night cathedral-2”辺境の吸血鬼”
[Fab-26.Sun/00:30]
「どうかしたのか?」
陰陽師に問う滝口。問いの内容は少女を気遣うようで、しかし、少年はいつもの無表情のままである。
そして、問われた少女の視線の先には、鞭を手にした妖婦がいた。
「――雨月が、あんな西洋の魔法武器を持ってるはずがないでしょ? だから、考えられるのは『滝口・陰陽寮』(わたしたち)以外の、それも国外の組織の人間が動いていて、吸血鬼取りが吸血鬼になった――ってコトよ……困ったわね……陰陽寮的には他の組織と問題になるような接触は、できるだけ避けたいのよね……」
とりあえず、瑞穂は憶測と自らの立場を呟いてみる。
他の魔術組織と接触。特に外国の組織との接触には、様々なデリケートな問題が存在する。
思想、価値観、そして魔術体系の違い。それは思いの他多くの、そして、深刻な軋轢を発生させるのである。
それは表の世界に於ける社会・世界情勢と何ら変わりはない。
加えて、この問題に於いて、陰陽寮という組織は殊更に不利な立場にあると言えた。非公式とは言え、その組織は政府機関だからである。
他の大半の魔術組織と違い、その対応は、日本という国自体の対応と執られてしまう可能性・危険性を孕んでいるのだ。
それに起因する確執。その報復行為は、つまり、日本という国自体を対象としたものになりうるのだ。
そして、その報復手段は当然、魔術によるものである。
それは決して直接的に表には顕れない、しかし、大規模な犠牲を確実に伴う『静かなる大戦』(サイレント・ウォー)を引き起こしかねないのである。
多少大袈裟にではあるが、陰陽寮配属術者の立場を説明するとすれば前記の通りであり、それが公人としての建前だった。
だが、瑞穂の本音を突き詰めれば、極めて簡潔な答えが導き出される。
上司兼友人の愚痴を、彼女は色々な意味で聞きたくはないのだ。
「くだらない」
そういう困惑の言葉に、間髪入れずに返された詩緒の反応は、素っ気ないものだった。
しかし、その滝口の台詞を陰陽師は容易に予想していたようである。
自らの立場を理解しないことに対する抗議や、怒り、悲しみなどという感情は、少女の顔にはない。
やっぱりね。そういう言葉が如何にも聞こえそうな表情を、彼女は変わりに見せていたのだから。それを端から見越していたからこその『とりあえず』の発言だったのである。
「――目の前に『魔』が存在するなら、俺はただそれを排除すだけだ」
『魔』。
人ならざる存在。人ならざる力を行使する者。人の世に仇なすそれらを、彼ら滝口は、そう総称する。そして、それらを排除することこそが、彼らの活動目的である。
「迷いがあるなら下がっていろ。邪魔だ」
少女を一瞥もすることなく。吐き捨てるようにそう言うと、詩緒は刀を構え、単身、地を蹴っていた。
「いい覚悟ね、従者……でも、大丈夫よ」
その急襲に驚きを浮かべることはない。強襲する少年に、ルチアはただ妖しく微笑む。
「――苦しませはしない。快感の渦の中で息の根を止めてあげるから――」
無駄に色香を漂わせながら、手にある鞭を翳す。
「――安心して、お逝きなさい」
「従者じゃない。しつこい奴だな」
向かう者と迎える者の口が動き、それぞれが違う意図を込め、言葉を発する。
そのルチアの腕が、ゆらりと動いたかと思うと直後、視界から、その腕の実像は消え失せていた。残像を見せる異常な腕の動きに繰られ、女の得物は姿を失う。そこに存在しない物体のように。しかし、聖マルタンの虚構革鞭は超高速で駆け巡り、その周囲の空間を一瞬に制圧していた。風を鋭く切り裂く音だけが、それがそこに確かに存在しているのだと教える。
