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現代陰陽師譚 〜壱〜

[May-3.Fri/17:45]


 吹き抜けた空風が毛皮のロングコートの裾を捲り上げる。

「はあ……」

 その裾を片手で押さえつつ、風音に負けないような大きな深い溜息を一つ。

 サイドテールに茶色の髪を結った少女の零したその落胆は、瞬く間に外気に白く染められていた。

 少女は街灯に照らされた暗がりを俯きながら、それでも目的のために、とぼとぼとではあるが足を前に進める。



「ほら。今日は雛祭りだから、放課後、昂太一同クラスだんしのオゴリでカラオケなんてどう♪」



 その脳裏に再再生リフレインされたのは級友・真鍋鼓まなべ ツヅミの声。

 それは本日4時限目終了直後、即ちは昼休み突入時に、唐突に、しかし、クラス全員に完璧に聞かせるタイミングで発せられた提案だったのである。

 その後に起こった男子一同の非難ブーイングなんてあまりに無力な障壁に過ぎなかった。

 後は団結した女子一同の前に、あれよあれよと放課後の時間計画予定タイムスケジュールは緻密かつ完璧に次々と立てられていったのである。

 それは単にクラスの一レクレーションでしかない。仲の良い彼女の学級にあっては、お題目は異なれど、まま開催される催し事である。

 何も特別なことではない。

 そもそも、男子も『参加すること』『開催すること』には非常に前向きだったからこそ、会費完全男子負担という難儀な案件も、結果、閣議を通過したのだ。

 特別なことではない。

 いや。特別なことなのだ。

 少なくとも、この癸千鳥みずのと チドリという名前の少女に限っては言えば。


 3学期も残すところ僅かなのだ。こういう機会が果たして後どれだけあるのだろうか?

 正解を述べるのならば、このクラスに残された時間を考慮すれば、おそらくはほとんどないはずなのである。

 良くてせいぜい後一回。『お別れ会』くらいだろうか? 或いは、この『雛祭り』は、それを兼用しているのかも知れない。

 4月になれば、新しい学級が編成されてしまうのだ。

「全く……どうして今日なのでしょうか?」

 少しどころか、心から陰鬱な気分で少女は左目にある眼帯に触れる。

 その小さい布切れ一枚の下には、一目で他人にそれと解る、境界線が隠されていた。

 そして、そこにある境界線の向こう――魔術だの魔物だのという、非日常の世界の出来事が、今日という日の予定重複ダブルブッキングを引き起こしたのだった。

 この国に存在していた真祖しんそを討伐するために、ある宗教団体の派遣した退魔部隊。それが返り討ちに遭い壊滅したのだ。

 その真祖――吸血鬼の最強種を排除すること。それが彼女に与えられた任務……ではなかった。

 それは既に、2人組の何者かによって討伐されているのである。

 それでは気を重くしている彼女に課せられた役目とは一体?

 それは、その魔物との戦いに於いて犠牲になった件の教団の信者を一人、探し出すことだった。

 犠牲、になった。

 しかし何も、その探し出すべき遺体は、野ざらしにされているわけではない。そんな状態の亡骸を回収するだけのために、彼女が駆り出されるはずはないのだ。それだけが目的ならば、警察にでも任せてしまえば良いのだから。

 では何故にチドリが動かねばならないのか?

 その遺体は、一度回収された後に霊安室から消えたからである。


 消え去った、その修道士の遺体――その発見と原因究明。


 それが所属する組織から、帰宅直後に与えられた任務なのだった。

 彼女は高校生という表の顔とWIKウィックに属する魔術師という顔を持つのである。

 『行灯陰陽ダークライトストカー』。

 それが、その世界でのチドリの名前である。



 さて、果たして先の愚痴は誰に対するものだったのか。



「チドリちゃん、チャンスよ! 頑張ってね♪」


 なんて、同一人物の言葉が耳鳴りの如く遠くに聞こえる。それはチドリの胸の内に秘めた想いを知る彼女からの応援エールだったのだろう。

 しかし、その言葉は重く、重く圧し掛かるのだ。

「……パフェルファムさんも参加ですよね……当然……」

 それは先日、宣戦を布告して来た同じクラスに在籍する日本産純正フランス人の恋敵の名前であった。何がチャンスなのだろう。これでは好機到来などとは程遠く、絶体絶命である。

 しかも、危惧すべきは彼女だけではない。チドリの想いの人は、異常フラグ持ちなのである。果たしてクラス中の女子に対して、何個の攻略フラグを立て済みなのだろうか?

 チドリはそれを考えるだけで目眩を覚えてしまう。或いは新たな攻略フラグが、今日、その時に立たないとも限らない。寧ろ、立つ可能性は高い。否、立つに決まっている。

 その少年が動いた物語に於いて、彼に新たに惹かれなかった女性キャラはいないのだ!(つい先ほど完結した物語に於いて、初の例外が一名生まれたことを彼女は知る由もない)

 小刻みに振るえる少女の小さい体。それは寒さによるものでは当然なかった。


「……ある程度の辛苦は甘んじて受け入れましょう。私は無所属フリーな身分ではありません。悲しいかな、今回のように涙を飲む機会もあるでしょう……いや、しかし! しかし、パフェルファムさんにそれを味合わされるのだけは辛抱なりません――! 私なんか私なんか、背中合わせで座るだけで満足げな表情させられて我慢させられたなのに……なんで!? なんで、彼女には頬にkissが許されるのですか!? 少なくとも私の目の黒い内は彼女にだけはこれ以上、オイシイトコロを譲るワケにはいかないのです――! 私だって! 私だって、時津さんとあんなことや、こんなことを――!」

