現代陰陽師譚 〜弐〜
[May-3.Fri/20:00]
「流石はルネィスです(月城氏HPtop平成19年10月ver.)。節度というものを知っていますね。私たちはアレくらいで止めておいて、世木だのにヤキモキさせるのが人気を維持しつつ、さらに新規ファンを獲得するコツなのですよ! 直接的なアプローチをするなんて浅はか者のすることです! お色気担当は真のヒロインにはなれないのです! ……ああ、因みに滝口譚のヤキモキキャラである琴音さんは、本編でチラリと触れられた冬季大会ための合宿に、今まさに参加しており、この街にはいらっしゃいませんので、今回は全くもって登場致しません。3のラストで告白なんて大胆なコトをしときながら、一応はその後日設定である今回において、その後の二人については一切触れられずと、何かと『滝口譚』の女性キャラの話となると琴音さんに話題が集中するそうですし、私の本当の作者は、瑞穂さんがお嫌いらしく、彼女の出番がある方がいいらしいのでしょうが、今回も悪しからず、です」
唐突に怪異を語った、見慣れぬ街を行く少女の足は重い。
その約半分近い面積は、山地を開拓して創られた街である。
長崎、神戸などの所謂『坂の街』として名前の通った都市ほどではないが、この街も件の土地に入ると当然ではあるが、途端に坂道が多い。
呟いたチドリの言葉は、そんな歩速を鈍らせる傾斜に対する愚痴のはずだったのである。
「……? 今日の私は少し思考がオカシイのでしょうか?」
たが口をついた言葉が、余りにそれと掛け離れていたために、小首を傾げると眉間を細い指先で押さえ、チドリは呻く。
「……冷静に。冷静に、です。落ち着きましょう。敵は夜魔。なのですから」
その標的を行灯陰陽は既に補足していた。地理に戸惑い、その分だけ時間を割いたのであり、現状、その任務は非常に順調なのである。
全ては彼女の予想したシナリオ通りだった。
ただ、それだけの事だったのである。
吸血鬼に見初められた者は、吸血鬼になる。
そんなことはオカルト知識に疎い人間でも知っていることではないか。
唯、その存在を、その事象を『現実』『事実』として受け入れることが出来るか、否か。同じく消えた遺体を、威信をかけて追っているであろう警察と魔術師との違いはそれだけだったのだ。
「ルチア・ダレッツオ……その恋人であった男、ファビオ・インザーキ」
それがその『さ迷う死体』(リビングデッド)の名前。
「……守っても攻めても活躍できそうな人……もとい、恐らくはルチアからの口沿えで雨月に見初められた可哀相な人」
汚れた命へと堕とされた標的。
人として吸血鬼に殺され、闇の命を得て吸血鬼として黄泉返る。それが消えた死体の真相だったのだ。
あとは、その原因の廃除を行えば、つまりは彼を抹殺すれば、この任務も終了である。
何故ならば彼は既にWIKの認める保護対象にはないのだ。
犠牲者は、もう、出ている。
「……本来ならば陰陽寮が責務を負うべきなのでしょうが…」
だが、任務の終わりが見えたところで、どうやらクラスのレクリエーションには間に合いそうもないらしいことをチドリは認識していた。
WIK。チドリはその組織の頂点に存在する魔術師に心頭していた。
だから、その人物から直接指示のあったこの任務については、彼女の期待に応えるためにも強い気持ちで望んでいる。
しかし、そのためにチドリは断腸の思いで恋愛感情を抑えたのだ。
微妙な管轄分けのされた魔術世界。例えば今回の事例で言えば、警視庁というこの国の機関が関与している以上、余計な問題を発生させないようにするには、通常ならば同じくこの国の公の機関である陰陽寮が処理すべきことなのである。
しかし、現実は行灯陰陽が、世界の魔術調停機関であるWIKが動いていた。
これは事件の発端にWIKの調停役としての落ち度があったことに対する、埋め合わせ的な意味合いが強かったためである。
普通であれば末端の魔術師である者からすれば、そんな上層部の事情なんて知ったことではないと憤慨することだろう。
だがチドリは違っていた。恐らくは上層部の事情とは、尊敬を通り越し崇拝する彼女の研究意欲興味翻意であろうことを知っているからだ。憶測でしかない話であるが、事の発端の事件の裏では、何かしら特別な魔術(極めて珍しい類の力を元とする魔術であったり、古に失われていたと思われた魔術、或いは新開発の魔術等)が絡んでいたと行灯陰陽と異名を持つ少女は睨んでいるのである。
それは大多数のWIK関係者からすると、迷惑甚だしいことでしかない。しかし、チドリからすると天才である彼女がそうすることによってこそ、魔術世界の進歩発展、調和が訪れるのだと信じている。
だからこそ、我慢もでき任務を本心から完遂させようとも思えるのだ。
式神たる大鳥が鬼を補足した場所は、この坂道の先。