相対する詩緒は視覚を捨てていた。感じる鞭の魔力を頼りに、自身の先の空間にその軌道を思い描く。その脳裏にあるのは、線が幾重にも重なることで形成された球体。だが、それは決して完全なる密閉空間ではない。如何に高速で動いているとはいえ、それは左手を基点に動いている一つの線で作られたものに過ぎないのだから。
剣士の感覚では、斬り込む隙間は明らかに存在している。
だが、同時に滝口は理解していた。
それは罠なのだ。女は誘っているのだ。
しかし。
詩緒は躊躇することなく、その誘いに乗っていた。
「素敵よ貴方――」
真っ直ぐと誘惑に挑む少年を官能的に嗤った、刹那。
「――がっ!?」
ルチアは炎上していた。
その身を炎に巻かれながら。見開いた目で、ぎろりと陰陽師を睨む。
「隙だらけよ。ルチア」
慢心を見せていた、人間を見下していた吸血鬼の隙にずけずけと付け込み、瑞穂は彼女を嘲笑う。
「陰陽律法!」
ルチアはブロンドの髪を逆立て、怒りを叫ぶ。殺気だった魔性の本性を覗かせ、纏わされた炎をその邪気に霧散させる。
だが、それに少女は怯みはしなかった。
自分の役目を十分果たしたことを、そして、後は少年が同じように役目を果たすであろうことを、悟っていたからだ。
「いいのかしら? 滝口を忘れているわよ?」
くすりと愛らしく微笑い、瑞穂は指摘する。
「――ッ!?」
滝口。その単語をルチアは知りはしなかった。しかし、自身に迫っていたもう一つの敵を、瞬時に思い出す。自身が従者と決め付けていた生餌である。
炎上したそのときでさえも、聖マルタンの虚構革鞭の構築した結界は生きていたはずだ。
ならば、それはそこに――唯一、用意していた突入可能点に、飛び込んで来るはずである。
「お痛が過ぎるよ! 下衆どもがっ!」
鋭利な爪をその空間へと突き上げる。反射を許さぬような。突然に。人間には、そうとしか感じられないような速度で凶器を疾駆させる。
力なく宙にぶら下がる肢体。心臓を刺し貫き、胸部を貫通した細腕で支えられた美少年の亡骸。
芸術性の高いオブジェ。
そう。それは間違いなく、最高の素材を殺害することで完成した、彼女の快楽を表現する最高の作品。
ルチアの脳裏に浮かんだ映像には、鮮明にそれが描かれていた。
確かにその隙間にしか、少年は飛び込む余地は無く。
そして確かに少年は、そこに飛び込んでいたのだ。
だが。
「――ぎゃうッ!?」
激痛にルチアは鳴いていた。吸血鬼にとってあるべきはずの幻像は、痛覚によって一瞬にして掻き消される。
跳ね上げられ、宙を舞っていたルチアの細腕がぼとりと、持ち主の足元に転がった。
詩緒はルチアを上回る動きで、自分の命を奪うべく突き出された凶爪を腕ごと断っていたのだ。彼に宿った闇の力の一端を、瞬間的に解放し、爵級の動作をも凌駕して見せたのだ。
だが、何が起こったのかを理解できぬままに、しかし、ルチアは嗤っていた。
射抜くように自らを見る少年の手には、所謂、日本刀しか握られていないのだ。
例え理解不能な、不利な状況にあれども、吸血鬼を滅ぼすには、それでは不可能なのだから。
それはその妖婦にとって、単なる鉄の刃に過ぎない。この世ならざる魔性を、夜魔の頂点に位置する高貴なる種を、討ち滅ぼす類の銀ではないのだ。
「滝口。オレは『魔』を討つ、退魔の武士だ――」
だが、滝口という言葉を知らぬルチアには、その事実を知るはずもない。
彼らはその刃に、自らの魂である日本刀に意思を籠める。
断てぬはずのない、実体のない幽体、魑魅魍魎をその刀で断つために。終わりのない穢れた命を断つために。
不浄を斬り断つ。
その意思の乗った刃に、断てぬ存在はないのだ。
