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A World BorderLine-4”世界の交叉”

[Fab-28.Tue/19:30]


「バカがッ!」

 少女の呟きに、詠唱に、魔術に。

 アントニオは感知、反応していた。

 五行秘術により作られた岩壁の間隙かんげきを縫って直進した不可視であるはずの刃を、聖堂騎士は封殺法剣アトリビュートで弾く様に薙ぐ。

 術者の立ち位置。薄茶色の空間を無色に塗り替えた風の軌道。魔術の飛来する方向さえ解れば、この程度の芸当などアントニオには造作もない。

 耳を劈くような金属同士の衝突音、同時に起こる破砕音に似た響き。それは風の刃の断末魔だったのか?

 対魔術消滅剣マジックキャンセラーソードに霧散させられた魔術風は、儚く魔力だった粒子と変換させられ散る。

 西洋剣を振るった騎士のいた地点で、土埃が舞っていた。

 その直前。風の通った道の先。瑞穂は確かに敵対する剣士の鋭い眼光を見ていた。


 ――わかってるわよ!


 刹那という時間に。痛みに耐えるべく、瑞穂は意識を集約する。咄嗟に右足を蹴り込むように突き出す。

 いかに縮地法で高速で移動されようとも、その動きを完全な直線的なものとし、襲撃する経路を限定させるために場を作り替えたのだ。

 これはある程度の代償を必要とする罠なのである。

 限られた幅しかない空間を突進して来る敵は、その武器を突き出して急襲する可能性が高い。

 ならば、そうすることで少なくとも最悪の事態――片足は捨てることになろうとも、頭や首、胸や腹部といった危険な部位への直撃を回避し、一撃死を受ける危険性は、大きく減少するはずなのだ。



「この代償は高いわよっ!」

 決意した少女の小さな叫び。

 直後、赤い飛沫が飛ぶ。

「――くうっ!?」

 抑えながらも漏れた呻き。

 足を盾にするつもりが、しかし、そこには誤算があった。

 聖堂騎士の縮地は、予想よりも数コンマの誤差であれ、速かったのである。

 だが、犠牲にすべく足を前方に出していたことは幸いしていた。

 その行為により軸のずれた少女の身体は、その命を絶つべく、刺し貫くように腹部中心を狙った断首処刑剣エクスキューゾナーズ・ソードからの直撃を避ける結果をもたらしていたのである。

 しかし、それでも。

 それは深手には変わりない。

 封殺法剣アトリビュートは標的の左脇腹を深く裂き、その刃を少女の鮮血で染めていた。

 目睫もくしょうで、襲撃者と反撃者は睨み合う。

 脂汗を浮かべ激痛に耐える少女と、勝ち誇る男。

 だが、絶体絶命の状況下に在って、瑞穂は戦意喪失などしなかった。

 この距離は、つい先刻も自身が求め望んだ距離に他ならないのだ。

 封殺法剣アトリビュートの刃の鍔元は瑞穂の腹部側面にある。魔術師を絶命させるべく騎士がその剣を横薙にするよりも早く、一撃を以ってアントニオを倒す魔術を完成させ発動させる自信が瑞穂にはあるのだから。

 今こそが、封殺法剣アトリビュートの特性に邪魔されることなく攻勢秘術いかりを叩き付ける時――。

「――あうっ!?」

 痛みを教えた声と共に、しかし、陰陽師は異変に気付く。

 それは殺戮狩人ハウンドプレッシャーが予測した通りの事態だった。

 思考でそれを試みようとしても、魔術の構成、構築が全く行えないのだ。

 痛みに麻痺した感覚がもたらした失敗。それでは決してない。

魔力回路マジック・サーキットの断線――解っただろ? だから、魔術師テメェらはオレには絶対に勝てない」

 冷徹に現実を告げたのは、アントニオ・ゲルリンツォーニ。

 魔術の基礎法則は、空気中に漠然と漂う『方向性のない魔力』を体内で精製して方向性を持たせること。

 魔術回路マジック・サーキットとは、その精製を行う医学的には存在しない器官のことである。

 もっとも、それも俗称でしかない。世界中に存在する様々な魔術体系それぞれに、その器官の名称が存在するためだ。

 しかし、公用語的にそう称される。そして、その器官に公用単語が付けられているその理由こそ、いかなる魔術体系であれど、魔術師はこの体内活動を行い、魔術を行使しているという事実を証明しているのである。

