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brake time-2”シフト”

[Fab-28.Tue/13:05]


 午後の授業開始まであと僅か。

 鳴り終えたばかりの予鈴が、教室内部を慌しく変えていた。

 多くの生徒は次の授業に備えた準備を始めている。

 しかし、それでも瑞穂は、滝口の任務を遂行するべく欠席している少年の机を動こうとはしなかった。

「瑞穂、予鈴鳴り終えたよ? 時間、大丈夫なの?」

 数分前に目を閉じた幼馴染の少女は、他のクラスの生徒でありながら、今だそれを開こうとする様子はない。

「大丈夫よ。次は荒川先生の授業だから」

「そ、そう? それならいいんだけど、ね……」

 それは瑞穂のクラス担任であり、琴音にとっては部活顧問の教員の名前であった。

 確かに彼は、始業ベルが鳴り終えてから、教壇に立つ教室へと向け職員室を後にする。それは生徒たちにはよく知られている話だ。

 始業ベルの終了と同時に二人が移動を開始したのだとすれば、職員室と、この教室の位置関係を考えると少女の方が目的地きょうしつに間違いなく先に到着するだろう。

 だが、琴音が気にしているのは、そういう物理的な問題ではない。心のゆとり。精神的な問題なのだった。

 本来、予鈴は授業を受ける心構えを生徒たちに作らせ、その準備を行わせるために鳴っているのである。その少女のように休み時間に何かを行っていた者に対して、もうすぐ時間になるから後少しで終わらせなさいよ、と、そういうことを知らせているわけでは決してないのだ。

 だから、瑞穂の言葉に琴音は本音で納得して、そう返したわけではない。

 しかし、とりあえずそういう考えを、どうこう諭したところで、この少女には言うだけ無駄だろうと理解しているのだ。

 それ故のそういう曖昧な返事なのだった。

 唯我独尊的な思考や態度のことを、少女は自身が座っている机の持ち主に対して非難することが多々ある。だが、琴音からすれば、そんな瑞穂かのじょの方こそが、より自己中心的な人物なのでは、とさえ思えてしまう。

 その感懐には、若干の恋愛補正がかけられているだろう。しかし、渡辺詩緒と賀茂瑞穂という二人の人物の思考パターンの根底が似ていることは確かであった。

 良くも悪くもその二人は、自分の意思や指針に揺ぎないものを持っているのだ。

「ねえ、瑞穂。詩緒くんって徒歩で捜索活動に当たっているの?」

 そんな二人が問題なく、よくもこれまで任務を遂行してこれたものだと不思議に思いながら、琴音は新たな質問を幼馴染にする。

 意見の対立や、それによる仲違えはなかったのだろうか。それに発する不信感を互いに抱きはしなかったのだろうか、と終わっていることながら不安にさえなる。

 現に今もそうなのだ。

 この二人は最終的な目的こそ一致すれど、個別に、違った方向性と手段で捜索を行っているのだから。

 当初、傍目から見れば瞼を閉じ、俯いているようにしか見えない瑞穂に琴音は慌てた。まさか、突然に己の使役する式神と視界を同調しているなどとは普通、夢にも思わないだろう。

 極微弱な魔力。それを感じることができなければ、琴音と同じように、彼女が突然に具合を悪くしたか何かとしか思えないはずだ。

 上空からの探索と、地上からの捜索。

 互いの意思を尊重し、しっかりとチームとしての方針を固め、協力体制で動いたとしたら。今回の一件も、より効率よく推し進めることができるだろうに。

「いえ。多分、バイクで動いてるでしょうね」

 先の返答もそうであったが、瑞穂は事もなげに琴音の質問に答えてみせる。

 同調しているのはあくまで視覚だけであるらしいのだ。聴覚を始めとする他の感覚器官は生きていて、さらには通常通りに自在に操れるのだと、最初に驚いた直後に、その陰陽師は教えてくれていた。