そして、その終点にあったのは、この国では大きい部類に入るであろう教会だった。
霊園を有する、その広大な敷地は、これからのできごとを外部に漏らさぬようにするには、うってつけの場所である。
しかし、対象はそれを踏まえて動いていたのではない。
魔術を行使する戦闘の場所として好都合だったのは、あくまで偶然だ。
そこは数日前、滝口と陰陽寮の陰陽師が、彼の愛しい人を塵に帰した場所なのだ。
チドリは知る由もないが、故に対象はここを目指したのである。
凍てつくような光を、その白塗りの建物に刺す月の下。
無数の邪悪な気配を、行灯陰陽は感じていた。
それは、そこに捕食することで眷属を増やす吸血鬼がいたのだとしても、異常と思える数である。
今、この時も、それは増加していくのだ。
「……これは死者洗礼と同じ能力だとでもいうのですか――!?」
驚きを零しながらも、被害が拡大せぬように『人払い』の結界を構築する。これで一般人は『なんとなくこの場に寄り付きたくなくなる』わけだ。後は内部の教会関係者だけを心配すればいいわけだが……残念ながら、これだけの数の吸血鬼を感知しているのだ。絶望的と考えて妥当だろう。
その数の恐怖を可能とした鍵が、先のチドリの『死者洗礼と同じ能力』という言葉だ。
死者洗礼。
それは殺戮狩人に狩られた十二真祖の一人の名前である。その真祖の中の真祖たるモノの持つ能力は『死者をグールに生まれ変わらせる』という厄介極まりないものだった。
この時間、墓地にこれほどの犠牲者となる『生きた』人間がいるはずはない。
だから、チドリはそこに元から在った『死んでいた』人間が下僕となり、動き出したと推測したのだ。
だが、違う。死者洗礼は疾うに滅びたのだ。そして。
「――いえ。報告書で知る死者洗礼の能力は、こんな矮小なものではないはずです」
その真祖が、その能力を発動させた際には、瞬時に町中の遺体が食人鬼として、彼の忠実な従者として目覚めたのだという。
対して、そこにある『死者をグールに生まれ変わらせる』行為は、発動者を中心に僅か数メートル弱、極々限定的な範囲にしか効果を与えてはいないのだ。
しかし、厄介であることに違いはない。
このままでは、チドリは一人で数百体の吸血鬼を相手する羽目に陥って仕舞うのである。
「――腑に落ちませんね」
疑問を抱くも、行灯陰陽は行動を開始した。
「白虎!」
コートの内ポケットから古めかしい紙切れを取り出し、中空に放ると力ある言葉を発する。
それに呼応して舞う紙片は白銀の光を生むと、直後にはそこに三対六枚の純白の翼を持った大虎が出現していた。
「行きますよ! 白虎!」
その背を踏み台にし、チドリは跳躍する。教会の大きな門を跳び越える。
白虎は一つ吼えると、主に続く。
疑問を解くことは後でもできるし、何よりその答えを導くには情報も少なすぎるのである。
だから、行灯陰陽に迷いはなかった。
雨月。
吸血鬼が存在しないと認識されていたこの島国に、存在していた特異な真祖。
既にその存在が滅びてしまった今、その能力の全てを解析することは、最早、叶いはしない。
彼の持っていた能力は、魔術耐性のあるものさえも容易く操る『魅了の魔眼』(チャームアイ)である。その個体自体の能力は、そう強力ではなく、故に能力の特性を活かした集団戦術を得意とした。
しかし、安永時代の滝口四天王に深手を負わされ、眠っていた間に、新たな能力に目覚めていたのだとしたら。
そして、当人がそれを自覚する前に消滅していたのだとしたら――。
前記の通り、最早、確かめる術のないことである。
雨月は特異。西洋・東洋の他の吸血鬼のデータの総てが、そのまま適用できるかどうかすら不明な存在なのだから。
只、そこにある確かな事実は、雨月の遺した配下・爵級の一体が、特異な能力を備えていたということだけであった。
「まったく……。最後まで厄介な種を残してくれたものね。ローマ十字教だの、イスカリオテだのを巻き込んだだけで事足りず、置き土産が十二真祖の擬似的な能力を持つに至った爵級だなんてね……」
チドリの越えた鉄門の前に、その数十分後に現れた少女は長い髪をかき上げ、如何にも気だるげに呟いた。
「……気乗りがしないなら帰れ。邪魔だ」
そんな少女の横に立つのは黒一色に身を包んだ少年。
無表情に放ったその言葉は、彼の持つ雰囲気と一体となり、心底冷たい印象を抱かせる。
「ええ、そうね。それじゃ、アンタ一人で行ってきて……なんて言いたいけど、そうもいかないのよね……あの相手に貸しを作りっぱなし、ってのも寝覚めが悪くてしょうがなかったし」
悪戯に微笑うと、先の少年の冷淡な言葉に全く怯んだ様子なく少女は返す。
「教会の中に、まだ生存者がいるかも知れないから、アンタはそっちをよろしく。私は行灯陰陽を追うわ」
「了解した」
続け、それぞれの役割を割り振った陰陽律法という二つ名も持つ陰陽師に、退魔の武士は了承を告げた。