 封殺法剣アトリビュート。その真なる効果。それがこの魔術回路の遮断だった。この魔剣は、触れた全ての魔術構築要素を破壊せずにはいられないのである。

 だからこそ、聖、魔を問わず、この霊装は触れるだけで、その存在を消滅させることが叶うのだ。この世ならざるモノは、この回路により存在を維持しているのだから。

「ケケッ――先に逝ってろ」

 うっすらと笑みを浮かべ、アントニオがその柄を握る手に力を込める。

「あぐうッ――!」

 陰陽師の整った顔が激痛に歪んだ。

 だが、その顔には命乞いをするような、媚びるような感情は一切ない。命運を敵に委ねられながら、少女は折れない。

「――ケッ!」

 苛立ちを覚えながらも、しかし、アントニオを少女に止めを刺しきることができずに悪態をついた。騎士は半身を捻ると、急ぎ封殺法剣アトリビュートを引き戻す。

 その耳には微か、鈴の音が聞こえていた。その眼には、ぼんやりと現れた黒が映っていた。

 その黒が土煙を斬り裂き鬼切を閃めかせる。

 その斬撃を防ぐには、刀身を打ち合わせるよりなかったのである。

 甲高い刃音。

 少女の身体から抜刀された西洋剣の刃と、斬り込まれた日本刀の刃が弾け合う。

 それと共に消失した、鬼切の祝詞。

 魔術的知覚力さえ封殺法剣アトリビュートに消された少女には、それを感覚的に捉えることができずも、見たくない光景、その瞬間を避けるように双眸を閉じていた。

「女の命と引き換えにカタナを捨てたかァ!?」

 鍔迫り合いの最中、至近にある滝口に騎士は嘲け吼える。

「――捨ててなどいない」

 それは何の変化も見せてはいない。ただ、鋭く敵を見据え詩緒は返していた。

「ケケッ――みっともねえ、負け惜しみを!」

 その声を残してアントニオの姿は消える。

 眼前での縮地。瞬間、詩緒は完全に視覚ではアントニオを消失ロストしていた。

 だが、黒衣の滝口はそれに動じることなく陰陽師の身体を支える。

「大丈夫か?」

「どこに、目をつけてるの、よ? ……これが、大丈夫に、見えるわけ? アンタ、じゃないのよ? 大丈夫じゃ、ないわよ……」

 毒づきながらも弱々しく微笑むと、瑞穂はその身を詩緒へと預けた。

「ごめん……鬼切が……」

「問題ない」

 胸に顔を埋めて呟いたその声に、いつもの無表情で何事もないように少年は応える。

「……バカ。問題なく、は、ないでしょ……」

「そうだぜ? しっかりと戦況を把握しろよ? ザコ」

 その声に応えたのは、少女が言葉を向けた少年ではなかった。

 土煙が晴れた周囲。

 滝口は声の方向へと注意を払う。

「女の手前だからって、強がるんじゃねぇよ。今まで二対一でやってきて、オレを仕留められなかったんだぜ? 魔術師のサポートもなくなり、ちゃちぃながらも魔剣も失ったんだ。大問題だろうが?」

 ケケケ。とアントニオは嗤う。

「勘違いするな。この刀は祝詞があるから『鬼切』の名を冠するわけじゃない」

 地面にその刀を突き立てると、詩緒は瑞穂を横たわらせた。

 髭切ひげきり。それが退魔の聖刀として『鬼切』の名を冠する以前に、その刀につけられていた名だった。

 斬りつけた際に、身と同時に髭をも見事に切り落としたというその切れ味の鋭さを謡った号である。

 陰陽師の魔術により露出させられた岩盤を、意ともたやすく貫くのは、剣士の業とその刀故。

 ならば、その殺傷能力こそが、その刀たる所以なのか?