加え。その黒衣の滝口の振るう刀は聖刀。『魔』を断つ力を刀身に宿した刀。鬼切の号を持つ業物なのだから。
頚部に向け、閃く斬光。
妖しく嗤ったままの顔で、ルチアは二度目の夭逝を迎えていた。
[Fab-28.Tue/12:35]
「吸血鬼? それって、ドラキュラってこと?」
源琴音は愛らしい大きな丸い目を、さらに大きく丸くすると幼馴染みの言葉に問い返した。
「……そうそう。そうザマス。ええ、ええ。ルイよ。カーミラよ。エリートよ。DIOよ。アルクェイドよ」
それに返って来たのは、酷く投げやりな瑞穂の答。当然、種族分類名称と個体名は等号ではない。架空の名称とはいえども、ドラキュラも、ルイも、カーミラも、エリートも、DIOも、そして当然アルクェイドも、一個体、一個人名でしかないのだから。
だが、日本人の世間一般の認識とは、その程度のものなのだろう。
例えるのならそれは、一定年齢経過男女が、家庭用テレビゲームの全てをファミコンであると断言しているような、酷く大雑把で乱暴な発言なのである。
だが、それこそが、その生命体に対する日本人の認知度を示しているのであろう。事実、琴音のような発言は、この教室にいる大半の一般生徒たちの間では、まかり通るであろうはずなのだから。
「も、もう……そんな冷たい反応しなくてもいいじゃない……そりゃ、まだ私は、そういう知識に疎いけど……」
あしらうような態度に出た少女に、琴音は沈みがちに呟く。
「……ちょっと、ひどいガンス」
しかし、瑞穂がそういう態度をとってしまう気持ちも解らないではないのだ。だから、彼女を一方的に悪人にしないようにフォローとばかりに茶目っ気を出したりもする。
しかし、似合わぬボケは、結果、ますます瑞穂を呆れさせる効果しかなかった。
「……よくそんな知識は持ってるわね?」
「……か、勘違いしないで! 友達に聞いただけ! す、少し知っているだけだよ!?」
しばしの沈黙。
頬を真っ赤に染める琴音。
自らが発端を振っておきながら、唖然とし続ける瑞穂。
「……琴音が一般の女子高生なら、別に構わないのよ? でもね、貴女は自分の意志で滝口になったんでしょ? そういう知識の有無は、琴音のみならず、琴音の関わる人たちの生命にさえ直結するのよ?」
咳払いを一つして、先の発言をなかったことにすると、瑞穂はその世界の後輩である少女に釘を刺す。
「……うん。ごめん。分かってる。学校の勉強に手一杯で……なかなかそっちの知識吸収に、時間がとれなくて……」
その反応に感謝しつつも、痛い過去をぶり返さぬようにそれを表に出さず、神妙に琴音は呟いた。
「そういえば、最近は短い時間でも、単語帳開いてたりするわね。なんで? 琴音って成績そんなに悪くないじゃない? 勉学少女にイメチェンってワケでもないんでしょ?」
「瑞穂と詩緒くんの成績が良すぎるのよ……一緒にいると釣り合いがとれないっていうか……」
溜息に続いて口をついた言葉。しかし、それは表向きの発言に過ぎなかった。事実、琴音にとっては、瑞穂の成績の良し悪しは大した問題ではないのだ。重要なのは詩緒という少年の成績だけなのである。
少女は、その想いを寄せる少年と同じ進学先を選べることを、一つの目標にしているだけなのだ。
「……そう?」
腑に落ちない表情を瑞穂は浮かべる。
「う、うん。そう――で、それで? その吸血鬼って、やっぱり欧州から来たの?」
自身のことから遠ざけるべく、意図的に話題を戻し琴音は訊ねた。
「……それも残念ながら、誤った認識ね。吸血鬼って、何も西洋に限った魔物じゃないのよ?」