 そうなのである。だからこそ、なのだ。チドリは同じクラスの時津彼方ときつ カナタに想いを寄せているのである。

 その言葉の内容は意味不明ながらも、だからこそチドリは憂鬱なのであった。

 ぞくり。

 辺りに人の気配を感じていなかったからか、それとも、この街がチドリの暮らす街から離れているためだったのか。

 思わず口走った本音(?)の直後に、冷たい視線を感じ、チドリは生命の危機を感じる。

 慌てて、視線の元を、背後を振り返り、構えを取る。

 眼帯に細い指先さえ、伸ばしていた。

 その眼帯の下にはチドリの切り札が隠されているのである。

 しかし、それは危険極まりない切り札なのだ。無闇矢鱈と行使できる代物ではない。事、このような、いつ何時に一般の人間が現れそうな場所では。

 しかし、それほどの危険性を、確かに彼女は感じたのだ。

 冷たい視線。黒い人影。そこに佇むのは果たして――。

 違う。あの恐怖ではない。カナタを想うカナタの後輩のカナタの同僚の長髪黒髪の少女ではない。

 そこに立つのは黒一色に身を包んだ少年だった。創り物のように美しい顔立ちをした少年だった。

 その左手に握られているのは竹刀袋である。

 そして。

 冷たい風に彼のその左手首に在った小さな銀色の鈴が、澄んだ小さい音色を聞かせていた。

 その黒依の少年と、チドリの視線が交わる。

 少女は頬を染めた。いや、要らぬ言葉を聞かれた、恥ずかしさなのだが。

 少年はただ無表情に――、

(――! コイツ、今、鼻で笑ってやがりませんでしたか!?)

 それは単に少女の錯覚だったのだろうか? しかし、確かめ術もなければ、確かめる気もチドリにはない。

 視線が交錯したと思った刹那、少年は少女を嘲笑ったかどうかは別にして、即座に背を向けて消えたのである。

(別人――そうね、ここにいるワケがない――、って、あれ? あの人は、このまえの滝口?)

 とりあえず、ほっと胸を撫で下ろすとチドリは気を取り直す。

「……しかし、美里ヤンデレさんにられないように注意しないといけませんね……」

 と、内心を吐露するように独りごちると、

「……? ……何で私がヤンデレなんて異次元の言語を理解しているのでしょうか?」

 自身に疑問を向ける。

「――バカなコトをやっている時間はありませんね。夜が来てしまいましたか――」

 直後、零したその顔は凛として、ぼやいていた少女のものではなかった。

 世界の裏に生きる魔術師のものである。

 チドリは首から下げていた方位磁石のペンダントを手の中に収め持つ。

 それは『羅針盤』という魔術道具マジックアイテムであった。そのペンダントの用途は、あらゆる魔の探索である。

神聖四文字(テトラグラマトン)・ARLT。方角は北の支配者・ウリエル。シンボルである砂によって、我が宿敵の在処を示せ」

 続け呟きながら、スカートのポケットから小さな小瓶を取り出す。その中に在るのはデルポイ神殿の十字中央の砂を基本ベースに作られた彼女特製の聖砂である。

 行灯陰陽ダークライトストカーは小瓶のコルクを外すと、羅針盤の蓋を開けて聖砂を中に流し込む。

 そして、その上にそっと、四つの結び目を作った細長い注連縄を置いた。

 彼女の手によって行使されるのは、東洋の呪詛と西洋の魔法儀式を組み合わせた術式。

 それはお堅い老害に言わせれば外法。そして、ある者に言わせれば新たな陰陽道の、否、在るべき陰陽道のカタチ。

「我が名、行灯陰陽(ダークライトストーカー)が命じる」

 小さいながらも、確かに力を秘めた言葉。

 西洋魔術においても、東洋魔術においても名前は重大な役割を示す。

 東洋魔術、即ちは言霊ことだま。名前とは、その存在を縛る最小のしゅなのである。

 尤も、行灯陰陽ダークライトストカーが告げた名前の意味は前者。

 西洋魔術としてのもの。名前の秘めた魔力の開放を意味しているのだが。

「鬼を探せ」

 亡骸では決してなく、鬼を探せ、そう彼女は言った。

 そして、『その事実』を証明するかのように羅針盤には変化が見られる。

 意思を持った生き物のように聖砂は動き、注連縄は磁針に絡みつく。

 それに因って北を指すはずの赤針が指したのは北西。

「鬼門ですか――何とも今日はツイてないようですね……」

 中国最古の地理書『山海経』が元になっているとされる忌むべき方位、鬼門。鬼が出入りするという方角。

 しかし、彼女の言うツイてないとは意味が異なる。

 その方角に進めば、ますます想いの少年からは遠退くのだ。

 早急に事を片付けて、カラオケに参加しようという浅はかな望みは益々薄れてしまう。

「飛べ(ダドーラージャア)」

 落胆を裏の顔に隠し、チドリは梵字ぼんじで『大鳥ガルーダ』と書かれた何の変哲もない半紙を投げると命じた。

 チドリの魔力に、瞬く間に仮初の生命を得る紙片。

 それは紛いなく式神であった。

 本来、陰陽道は日本の魔術であり、その術式の基本言語は当然日本語である。

 しかし、それをサンスクリット語で組む彼女の意図は――。

 頭上をくるりくるりと舞う式に、チドリは命じる。

「我が使役魔(ファミリア)よ。鬼を見つけよ」

 見知らぬ街。

 想いの少年が関わった事件。その事後処理。

 簡単に終わると思われた彼女の任務ミッションは、こうして本格的に開始された。





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