 それも否である。

「だったらなんだってんだ? くだらねぇ屁理屈でも述べんのか?」

 滝口はゆっくりと立ち上がると、前方を見る。

「――この刀は滝口オレたちが振るうから『鬼切』だ」

 その詩緒の言葉こそ真理であった。

 それは問答のようで、そうではない。

 意味を理解できず、アントニオは嘲笑わらう。

「あまりの不利さに、あたまイカレたか?」

「……違う、わね。コイツの言う通り、よ……」

 意味を理解し、瑞穂は微笑わらう。

 だからこそ、少女はむざむざと負傷をしたのではないか――。

「……詩緒。本気で、やりなさい」

「強がりはよせよ。相手が本気かどうかくらい解るんだよ」

 陰陽師の言葉に、聖堂騎士は反応する。

「……ええ。本気、だったでしょうね、殺さず、って、前提、でわね……」

 それは私もよ、そう言わんばかりの表情を瑞穂は見せていた。

「……アンタは、罠にはまった、のよ」

 その為に、敢えて受けた傷に苦しみながらも瑞穂は嘲る。

「――必要、だったのは、事実だった、のよ。ロンギヌスが、着弾するかも知れない、じゃ、アンタを、どうこうすることは、できないけど、陰陽寮所属陰陽師わたしに『この世ならざる力を以って』危害じゅうしょうあたえた、って、いうなら話は別よ。アンタを『魔』として、認定できる。それで、WIKを始め、国際社会への言い訳も立つ」

 御託を――。

 倒れた少女の言葉に、そういう思いをありありとアントニオは見せるも、その表情は突如として凍る。

「……今度のコイツは、アンタを本気で、殺す気よ……」

 零し、瞼を閉じた瑞穂の顔は安心に満ちていた。

 地から引き抜いた鬼切を血振りのように一振りすると、詩緒は斜め正眼に構える。その開かれた口が死を告げる。

「覚えておけ――渡辺詩緒。お前を殺す人間の名だ」

 殺気を纏った剣氣が辺りを支配する。

 それがアントニオを強張らせたものの正体だった。

「――ふざけろォォ!」

 否定さけびと同時に発動させられた縮地。

 音速こえを超え、異端殺しの騎士は突撃する。

 詩緒はそれを目ではなく、感覚で捉える。消滅して逝く魔力を、刹那に追う。身体の移動運動で確かに劣る侍は、迎撃を、鬼切を、意志を――。

 一つ、二つ、三つ。それは閃く。

 それは果たし本当に三つだったのか? 或はその全てが本当に実斬だったのか? 或はそれよりも数多の虚斬が相対した騎士には見えたのか?

「――テメェ、見え、て――」

 確かなことは、一つに封殺法剣アトリビュートは鬼切に受け流されたということ。一つにアントニオの首筋には避けそこなった突きによる刀傷が生じていたということ。そして――。

「――知っている、の、か!?」

 超超高速の戦闘を展開させる、選ばれた人間だけに踏み入ることのできる攻勢時間。それはその時間、瞬く間もない暇だったはずだ。騎士のそれさえ声だったのか、思考だったのか定かにはできないはずなのに、確かに攻防は繰り広げられ――。