 それを説明されたときに、琴音は改めて瑞穂が魔術師と呼ばれる分類に属する人間であることを思い知らされたものだ。

「バイク!? 詩緒くんて、バイクなんて持ってたの!?」

 しかし、今回の言葉には、違う方面で驚かされる。

 それは琴音の勝手なイメージなのだろうが、件の少年は原付どころか、今や国民一人が一台を所持するような普及率に至った携帯電話という生活必需品でさえも、所有しているのかが疑わしく思われていたからだ。

 いや。それはその少年を知る他の学友クラスメイトたちも、恐らくは同じ認識であろう。

 浮き世離れしている、古風な人物。そう言えば多少は聞こえは良いが、極端に言ってしまえば、何となしに彼からは現在社会に生きている少年の雰囲気が感じられないのだ。

 滝口。『魔』を排除するという特殊な役目を持つとはいえ、それは侍、武士である。

 その少年が感じさせる感覚は、その武士という既に失われた役割に就いているからなのだろうか。違う。そうではない。それはもっと単純なことなのだ。

 彼の口からは、現代社会を賑わせる用語――それは例えば流行りの音楽やアーティストであったり、映画やドラマといった映像分野、それに出演する知名度の高い人気のある男優や、女優の名前であったり、ゲームやスポーツというような趣味娯楽分野であったりという、そんな類の言葉の一切が出ないためだ。

 だから、他人は彼をそのように時代錯誤な人物だと錯覚してしまう。

 しかし、その実、同世代の一部の男子生徒たちが熱狂的にハマり、憧れるアイテム――バイクという単語が少年の界隈から飛び出したのである。

「……それはどういう驚き方? なんとなく、そこまで驚くトコ聞くと、アイツが携帯持ってるなんて言っても信じなさそうね……」

 恐らくは少年の親族以外で唯一、それが誤った認識だと知っていたであろう少女は言う。その口元を微かに緩めて。

「ええっ!? 詩緒くん、携帯持ってるの!? それってメールが使える機種!?」

 携帯のくだりなどは、それこそ瑞穂にとっては冗談でしかなかった。しかし、渡辺詩緒という少年を想うだけで、彼を知りたくとも知れなかった少女には、それもまた衝撃の事実として受け止められる。

「ちょ……いまどきメールできない携帯って……」

 それは暗にその機能があるのならば、そのアドレスを知りたいという少女の意思表示であるのだが、この陰陽師の少女は、何故なにゆえにか、こういう分野には極端に疎い。だから、それを額面通りの言葉としてしか反応できなかった。

「携帯持ってたなんて、私、聞いてない!」

 本心からの悲痛な声。それがその少女の表情や態度から容易に知れる。

 鎧袖一触がいしゅういっしょくとは正にこのこと。

 授業に際する心構え。この時間で作るべきだと彼女自身が考えていたものは、その真実を前に、呆気なく、意とも脆く崩れていた。

「どういうイメージ? ……琴音の中の詩緒って……まあ、アイツがそういうのに疎そうだと思われるのは分かる気がするけど……でも、バイクには変にこだわってたりするのよ? アレで」

 世界を憂う隠者的なイメージが正解。しかし、瑞穂が予想している琴音の抱く少年のそれは、野山で暮らす蛮族の類だ。

「え?」

 幼馴染みの少女の描いたイメージ。その正否はどうあれ、彼女の発言は琴音にとって興味深い発言だった。

 琴音がバイクに興味があるからなのではなく、それが今後の二人を結ぶ鍵になるのかも知れないからだ。その分野の知識を琴音が身につければ、二人の距離を急激に縮める足懸りになるかも知れないのである。

 詩緒のそんなこだわりや、趣味的な一面を、琴音は知らなかったのだから。

「食べ物でも栄養が取れればそれでいい、って感じで、ほとんど固形栄養食とかで済ませちゃうクセに、バイクだけは変に愛着というか、執着というか、こだわりを持ってるのよね。あのバカは。それで三台もバイクを持ってるんだから異常よね、笑っちゃうでしょ?」