吸血鬼という今では非常にメジャーな怪物が、この国に伝わったのは確かに近世である。しかし、イメージ的に程遠いような中国を始めとして、アジア圏に於いても、人の生き血を求める魔物は古来より存在するのだ。
「そうなんだ……じゃあ外国から来たのね?」
「――それも違ったりするのよね。吸血鬼という単語が生まれたのは、確かに近世のコトよ。でもね。そういう妖が、この国にも少なくとも江戸時代にはいたの」
陰陽師は語る。
「『雨月』……今回の標的の名前。それはね、本名なんかじゃなくて、便宜上、陰陽寮が付けた名前なの。その由来は、彼が初めて、その存在を記された文献――いいえ、違うわね。文学作品に由来するものなのよ」
「文学作品?」
オウム返しに訊ねた琴音に、瑞穂は答えた。
「そ。上田秋成著、『雨月物語』よ」
「え? それって授業でも聞いたような……確か江戸時代の怪奇説話集だよね?」
「そうね。安永五年、1776年に刊行された作品ね」
怪訝そうな顔をした琴音に、瑞穂は笑う。
「可笑しいわよ、琴音。『魔』なんてものを実際に見といて、文学作品だからフィクションとでも決め付けるの?」
「そ、それは、そうかも知れないけど――」
「事実は小説よりも奇なり、よ。実際に私も詩緒も、その後、交戦したのよ? その雨月とね。そして、今回の厄介事は、どうもそれだけじゃないみたいなのよね……」
深い溜息を吐いて瑞穂は零す。
もう一つの厄介事。ルチアという人物の来歴を彼女が知ったのは、何を隠そう、その雨月の口からだったのである。
〜解説(?)〜
ドラキュラ:日本に『吸血鬼』という単語を産み出させたブラム・ストーカーの傑作怪奇小説『吸血鬼ドラキュラ』に登場する吸血鬼。正に神祖(菊池秀行著『バンパイアハンターD』より)…って解説の必要はないか(笑)決して初の日本語翻訳版で彼が語尾に『ザマス』をつけていたわけではない(笑)これは藤子不二雄A先生の『怪物くん』に登場するドラキュラの口癖であり、某『らき○すた』(隠すとこミスった☆)の前半OPでもパロられている。瑞穂と琴音の会話しかり。
ルイ:アン・ライスによる小説『夜明けのヴァンパイア』の映画化作品『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』にてブラピの演じた主人公である吸血鬼。僕はこの作品を見てないんですが…おもしろいの?
カーミラ:ジョゼフ・シェリダン・レ・ファニュ著『吸血鬼カーミラ』に登場する女性の吸血鬼。漫画『ガラスの仮面』にて姫川亜弓が演じた役でも有名。
エリート:水木しげる著『ゲゲゲの鬼太郎』に登場する吸血鬼。こいつファミコンACT版の1ステージ目のボスだったけど、ライフ制ではなく一撃死→ガメオベアになり易い激ムズシステムってメインターゲット層(低年齢)無視してね?いや、ハマったけどさ(笑)
DIO:「無駄無駄」「タンクローリーだ!(ロードローラーだ!でも可)」で有名で「あ、ありのままおこったことを話すぜry」の名セリフをポルナレフに吐かせたという偉大なる功績を持つ神・荒木飛呂彦先生の『ジョジョの奇妙な冒険』に登場する吸血鬼。石仮面云々は省略。スタンド『ザ・ワールド』の能力により、おそらく最強の吸血鬼では?(笑)
アルクェイド:僕より読者の方々の方が間違いなく知っているという説明する必要はないだろうけど説明するとTYPE-MOONの『月姫』のメインヒロインである吸血鬼の真祖。『Fate/stay night』は面白かった!はまった!『Unlimited Blade Works』サイコー!な僕は今からでもプレイした方がようのでしょうか?関係ありませんが心の叫びを…『BMW銀第4部』まだですかー!><
…下らないあとがきを長々とすみません^^;