 仕切り直すべく、縮地法を維持したままアントニオは交戦した地点を翔け抜ける。

 考えてみれば腑に落ちないことばかりだったのだ。剣士のみならいざ知らず、陰陽師でさえも縮地法というアントニオの切り札の一つに端から対応、対策ができていたのだから。

 縮地法を行使できる者との戦闘経験が在る、そう思うのは自然で、そして、それは事実だった。

 詩緒も瑞穂も数え切れず、その戦闘技術と対峙した経験が在ったのである。

 それは彼らと共に幼い日々を修業すごした、現・滝口四天王『蜘蛛切』碓井直人うすい なおとが使っている技術でもあったのだ。

「何故、お前は殺戮狩人ハウンドプレッシャーに逃げる?」

 アントニオの移動先を首だけで追うと、詩緒は唐突に問う。

「アアッ?」

 呼吸を整え、再度縮地法を発動させようとした矢先。その突拍子のない問い掛けに、アントニオは眉をしかめた。

「一つだけ言っておく。逃げるだけのお前に、秋良・ヒルベルトは倒せない――限界を作ったお前に、諦めたお前に、ヤツは倒せない」

 淡々と言葉を告げると、詩緒は背を向けて離れた場所に落ちていた黒塗りの鞘の方へと足を進める。

「テメェに何が解るってんだ!? 井の中の蛙が何をほざく!? ローマ十字教を敵に回すってことは、世界を敵に回すってことなんだよ! 知らぬテメェは小物だってことだ――!」

 ローマ十字教。世界宗教。その信者はどこにでもいて、地球上のどこにでも逃げ場などはない。

 極彩色ランダムカラーだけではない。それから逃げることができないのは、その聖堂騎士とて同じなのだ。

「ああ。そうかもな。だが俺は知らずとも、秋良・ヒルベルトなら知っているはずだ」

「――!」

「……そして、ヤツならお前と同じ状況に陥ろうとも諦めないだろうな。ヤツはお前の限界の向こうにいる」

 言葉を失くした敵を背にしたまま、その鞘を拾うと鬼切を沿える。続け詩緒は静かに愛刀を納刀していた。

 詩緒は知っている。少なくとも、今は。殺戮狩人ハウンドプレッシャーの側には、それを決して許さない、そして、自分とは直接関係なくとも命をかけて協力してくれる心強い味方がいるのだ。

 アントニオは知っている。だから彼は崇拝に値するほどの孤高の存在で、その存在は美しくさえもあるのだ。

「だから、安心しろ。俺に勝てたのだとしても、お前は負けていた」

 鈴の音が聞こえた。

「な、んだ、と――!?」

 ぐらり。不意にアントニオの身が糸の切れた人形のように崩れる。

 ――それが、三つ。

 右足膝。鬼切の三の太刀ゆきは、聖堂騎士の機動力と直立するための主軸を突き貫いていたのである。

「――いつの間に?」

 仰向け、大の字になったアントニオは、独り言のように零した。

「殺す気で突いた二の突きを、咄嗟に回避できたのは見事だったが……お前の動きは単純な直線でしかなかった」

 それは場を限定させた陰陽師の手柄ということか。

 予測し易い単純な運動。それに加え、絶対的な切り札であるはずの封殺法剣アトリビュートが、事、今回の攻防に於いては不利ネックとなったのである。

 その武器は詩緒に、常に正確すぎる位置を教え続けていたのだから。

「そして、慢心しすぎだ。確かに機動性では俺よりも、お前の方が優れていた」

「――だが、それよりも単純に、お前の剣速のが上だった、っうだけか……」

 剣聖。そう異名を取る二人の剣士がいた。

 本人は知らずも、その二人をして、唯一共に、少年は自身の剣技を超えたと認めさせた剣士なのである。

 超高速で強襲する己が命を奪わんとする刃を前に、それを的確に打ち流す。加え、同時と思われる瞬間に勁部と軸足の中心を正確に鋭く強く突き抜く。

 アントニオの縮地法と同じく。そしてそれは、彼の剣技もまた神技だったという事実が導いた結果だったのである。

 血の流れる足をどうしょうともせずに、ただ放置しながら、突然にアントニオは高笑いを上げた。

 狂ったように、騎士はひとしきり笑う。

「ケケケ――確かに今回はテメェらの勝ちだろうさ……だがな――」

 そう続けたアントニオの顔は、決して勝ち誇る者のものでも、負け惜しみを吠える者のものでもない。

「無理なんだよ。タイムオーバーだ。テメェらにはロンギヌスを阻止することが……ユリアに勝つことができねぇんだよ。結局はヤツの一人勝ちなのさ」

 それは己の無力さに打ちひしがれて、絶望する者の顔だった。







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