 呆れた様子で瑞穂は詩緒を、そう評する。

「さ、三台も?」

 たかが三台。しかし、流石に一介の高校生が保有する数としては、普通ではない数である。

「そうそう。一般用、任務用、超緊急用……らしいわよ? 本人曰く」

 実際に少年がそれぞれのバイクを、そう少女に説明したわけではないが、ぶっちゃけ、その通りではある。

 通常用の中型車輌(CBR250RR)。これは現在、少年が所持する車輌の中で、取得している運転免許証で乗れる唯一のもの。よって、必然的に一番に詩緒が利用しているバイクでもある。

 任務用の大型車輌(CBR1100XX)。この排気量のバイクは、年齢的に少年には免許が取得できない。当然、これを運転する時は無免許運転ということになる。瑞穂はこのバイクの後部座席タンデムシートには座ったことがある。

 最後に超緊急用車輌(Y2K)。このバイクは、この国では走らせること自体が既に違法行為に当たるのだと少女は聞いている。その為なのか、詩緒の持っているバイクの中で、唯一、実際に走っている姿を瑞穂は見たことはない。しかし、バイクに別段、興味のない彼女である。性能スペックを調べてみるようなつもりはないし、まあ、速いのだろうという認識だ。

「……瑞穂は、詩緒くんの後ろに乗ったりしたことあるの?」

「まあ……何度か。……言っとくケド、アイツの後ろなんて怖いだけよ? 大体、役目が絡むと恐ろしくスピード出すし、無茶な走り方するから」

「そ、そうなんだ……」

 瑞穂の感想は決して良好なものではない。しかし、それでも琴音の表情は曇る。

 恐怖を感じると彼女は言うが、琴音は心の奥底からその少年を信じることができるから、その感情を抱くことは絶対にないと断言できる自信がある。それに、例えどうであれ、少年に背中から抱きつけるのだから、うらやましいと琴音は思うのだ。その時は二人だけの空間を形成できるのだろうから、妬けてしまうのだ。

「お。丁度、似てるバイクを発見!」

 そんな沈んだ琴音の顔を、目を瞑った瑞穂は窺い知るはずもない。弾んだ声で式神の視界に見つけたものを報告する。

「そうそう、あんなカラーリングだったわよね、アイツの一般用バイク。確かCBRとか何とか……服装もメットも似てるわね〜あのライダー……」

 服装。それは琴音に貸したこともある、黒いライダースのレザージャケットである。しかし、それに見覚えがあるのは単に似ているからではなかった。

「――って!? アレ、詩緒じゃない! なんで、あのバカ、私が教えたのと反対方向に!」

 そうなのだ。それは間違いなく渡辺詩緒、本人だったのだ。

「――私が信用できないってか! アイツは!」

 周りを忘れたように、瑞穂は怒声を上げる。

 しかし、それは誤った認識である。それは寧ろ、賀茂瑞穂という少女と陰陽師に、ある意味、全幅の信頼と置いているという少年の思考の現れだった。

 だから、詩緒は少女の言った通りに言葉を受け止め、陰陽師の占いと逆方向へと捜索の範囲を拡げていたのである。


「――お前の占いの当たる可能性は、限りなくゼロに近い」


 よく口を吐くその台詞こそが、陰陽律法ソーサラーテキストという二つ名を有する陰陽師の占術に対する少年の感想なのだから。

「ふ・ざ・け・る・なっ!」

 続けて叫んだ瑞穂に、室内の生徒の奇異の目が集まる。

 しかし、それを気にする素振りも、それに怯む様子もなく、少女は勢い良く駆け出す。

「瑞穂!?」

「私、早退するから! 放課後で構わないから、機嫌悪いってウチの担任に言っといて!」

 呼びかける琴音の声に間髪入れず、一瞥することもなく瑞穂は答えた。

 瑞穂の担任は、琴音の部活顧問でもあるのだ。その時間に接点は確かにある。

「……もう――」

 教室から消えた親友に溜息一つ。しかし、それには気をつけて、そういう想いも込められている。

 その少女が陰陽師として、この瞬間から動くだろうと解っているのだから。

 だが、違う意味も込められている。

「――機嫌じゃなくて、気分、でしょ?」

 呆れ、琴音は呟いていた。








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