求めるのか貴様は?」
「……先輩」
「ごめんなさい、織崎君。あなたからしてみれば迷惑な話だろうけど今から私について来てくれるかしら?あなたに会わせたい人がいるの」
「遠慮させてもらいますよ。そんなもの」
俺はいつの間にか自分の背後に存在していた俺と同じ学校の制服を着ている少女に目を向ける。やはり、彼女も_アリア先輩も俺の敵側だったのか。
「おいおい、そいつのことなんざ気にしてる暇なんてねぇぜ、四位のガキ。連いて来ないなら無理やり連れていくだけだ。テメェも男だろ?無駄な抵抗するなら手足の一、二本ぐらいは覚悟しろよ」
「……あぁ、お前がなッ!」
そう言い放ち俺は目の前の男に殴りかかる。だが、奴はそれに合わせてカウンターの拳を放つ。避けきれない。なら、対処方法は一つしかない。
「クッ!」
「ッツァ!?……ハハハッ、ハハハハハッ!良いねぇ。良い具合に成ったなぁ!おい!」
「……そいつはどうも」
俺はその拳を、常人なら一撃で粉微塵に砕け散るその拳打をギリギリで耐え、蹴りを放つ。この体が人間を超えたと確信できたからこそできる無茶だ。できるなら二度とこんな無茶はしたくないが。しかし、これから先もこれを越える無茶はしなくてはならない。
「それじゃあ、復習は終わりだ。とっととお前のも見せろよ、四位のガキ。今のでこっちはテメェを殺りたくて殺りたくて堪らねぇんだよ。お前も俺らを殺す気で来い。でないと死ぬぜ」
「止めた方がいいわ、織崎君。無駄に傷つくだけよ。おとなしく私たちに着いてきて。一人ならまだしも、こちらは二人いるのよ。君に勝ち目はないわ」
「なら、二対二になれば問題ないだろ」
決して大きくはない、しかしよく響く俺と同じ声の男がその場にいた俺を含めた三人の注目を集める。
ワイシャツに軍服をマントのように羽織った俺と瓜二つの青年がこちらへ乱入してきた。
「グレイ!?」
「テメェか」
「よぉ、結名。随分と頑張ってんな。ああ、あとそこのチンピラ野郎!こないだの借り返しに来た。だから少し俺と遊べよ。という訳で結名、お前はお前の先輩さんの相手してやれよ。こいつの相手は俺が引き受けてやる」
「……ああ、なら任せるよ。正直な所二人まとめて相手をするのは骨が折れそうだって思ってた」
「また、貴方?一体なんなの?」
「そりゃまた愚問だな。敵以外の他の何者でもないだろ」
先輩が苛立ちを込めた口調でグレイに問う。しかし、グレイはどこ吹く風だ。気にした様子は毛ほどもない。
グレイブ・ステンベルグ。ある意味命の恩人で、ある意味この状況を作りやがった元凶である俺のそっくりさん。
「ま、これで数的にはフェアになった。一位のための前夜祭だ。派手にやろうや」
「ああ、いいぜェ。やっぱり殺し合いはこうでなくちゃな」
「……」
「……」
俺と先輩は無言で睨み合いグレイとレオスは殺気を放ちながら笑っている。表情や雰囲気こそ違うがここから先は全員同じだ。
『創れ血よ』
四つの声が重なる。そこから先の詠唱は各々違う。しかし、根幹は同じものだ。故に似ている。俺とグレイの詠唱の一部を除けば。
『階位九位『魔晶』
神祖への接続詠唱 我が名は第二の為の戦士 降臨せよ 研ぎ澄まされた魔晶よ』
レオグルスの体から闇色の結晶が生えてくる。それだけではなく、奴の足下のアスファルトが奴の体から生えている結晶と同様の物へと変質していく。それは恐らくここら一帯の大気も奴の結晶へ変えようと思えば変えられるだろう。
『階位三位『魔槍』
神祖への接続詠唱 我が名は第四の代替 降臨せよ 聖を貫きし魔槍よ』
先輩の手元に黒に近い蒼の槍が現れる。それだけではなく先輩の体へ奇妙な刺青が走る。
「……」
二人の武器が顕現される。四日前ならあの槍を、あの結晶を見ただけでこいつらとグレイブが戦っていた時のように、初めて魔剣を見た時のように恐怖のあまり気が狂っていただろう。その結果、目の前に立つ敵に殺され命を落としていただろう。だが、今は違う。今ならこいつらと渡り合える。
-紡ぐのは詠唱-
-繋ぐのは克我-
-創るのは戦器-
『階位四位『魔剣』
克我への接続詠唱 我が名は無二の器 降臨せよ裂き乱れる魔剣よ』
黒いコートのような鎧が現れ俺を覆う。右手には紅く光る黒い長剣。ヒトとしての体がどうとか、明日から先の日常とかは今は考えない。今はこの戦いを最優先で考えなくてはならない。
『階位十三位『魔銃』
克我への接続詠唱 我が名は虚偽の下僕 降臨せよ 魔弾を放つ魔銃よ』
グレイの手元に二丁の黒い銃が顕現する。恐らく魔力を通したのだろう。ワイシャツが黒く染まっていた。
俺は顕現された魔剣を両手で軽く握り、二人を見据えた。グレイはレオスしか見ていないようだ。なら、俺は先輩を倒す。話はそのあとだ。
「開戦の号砲だ」
-バババババッバンッ!
グレイの二丁の魔銃が火を吹く。魔弾を二人に対して撒き散らした。それを合図に俺は先輩へ、グレイはレオスへ駆ける。
「ハハハハッ!!いくぜ、オラァッッ!」
魔晶で銃弾を弾きながらグレイに迫るレオス。
「ハァァァァァァァッッッ!!」
「っ!?織崎君!」
先輩は俺の特攻にやや驚いた様子で剣を槍で迎え撃つ。
こうして運命は動き出す。俺はまだ知らなかった。何も知らなかった。そして何も知らずにこの渦巻く運命の奔流に呑まれていった。
俺はまだその紅と黒の記憶を、血の丘の墓標の誓いを知る由はなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
魔刻十三器
第一位『??』
第二位『??』
第三位『魔槍』アリア・フェリス 『第四の代替』
第四位『魔剣』織崎結名 『無二の器』
第五位『??』
第六位『??』
第七位『??』
第八位『??』
第九位『魔晶』レオグルス・ゴーラル 『第二の為の戦士』
第十位『??』
第十一位『??』
第十二位『??』
第十三位『魔銃』グレイブ・ステンベルグ 『虚偽の下僕』
一番最後の魔刻十三器は新しい人が出てくる度に??が消えます。こっちは月二ぐらいで投稿できたらいいな、と考えています。それでは皆様、よいお年を。